「アパレル業界の王者」が歩んだ30年にわたる凋落の道のり
民事再生法適用申請を行ったレナウンは、かつてはすごい優良会社だったそうです(1985年の売上が2202億円で、アパレル業界首位とのこと)。この記事によれば、バブルの時期から陰りが見えていたのだそうです。
「レナウンにとって致命傷になったのが、バブル末期の設備投資と企業買収だ。同社は1989年に年商の1割を上回る250億円を投じて、千葉県習志野市茜浜で大物流センターの建設に着工。さらに翌1990年には、英国の名門ブランド「アクアスキュータム」を200億円で買収した。
しかし、バブル崩壊で物流センターは無用の長物となり、三陽商会の「バーバリー」がすべての年齢層に幅広く売れたのに対し、「アクアスキュータム」は主に50代以上の層にしか売れなかった。
バブル末期に大規模な設備投資をやって経営危機に陥った企業は、尾州(愛知県と岐阜県をまたぐ毛織物の産地)の多数の織物メーカーや、世界最大級のトレーディングルームを建設した三陽証券など、枚挙にいとまがないが、レナウンも例外ではなかった。」
「1991年には85億円もの営業赤字を計上し、暗く長いトンネルに入った。その後は、1991年12月期から11年連続の営業赤字で、ブランド統廃合、不採算売場からの撤退、人員削減といったリストラに明け暮れた。2004年に紳士服専業のグループ会社ダーバンと経営統合し、ダーバンの利益を取り込んだり、不動産を売却したりして、2003年1月期から2007年2月期までは何とか黒字を維持したが、2008年2月期に再び赤字に転落した(決算時期は1993年から1月に、2004年から2月に変更した)」
2005年に投資会社からの出資を受入れて再建を目指しましたがうまくいかず、2010年に中国企業の傘下に入っています。
「昨年12月の決算では、親会社の山東如意科技集団自体の業績も厳しくなり、レナウンが保有する同社のグループ会社である香港企業に対する売掛金回収が滞ったため、57億円の貸倒引当金を計上した。そこに新型コロナ・ショックが追い打ちをかけ、2月後半から株価が60円近くまで急落し、外出自粛にともなう売上げ急減で、とどめを刺された。」
新型コロナは破綻の一要因にすぎなかったようです。
民事再生法を申請したレナウン、30年間のリストラの歴史と、4つのタラレバを考える(Yahoo)
「2つ目のタラレバが「営業力が弱ければよかったのに」というものだ。当時のアパレルの商慣行では、「お客さまに売れた時点」ではなく、「百貨店など店に納品した時点」で売り上げが計上される仕組みになっていた。営業マンの成績は納品量で計られていたので、期末に売れ残り品が大量に返品されようとも、「押し込み営業」は横行。そこに「売り上げ第一主義」が重なり、在庫が積み上がり、利益はますます低下した。早期に「利益第一主義」やSPA(製造小売り)に転換できていたら、状況は大きく変わっていただろう。武器だった営業力が、じわじわと自らを追い込むことになってしまったのだ。」
会計上の収益認識のルールも破綻の遠因だったのでしょうか。(収益認識ルールが関係するのは、期末返品というより、翌期の返品ですが...)
レナウン業績不振 コロナ追い打ち 親会社と対立も痛手(日経)
「比較的高価な百貨店中心のブランドに依存するレナウンは、米アマゾン・ドット・コムなど電子商取引(EC)の拡大や、「ZARA」などファストファッションに押され、顧客層を崩されていた。最近は新たな販路開拓を続けていたが、若者向けブランドの育成がうまくいかず、再建に向けた有効な戦略が見いだせなかったところに、新型コロナが直撃した形だ。
ただ、業績悪化は販売不振だけではない。19年12月期は2期連続の最終赤字となったが、主因は山東如意グループである香港企業からの売掛金の回収が滞ったためだ。「回収がいつになるのか不透明だ」(毛利憲司社長)として貸倒引当金を計57億円計上した。
山東如意も近年は事業環境が厳しくなっていた。中国の景気減速や米中貿易摩擦に加えて、新型コロナで苦戦していたとみられる。レナウンによると、山東如意が売掛金を補償する取り決めもあったというが、実現しなかった。山東如意も経営が厳しくなっていた様子がうかがえる。」
「今回の法的整理は子会社が債権者として民事再生法の適用を申請するという異例の手続きをとった。民事再生を巡ってレナウンの取締役会の意見がまとまらず、子会社を通じた手法になったとみられ、東京地裁は経営陣が主体となって再生手続きを進める「監督型」ではなく、管財人のもとで進める「管理型」を選択した。」