希望へのとりくみ

平和は待っていてもやってきません、まず自分の心を平和にするためのとりくみから。それに成功したら皆に伝えてください。

良心の詩(うた)

2006年01月11日 20時47分22秒 | Weblog
    良心の詩(うた) 田螺の呟き

 

人はみな 心の生きもの 心の僕(しもべ)

来た道 行(ゆ)く道 心の旅路

荒野(こうや)も牧場(まきば)も 花園も

瓦礫(がれき)も骸(むくろ)も 絶望も

心のままに 踏んだ道

強く雄々(おお)しく優しき人は

良心 花咲く 平和の道へ

みんなの心を 励まし歩む

 

人はみな 心の生きもの 心の僕(しもべ)

幸せ 不幸も 心の旅路

天使(あなた)の心の 眼差しは

みんなの心に ささやいた

子らにも上げよう 真心(まごころ)を

強く雄々しく優しき人は

良心 花咲く 明日(あした)の園へ

子供の心を 誘(いざな)い進む

 

人はみな 心の生きもの 心の僕(しもべ)

安心 不安も 心の旅路

自分の心の 戸惑いに

他人(ひと)の心を 借りてみる

どうして陰(かげ)るか 見えるから

強く雄々しく優しき人は

良心 花咲く 倫理(りんり)の邦(くに)へ

触れ合う心を 抱(いだ)いて向う


> あるときの住民は、
> 「良心とは自分の中に住んでいる他人ではあんめえか」
> といってきだみのるを驚嘆させる。
> 出典:「きだみのる、- 放浪のエピキュリアン - 、p155」、新藤謙著、リブロポート刊

あの世で「心と化した人々」を幸せにするのが宗教であるなら、この世で「心ある人々」に幸せをもたらす世を造り出すのが政治であろう。

あの世での「心」はと問われても、あの世を知らぬ身には答えようがない(精神的生命と答えたいのだが、それでよいものかどうかわからないから)。

この世での「心」はと問われれば、「良心」の一言をもって答える。政治は「個々の人々が持つ良心によってもたらされた幸せ」が、その境遇によって壊されることがないよう、積極的に保障することを主要な責務とする、と考える。

それでは政治とは、それを為す特定の者に任されているものかといえば、そうではない。社会の成員すべてが係わるものである。この係わりがあるゆえに、なん人の人権も保障されるのである。

この社会においては、なん人も政治に(意識するかしないかの違いはあるが)係わるのである。であるから、個々人それぞれが政治理念を持つことは当然である。その理念を「良心」とする党派を「良心党」と呼び、それに加わるべしというのが、この呼びかけである。

人が人として生きる時、「良心」を貫き通せれば、人生悔いる所がなかろう。先ずは己の「良心」を確かめよう。そして、「良心党」を名乗ろう(なお、現段階での「良心党」は党派を目指すものであるが、政治党派ではない)。「良心党」の名乗りは、自分が「良心」を信念とする人間であることを社会に宣言することである。

その上で、多くの人々に「良心党」への参加を呼びかけよう。幾百万、幾千万の人々が「良心党」と名乗り出た時、そこに「政治党派」としての「良心党」の形が現われる。その為に、先ずは「良心党」を名乗り、「良心」の宣教使になろう。

「良心党」がこの国の、この世界の政治の担い手となる日はそう遠くない。なぜなら、人類は「良心」を信念とする以外に、この有限の地球で久遠の時をすごすことなど出来ないからである。今や有限地球は、限りなき欲望の餌食にされている。この状況から逃れさせるものは「良心」だけなのだ。

さあ、有限の地球で人類の久遠を願う人々よ、物欲に心奪われることなき「良心」を持つ人々よ、「良心党」を名乗ろう。「良心党」を名乗る上での責任は「良心」を持つ自身によって果たせるのだ。さあ胸を張って「良心党」を名乗ろう。



上記一文の配布転載を歓迎します

     http://homepage1.nifty.com/kikugawa_koubo/tanishi.htm#kikko

トライアングル

2006年01月07日 12時12分04秒 | Weblog
トライアングル  市川喜康作詞作曲 (池邊幸惠 加筆)


