豊岳正彦の巖國豐嶽醫王第六坊

佛弟子が教え通り写経して弘法するブログ。

#未解決事件【日本航空301便「もく星」号墜落事故】#日航機墜落事故 #事件考察 #もく星号 #日本航空 #GHQ

2024-06-14 21:37:44 | 日記
#未解決事件【日本航空301便「もく星」号墜落事故】#日航機墜落事故 #事件考察 #もく星号 #日本航空 #GHQ

田中角栄の父母恩重経

2024-06-13 14:54:08 | 日記
田中角栄を虜にし栄光と転落の運命を共にした3人の女性との知られざる角栄の素顔に迫る

憲法10条日本国民は一人残らず靖国英霊子孫眷属である。
日本国民の神聖な責務は、万難を排して靖国神社護国神社にいつでも自由に参拝し父母恩重経を読経して、この世で最も尊い捨身施行をわれらと我らの子孫のために己の命を捨てて果たされて、わが国を滅ぼそうとする無法者外敵から多くの老若男女日本人の身体生命法益を守ってくださったご先祖様の広大無辺御恩徳に、終生報恩感謝の誠を行住坐臥ささげることを以て日本人の証明とする。
戦後日本の外敵マッカーサーと内敵昭和天皇吉田茂が共謀して日本人に憲法36条違反拷問をくわえて刑罰を科して禁じた靖国公式参拝を、
日本国王主権者国民が自ら外敵NHKと憲法20条違反共犯者の無法な残虐刑罰参拝禁止を破棄して、
憲法19条良心と信仰の自由を取り戻すまで、
われら日本国民は良心に従い国旗日の丸を常に半旗掲揚して、
靖国英霊御霊に24時間365日休みなくわれらがご先祖様後世供養して、南無父母恩重経を念仏し報恩至誠の弔意を示す神聖な責務を負う。靖国参拝と父母恩重経読経は日本国民の責務であり、国はすべて主権者国民国王の靖国神社護国神社参拝父母恩重経読経供養に対し、政府の全力を挙げてこれをすべて無償奉仕せよ。この日本国王靖国子孫眷属主権者国民英霊参拝への無償奉仕を怠り妨げる「良心無き」公務員汚職犯罪者は、すべて故意に憲法9条違反戦争犯罪の罪を犯すので、即座に現行犯逮捕刑法極刑処罰する。すべての生命と天地に対し仏の五誡を守って終生親孝行親切手伝いを無我平等に行わぬ者は日本人ではない。


承認深謝。
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『父母恩重経』ぶもおんじゅうきょう(和訓)


是(かく)の如く 我れ聞けり。
或る時、佛、王舎城(おうしゃじょう)の耆闍崛山(ぎしゃくつせん)中に菩薩声聞(しょうもん)の衆と倶(とも)にましましければ、
比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷・一切諸天の人民(にんみん)・および龍鬼神等、法を聞かんとて、来たり集まり、
一心に寶座(ほうざ)を囲繞(いにょう)して、瞬(またた)きもせで尊顔を仰ぎ見たりき。


是のとき、佛、すなわち法を説いて宣(のたま)わく。
一切の善男子・善女人よ、父に慈恩あり、母に悲恩あり。
そのゆえは、人の此の世に生まるゝは、宿業(しゅくごう)を因として、父母(ちちはは)を縁とせり。


