
今回はあまり疲れなかったはずだが、元の調子に戻るのに一週間かかった。年のせいかもしれない。
今回の旅は緩やかだった。母の足が弱って、スケジュールをキャンセルをすることが多かった。一駅の奈良駅にある日航ホテルのお昼のバイキングには二度行った。この程度がせいぜいの行動範囲の母になった。それでも関空では私の出迎えをしてくれて、いつものように空港敷地内のある日航ホテルでゆっくりと帰国の第一夜をすごして翌日自宅に帰った。
後のほとんどは自宅の近くの母のケアーホームで寝泊りをした。一部屋で彼女はベッドに私はコタツに入って寝た。お風呂は共同だが、きちんと一人ずつ入れるスケジュールがあって、結構明るく広い風呂場であった。食事は、栄養士のメニューで柔らかな老人食であった。一日三食、品数も多い。全部食べきるのに忙しかった。それで一日500円だ。
彼女のスケジュールは規則正しくやってみると結構忙しい。朝4時半に起きてベランダでエクササイズをして、洗濯機で洗濯をする。顔そりをして、ヨーグルトにレモン汁を絞り込んで飲む。6時45分には軽く化粧をして、着替えをする。7時前には3階から一階の階段をエクササイズで上り下りしてダイニングに下りる。食事がくると味噌汁を御椀に注ぐ役目を果たす。食事が終わると7時40分頃部屋に帰ってくる。此処で果物を食べる。欠かさないのがみかんとバナナである。少し仮眠をして10時半には、化粧、着替えをしてランチに降りる。1時半過ぎから、風呂に入る。4時半には同じ事をして夕食に降りる。8時までテレビを見たり、編み物をして過ごす。そして床に就く。
私も少しやってみた。ダイニングのお手伝いで13人位の住人に会った。皆さん可愛いお年寄りである。90歳の人が3-4人、102歳の人も居る。殆どの人は車椅子か歩行器を使っている。皆さんお元気である。
友人も遠路から母に会いに来てくれて一泊してくれた。昔からの友人で母も喜んで笑って話をした。
私も宝塚歌劇は友人といった。昔の職場の友人と神戸の奥のグループホームに住む元上司を見舞った。変わりように涙した。もうひとりの友人は今年リタイアーをするという。足が悪くなって、歩かせないように阪急梅田の改札口の側の喫茶店で話をした。
日本の紅葉は色の濃差が違う。雨上がりの興福寺境内にたたずむ桜の深い深紅の葉と銀杏のまばゆい黄色の葉を纏った木々には言葉を失って見上げずにはいられなかった。紅葉の落ち葉でうずめられた地面と長年の人々の信仰で覆われた世界遺産の建造物の佇まいは深い感動を呼び覚ます。その中を鹿がゆっくりと歩く。
トマトと柿、みかんがおいしかった。食通の家人が一緒でなかったので、おいしいものはさほど口にしなかった。友人が招待をしてくれた豆腐と湯葉専門の店のランチは楽しめた。宝塚のカレーと奈良の行き着けの店のお好み焼きはおいしかった。空港で買ったきんつばとオリジナルのきび団子は旅を思い出させる。
日本は優しい国である。近代化が進んで都市の様相は同じになってしまった。。世界遺産の法隆寺も家が景観をふさいでしまったが、奈良はまだ落着く。母のケアーホームの周りはまだ農園が多い。その中で育つ大根、にんじん畑を楽しんだ。手入れの利いた畑は生き生きとしている。生命の躍動である。
今回の旅は緩やかだった。母の足が弱って、スケジュールをキャンセルをすることが多かった。一駅の奈良駅にある日航ホテルのお昼のバイキングには二度行った。この程度がせいぜいの行動範囲の母になった。それでも関空では私の出迎えをしてくれて、いつものように空港敷地内のある日航ホテルでゆっくりと帰国の第一夜をすごして翌日自宅に帰った。
後のほとんどは自宅の近くの母のケアーホームで寝泊りをした。一部屋で彼女はベッドに私はコタツに入って寝た。お風呂は共同だが、きちんと一人ずつ入れるスケジュールがあって、結構明るく広い風呂場であった。食事は、栄養士のメニューで柔らかな老人食であった。一日三食、品数も多い。全部食べきるのに忙しかった。それで一日500円だ。
彼女のスケジュールは規則正しくやってみると結構忙しい。朝4時半に起きてベランダでエクササイズをして、洗濯機で洗濯をする。顔そりをして、ヨーグルトにレモン汁を絞り込んで飲む。6時45分には軽く化粧をして、着替えをする。7時前には3階から一階の階段をエクササイズで上り下りしてダイニングに下りる。食事がくると味噌汁を御椀に注ぐ役目を果たす。食事が終わると7時40分頃部屋に帰ってくる。此処で果物を食べる。欠かさないのがみかんとバナナである。少し仮眠をして10時半には、化粧、着替えをしてランチに降りる。1時半過ぎから、風呂に入る。4時半には同じ事をして夕食に降りる。8時までテレビを見たり、編み物をして過ごす。そして床に就く。
私も少しやってみた。ダイニングのお手伝いで13人位の住人に会った。皆さん可愛いお年寄りである。90歳の人が3-4人、102歳の人も居る。殆どの人は車椅子か歩行器を使っている。皆さんお元気である。
友人も遠路から母に会いに来てくれて一泊してくれた。昔からの友人で母も喜んで笑って話をした。
私も宝塚歌劇は友人といった。昔の職場の友人と神戸の奥のグループホームに住む元上司を見舞った。変わりように涙した。もうひとりの友人は今年リタイアーをするという。足が悪くなって、歩かせないように阪急梅田の改札口の側の喫茶店で話をした。
日本の紅葉は色の濃差が違う。雨上がりの興福寺境内にたたずむ桜の深い深紅の葉と銀杏のまばゆい黄色の葉を纏った木々には言葉を失って見上げずにはいられなかった。紅葉の落ち葉でうずめられた地面と長年の人々の信仰で覆われた世界遺産の建造物の佇まいは深い感動を呼び覚ます。その中を鹿がゆっくりと歩く。
トマトと柿、みかんがおいしかった。食通の家人が一緒でなかったので、おいしいものはさほど口にしなかった。友人が招待をしてくれた豆腐と湯葉専門の店のランチは楽しめた。宝塚のカレーと奈良の行き着けの店のお好み焼きはおいしかった。空港で買ったきんつばとオリジナルのきび団子は旅を思い出させる。
日本は優しい国である。近代化が進んで都市の様相は同じになってしまった。。世界遺産の法隆寺も家が景観をふさいでしまったが、奈良はまだ落着く。母のケアーホームの周りはまだ農園が多い。その中で育つ大根、にんじん畑を楽しんだ。手入れの利いた畑は生き生きとしている。生命の躍動である。
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