お気楽のん気その日暮らし

ダラダラと、適当に、思ったことを書き連ねております。

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2010-09-27 14:20:03 | おっさんアイドルグループ
観終わって、出てきた感想がただ一言。

「すげぇ」

だけでした。


以下、ネタバレもあるかもよ。





やはり、ワタクシの場合「殿」の感想からになるのですが・・・
十三人から狙われることになる明石藩の殿さまは、「最凶の暴君」と言うキャッチコピーに恥じない、最低最悪最凶の殿さまでした。
現将軍の腹違いの弟で、次の参勤交代で出府した際には老中就任が決まっている若殿・・・と言う設定が、まず絵面で納得できる。
それは別に育ちがよさそうとかそういうことではなくて、周りの「俳優」陣と稲垣吾郎と言う職業「SMAP」のまとっている空気の違いです。
掃き溜めに鶴・・・と言うより、松並木のなかに一本だけ桜が満開・・・的な違和感。
普通の人たちの真ん中に端然と立っているだけで滲む座りの悪さ、違和感、不協和音・・・
それは、なんつーか、ダテにトップアイドル張ってきてねぇな、と言うオーラの違いです。
誤解なきように言うと、それは吾郎が煌びやかで他が華がない、って意味じゃありません。吾郎だけが綺麗で、他が汚いって意味でもない。
純粋に、単純に、「職業:俳優」と「職業:SMAP」の違い。
その差異、その違和感があればこそ、あのキャスト陣の中で殿さまの異様さが引き立つので、それを見越してキャスティングした三池GJ☆です。
この殿さま、ぱっと見はただのお飾りの綺麗な殿さまです。
ただ、凡庸とした・・・静謐とも言える瞳の奥に、キッチリと狂気が見える。
この狂気、外に向けてたけり狂うエネルギーではなく、すべての鬱屈や怒り、焦燥や嫌悪やそういうなにもかもが内へ内へと向かい、燻りドロドロに溶け、混ざり、発酵し腐臭を放つヘドロのようなものに育ったんじゃないかと思える。それが身の内を侵食し、パッと見だけは美しいバケモノを作ったんじゃないか、と。
そのくらい、この殿さまの最凶っぷりはすごかった。
だから、後半50分続く血みどろの戦闘シーンより、前半の殿の残虐シーンの方がずっとグロくて心臓に悪かったんだよね。
そして、殿が酷ければ酷いほど、それでも殿を守り封建社会の枠の中で武士道に殉じようとする鬼頭の悲哀や、殿を倒そうとする島田ら13人が引き立つと言うわけで・・・



13人に関して言うと、このメンツならvs300がvs500でも勝てそうだぜ、とかちょっと思ったw
だって、松方弘樹ひとりで100人くらい簡単に倒せそうなんだもんよ。
いやぁ・・・時代劇の黄金期を経験してる東映のスターさんの「殺陣」は、ちょっとそんじょそこらのもんとは違うぜ。
流れるように華やかに美しい「殺陣」でございました。
緩急の妙と言うか、複数を相手にしても少しの追い詰められた感がないのよね・・・だって、つえ~もんw
普通人を斬っていくうちに骨に当たって刃零れもするし脂で斬れ味も落ちるはず・・・とか言う常識とかがまるっと関係なく、堪能しておけ、時代劇スター様の殺陣の妙技を! と言うね。
反対に伊原さんのは「豪傑」の刀さばき。重量感のある重い強さ。刀をとっかえひっかえしながら次々と斬り倒していくんだけど、どの太刀筋も刀の重さを感じた。
伊原さんひとりで75人はいけるw
で、もうひとりが新太。新太の場合はもう「槍が身に付いてる感」がぱねぇ。
槍の殺陣って難しいはずなのに、そんなかんじ一切ナッシング。
直近で言うと「りょ~まで~ん」で筧さんの三吉が槍の殺陣してたけど、あぁ言う流れるようなかっけ~!!!!って感じの殺陣じゃなく、新太のはもっと実戦っぽいというか泥臭い感じ。
新太もひとりで75人くらいいけちゃうんじゃないかしら・・・ってなると、ほら、もう残りは50人ばかり。残りの刺客はひとりで5人相手にしたらいいんだもの、楽勝じゃない!
・・・と思うくらい、上記三人がめっちゃ強そうでした。
若手の、身体が動く人たちより全然強そうなベテラン陣・・・それが時代劇のいいところです☆



で、その若手の中では断トツで山田孝之と伊勢谷が美味しい。「三池さん、この二人の事大好きなんだなぁ」と感心するくらい美味しい。
物語の本線的に美味しいのと、本線から外れたとこで美味しい・・・の差はあるけれどw
「めんどくさい男」である新六郎は、ほんとめんどくさい感じで良かった。腕もあってたぶん頭も良くて、なんでもそこそこ出来がいいタイプだったんだろうなぁ。
それがある日立ち止まってしまった。封建制度の中で三男である自分の立場とか、武士ってなんなんだ? とか、こんなことしてなんになるんだよ・・・とか、そう言う若者の壁を前に立ち止まってしまって、ドロップアウトしちゃった感がよく出てた。
もやもやした鬱屈がどんなことをしても晴れなくて、だけど今更何も気付かない振りで前に進むこともできなくて、だけどこのままでいいなんてやっぱり思えなくて・・・という、果てしない自問自答してそうなタイプ。
対する小弥太は正反対の、そういうものをすべて取っ払って本能と感情で生きてる何物にも捕らわれていない「野人」。
いやぁ・・・この伊勢谷、羨ましくなるくらい、卑怯なまでに美味しい・・・ずるいよw
いろいろと。どれもこれも。
たぶん、高杉△とか思って十三人観に行ったら、さらに惚れると思うよ、伊勢谷にwww
他の若手も、それぞれがそれぞれに「らしい」戦い方を付けてもらってたなぁ、と言う印象。


この映画の売りであるところの後半50分にわたる戦闘シーンに関しては、確かに血みどろではあるけどグロくないと言うか、飽きさせないしちゃんと見れる物だった。
普通そんだけ戦いが続いたら単調になると思うんだけど、そっこは作り方が巧い。
そして、あんなにたくさん人が死んで、味方もほとんど死んでいるのに、ラストが爽快・・・ってのがなによりすごいと思った。
普通「大願は成就したけれど失くしたものも大きかった」てきな喪失感とか、湿った感情が出てもおかしくないと思うんだけど・・・全くない。これは、13人のキャラを立てようとしながら「背景」を描かなかった脚本の勝利だと思う。
普通キャラを立てようと思ったら、どう言う育ち方をして、どう言う考えで、どう言う家族がいて、ってことを語らせる・見せるのが常道だと思うんだけど、この十三人に関しては語った人は家族を既に失くしてる人だけ。青年から壮年の男子が十三人もいれば「残していく人」がいても当然なのに、そこが一切描写されず「身一つのひとりの男」としてのみ存在してる。
だからこそ、湿った空気がないんだろうなぁ・・・と思った。浪花節の入る場所がないんだもん。
その中で「残して来た人」「気になる女」がいる人だけが生き残るんだから、絶対わざとそうしたんだと思う。それがほんと、巧いな! って感じ。



作品として、どなたさまにもおススメできるエンターテイメントの最高傑作、と言う作品ではない。
そんなにグロでもないんで、思ったより広範囲に勧められるとは思うけど、それでもダメな人もギブアップする人もいると思うから。
でも、私にはすごく面白かったです。
もしお時間があれば、観てみておくりゃれ。

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