父にあらされば生(しょう)ぜず、母にあらざれば育てられず。


ここを以て氣を父の胤(たね)に稟(う)けて形を母の胎(たい)に托(たく)す。


此の因縁を以ての故に、悲母(ひも)の子を念(おも)うこと世間に比(たぐ)いあることなく、その恩未形(みぎょう)に及べり。


始め胎に受けしより十月を經(ふ)るの間、行・住・坐・臥(ぎょう・じゅう・ざ・が)ともに、もろもろの苦惱を受く。


苦惱休(や)む時なきが故に、常に好める飲食(おんじき)・衣服(えぶく)を得(う)るも、愛欲の念を生ぜず、
唯だ一心に安く生産(しょうさん)せんことを思う。


月滿ち日足りて、生産(しょうさん)の時至れば、業風(ごっぷう)吹きて、之れを促し、


骨節(ほねふし)ことごとく痛み、汗膏(あせあぶら)ともに流れて、其の苦しみ堪(た)えがたし、


父も心身戦(おのの)き怖(おそ)れて母と子とを憂念(ゆうねん)し諸親眷属(しょしんけんぞく)皆な悉(ことごと)く苦惱す。


既に生まれて草上に墮(お)つれば、父母の喜び限りなきこと猶(な)ほ貧女(ひんにょ)の如意珠(にょいじゅ)を得たるがごとし。


その子聲(こえ)を發すれば、母も初めて此の世に生まれ出でたるが如し。


爾來(それより)母の懐(ふところ)を寝處(ねどこ)となし、母の膝を遊び場となし、母の乳を食物となし、母の情(なさけ)を生命(いのち)となす。


飢えたるとき食を需(もと)むるに母にあらざれば哺(くら)わず、渇(かわ)けるとき飲料(のみもの)を索(もと)むるに母にあらざれば咽(の)まず、


寒きとき服(きもの)を加うるに母にあらざれば着ず、暑きとき衣(きもの)を撒(さ)るに母にあらざれば脱がず。


母飢(うえ)に中(あた)る時も哺(ふく)めるを吐きて子に食(くら)わしめ、母寒きに苦しむ時も着たるを脱ぎて子に被(こうむ)らす。


母にあらざれば養われず、母にあらざれば育てられず。


その闌車(らんしゃ)を離るるに及べば、十指(じっし)の甲(つめ)の中に、子の不浄を食らう。


計るに人々、母の乳を飲むこと一百八十斛(こく)となす。


父母(ちちはは)の恩重きこと天の極(きわ)まり無きが如し。


母、東西の隣里に傭(やと)われて、或(あるい)は水汲み、或は火燒(ひた)き、或は碓(うす)つき、或は磨挽(うすひ)き、種々の事に服従して


家に還(かえ)るの時、未だ至らざるに、今や吾が兒(こ)、吾が家(いえ)に啼(な)き哭(さけ)びて、吾を戀(こ)ひ慕はんと思い起せば、


胸悸(むねさわ)ぎ心驚き両乳(りょうにゅう)流れ出でて忍び堪(た)ゆること能(あた)わず、乃(すなわ)ち去りて家に還る。


兒(こ)遙(はるか)に母の歸(かえ)るを見て、闌車(らんしゃ)の中に在れば、即ち頭(かしら)を動かし、腦(なづき)を弄(ろう)し、


外に在(あ)れば、即ち葡匐(はらばい)して出で來(きた)り、嗚呼(そらなき)して母に向う。


母は子のために足を早め、身を曲げ、長く兩手を伸(の)べて、塵土(ちりつち)を拂(はら)い、


吾が口を子の口に接(つ)けつつ乳を出(い)だして之れを飲ましむ。


是のとき母は子を見て歡(よろこ)び、子は母を見て喜ぶ。


兩情一致、恩愛の洽(あまね)きこと、復(ま)た此れに過ぐるものなし。


二歳懐(ふところ)を離れて始めて行く。


父に非(あら)ざれば、火の身を焼く事を知らず。


母に非ざれば、刀(はもの)の指を墮(おと)す事を知らず。


三歳、乳を離れて始めて食う。


父に非ざれば毒の命を殞(おと)す事を知らず。


母に非ざれば、薬の病を救う事を知らず。


父母外に出でて他の座席に往き、美味珍羞(びみちんしゅう)を得(う)ることあれば、自ら之を喫(くら)うに忍びず、懐に収めて持ち歸り、喚(よ)び来りて子に與(あた)う。


