その3 アイパッドを乗り越えて高峰秀子 木下慶介作品を!!
我がフェイスブックに喜びも悲しみも幾年月をアップしました。
とってもいい作品です。
ご訪問あれ!!
我がアイパッドの喜びも悲しみもバイバイ
そしてこの作品
なんとなくだが小学校のときにクラスで映画鑑賞に行った記憶!!
我輩の小学校時代にはそんな企画が1ー2年1回あった気がする。
24の瞳と同じく心美しき作品です。
殺伐日本人よ!! 優しき思いやりある人間に戻れ!!
4C Civility, Character, Compassion, Courage
礼節に品性、さらには思いやりに勇気を持つ人間に!!
って思いました。 年寄りの繰り言ですが!!
あらすじ感想はコピペ
喜びも悲しみも幾歳月/高峰秀子のあらすじと感想【映画】
「喜びも悲しみも幾歳月」を見ました。監督:木下恵介、1957年/日本、主演:佐田啓二、高峰秀子、有沢正子、中村賀津雄、桂木洋子。
「喜びも悲しみも幾歳月」は灯台守の物語です。「喜びも悲しみも幾歳月」は、観音崎灯台の場面からはじまりました。私事で恐縮ですが、観音崎は、私の生まれ故郷の三浦半島にあります。観音崎灯台は、日本で最初の洋式灯台です。横須賀の子どもたちは小学校の遠足で観音崎公園に行きます。海風は強いのですが、近づくにつれて、のどかな景色のなかに灯台の美しい姿が浮かびあがってきます。
「喜びも悲しみも幾歳月」の冒頭は観音崎灯台に新米の灯台守が帰ってくる場面でした。どうやら故郷の家族に不幸があって帰省していたようです。新米の灯台守は、新妻を連れてきました。二人は、祝言をあげてそのままの足で灯台にやってきたようです。灯台で祝宴が開かれます。それが一般的なのか、もしくは、今でもそうなのかはわかりませんが、当時は、妻や子どもも任地である灯台に連れてきていっしょに暮らしていたようです。
灯台守の男は、灯台の中の狭い場所で手紙を書いていました。ほうぼうに送るためのあいさつ状のようです。新妻がらせん階段を上がってお茶を持って来ました。
「じゃ、また来るわ。片づけものがあるから。何かもってくるものない?」
「うーん、別にないけど、早くおいでよ」
「喜びも悲しみも幾歳月」は、そんな灯台守と家族の物語でした。
「喜びも悲しみも幾歳月」は、長い時間をカヴァーする物語でした。人生のそれぞれのステージを描いた場面を積み重ねて作品を構成します。新米の灯台守は、佐田啓二が演じていました。新妻は、高峰秀子が演じていました。新米だった灯台守は、最後には、灯台長になります。二人が初老に達するまでを描いた物語でした。
「喜びも悲しみも幾歳月」では印象に残っている場面があります。佐渡の灯台に勤務していたときでした。佐田啓二は中堅です。責任者の代理をしていました。佐田啓二の後輩にあたる見習いの灯台守が顔じゅうをあざだらけにして帰ってきました。しょんぼりとして部屋にこもってしまいます。高峰秀子が心配して様子を見に行きます。ほっといてくださいという青年を、年の功で元気付けて部屋から連れ出します。佐田啓二は、青年をしかりつけました。灯台守は重要な責任を負っている、軽々しくけんかなどするなと怒鳴りつけました。青年は、徴兵逃れのために灯台守になったんだろうと、なじられたことを告げました。佐田啓二の顔色が変わります。その日は、出征兵士の見送りがありました。佐田啓二は、そいつのもとへ案内しろと言いだしました。青年は、けんかをしてはいけないと言ったじゃありませんかと言って、とめようとします。佐田啓二は、それとこれとは別だとはき捨てます。二人は、雪の中を飛び出していきました。おそらく相手方は酒が入っているのでしょう。ただでは済みません。戸口から身を乗り出す高峰秀子が、「しっかりやってらっしゃい」と2人に手を振りました。
戦争が激しくなりました。敗戦の気配が色濃くなります。灯台の外壁が木の枝で隠されたり、迷彩塗装がされたりしていました。カメラが上空のかなたから灯台に近づいてくる場面がありました。カメラは灯台に向かって急降下していきます。機銃掃射の効果音が灯台を襲います。カメラは、ふたたび急上層していきます。よく晴れた美しい空に、戦時中に殉職した灯台守たちの氏名が浮かびあがりました。
「喜びも悲しみも幾歳月」は灯台守の物語です。佐田啓二は、報われることの少ない仕事を黙々とこなしていました。海の先に立てられた灯台で火が消えそうになったら、沖で戦っている漁船のために、嵐の中を船を漕ぎだして灯台に向かいます。「喜びも悲しみも幾歳月」で描かれた灯台守たちの多くは、けっして幸せとは思えない孤独な人生を送っていたように思えました。佐田啓二も子どもの死に目にも会えずに、一人で灯台を守っていました。そんな佐田啓二と一度の見合いで連れ添った高峰秀子は、「あたしは子どもだけは戦争に行かせませんからね」とふくれたり、「頭で働いてる人だけがえらいんじゃないわ。体で働いているお父さんは立派よ」と勉強ができない息子をなぐさめたり、灯台の上から佐田啓二と二人で並んで海を見つめたりします。ドラマチックな場面はないのですが、ちょっとした場面の積み重ねの中で、高峰秀子のうしろ姿が、そのつど、そのつど、絵になっていました。
「喜びも悲しみも幾歳月」を見終わって、人生というものを考えさせられました。
午後6時
3回目の休憩
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