都心を少しはずれた (日本の片すみの)小さなこの部屋から
どんなに目をこらしても 見えないものばかり
(だって 巷に流される情報は 隠蔽され操作されいているものばかり)

たとえば、(アフガニスタンの)遠い空の下で 誰かが(爆弾をおとさないでと)祈っていたり
たとえば、(イラクの地下壕で)身を潜めて キミが怯えていたり


自分たちだけの満ち足りた明日を求めて
(他を踏みつけてでも手に入れようと)求め彷徨う(アメリカの)亡者たちの影

こんな(戦争でしか解決しようとしない)破壊でしか見出せない (アメリカ一国主義の)未来の世界なんて
とても愛せないよ。


(日本から眺めているだけの)僕の目が 
(イラクで戦う)キミの手が 
(平和を願う)わたしたちの声は 

それぞれ異なっていても(互いに尊重しあうべきもののはずだし) 
(互いそこなわないで)自由でいてこそ 生命なんだ

僕の(このままじゃダメだという皮膚感覚)肌  
(イラクで子どもたちを守る)キミの母 
(世界の平和を願う)わたしたちの愛は

(宇宙に)蒼く浮かんでいる ちっぽけな惑星に
舞い降りた奇跡(といえるすばらしいものなんだ)


(アジアへの侵略戦争の殺戮に心傷ついた)無口の祖父の想いが
(経済の復興だけに夢中だった)父へと 時代を跨いで
一途に(戦後の経済の狂乱怒涛に向って)登り続けた(精神的に)苛酷な道


(そして生命の危機とか飢餓とか)ほんのわずかな苦しみさえ知らぬままに
ずっと後に生まれてきて 今生きている僕ら

受け継ごう(その愛の奇跡を)
(二度とあんな戦争の日々は繰り返さないと)
声の限りに伝えるんだ

大国のヒ-ロ-(なんてどこにいる?)も 戦火(に逃げ惑う)の少女も
同じ生命の重さなんだから 尊い生命なのだから



(イラクの母国を守ろうとする)精悍な顔つきで 
(アメリカにむかって)構えた銃口は

ほかでもない
(世界でおきている戦争をみすごしたままでおれる)僕らの心につきつけられている。
(キミたちの苦しみと悲しみを思いやれない)僕らの心につきつけられている。

(かつて)深く深く刻まれた あの(戦争の心の)傷のように


(ブッシュのウソではじめられた戦争とも知らず)精悍な顔つきで 
(イラクの市民に向って)構えた(アメリカ兵士の)銃口は

ほかでもない
(世界でおきている戦争をみすごしたままでいる)僕らの心につきつけられている。
(キミたちの苦しみと悲しみを思いやれない)僕らの心につきつけられている。


(日本から眺めているだけの)僕の目が 
(イラクで戦う)キミの手が 
(平和を願う)わたしたちの声は 

それぞれに異なっていても(互いに尊重しあうべきもののはずだし) 
(互いにそこなわないで、互いに)自由でいれてこそ 生命なんだ

僕の(これはおかしいんだという皮膚感覚)肌  
(イラクで子どもたちを守る)キミの母 
(世界の平和を願う)わたしたちの愛は

(宇宙に)蒼く浮かんでいる ちっぽけな惑星に
舞い降りた奇跡(といえるすばらしいもの)


大国の(恐怖にかられみはてぬ夢を追う)悲しみも 
(祖国の平和を願って)見果てぬ(夢を見るイラクとアメリカの)母も
それぞれ重さの同じ 尊ぶべき生命なのだから

(祖国を守るイラクの兵士の)精悍な顔つきで 
(アメリカにむかって)構えた銃は
ほかでもない (彼らの苦しみを見つめようとしない)僕らに向けられている
(世界でおきている戦争をみすごしている)僕らの(良)心につきつけられている。


(ブッシュのウソではじめられた戦争とも知らず)精悍な顔つきで 
(イラクの市民に向って)構えた(アメリカ兵士の)銃口は

ほかでもない
(世界でおきている戦争をみすごしたままでいる)僕らの心につきつけられている。
(キミたちの苦しみと悲しみを思いやれない)僕らの心につきつけられている。