十(と)たび還れば九(ここの)たびまで得(う)。得(う)れば即ち常に歡喜(かんき)して、かつ笑いかつ食(くら)う。


もし過(あやま)りて一たび得ざれば、則ち矯(いつ)わり泣き、佯(いつ)わり哭(さけ)びて、父を責め母に逼(せ)まる。


稍(や)や成長して朋友と相交わるに至れば、父は衣(きぬ)を索(もと)め帶(おび)を需(もと)め、


母は髪を梳(くしけず)り、髻(もとどり)を摩(な)で、己(おの)が好美(このみ)の衣服は皆な子に與えて着せしめ、


己れは則(すなわ)ち古き衣(きぬ)、弊(やぶ)れたる服(きもの)を纏(まと)う。


既に婦妻を索(もと)めて、他の女子を娶(めと)れば、父母をば轉(うた)た疎遠して夫婦は特に親近し、私房の中(うち)に於て妻と共に語らい樂しむ。


父母年高(ちちははとした)けて、氣老い力衰えぬれば、依(よ)る所の者は唯だ子のみ、頼む所の者は唯だ嫁のみ。


然るに夫婦共に朝(あした)より暮(くれ)に至るまで、未だ肯(あえ)て一たびも来(きた)り問はず。


或は父は母を先立て、母は父を先立てて獨(ひと)り空房を守り居るは、猶ほ孤客(こかく)の旅寓(りょぐう)に寄泊(きはく)するが如く、


常に恩愛の情(じょう)なく復(ま)た談笑の娯(たのし)み無し。


夜半、衾(ふすま)、冷(ひややか)にして五體(ごたい)安んぜず。


況んや褥(しとね)に蚤虱(のみしらみ)多くして、暁(あかつき)に至るまで眠られざるをや、


幾度(いくたび)か輾転反側して獨言(ひとりごと)すらく、噫(ああ)吾れ何の宿罪ありてか、斯(か)かる不孝の子を有(も)てるかと。


事ありて、子を呼べば、目を瞋(いか)らして怒(いか)り罵(ののし)る。


婦(よめ)も兒(こ)も之れを見て、共に罵り共に辱しめば、頭(こうべ)を垂れて笑いを含む。


婦も亦た不孝、兒も亦た不順。夫婦和合して五逆罪を造る。


或は復た急に事を辧(べん)ずることありて、疾(と)く呼びて命ぜむとすれば、十(と)たび喚(よ)びても九(ここの)たび違(たが)い、


遂に来(きた)りきて給仕せず、却(かえ)りて怒(いか)り罵(ののし)りて云(いわ)く、


「老い耄(ぼ)れて世に残るよりは早く死なんには如かずと。」


父母(ちちはは)これを聞いて、怨念胸に塞(ふさ)がり、涕涙瞼(ているいまぶた)を衝(つ)きて、目瞑(めくら)み、心惑(こころまど)い、悲(かなし)み叫びて云く、


「あゝ汝幼少の時、吾に非ざれば養われざりき、吾に非ざれば育てられざりき、


而して今に至れば即ち却(かえ)りて是(かく)の如し。


あゝ吾れ汝を生みしは本より無きに如かざりけり。」と。


若し子あり、父母(ちちはは)をして是(かく)の如き言(ことば)を発せしむれば、子は即ちその言と共に堕ちて地獄、餓鬼、畜生の中(うち)にあり。


一切の如来、金剛天、五通仙も、これを救い護ること能わず。


父母(ちちはは)の恩重きこと天の極まり無きが如し。


善男子善女人よ、別(わ)けて之れを説けば、父母(ちちはは)に十種の恩徳あり。


何をか十種となす。


 一には 懐胎守護(かいたいしゅご) の恩


 二には 臨生受苦(りんしょうじゅく) の恩


 三には 生子忘憂(しょうしぼうゆう) の恩


 四には 乳哺養育(にゅうほよういく) の恩


 五には 廻乾就湿(えげんじゅしつ) の恩


 六には 洗灌不浄(せんかんふじょう) の恩


 七には 嚥苦吐甘(えんくとかん) の恩


 八には 為造悪業(いぞうあくごう) の恩


 九には 遠行憶念(おんぎょうおくねん) の恩


 十には 究竟憐愍(くきょうれんみん) の恩


父母の恩重きこと天の極まり無きが如し。


善男子・善女人よ、是(かく)の如きの恩徳、如何にして報(むくゆ)べき。


佛、すなわち偈(げ)を以て讃じて宣わく、


