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お願い神龍

左手はそえるだけ。

青年の主張。

2007年10月15日 | 旅行
ゆんたくスペースに集まると、
前日から宿泊しているらしい、新潟から来たお姉さんに促され、
まずは自己紹介ということになった。

一番手は俺。

ごく普通に名前と出身地を言い、よろしくお願いします、
そう言おうとした瞬間、新潟のお姉さんはこう言った。

「めんどくさい」

更に彼女は「覚えられない」とまで言った。
宴会がはじまって、まだ5分程度。
打ち解けムードとは程遠い状況で発せられた言動に、
「自己紹介しろと言ったのはアンタじゃないか」
と思わないでもなかったが、
俺は正直、初対面の人にされるぞんざいな扱いに、
ゾクゾクしていた。

基本的にはSの俺だが、状況に応じてMにもなれる。
適応能力の高さには定評があった。

集まったメンバーは、
あだ名「オヤジ」のインパクトが強すぎて名前が覚えにくかったN君、
三重から来た女子二人組み、屈強そうなD君、その彼女、
和歌山から来た女子、メガネ君、滋賀から来たHさん、
新潟から来た手強いお姉さん二人組み、
そして「今夜はM」の俺、計11名。

色んな話を泡盛を呑みながらした。

日本東西南北端に行くメガネ君には、
「大学に入っても、すぐそんな話はするなよ」とか
「自慢話は様子をみながらするんだ」という様な
あまり役に立たないアドバイスをした。
好きな作家の話をしていて、
「東野圭吾の『宿命』って面白かったですよね。あの二人が実は兄弟で」
と、まだ俺が読んでいない『宿命』の話の肝を暴露された。
そんな会話の中で一番驚いたのは、メガネ君の一言だった。

「ピッコロは味方でした」

彼が初めて観たDBで、ピッコロは既に味方だったらしい。
世代間のギャップとは恐ろしい。
メガネ君は『大魔王』のピッコロを知らないのだ。
俺の人生の大事件を一つ挙げろと言われたら、
初恋、失恋、初××などを大きく引き離し、
クリリンが殺された事と答える。

忘れもしない。

小学校5年生のとき、体育館で友人から聴いたのだ。
天下一武道会の後の、あの衝撃の事件を。
あのクリリンが、一体誰に?
その後、犯人はタンバリンであると発覚。
悟空もやられ、武天老師も死に、天津飯も電子ジャーに…

熱くなり過ぎた。

話を戻そう。
席の配置がそうだった為か、夜が深けるにつれ、
男性陣、女性陣が別々で話していた気がする。
男性陣は男の好きなものの話をした。
挙がったものは、

冒険(旅、キャンプ)、騎馬戦、棒倒し、ウナギのタレ…

次々と挙がる男の好きなもの。
沢木耕太郎「深夜特急」ファンのD君は、
「『ザック』って響き、いいですよね」と握手を求めたくなる発言。
「郡上八幡の飛び込み橋から飛びました」とN君。
「バンジージャンプとスカイダイビングをした。あと京王線で痴漢に遭った」
俺も負けじと、今までの冒険(冒険?)話をした。
そして男の好きなものとして、ブルマが挙がった。



…嘘だ。



挙がったんじゃない。
多分、いや間違いなく、俺が挙げた。
その時、身を乗り出していなかった事を、
俺は心から祈る。

しかし、
控えめに言って、ブルマが日本から消えるというのは、
大政奉還以来の大事件だったのではなかろうか。
まだ高校生のメガネ君は、
「ブルマ廃止」という激動の時期を経験したらしく、
だから、彼の勇気ある先輩は、職員に対してこう述べたらしい。


僕達から、夢を奪わないで下さい


武士道、いまだ死なず。
「ブルマ」と書いて「夢」と読む。
そんな熱い血潮を持った最期のサムライの事を思うと、
ブルマ復活に向け、早急かつ迅速に署名活動を行い、
文科省に嘆願したい衝動に駆られた。
しかし、32歳のおっさんがそんな活動をしたところで、
逮捕されるだけだろう。
法治国家の日本では、公でのブルマに関する発言は、
残念ながら認められていない。

数年後には、トランクスの母親、
またはベジータの妻としての認知が主流になる。
甘酸っぱい気分になりつつ、記念撮影。

「ネットに載せるので、後ろ向きで」と俺は言ったが、


またしてもお構い無し。

西浜に現れる怪人「TAKASHI」の話で盛り上がり、
午後23時までと決められた「ゆんたく」は、
粋な主人のはからいで、午前0時まで続いた。

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