  そう、(アメリカの侵略に怯え、あるいはイスラムの台頭に)怯えるキミの手で

 
 

「イマジン」 永遠の平和の歌

2005年10月26日 20時31分02秒 | Weblog
「イマジン」 ジョン・レノン

歌いながら涙流しているよ、なんでこんな簡単な事なのに分ってくれないのかと。
「イマジン」はソフトだけど「世界革命」の歌なんですよ。


想像してごらん 天国なんかないって

やってみれば簡単だよ 足の下には地獄もない

頭の上にはただ空があるだけ

想像してごらん みんなが今日のために生きるって

想像してごらん 国なんかないって

むつかしくなんかないよ

殺したり死んだりする理由なんかない

どんな宗教もないんだって

想像してごらん みんなが平和にくらしているって

ぼくは夢想家と言われるかもしれない

でもぼくは一人じゃないよ

いつかきみも仲間になってくれるだろう

そして世界はひとつになるだろう

想像してごらん 財産なんかないって

きみにできるかな

強欲も飢餓も必要ないって 人類は兄弟になるんだって

想像してごらん みんなが世界をわかちあってるって

ぼくは夢想家といわれるかもしれない

でもぼくは一人じゃないよ 

いつかきみも仲間になってくれるだろう

そして世界はひとつになるだろう

       北中正和・訳 イマジン  ジョン・レノン

リヴァプールの労働者階級の子供として生まれたジョン・レノン、階級社会の厳しいイギリスでは労働者にとっての理想と夢は、平等な社会の実現だった。
スーパースターとなり、大金持ちになってもジョンの根底にはその思いがあったのです。

地獄も、国も、殺したり死んだりすることも、宗教も、財産も、強欲も飢餓もない、ひとつの世界って、世界革命によって実現されるしかないのです。

今のアメリカやイギリス、日本など帝国主義的な世界支配と全く違う世界を、ジョン・レノンは描いている。

そして全世界の人たちがその「イマジン」を歌った、そして元気を取り戻して、戦争反対のデモに出たのです。

「本当の脅威は核テロだ」 

2005年08月01日 06時38分31秒 | Weblog
岡本三夫さんから翻訳の紹介です。


   「本当の脅威は核テロだ」 

ディートリヒ・フィッシャー(欧州平和大学教務部長・トランセンド共同代表)
               
  ロンドンで2005年7月7日に爆発した4個の爆弾は計り知れない苦悩と悲嘆をもたらした。全世界がほとんど例外なしにこの犯罪を断罪したのは当然だった。暴力はどんな問題も解決せず、問題を悪化させるだけだ。しかし、今回の悲劇は、もし世界が現在のまま進むならば、将来、もっと恐ろしい破局的事件が起こるだろうことの前触れでしかない。

 大国が自国の安全保障には必要だとして核兵器保有にこだわる限り、他の国々やテロリスト集団が核兵器を取得すること。そして、何時の日かそれを使用することを妨げることはできない。

 広島に投下された原爆は20万人以上の人びとを殺害した。現在の核爆弾は比較にらないほどすさまじい破壊力を持っている。もし、駐車中の車なり、テームズ河に浮かぶボート上なりでただ1発の核兵器が爆発しただけでも、ロンドン市街は火煙と放射能の瓦礫に覆われ、百万人以上の人びとが即死し、その何倍もの人びとが放射能病によってゆっくりと死んでいくだろう。

 「核兵器は私たちには善だが、君たちには悪だ」というダブルスタンダード(二重基準)は馬鹿げており、説得性がない。核兵器技術が永遠に秘密裏に保たれると信じるのは浅はかだ。いまなお「核抑止論」というおとぎ話を信じている人たちは、自殺爆弾時代の到来に目覚めるがよい。爆死したら天国へ直行できると確信している人間を恐怖の報復という脅しによって「抑止」することはできない。