悲母(ひも)、子を胎めば、十月の間に血を分け肉を頒(わか)ちて、身重病を感ず、子の身体これに由(よ)りて成就す。


月満ち時到れば、業風催促して、[*ぎょうにんべんに扁]徧身疼痛(へんしんとうつう)し、骨節(こっせつ)解体して、神心悩乱し、忽然(こつねん)として身を亡ぼす。


若(も)し夫(そ)れ平安になれば、猶ほ蘇生し来(きた)るが如く、子の声を発するを聞けば、己れも生れ出でたるが如し。


其の初めて生みし時には、母の顔(かんばせ)、花の如くなりしに、子を養うこと数年なれば、容(かたち)すなわち憔悴す。


水の如き霜の夜にも、氷の如き雪の暁(あかつき)にも、乾ける処に子を廻(まわ)し、濕(しめり)し処に己れ臥す。


子己(おの)が懐(ふところ)に屎(くそま)り、或は其の衣(きもの)に尿(いばり)するも、手自ら洗い濯(そそ)ぎて、臭穢(しゅうえ)を厭(いと)うこと無し。


食味を口に含みて、これを子に哺(ふく)むるにあたりては、苦き物は自から嚥(の)み、甘き物は吐きて与う。


若し夫れ子のために止むを得ざる事あれば、自(みずか)ら悪業を造りて、悪趣に堕つることを甘んず。


若し子遠く行けば、帰りて其の面(おもて)を見るまで、出でても入りても之を憶い、寝ても寤(さ)めても之を憂う。


己(おの)れ生(しょう)ある間は、子の身に代らんことを念い、己れ死に去りて後(のち)には、子の身を護らんことを願う。


是(かく)の如きの恩徳、如何にして報(むくゆ)べき。


然るに長じて人と成れば、声を抗(あ)げ気を怒らして、父の言(ことば)に順(したが)わず、母の言に瞋(いか)りを含む。


既にして婦妻を娶れば、父母にそむき違うこと恩無き人の如く、兄弟を憎み嫌うこと怨(うらみ)ある者の如し。


妻の親族訪(と)い来れば、堂に昇(のぼ)せて饗応し、室に入れて歓晤(かんご)す。


嗚呼(ああ)、噫嗟(ああ)、衆生顛倒して、親しき者は却(かえ)りて疎(うと)み、疎き者は却りて親しむ。


父母(ちちはは)の恩重きこと天の極まり無きが如し。


其の時、阿難、座より起ちて、偏(ひとえ)に右の肩を袒(はだ)ぬぎ、長跪合掌して、前(すす)みて佛(ほとけ)に白(もう)して云(もう)さく、


「世尊よ、是(かく)の如き父母(ちちはは)の重恩を、我等出家の子(もの)は、如何にしてか報ずべき。


具(つぶ)さに其の事を説示し給え。」と。


佛(ほとけ)、宣(のたま)わく。


「汝等大衆よく聴けよ。孝養の一事は、在家出家の別あることなし。


出でて時新の甘果を得れば、将(も)ち帰り父母(ちちはは)に供養せよ。


父母これを得て歓喜し、自ら食(くら)うに忍びず、先ず之を三寶(さんぽう)に廻(めぐ)らし施せば、則ち菩提心を啓発せん。


父母病あらば、牀辺(しょうへん)を離れず、親しく自ら看護せよ。


一切の事、これを他人に委(ゆだ)ぬること勿(なか)れ。


時を計り便を伺いて、懇(ねんご)ろに粥飯(しゅくはん)を勧めよ。


親は子の勧むるを見て、強いて粥飯を喫し、子は親の喫するを見て、抂(ま)げて己(おの)が意(こころ)を強くす。


親暫(しばら)く睡眠すれば、気を静めて息を聞き、睡(ねむり)覚むれば、医に問いて薬を進めよ。


日夜に三寶に恭敬(くぎょう)して、親の病の癒(い)えんことを願い、常に報恩の心を懐(いだ)きて、片時も忘失(わす)るゝこと勿れ。


是の時、阿難また問うて云く。


「世尊よ、出家の子、能(よ)く是(かく)の如くせば、以って父母(ちちはは)の恩に報(むくゆ)ると為(な)すか。」


佛、宣わく。


「否。未だ以て、父母(ちちはは)の恩に報ると為さざるなり。


親、頑固(かたくな)にして三寶を奉ぜず、不仁にして物を残(そこな)い、不義にして物を盗み、無礼にして色に荒(すさ)み、不信にして人を欺き、不智にして酒に耽(ふけ)らば、


