6/4/2017
夢の中で元気で飛び回る小枝ちゃん(猫/19才天寿全う)を抱き上げて
近くからじっくり見てみたら、やっぱり目鼻立ちが整っていて、
この子は本当に綺麗な顔をしていると思った。
次に生まれ変わっても必ず探す!と自信を持って言ったけど、確実にできるだろうか。
どこかに旅行している最中らしい。
いい景色の前で車の助手席のダッシュボードに頭をつけて、
「どうして楽しい今この時にお前だけが居ないんだ!」
と大声で泣いてた。
考察:20才の頃から夢日記をつけている。
キムタクが何かのドラマで夢日記をつけるといいらしい、最終的にはコントロールできるようになると言っていたので、
コントロールしたいわけではないが面白そうだと思い、それからつけている。
何年か経って、夢日記は発狂するらしいという不穏な噂を知ったが、
「ほうそうかね、いつ?」としか思わず、
むしろどうなるか見てみたい気持ちでその後も続けた。
結局20年以上つけているが、気はふれていない。
いや、まだかもしれない。
40年ぐらいつけると、ってもうそれ耄碌してるだけでは?
夢を忘れてしまうのは、乳幼児の発達に伴う健忘と同じぐらい当人にはどうすることもできない記憶の抹消で、
忘れることに意味があるのかもしれないが、ちょっともったいない気がする。
人類には紙とペンがあるのだから、楽しい夢の記憶など、こっそり書きためておいて、後で読んでなつかしく思い出してもいいんじゃないだろうか。
それにしても、一応、夢は実際に自分の脳が作り出した映像だから、まったくの虚構ではないにしても、
それに対して、〇〇は俺の嫁とかいう妄想にふけって幸せそうにしている人の方がはるかに自発的で意識的なのに、はたから見ていて虚しいのはなぜだろう。
とにかく、自分には、忘れたくない、かけがえのない宝物のような夢を見た記憶があるので、
最近では、オカルトチックな理由からではなく、夢日記をつけている。