 イラクとアフガニスタンに何トンもの爆弾の雨を降らせることを命じている国々
は、その熱心な模倣者たちの心に模倣の種を蒔いているのだとしても驚くべきではあるまい。かつて、オサマ・ビン・ラディンはCIAが資金調達する援助と訓練の恩恵に浴していたのだ。長年、プリンストン大学の国際法教授をしているリチャード・フォークはいみじくも指摘している。「最も極端なユートピアンは自分たちを〈リアリスト〉を自認している人たちだ。なぜなら、彼らは通常の政治でもって核時代を生き延びることができると誤信しているからである。変更の必要を認める人びとこそ真のリアリストなのだ」、と。



 では、もし、人類が生き延びることを望むならばどのような変更をしなければならないのだろうか。
 
(1)私たちは、攻撃的軍事力の行使によって諸問題が解決されるという信念を捨
てなければならない。攻撃的軍事力の行使は他者が同じ方法で報復してくることを煽るだけだ。
  犯罪を阻止するための警察行動と外敵に対する防衛は正当化されるが、外国における軍事介入は、大量虐殺や巨大人災の防止のために国連安全保障理事会が命じた平和維持活動以外には、正当化できない。

 核不拡散条約に署名してから37年が経過しており、核兵器国が核軍縮への約束を果たすべき時が来ている。
  
  私たちは、また、すべての核兵器廃絶が検証可能であり、新しい核兵器製造が覆い隠せないもっとオープンな世界を必要としている。現在、国際原子力機関(IAEA)は、締約国の意思によって査察が認められた施設しか査察できない。

 もし、兵器密輸業者が国境の監視員に、「座席の下はチェックしても、トランクは開けないでくれ」と言ったならば、そのようなチェックは無意味である。IAEAは不審な核施設は、世界のどこであろうと、事前通告なしに、査察できる権限を持たなければならない。そうでなければ、核兵器の拡散を阻止することは不可能だ。


 現在核兵器を保有している国々はそのような立ち入った査察を「主権侵害」だとして反対している。だが、一連の深刻なハイジャック事件の後に銃砲や爆発物の有無が検査されるようになったとき、多くの旅行客は最初それに反対だったが、こんにち、旅行客は自分自身の安全のために検査が必要なことを理解している。隠す物がない者は恐れる必要もない。遅かれ早かれ、諸国は同じ結論に達するだろう。問題は、そうなるのは、テロリストによる最初の核爆弾の爆発の前か後かということだ。
 
 (そうだ!隗よりはじめよ! まずはアメリカの査察からですか!それですべてを明らかにしてしまうと・・・いったい、この大量の核兵器はどうしたらいいものなのでしょうか?!? 考えるだに恐ろしくなりますね。アメリカは世界にとって大変な厄介者です!世界は、それを自ら恥じるアメリカ人を支援しなくてはなりません。それには、まず自国を問うことがされるべきでしょう。:池邊)


 (2)必要なのはテロの根本原因にメスを入れることである。長期化する未解決の血みどろの紛争がそれだ。

  特に非対称的な力関係の状況においては、力の弱い側が力の強い敵側の攻撃しやすい標的を狙って無差別の攻撃をする誘惑にかられやすく、1970年代におけるイタリアの「赤い旅団」、西ドイツの「赤軍」、イギリスの「アイルランド共和国軍」がそうだった。

 最近では、「タミールの虎」が軍事的にはより強力なスリランカ政府軍を相手に公共の場で爆弾テロを起こしている。
 こんにち、イラクでは自動車爆弾が毎日のように炸裂している。もちろん、車やバックパックで運搬される爆弾の代わりに、空から落とされる爆弾による市民の殺害は、ある種の「国家テロ」の典型であり、これが市民の暴力的な抵抗を刺激し、それがまたテロリスト捜索の強化の正当化に繋がるという悪循環を生んでいる。

 フランクリン・ルーズベルト米大統領とサウジアラビアのイブン・サウド王が米艦「クインシー号」船上で1945年2月14日に会談し、米国がサウジアラビアにお ける石油利権の保証と引き換えに、内乱に対してサウジ王室を保護する約束をしたことは、なにゆえ、2001年9月11日のニューヨークとワシントンにおける自爆者19人中15人がサウジアラビア人だったかを部分的には物語っている。
 