子は当(まさ)に極諫(ごくかん)して、之れを啓悟(けいご)せしむべし。


若し猶ほ闇(くら)くして未だ悟ること能(あた)わざれば、則ち為に譬(たとえ)を取り、類を引き、因果の道理を演説して、未来の苦患(くげん)を救うべし。


若し猶ほ頑(かたくな)にして未だ改むること能わざれば、啼泣歔欷(ていきゅうきょき)して己が飲食(おんじき)を絶てよ。


親、頑闇(かたくな)なりと雖も、子の死なんことを懼るるが故に、恩愛の情に索(ひ)かれて、強忍(きょうにん)して道に向わん。


若(も)し親志(こころざし)を遷(うつ)して、佛の五戒を奉じ、仁ありて殺さず、義ありて盗まず、礼ありて婬(いん)せず、信ありて欺かず、智ありて酔わざれば、


則ち家門の内、親は慈に、子は孝に、夫は正に、妻は貞に、親族和睦して、婢僕(ひぼく)忠順し、六畜蟲魚(ろくちくちゅうぎょ)まで普(あまね)く恩沢(おんたく)を被(こうむ)りて、


十方の諸仏、天龍鬼神、有道(うどう)の君(きみ)、忠良の臣より、庶民万姓(ばんしょう)に至るまで、敬愛(きょうあい)せざるはなく、


暴悪の主(しゅ)も、佞嬖(ねいへい)の輔(ほ)も、妖児兇婦(ようじきょうふ)も、千邪万怪(せんじゃばんかい)も、之れを如何ともすること無けん。


是(ここ)に於て父母(ちちはは)、現(げん)には安穏に住し後(のち)には善処に生じ、仏を見、法を聞いて長く苦輪を脱せん、


かくの如くにして始めて父母の恩に報るものとなすなり。」


佛、更に説を重ねて宣わく。


「汝等大衆能く聴けよ。


父母のために心力(しんりょく)を盡(つく)して、有らゆる佳味、美音、妙衣(みょうえ)、車駕(しゃが)、宮室(きゅうしつ)等を供養し、


父母をして一生遊楽に飽かしむるとも、若し未だ三寶を信ぜざらしめば、猶ほ以て不孝と為す。


如何となれば、仁心ありて施しを行い、礼式ありて身を検(ひきし)め、柔和にして恥を忍び、


勉強して徳を進め、意を寂静(じゃくじょう)に潜(ひそ)め、志を学問に励ます者と雖も、


一たび酒食に溺るれば、悪魔忽(たちま)ち隙を伺い、妖魅(ようみ)則ち便(たより)を得て、


財を惜しまず、情を蕩(とろ)かし、忿(いかり)を発(おこ)させ、怠(おこたり)を増させ、心を乱し、智を晦(くら)まして、


行いを禽獣に等しくするに至ればなり。


大衆よ古(いにしえ)より今に及ぶまで、之に由りて身を亡ぼし家を滅ぼし君を危くし、親を辱しめざるは無し。


是の故に、沙門は独身(どくしん)にして耗(ぐう)なく、その志を情潔にして、唯だ道を是れ務む。


子たる者は深く思い、遠く慮(おもんばか)りて、以て孝養の軽重・緩急を知らざるべからざるなり。


凡(およ)そ是等(これら)を父母(ちちはは)の恩に報(むくゆ)るの事となす。」と。


是のとき阿難、涙を払いつつ座より起ち長跪(ちょうき)合掌して前(すす)みて佛(ほとけ)に白(もう)して曰(もう)さく、


「世尊よ、此の経は当(まさ)に何と名づくべき。


又如何にしてか奉持(ぶじ)すべきか。」と。


佛、阿難に告げ給わく。


「阿難よ、此の経は父母恩重経(ぶもおんじゅうきょう)と名づくべし。


若し一切衆生ありて、一たび此の経を読誦(どくじゅ)せば、則ち以て乳哺(にゅうほ)の恩に報(むくゆ)るに足らん。


若し一心に此の経を持念し、又人をして之を持念せしむれば、当(まさ)に知るべし、


