
ゆんたくスペースに集まると、
前日から宿泊しているらしい、新潟から来たお姉さんに促され、
まずは自己紹介ということになった。
一番手は俺。
ごく普通に名前と出身地を言い、よろしくお願いします、
そう言おうとした瞬間、新潟のお姉さんはこう言った。
「めんどくさい」
更に彼女は「覚えられない」とまで言った。
宴会がはじまって、まだ5分程度。
打ち解けムードとは程遠い状況で発せられた言動に、
「自己紹介しろと言ったのはアンタじゃないか」
と思わないでもなかったが、
俺は正直、初対面の人にされるぞんざいな扱いに、
ゾクゾクしていた。
基本的にはSの俺だが、状況に応じてMにもなれる。
適応能力の高さには定評があった。
集まったメンバーは、
あだ名「オヤジ」のインパクトが強すぎて名前が覚えにくかったN君、
三重から来た女子二人組み、屈強そうなD君、その彼女、
和歌山から来た女子、メガネ君、滋賀から来たHさん、
新潟から来た手強いお姉さん二人組み、
そして「今夜はM」の俺、計11名。
色んな話を泡盛を呑みながらした。
日本東西南北端に行くメガネ君には、
「大学に入っても、すぐそんな話はするなよ」とか
「自慢話は様子をみながらするんだ」という様な
あまり役に立たないアドバイスをした。
好きな作家の話をしていて、
「東野圭吾の『宿命』って面白かったですよね。あの二人が実は兄弟で」
と、まだ俺が読んでいない『宿命』の話の肝を暴露された。
そんな会話の中で一番驚いたのは、メガネ君の一言だった。
「ピッコロは味方でした」
彼が初めて観たDBで、ピッコロは既に味方だったらしい。
世代間のギャップとは恐ろしい。
メガネ君は『大魔王』のピッコロを知らないのだ。
俺の人生の大事件を一つ挙げろと言われたら、
初恋、失恋、初××などを大きく引き離し、
クリリンが殺された事と答える。
忘れもしない。
小学校5年生のとき、体育館で友人から聴いたのだ。
天下一武道会の後の、あの衝撃の事件を。
あのクリリンが、一体誰に?
その後、犯人はタンバリンであると発覚。
悟空もやられ、武天老師も死に、天津飯も電子ジャーに…
熱くなり過ぎた。
話を戻そう。
席の配置がそうだった為か、夜が深けるにつれ、
男性陣、女性陣が別々で話していた気がする。
男性陣は男の好きなものの話をした。
挙がったものは、
冒険(旅、キャンプ)、騎馬戦、棒倒し、ウナギのタレ…
次々と挙がる男の好きなもの。
沢木耕太郎「深夜特急」ファンのD君は、
「『ザック』って響き、いいですよね」と握手を求めたくなる発言。
「郡上八幡の飛び込み橋から飛びました」とN君。
「バンジージャンプとスカイダイビングをした。あと京王線で痴漢に遭った」
俺も負けじと、今までの冒険(冒険?)話をした。
そして男の好きなものとして、ブルマが挙がった。
…嘘だ。
挙がったんじゃない。
多分、いや間違いなく、俺が挙げた。
その時、身を乗り出していなかった事を、
俺は心から祈る。
しかし、
控えめに言って、ブルマが日本から消えるというのは、
大政奉還以来の大事件だったのではなかろうか。
まだ高校生のメガネ君は、
「ブルマ廃止」という激動の時期を経験したらしく、
だから、彼の勇気ある先輩は、職員に対してこう述べたらしい。
僕達から、夢を奪わないで下さい
武士道、いまだ死なず。
「ブルマ」と書いて「夢」と読む。
そんな熱い血潮を持った最期のサムライの事を思うと、
ブルマ復活に向け、早急かつ迅速に署名活動を行い、
文科省に嘆願したい衝動に駆られた。
しかし、32歳のおっさんがそんな活動をしたところで、
逮捕されるだけだろう。
法治国家の日本では、公でのブルマに関する発言は、
残念ながら認められていない。
数年後には、トランクスの母親、
またはベジータの妻としての認知が主流になる。
甘酸っぱい気分になりつつ、記念撮影。
「ネットに載せるので、後ろ向きで」と俺は言ったが、

またしてもお構い無し。
西浜に現れる怪人「TAKASHI」の話で盛り上がり、
午後23時までと決められた「ゆんたく」は、
粋な主人のはからいで、午前0時まで続いた。