  抑圧的、独裁的政権への武器輸出は、その結果に苦悩している人びとの間に不満を呼び起こす。(日本への武器輸出とMD開発の資金強奪も同様・・:池邊)
 中近東の紛争は、パレスティナ人が難民キャンプで何世代にもわたって生活し、高い失業率に苦悩している地域で起きており、自爆者を生み出す契機となっている。
 もっと広いレベルでは、日々10万人の人びと、特に子どもたちが飢餓と、予防できるはずの病気によって不必要に死んでいるのに、他方では豊かな国々における途方もない贅沢と浪費を許している世界経済が不満の種になっている。
 
 米国が第二次世界大戦終結以来、67回も外国での軍事介入を実行し、これらの軍事介入のために推定1,200万人もの人びとが死んだ(ベトナムだけでも300万人が死んでいる)という事実は、世界の多くの地域で悪評の的となっている。
  
  テロはテロリストを殺してもなくならない。テロリストを殺せば彼らの支持者たちの怒りを買い、彼らの報復を促すことになるだけである。



 (3)苦しみと不正義が人びとを命がけで復讐に走らせているのだから、その原因を取り除く必要がある。

  先進諸国は正義のために闘っている人びととの話し合いに乗り出さなければならない。それは、罪のない市民に対する無差別な暴力を含む暴力行使への動機を除去するためだ。

 北アイルランドにおける暴力が終結したのは、抵抗勢力の苦しみの声を沈黙させるのにひたすら軍事力に依存する代わりに、英国政府が話し合いに応じたときだった。

 また、紛争が暴力にエスカレートする前に紛争を平和裏に転換することが重要だ。これは教授と学習が可能な技術である。たとえば、平和研究分野の創設者として広く知られているヨハン・ガルトゥングは、エクアドルとペルー間で4回も戦争になった 長年にわたる国境紛争の終結に一役買っている。ガルトゥングは紛争地帯を両国の共同管理の下における「両国自然公園区域」にすることを提案し、これが功を奏した。
 
  この平和的介入は軍事的平和維持活動に比べコストはほとんどゼロに近かった。私たちが必要としているのは、

  紛争が暴力にエスカレートするのを防止するのに有効な訓練を受けた数百人の仲裁員からなる国連仲裁機関だ。これは、何百万人もの軍隊を武装し、全体として世界をますます危険にしているだけの、毎年世界が費やしている何兆億ドルかに比べるならば、人類生き残りのためには極めてローコストの価値ある投資だ。 
 
 
 もし私たちが、時代遅れの思考法―他者に脅威を与えることが自分たちを安全にする-ということにこだわるならば、私たちは人類として死滅に直面するだろう。ちょうど、新しい状況に適応できなくなった他の動物種が死滅したように。

  
  すべての核兵器をなくすことは現実的な見通しだろうか。もちろん、核兵器が意図的にせよ偶発的にせよ実際に使用されることを待っているよりは遥かに現実的だ。核兵器が発明されなかった状態に戻ることはできないのだから文明が続く限り私たちは核兵器と共存せざるを得ないのだと言う人たちがいる。
 
  しかし、人食いの風習が発明されなかった状態に戻した人はおらず、ただ私たちはそれを忌み嫌うことを学習したに過ぎない。

 同じように、核兵器による都市全体の焼尽を忌み嫌うことを、私たちは学習できないのだろうか。

司法の死と再生

2005年07月28日 10時51分43秒 | Weblog
 司法の死と再生

   --司法の死亡届を出さねばならないのか わたしたち庶民は--

                       池辺 ゆきえ

司法は 死んだ
  その六法の棺に 白い花を添えよう
  裁判官たちはむくろと化し その目は腐った魚の目
  陪臣は恥ずかしさに俯いてうちふるえる
  このまま棺おけの中で一生を過ごすというのか

 司法は 死んだ
  国民の願いを聞けなくなった耳はもういらない
  国民をまっすぐに見れなくなった目ももういらない
  国民の気持ちが分からなくなった心ももういらない
  むくろになった司法は六法と一緒に墓に入ってしまった

 司法は死んだ
  わたしたちはこれからどうなっていくのだろう
  わたしたちはこれからどうしたらいいんだろう
  無法者が牛耳る世の中になってしまった
  恥しらずのまかりとおる世の中になってしまった
 