是の人は、能(よ)く父母の恩に報(むくゆ)ることを。


一生に有らゆる十悪、五逆、無間(むげん)の重罪も、皆な消滅して、無上道を得ん。」と。


是の時、梵天・帝釈(たいしゃく)・諸天の人民(にんみん)、一切の集会(しゅうえ)、此の説法を聞いて、悉(ことごと)く菩提心を発(おこ)し、


五体地に投じて涕涙(ているい)、雨の如く。


進みて佛足(ぶっそく)を頂礼(ちょうらい)し、退(しりぞ)きて各々(おのおの)歓喜奉行(かんぎぶぎょう)したりき。


佛説父母恩重経




父母恩重経(ぶもおんじゅうきょう)。   
法相宗薬師寺管長 高田好胤老師


感恩の歌      竹内浦次作
あはれはらから心せよ 山より高き父の恩
海より深き母の恩 知るこそ道のはじめなれ
児(こ)を守(も)る母のまめやかに わが懐中(ふところ)を寝床(ねどこ)とし
かよわき腕をまくらとし 骨身を削るあはれさよ
美しかりし若妻も 幼児(おさなご)一人そだつれば
花のかんばせいつしかに 衰へ行くこそかなしけれ
身を切る如き雪の夜も 骨さす霜のあかつきも
乾けるところに子を廻し ぬれたるところに己れ伏す
幼きもののがんぜなく 懐中(ふところ)汚し背をぬらす
不浄をいとふ色もなく 洗ふも日々に幾度ぞや
己れは寒さに凍えつつ 着たるを脱ぎて子を包み
甘きは吐きて子に与え 苦きは自ら食(くら)ふなり
幼児乳をふくむこと 百八十斛(ももやそこく)を超すとかや
まことに父母の恵こそ 天の極り無きが如し
父母は我が子の為ならば 悪業(あっごう)つくり罪かさね
よしや悪趣に落つるとも 少しの悔(くひ)もなきぞかし
若し子遠く行くあらば 帰りてその面(かほ)見るまでは
出ても入りても子を憶(おも)ひ 寝ても覚めても子を念(おも)ふ
髪くしけづり顔ぬぐひ 衣を求め帯を買い
美しきは皆子に与へ 父母は古きを選むなり
己れ生あるその内は 子の身に代わらんことを思ひ
己れ死に行くその後は 子の身を守らんことを願ふ
よる年波の重なりて いつか頭(かうべ)の霜白く
衰へませる父母を 仰げば落つる涙かな
あゝありがたき父の恩 子はいかにして酬(むく)ゆべき
あゝありがたき母の恩 子はいかにして報ずべき




報恩の歌
あはれ地上に数知らぬ 衆生(しゆじやう)の中にただひとり
父とかしづき母と呼ぶ 貴きえにし伏し拝み
起てよ人の子いざ起ちて 浮世の風にたたかれし
余命少なきふた親の 弱れる心慰めよ
さりとも見えぬ父母の 夜半の寝顔仰ぐとき
見まがふ程の衰へに 驚き泣かぬものぞなき
樹しづまらんと欲すれど 風の止まぬを如何にせん
子養はんとねがへども 親在(おは)さぬぞあはれなる
逝きにし慈父(ちち)の墓石を 涙ながらに拭いつゝ
父よ父よと叫べども 答へまさぬぞ果敢(はか)なけれ
あゝ母上よ子を遺(お)きて いづこに一人逝きますと
胸かきむしり嘆けども 帰りまさぬぞ悲しけれ
父死に給ふその臨終(きは)に 泣きて念ずる声あらば
生きませる時なぐさめの 言葉かはして微笑(ほほえ)めよ
母息絶ゆるその臨終に 泣きて合掌(おろが)む手のあらば
生きませる時肩にあて 誠心(まごころ)こめてもみまつれ
実(げ)に古くして新しき 道は報恩のをしへなり
孝は百行(ひゃくぎょう)の根本(もと)にして 信への道の正門ぞ
世の若人よとく往きて 父母の御前に跪拝(ひざま)づけ
世の乙女子(をとめご)よいざ起ちて 父母の慈光(ひかり)を仰げかし


