トーマツの先日辞任したばかりの前CEOが、米SECの独立性ルールに違反していたという記事。
「7月31日付で監査法人トーマツの最高経営責任者(CEO)兼包括代表を辞任した天野太道氏(61)が、米証券取引委員会(SEC)が定める会計監査の独立性のルールに違反していたことがわかった。」
違反の内容、期間、監査法人品質管理部門の対応などによっては、米国上場企業の監査契約を辞退しなければならない可能性すらあります。結構大きな問題です。
当サイトの関連記事(米デロイトが独立性違反で処分を受けた件)
その2(EYの処分例)
(補足)
米国上場企業である三菱UFJの監査に関連する違反とのことなので、同社のウェブサイトを調べてみましたが、日本語の開示資料の中に該当するものは見当たりません。しかし、以下のSEC提出文書の222~223ページ Item 16C. Principal Accountant Fees and Services(主たる監査人の報酬とサービス)の中の「トーマツの独立性に関するレビュー」でふれているようです。
FORM 20-F(PDFファイル)
Review of Tohmatsu’s Independence
On July 14, 2015, Deloitte Touche Tohmatsu LLC (“Tohmatsu”) advised MUFG’s Audit Committee that a senior partner who serves in an executive management role at Tohmatsu and is in the Chain of Command of Tohmatsu’s audit engagement of MUFG’s financial statements (“Partner in Senior Management” or “PISM”) had a savings account balance at BTMU that was not in compliance with SEC independence rules that require any accounts with audit clients not to have balances in excess of the jurisdiction’s deposit insurance limits. The PISM’s account balance, from time to time and for extended periods of time during the fiscal periods covered by the audited financial statements included in this Annual Report, exceeded the deposit insurance limit in Japan for interest-accruing accounts, which is \10 million.
In addition, Tohmatsu communicated to MUFG’s Audit Committee about other bank account balances in excess of the Japanese deposit insurance limits during the fiscal periods covered by the audited financial statements included in this Annual Report held by three partners and five staff members on Tohmatsu’s audit team for MUFG’s subsidiaries or affiliates. Tohmatsu reported to MUFG’s Audit Committee, and stated in its representation letter to the Audit Committee as required by the rules of the Public Company Accounting Oversight Board, that, based on its investigation of the facts and circumstances related to these matters, in Tohmatsu’s opinion, Tohmatsu’s objectivity, impartiality and integrity with respect to its audit of MUFG’s financial statements were unaffected.
トーマツの経営幹部であり、三菱UFJの監査業務に関して、指揮命令系統の中に含まれるあるシニア・パートナーが、(三菱UFJ傘下の銀行に)預金保険でカバーされる10百万円を超える預金残高を持っていたという違反です。from time to time and for extended periods of time ということなので、ある一時点で瞬間的に超えてしまったというのではなく、ある程度継続して超えていたようです。
さらにこのパートナーだけでなく、子会社や関連会社の監査チームに属する3名のパートナーと5名のスタッフが、10百万円を超える預金残高を有していました。
このような事実は、トーマツ側から監査委員会に通知されたものです。PCAOBの規則によって求められている確認書の中で、トーマツは、三菱UFJの監査に関連して、トーマツの客観性、中立性、誠実性は、損なわれていないと述べているそうです。(引用は省略しましたが、その根拠も述べています。)
監査委員会も、そのようなトーマツの意見に同意し、トーマツの監査報告書をSEC提出書類に添付することを承認しています。再発防止策をトーマツとの間で討議しているそうです。
一件落着のようですが、SECがこれで許してくれるかどうかはわかりません。CEOが辞任したのも、先手を打ったのでしょう。
トーマツにとって、三菱UFJは最重要のクライアントのはずです。それにしては、案外ずさんだなあと思います。
(補足2)(8月5日)
日本の規則ではどうなっているのか、みてみました。
会計士協会の独立性に関する指針(PDFファイル)によると、預金口座などについて、以下のように規定しています。
「会計事務所等又は監査業務チームの構成員若しくはその家族が、銀行、証券会社その他の金融機関である依頼人に開設した預金口座又は株式売買口座は、通常の取引条件に基づいて保有される限り独立性は損なわれない。 」(123項)
公認会計士法では、監査先との債権債務を問題にしていますが、預金については、対象から外しています。
したがって、日本の法令・規則では、(たとえば、業務執行社員が)監査関与先に預金保険でカバーされる金額を超える預金残高を有していても、それだけでは、違反にはならないということになります(ペイオフがありうる時代に甘い規則だと思われますが)。
ただし、「会計事務所等及び監査業務チームの構成員は、公認会計士法等の法令によって定められた独立性に関する規定等を当然に遵守しなければならないことに留意が必要である」(同指針100項なお書き)とされています。「公認会計士法等の法令」の中に、SECに提出される財務諸表の監査を行う場合のSECの規則も含まれるとすると、一つの解釈として、トーマツは、SECの規則だけでなく、日本公認会計士協会の規則にも違反していたことになります。また、公認会計士法第四十六条の三では、「会員は、協会の会則を守らなければならない」とされているので、会計士協会の会則に違反した場合には、公認会計士法にも違反したことになります。日本の規則に違反したわけではないからいいじゃないか、とは言えないと思います。
なお、監査報告書にサインしていないCEOがなぜ厳しい規制の対象となるのかという点については、上記指針の「監査業務チーム」の定義が参考になります。その定義では、「監査業務チーム」には、「会計事務所等の最高責任者に至るまで、監査業務の執行責任者より上位の職位にある全ての者が含まれる」とされており、法人のトップであるCEOは、法人の全監査クライアントの「監査業務チーム」に含まれることになり、「監査業務チーム」としての厳しい規制がかかることになります。米SECの規則も、同じような考え方なのでしょう。
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