 司法のお葬式をしなければ
  そもそも庶民のための法 庶民のための法廷ではなかったのか
  司法が死んで 民主主義も亡くなり独裁政治へとなりかわった
  いまや司法は 権力の番犬になってしまった
  ほんものの司法は殺されてしまった みなで悼もう

 司法は死んだ
  悪魔ににらみつけられて息たえた
  悪魔により法は踏みつけられ蹂躙された
  もうすっかり息絶えてしまったのだろうか
  どこかに根っこは残ってはいないのか。
 
 司法は死んだのか
  しかしわたしたちの手で再びよみがえらせよう
  法は本来わたしたち庶民を守るべきもの
  法は本来権力の横暴を阻止するはずのもの
  もはや法を守り育てれるのはわたしたち庶民しかいない

 司法を生き返らせよう
  公平でまっ当であたりまえのバランス感覚を持った
  まともな人々による政治こそが法を生き返らせれる
  司法が復活するには政治が変わるしかない
  わたしたち庶民の政治に変えるしかない
 
 司法よよみがえれ
  心ある人たちよ 自ら立ちあがろう
  心ある人たちよ いっしょに手をつないで進んでいこう
  ほんとうの民主主義に気づいたものたちよ いまこそ声をあげよう
  そして わたしたちのための法をよみがえらせよう

 

 司法よ よみがえれ! 

 庶民よ 今こそ声をあげ つながって 立ち上がろう!
  

「エデンの乳房」

2005年07月26日 15時52分58秒 | Weblog

「エデンの乳房」 中島みゆき


私たちが寄ってたかって この星のことを
宝島ではないと哄笑(わら)っているのに
私たちが寄ってたかって この星のことを
エデンではないと哄笑っているのに
与えることしか知らない この星は
五十億の餓鬼に乳房を与え
ラストオーダーを切り出しかねている
ここが無限の宝島だったなら
私たちは奪い合う筈(はず)がないのに
ここが馨(かぐわ)しきエデンだったなら
私たちは寂しみ合う筈がないのに



やせた星よ
祝福されし児等と
巫女たちの唇は動き続けても
幸福のための【正しい】略奪は続き
幸福の数だけ不幸は対在する
その理由(わけ)を
問おうにも やせた星よ
己れの全てを与えるくせに
ただ一つ
己れを守る者だけを持たない
その生は未だ幼く
その生は永劫ならず
私たちは明日をも知れぬ



垂乳根(たらちね)の星よ
火の衣を失い 水の衣を失う日に
五十億の赤児たちは 愛情の糸を織りなし
最後の衣を着せかけうるだろうか
赤児たちは幾たびも幾たびも
悲しみと同じ産声をあげながら
この エデンならぬ星に生まれ
おぼつかない糸を今日も紡ぐ
私たちは幾たびも幾たびも
この エデンならぬ星に生まれ
おぼつかない糸を今日も紡ぐ








1987年1月1日付朝日新聞
『片想い』(新潮文庫、1987年7月25日発行)から
----------------------------
/ ̄/ ̄/ ̄/ ̄/ ̄/ ̄/ ̄/ ̄/ ̄◆

PUBLICITY
No.1190(2005/07/26/火)

◆_/_/_/_/_/_/_/_/_/

「PUBLICITY」(パブリシティー) 編集人:竹山 徹朗
E-mail:freespeech21@yahoo.co.jp
blog:http://takeyama.jugem.cc/

※転送・転載自由です。ただ、転送・転載される時には、
登録申し込み先(↓)も必ず合わせて併記してください。
http://www.emaga.com/info/7777.html

□□□□□□□□□□□□◆□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□◆□□□□□□□□□□□□