前日から宿泊しているらしい、新潟から来たお姉さんに促され、
まずは自己紹介ということになった。
一番手は俺。
ごく普通に名前と出身地を言い、よろしくお願いします、
そう言おうとした瞬間、新潟のお姉さんはこう言った。
「めんどくさい」
更に彼女は「覚えられない」とまで言った。
宴会がはじまって、まだ5分程度。
打ち解けムードとは程遠い状況で発せられた言動に、
「自己紹介しろと言ったのはアンタじゃないか」
と思わないでもなかったが、
俺は正直、初対面の人にされるぞんざいな扱いに、
ゾクゾクしていた。
基本的にはSの俺だが、状況に応じてMにもなれる。
適応能力の高さには定評があった。
集まったメンバーは、
あだ名「オヤジ」のインパクトが強すぎて名前が覚えにくかったN君、
三重から来た女子二人組み、屈強そうなD君、その彼女、
和歌山から来た女子、メガネ君、滋賀から来たHさん、
新潟から来た手強いお姉さん二人組み、
そして「今夜はM」の俺、計11名。
色んな話を泡盛を呑みながらした。
日本東西南北端に行くメガネ君には、
「大学に入っても、すぐそんな話はするなよ」とか
「自慢話は様子をみながらするんだ」という様な
あまり役に立たないアドバイスをした。
好きな作家の話をしていて、
「東野圭吾の『宿命』って面白かったですよね。あの二人が実は兄弟で」
と、まだ俺が読んでいない『宿命』の話の肝を暴露された。
そんな会話の中で一番驚いたのは、メガネ君の一言だった。
「ピッコロは味方でした」
彼が初めて観たDBで、ピッコロは既に味方だったらしい。
世代間のギャップとは恐ろしい。
メガネ君は『大魔王』のピッコロを知らないのだ。
俺の人生の大事件を一つ挙げろと言われたら、
初恋、失恋、初××などを大きく引き離し、
クリリンが殺された事と答える。
忘れもしない。
小学校5年生のとき、体育館で友人から聴いたのだ。
天下一武道会の後の、あの衝撃の事件を。
あのクリリンが、一体誰に?
その後、犯人はタンバリンであると発覚。
悟空もやられ、武天老師も死に、天津飯も電子ジャーに…
熱くなり過ぎた。
話を戻そう。
席の配置がそうだった為か、夜が深けるにつれ、
男性陣、女性陣が別々で話していた気がする。
男性陣は男の好きなものの話をした。
挙がったものは、
冒険(旅、キャンプ)、騎馬戦、棒倒し、ウナギのタレ…
次々と挙がる男の好きなもの。
沢木耕太郎「深夜特急」ファンのD君は、
「『ザック』って響き、いいですよね」と握手を求めたくなる発言。
「郡上八幡の飛び込み橋から飛びました」とN君。
「バンジージャンプとスカイダイビングをした。あと京王線で痴漢に遭った」
俺も負けじと、今までの冒険(冒険?)話をした。
そして男の好きなものとして、ブルマが挙がった。
…嘘だ。
挙がったんじゃない。
多分、いや間違いなく、俺が挙げた。
その時、身を乗り出していなかった事を、
俺は心から祈る。
しかし、
控えめに言って、ブルマが日本から消えるというのは、
大政奉還以来の大事件だったのではなかろうか。
まだ高校生のメガネ君は、
「ブルマ廃止」という激動の時期を経験したらしく、
だから、彼の勇気ある先輩は、職員に対してこう述べたらしい。
僕達から、夢を奪わないで下さい
武士道、いまだ死なず。
「ブルマ」と書いて「夢」と読む。
そんな熱い血潮を持った最期のサムライの事を思うと、
ブルマ復活に向け、早急かつ迅速に署名活動を行い、
文科省に嘆願したい衝動に駆られた。
しかし、32歳のおっさんがそんな活動をしたところで、
逮捕されるだけだろう。
法治国家の日本では、公でのブルマに関する発言は、
残念ながら認められていない。
数年後には、トランクスの母親、
またはベジータの妻としての認知が主流になる。
甘酸っぱい気分になりつつ、記念撮影。
「ネットに載せるので、後ろ向きで」と俺は言ったが、

またしてもお構い無し。
西浜に現れる怪人「TAKASHI」の話で盛り上がり、
午後23時までと決められた「ゆんたく」は、
粋な主人のはからいで、午前0時まで続いた。