赤待ち記録~第2子編~

KLC→高誘発病院を経て2013年10月に出産。
2014年10月に治療を再開し、2018年6月に終止符を打ちました。

乳腺炎はマジでキツイ

2014年02月28日 | 産後
ごきげんよう。茨福、です。



今更ですが、己の記録のために。



本来は出産予定日目前なり出産兆候(おしるしとか頻繁な前駆陣痛を
想定)が現れたら実母(隣県在住。高速1時間+一般道2時間)に来て
もらおうと思っていました。
しかし、予定外に切迫早産で入院。
旦那の強い希望があり、実母には切迫早産で退院してから産後1ヶ月の
健診までの間ずっと面倒をみてもらいました。
トータル2か月。
進学を機に実家を出てから、こんなにも長く一緒に過ごしたことはありません。
新鮮であり、そして、母親の偉大さを改めて思い知りました。

でも、さすがに甘え過ぎたのも事実。
60後半の実父(幸いにも再々就職しています)にも不自由な生活を強いてるし。
―というわけで、12月初めに実母は帰っていきました。

がっ、バカな娘は3日で実母を呼び戻しました
(日頃から協力的な旦那ですが、この時は大きな仕事が切羽詰っていて戦力外)
理由は、乳腺炎です。
39度8分の高熱を出してしまいました。
熱が出る前の悪寒。あの、ゾクゾク感。半端なかったです。

かかりつけの内科医が授乳中でも大丈夫な薬の処方も提案してくれましたが、
長女は普段からミルクと混合だったこともあり、一日でも早く完治することを
選び、通常の薬を処方してもらいました。
全てを実母に任せて別部屋で静養させてもらいましたが、長女がおっぱいを、
そして私のことを忘れたらどうしようと、とんでもなく不安でした。
幸いにも回復後はなんの抵抗もなく元気よくおっぱいは飲んでくれたし、私に
抱っこされても泣かなかったので救われました。

乳腺炎はホントにキツイです。
もうなりたくないです。
どうぞ、皆様もお気を付け下さい。

余談ですが、実母はその後、年末までいてくれました。
結局、トータル3か月、面倒をみてもらったことになります。
感謝の言葉しかありません。

  お母さん、本当にありがとう
  これからも、よろしくお願いします。





追伸  
  2014年2月下旬、風邪による発熱。
  そして、翌日には乳腺炎を併発
  あの悪寒。
  歯がガタガタいって噛合わない。漫画みたい。
  そして、39度後半の高熱。

  実母がまた助けに来てくれました。
  仕事を休んで長女の面倒をみてくれてる旦那や長女自身が
  かわいそうでしょ、って。

  お母さん、ホントにすみません
  私もお母さんみたいに身も心も強い母になります。
  頑張ります。
    
    








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甲状腺ホルモンNGで再度、大学病院を受診

2014年02月05日 | 産後
ごきげんよう。茨福、です。



今更ですが、己の記録のために。



妊娠中に甲状腺ホルモンNGで大学病院を受診しました。
 →その時のブログ記事
全然気にすることない、ないと軽い感じで診察は終わりました。
がっ、1点だけ注意事項を言われました。
それは、産後うつのような症状が現れたら甲状腺ホルモンが悪さをしている
場合があるから、すみやかに受診するようにということ。

実母の強力サポートや旦那も非常に協力的だったことなどもあり、幸いなことに
産後うつの症状は出ることなく過ごしていました。
がっ、1か月健診時の採血で甲状腺ホルモンNGとなり、またしても大学病院を
受診することになってしまいました。

半年ぶりの先生は、相変わらず軽かったです。
え?!生まれたのになんでまた来ちゃったの??みたいな。

結果からいうと「橋本病」の気があるみたいです
先生曰く、
   これから先に加齢でもしかしたらホルモン値が低下してくるかも
   しれないけど、加齢になったら健康な人でもあちこちボロが出て
   くるんだし、別に気にすることないよ。
   1年に1度、採血してホルモン値を見て、その時、薬が必要なら
   飲めばいいよ。
   俺がいなくなるまでは診てあげるし、いなくなったら後任に任せるよ。



病気なので不本意と言えば不本意だけど、先生が軽くて楽しいので1年に1度
先生の顔を見に行くか、ぐらいの感じでいたいと思います。









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