岩は語る

2005年07月16日 17時56分50秒 | Weblog

         岩は語る
                       いけのゆき


  たそがれの 摩文仁の海岸  岩たちは  語り合う
  あの戦渦の日々に  つぶさにみてきたことを

  
    水平線は 一面のアメリカの艦隊で おおわれていた  

    艦隊からは つぎつぎと戦闘機が飛び立ち
       さとうきび畑を 逃げ回る人たちを 撃ち殺してまわった

    艦隊からの集中砲火は
       人々の潜むアダンの林やガマを焼き尽くし

    戦車は 逃げ惑う人たちを
       キャタピラの下に押し潰した 
     
    迫撃砲は 少女の顔をふきとばし
       機関銃の銃撃は 赤ん坊をせおう母親にもあびせられた

    兵隊の放つ火炎放射器は
       アダンの林にひそむ人々を焼き
       いたいけな少年たちを壕と一緒に焼き尽くした     
     
    岩陰にひそむ人たちを
       照明弾がみつけ 砲火をあびせる

    おいつめられた人々は
       岸壁からつぎつぎに飛び降り 岩にうち砕かれた    

    澄みきっていた海は
       たくさんの人々の死体におおわれ 赤く染まった
     


人間とは ほんとうに 残酷な生きものじゃのう
こんなにも美しい自然を  味わうことを忘れて
人もろともに おしつぶし壊してゆく

悲しみ苦しみ 互いに憎しみと恨みのなかで
きずつけあって 生きている
     
なんとも あわれな 不可思議な 生き物じゃのう




(これは ひめゆりの塔記念館で買った 生き残った生徒たちの手記の 
 戦場の様子をお借りしました)


ゆたかなアフガニスタンはいずこ

2005年07月05日 07時56分48秒 | Weblog
      いけのゆき


かつてアフガニスタンは 花咲き乱れ  
  鳥のさえずる 緑の大地だった
  果物はたわわにみのり 野菜も穀物もたっぷりとれる 
  みずみずしい大地だった
 
  人々は笑いさざめき
  ひび平穏に生活をたのしんでいた
  子供の目はかがやき 女性たちも顔をだし
  日の光をあびて笑っていた

  水のきれいな 空気の澄んだ 
  桃源郷のような長寿国 アフガニスタン
  無心に遊ぶ子供たち 穏やかで素朴な人たちの地
  人々と 神々は無心にたわむれていた
  
そんな天国に 悪魔が侵入した!
機関銃を持ち戦車を従えて

 
  その日を境に 天国のふるさとは 
  地獄へと堕ちていき 呪われた大地となった
 
  さらに次々とむらがる大国は 緑の大地と人の心を食い物にした 
 
  愛のかわりに 武器を与え
  喜びのかわりに 悲しみを 
  微笑のかわりに 苦しみをあたえた
 

  鍬を持つ手に 銃を持つ
  戦いの地において 神々は大地を見放した
 
  全てはからからに渇ききった
  人のこころも大地も河も・・・  
 
  文明という鎧をまとった死の商人は
部族の抗争を支援し 殺戮ははてしなくつづいた 
  人々の涙はもはや枯れ果て 笑いは絶えたまま
 
  そこにタリバンのみどりの旗印は
  祖国に平和と秩序を取り戻す希望にもみえたのだろう
 

  しかし悪魔に魂を売った大国は
その食べ物の麻薬がストップし
北からの石油のパイプラインがひけないと分かると
アフガニスタンを逆に悪魔だと世界に訴えはじめた

  一方的に経済封鎖をつづけた
  国外の貯金を凍結し交通も交流も支援も
  全てを断ってアフガニスタンを追い込んだ
  かつて日本を戦争に追い込んだオレンジ作戦とどうように

  西欧の悪魔に魅入られたその国は
  弱いものから生命と財産を奪う方法しか知らないかのように


  もはや現代は わかちあうことをしらない悲しい冷たい世界なのか
  全世界は そのひずみとしわよせの全てをアフガニスタンに押し付けたまま
  知らん顔をして 分捕った富を分配享受している


  こころと体を飢餓に追い込まれ餓死した民は百万人に達した
  とうとう堪忍袋の緒はきれた
  バ-ミヤンの仏像は破壊され
  悪魔の帝国主義の象徴のWTCに文明の利器が武器となって突っ込んだ


  そして今 空からミサイルが何千発も降ってくる
  まるで悪魔を追い払う天からの業火のように
  しかし、ほんとうの悪魔はどっちだろう


  人々はふるさとを捨て いくあてもなく逃げ惑う 
  逃げる元気もお金もない人々は
  むなしく戦場の業火の下にとどまり空を仰ぎ アッラ-に祈るのみ

  相手のみえない空爆は 人の生命を虫のごとくに奪い家々を破壊する
  原爆にも思えるパワ-で アフガンの村々は壊滅され
  逃げ惑う弱い人々や子供を次々に殺傷してゆく

