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身体の景色 (karada no keshiki)

2018.10.1 ハムレットマシーンについて

過去の演出ノート、論考等、随時こちらのブログにアップしてゆきます。
以下は【ハムレットマシーン論考】
d-倉庫さんの依頼により書かせて頂きました。



【1】
ハイナー・ミュラーは旧東ドイツの作家で「ハムレットマシーン」は1977年に書かれた戯曲。
20世紀の情勢をシェークスピアの「ハムレット」に重ね、隠喩を交え大胆に、象徴的に描いています。

先王に共産主義国家を産んだカリスマたちを見ます(これは誰もが頷くところかと)。
クローディアスに(僕は)現代に至るまで世界を席巻することになる資本主義を見ます。
ガートルードには(これも僕は)様々な権力を受け入れ続ける歴史の娼婦性を見ます。
これら記号性はこの戯曲の面白いところで、多くの方が多彩な解釈を示すところでありましょう(それは言語イメージにも言えます『廃墟・寄せては砕ける波・地球・斧・心臓・埋める・脳髄・機械・深海…』等々、様々な隠喩、象徴となり得ます)。

そしてハムレット、オフィーリア。
この二人は記号性を越え、この戯曲の主題そのものを担っています。
それはかようなものです。



『ハムレットだった』男は、イデオロギーの闘いについて終始語っています。
『オフィーリア』と名乗る女は、世界の深部に流れる血について終始語っています。
この対比が先ず目にとまりました。

イデオロギーは時代民族各々で異なるもの。
人類はイデオロギーを絶えず変容させながら長い歴史を刻んできました。
そしてその変容の度、戦争や革命が起きたくさんの血が流されてきました。

もう少し言うと、時代時代の表層で変容してゆくイデオロギーが(或はイデオロギーを利用した覇権と領土を巡る争いが)様々であったのに対し、その度に発生する殺し合い、それによって流れ出るものは常に同じ「血」でした。



「ハムレットマシーン」の中で、イデオロギーから自由になれない『ハムレットだった』男は悔恨と呪詛を捲し立てています。
戯曲が書かれた時代背景、また作者の置かれた立場から、それは共産主義の敗北と資本主義の勝利の上のこととなります。
経済至上主義への批判皮肉は実に小気味よく現代を糾弾するに有効な言葉の群ではあります。
が、男が捲し立てているところの本質は、イデオロギーの対立から解放されることのけしてない人間の悲哀と、前線で闘い尽くした人間の虚無です。
これは人類の宿命のひとつ。

血から解放されることのない『オフィーリア』と名乗る女は終章でこう宣言します。
『あらゆる犠牲者たちの名において伝えます。(中略)私は私が受け入れてきたすべての精液を吐き出します。私の乳房の乳を毒に変えます。私の産んだ世界を股の間で窒息させます。世界をこの性器に埋葬します』と。
女の言葉は、殺し合って血を流し続ける惨状、その連鎖を止めることのできない人間の愚かさ、闘いと関係のない多くの弱者を巻き込む卑劣さに対する絶望です。
これも人類の宿命のひとつ。

「ハムレットマシーン」には、この二つの宿命が並列し流れています(その発生起源や形成過程は描かれず、その結果だけが置かれています)。

そしてクライマックス。
ひとつの宿命(男)が『私は機械になりたい』と言うのに対し、
もうひとつの宿命(女)は『私は世界を埋葬します』と言います。
最後に用意されたこの対比、印象的です。

男が「歴史の継続」を前提に『機械になりたい』と言っているのに対し、
女は「歴史の終焉」そのものを宣言します。

この対比にどんな意味を見出すかはカナメ、しかしまだそれは見えておりません。
靄の中にバクとしたシルエットが見えるのみです。
よってここでは答えを急がず、この対比についての解釈、考察とまでは及ばぬ、その手前の卵のような夢想を以下記させて頂き終わろうと思います。


【2】
男の在り方には一片の希望も見出すことが出来ません。
『こうやって生きて、こうやって死んでいくしかないのだな、人間は』
という生々しい宿命の事実をヌメリと胸に塗られるだけです。
のたうち回る男の叫びに僕の心は共鳴します。
しかしそれは『救いなどないのだな、人間には』という身も蓋もない溜息でしかありません。
が、しかし。
あらゆる血を背負った女の言霊の向こう側には、微かな希望があるような気がしているのです。

女が完璧に「世界を終焉」させた向こう側で何が始まるか。
何に繋がる「豊かさ」が待っているのか。
そこに僕は儚い希望を見ます。
もしかして僕らは宇宙に繋がることができるのではないか。
と。

演劇に力があるとしたら、
あるいは演劇が今やらなければならないことは、
その夢想に真実を与えることではないか。

俳優たちの呼吸が深まり交わりゆく稽古の中、その希望の一端だけでも掴むことができたらと思っております。

2017.10.1
身体の景色 オカノイタル
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