老いて後思い知るこそ悲しけれ
この世にあらぬ親の恵みに
  合掌


___________________________


あとがき 法相宗管長薬師寺住職 高田 好胤
            
 私は常づね、父母恩重経を一人でも多くの人々に読んで頂きたいと願っています。
しかし、佛壇店をたずねても般若心経、阿弥陀経、観音経等の経本は必ずおかれていますが、父母恩重経をおいて下さっているお店はまだまだ少ないようです。
そこでお佛壇を扱っておられる方々にお会いするたびに、温かい世づくりのお手伝いの為にぜひ父母恩重経もそろえてもらいたい旨お願いをし続けてきました。
今回(昭和五十八年)、全日本宗教用具協同組合で父母恩重経を刊行され、それを各佛壇店において下さる由、大変有難い事だと喜んでいます。
 私は結婚式に招かれた時、必ず父母恩重経をお持ちして、新婚のお二人に差上げ、新婚旅行の道中、二人で心を合わせ、声を揃えて読んできてほしい。
そして帰ってからは座右の書の一冊に加えてもらいたいとお願いしています。
皆さんお読みになってきて下さるようで、新婚旅行の旅先から情景描写などをまじえてのお礼状を頂きます。
中には「こんなお経を読まされたばっかりに楽しかるべき新婚旅行が涙の旅行になってしまいました」と恨み状めいたものを手にする事もあります。
けれども私は「よかったなあ」と喜びの気持ちで読ませてもらっています。
親の恩の尊さを身近に説いたこのお経を、新婚の夫婦がいっしょに読んで催してくれるその涙は、人の心の中にその本質としてだれもが授かっているやさしさ、温かさに目ざめてもらったあらわれの涙であることがとてもうれしいのです。
ですから、どのお礼状も最後には「この涙は二人が生涯忘れてはならない大切な涙であると思いました」といった意味の言葉で結ばれているのが常です。
こうしたお礼状を頂くたびに、新しい人生の門出を父母恩重経でお手伝いする事のできた満足感が私の胸を潤してくれます。
 ところでこのお経において親の苦労の具体的な姿は殆どが母の姿で説かれています。
お釈迦様のお母さま、摩耶夫人(まやぶにん)はお釈迦さまをお産みになって七日後に亡くなっておられます。
大変な難産だったのです。
そのせいか、父母恩重経の中に子供を産むときの母親は命がけである事を所をかえて二度も説かれています。
これはお釈迦様八十年のご生涯を通じてのご実感であったと思います。
こうしたご自分の命とひきかえに魂と肉体をこの世に生み出して下さったお母さまに何一つして差上げる事ができなかったお釈迦様のお気持ちが、お母さまに傾きっぱなしのままでこのお経が説かれている所以であると拝察されます。
同時にこのようにお釈迦さまがお母さまをお慕い続けられた飾り気のないおやさしいお気持ちがその底に流れているところに読む人の心を打つ所以があるのだと思います。
先年、父母恩重経を講義し、一冊にまとめて出版した本の題を「母」(徳間書店刊)とした理由もここにあります。


 諸人(もろびと)よ 思い知れかし 己(おの)が身の


  誕生の日は 母苦難(ははくなん)の日


 これはよみ人しらずのお歌ですが、まさに父母恩重経の精神(こころ)さながらの一首であります。(水戸黄門光圀公の作:豊岳正彦補記)