 
  一体 鬼はだあれ 
  あの青々と 光と水のあふれる 豊かなふるさとを壊してしまったのは

  一体 鬼はどこにいるの
  何十万人のアフガニスタンの人々の生命がその人生の幸せが この空爆で消えてしまった

  こんどこそ かれらに返してあげなくては
  彼らの生命の尊厳と人としての誇りとみどりの祖国を

  悪魔の文明の国々は これまでの傲慢な所業を深く深く反省し
  彼らの前にひざまづいてこころから詫びねばならないだろう


  どうぞ 悪魔に魂を魅入られてしまった  わたしたちを許してください


  

バグダッドの子守唄

2005年07月03日 07時19分00秒 | Weblog

アンヌ・シルヴェストル

わたしの赤ちゃん 世界が燃えている
あなたの小さな人生の中 あなたはここを安全だと思っていた
でも今日、ここはもう安全な場所ではなくなった
あなたを生まれさせてごめんなさい

でも炎に見舞われる前にあなたを知りたかったの
二人でいれば容赦ない攻撃の豪雨にも耐えられるかしら
死が空から降ってくる時
二人なら暖めあえるから

わたしの母乳と一緒にあなたは恐怖を飲み込む
わたしは子羊がほしかった
あなたに草原を走り回らせてあげたかった
いつの日かあなたが微笑むように


わたしの赤ちゃん わたしの希望
これがあなたに加えられた最初の暴力
9カ月を待たずにあなたを産まれさせた
保育器の中にいるあなたを見ている

幸せな気持ちになれずに
心が動揺するわたしは
あなたを産んだわたしの行いをなじりながら
あなたが長く生きられることを祈っている

それからわたしの気持ちが逆らっても
わたしはあなたをハンサムに産みたかった
わたしたちに水が残っている限り

わたしの母乳と一緒にあなたは恐怖を飲み込む
わたしは子羊がほしかった
あなたに草原を走り回らせてあげたかった
いつの日かあなたが微笑むように


わたしの赤ちゃん なんという世の中なのかしら
生きていることに驚いた子供の最初の泣き声に
答えるのが警報のサイレンなんて
やわらかいあなたの肌にはもう
灰が積もっている

灰は明日になればわたしたちを覆いつくし
わたしたちがどこにいるのかさえわからなくなってしまう
わたしが死からあなたを引き離しても
覚えていてほしいの

わたしたちのことを心配してくれる人はほとんどいない と
人間は狂っている と

わたしの母乳と一緒にあなたは恐怖を飲み込む
わたしは子羊がほしかった
あなたに草原を走り回らせてあげたかった
いつの日かあなたが微笑むように



* * *

このポエムは天木さんのオフ会でお会いしたLさんからご提供いただきました。
彼は芸術的感性をお持ちのおちついたすてきな方でした。
他にも2編ご紹介をいただきました、また紹介いたしましょう。

わたしにとっても、あのバグダッドの空爆の時、その空の下にいる方々、街にまだ残る方々が思われ、
そのとてもいたたまれなかった思いと辛く苦しい悲しみが今でもまざまざと胸をよぎります。

わたしたちは、どうであれ、少なくとも武器で傷つけあうような野蛮なことは、
人類としてもうやめねばならない時期がきているはずだとわたしには思われるのです。

人類は過去の暴挙のおおもとを反省し学びこれからに生かすことができるまでに成長してきているはずです。

わたしたちの思いのおよばぬようなところの大きな悲しみと苦しみも感じとれる
そのようないつもひびきあえる心でありたいと願っています。

この平和へのとりくみの第一弾のポエムとして、
   まず過去の悲しみ苦しみと、声なき声の思いが痛切に感じられ、
   今一度けっしてくりかえさないという新たな誓いがかんじられるにふさわしいポエムだと思われます、感謝です。

   その赤ちゃんが元気にそだっていることを祈りつつ