幸せな時間 ③

2023-09-08 10:51:50 | 
病院に着くと、
「あぁ、やっぱりここかぁ。」と言い
特に拒否することなく病院内に入れました。


体温がとても低くなっていた父は待ち合い室が寒い寒いと言っていました。

フリースのブランケットをまた上半身に巻き付け
私の手でブランケットの上から父の手や腕を温めながら待ちました。

よくわからない短い会話をしながら
父は体が温かくなるとスーッと寝てしまいます。


「ベッドかりて横になる?」と聞くと

「(首を横にふって)いや、なんぼでも寝れてしまうから起きとく為にも座っとく。」
とすごくまともな答えが返ってきました。

こういう時私は
まだ父はそんなに認知症が進んでいないのではと勘違いしそうになります。


父の認知症は『まだら』なのです。



それでも私は父の体を温めながら、父と穏やかに会話できたことに小さな幸せを感じていました。





父の診察になり、先に母と私だけが診察室に入りました。


「入院したほうがいいですね。」と先生。

「ただ、今は空きがなくて。
次の通院…は、待てないですか?」と言われました。


「今日ここへ連れてくるのもやっとで。施設さんも疲弊してますし、なんとか今日入院できたら助かるのですが…」

そう私が言ったので、何とか入院できないか検討するとおっしゃってくれました。





そうして、返事を待つ間、父と母と夫と私で近くの喫茶店にお昼ごはんを食べに行くことになりました。



喫茶店で、母と夫はハヤシライス 私はエビピラフを頼みました。

父は席に着くなり眠い様子でなかなか決めなかったので、

「こんなんあるよ。
これにしとく?」

と、父の好きそうな牛丼定食を見せて注文しておきました。

そして、何年ぶりかの家族で外食。


今思い出しただけでも幸せでいっぱいになります。

家族でご飯をたべることがこんなに幸せを感じることなんだって初めて知りました。


いつもお酒におぼれていた父は、ご飯をまともに食べれず居ましたし、
そもそも父は外食を好みませんでした。

母も家計が苦しいことから外食なんて絶対しない人でしたし、私たちが誘ったら絶対お金を渡してくる人なので、誘うことを躊躇っていました。


けれど、この日は父の入院手続きを待つ日でしたから、やむを得ず喫茶店に入ったという流れでした。


父はまたタイムスリップをしていました。

「まぁ、たまにはいいやろう。
頑張って働いたしなぁ。」

ついさっきまで、仕事をしていたかの口調。


私は
「ほんまやな。
お父さん いつもありがとう。」
と、言いました。


それから牛丼を3分の1残して、父のランチは終わりました。


「もう、おしまい?」と私が聞くと

首をわずかに縦にふりながら

「えんぴつ」

と父が言いました。


??

よくわかりませんでしたが、
父に鉛筆とお箸の下にひいてくれていた小さなペーパーナフキンを渡してみました。


すると

『朝飯 250
昼飯 250
合計 500』


と書きました。

レシートでしょうか。


よくわかりませんが、250円で食べられるご飯なんてありませんから、やっぱり父の頭の中はタイムスリップをしているようです。



「あ、そうか。わかったよ。

ありがとう。ありがとう。

お父さん。」

そう言って紙を受け取り夫に渡しました。

父の字はデタラメでしたが、
字の大きさや間隔は昔と同じ几帳面に揃えられた字でした。



最後に目の前にあるメニュー表の中の
イチオシ巨大ソフトクリームのメニューを見て

「わぁ、びっくり。
おい。(お母さん) はい(あげる)」

とご機嫌に母に絡む父。

母は
「なに言ってるん。」とあしらっていました。


冷めた夫婦関係ですが…

それでも失われた日常を取り戻したようで
私は幸せで幸せでたまりませんでした。