 私は両親の命日と自分の誕生日に父母恩重経を読誦(どくじゅ)しております。
毎年三月二十三日、母の祥月命日には六つ年上の姉と位牌を前に読誦致します。
やはり姉の方が早く声をつまらせてしまいます。
するとそれにつりこまれて私も胸に熱いものがこみ上げてきて、最後は共にとぎれとぎれに読み終えるのがやっとです。
はらからの情愛に心潤さずにおかないのがこのお経であります。
また、「父母恩重経は私にとって、生前親不孝を重ねた懺悔のお経であります」とおっしゃられる方もおられます。
どうか皆さん方もご両親在(おわ)しまさぬ場合、ご命日に兄弟姉妹(ごきょうだい)でこのお経を読誦して頂きたい、
そしてはらからの情愛に心潤され合(お)うて頂きたいと思います。
幸いご両親ご健在の方は自分の誕生日に読誦して、人の心の初心にかえる感動の涙に心洗われて頂きたいと思います。
 「大孝は終身父母を慕う。」(命ある限りいついつ迄も両親を慕い続ける事、それは真(まこと)の親孝行である)
これは中国の思想家、孟子さまのお言葉です。
孔子さまも孝経の中で、
「孝は徳の本なり。教への由(よ)って生ずる所なり(親孝行はすべての道徳の源であり、これなくして教育は成り立たない)」と教えて下さっています。
孝謙天皇の天平宝字元年(西紀七五七年)、天皇は各家庭に孝経をおいて読むようにとの勅を発しておられます。
以来、明治に至る迄、孝経は国民必読の書でありました。
私共が子供の頃はまだ孝経や論語の教えが学校で教えられていました。
それによって東洋的な無我と智恵、そして日本人のあたたかな宗教的情操の涵養が学校教育の場でいただくことができていました。
けれどもこれが涵養は学校教育の場から追放されているが如きが今日の現状です。
青少年非行化をふくめて各種もろもろの問題の大きな原因がこのあたりにあることに気づいてほしいものです。
それであるだけにどうか家族揃って父母恩重経を読誦していただき、はらからの情愛に心潤され合うていただきたい、
また人の心の初心に帰った感動の涙に心洗われていただきたいとひたすらに願いつつ、
全日本宗教用具協同組合で父母恩重経を刊行され、広く世にひろめていただく事に諸手(もろて)をあげて賛意を表します。
 また、このお経のお話を申上げるときよく、「このお経が感恩・報恩の歌のお経ですか」とのおたずねを受けます。
そうですこのお経がまさしく感恩・報恩の歌のお経なのです。
この感恩の歌、報恩の歌は修養団の講師であり、また青少年の健全なる育成に生涯をささげ、昭和五十七年三月二十三日に九十六歳の天寿を全うされた竹内浦次翁の作になるものです。
翁がさる年慈愛深き御尊母がみまかられませし時に悲哭の思ひを父母恩重経に託しておつくりになりましたのがこの歌です。
 旧制師範学校などで愛唱され、その訓導を受けたひとびとに語りつがれています。
どうかみなさまがたこの歌を黙読だけではなく声に出して朗読また御唱和をなさっていただき、潤はしい情操の養いの糧資を得ていただくことをお願いいたします。
    合掌
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この父母恩重経は永田文昌堂のご好意により同社編集部編纂の和訓を引用させていただきました。
昭和五十八年六月二十七日 発行
平成十九年四月一日 印刷


発行者
全日本宗教用具協同組合
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東京都中央区銀座七丁目14-3
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父母恩重経(ふぼおんじゅうきょう)  臨済宗聖典


仏のたまわく、大地の土の多きが如く、
この世に生をうくるもの多けれど、
中にも人間と生るるは
爪の上の土の如く稀なり。
この故に人のこの世に生まるるは、
宿業を因とし、
父母を縁とせり。
父にあらざれば生まれず、
母にあらざれば育てられず。
子の心身は父母にうく。
この因縁の故に
父母の子を思うこと、
世間に比ぶべきものあることなし。


 母、胎児をみごもりしより、
十月の間、
血をわけ肉をわかちて
子の身体をつくる。
身に重き病を患うが如く、
起き伏し、
もろもろの苦しみをうくれば、
常に好める飲食衣服をうるも
愛欲の心を生ぜず。
ただ一心に安産せんことを思う。
月みち日たりて出産のとき至れば、
陣痛しきりに起りてこれを促し、
骨節ことごとく痛み、
あぶら汗しきりに流れて、
その苦しみたえがたく、
これがため忽然として
母の身を亡ぼすことあり。
父もおののき怖れ、
母と子とを思い悩む。
もし子安らけく産れいずれば、
父母の喜び限りなく、
その子、声を発すれば、
母も初めてこの世に生れいでたるが如し。
 もし子、遠くにゆけば
帰りてその顔を見るまで
出でても入りてもこれを思い、
寝てもさめてもこれを思う。
子病み悩める時は
子に代らんことを思い、
死して後も
子の行末を護らんことを誓う。
花の如き母も、
若さに光る父も、
寄る年波の重なりて、
いつか頭に霜をおき、
衰え給うぞ涙かな。
 もろ人あきらかに聞け。
孝養のことは在家出家の別あることなし。
或は言う。
親は己の好みにて子を生めば、子は親に孝養のつとめなしとかや。
されど、こは人の道に反くものぞ。
真の親は子について報謝を求めず、
自らの功を誇らぬものなれど、
子はひたすらに孝養をつとむべし。
 汝ら大衆よく聴け。
父母の為に心をつくし、美味なる飲食、麗わしき衣服、
心地よき車、結構なる住居等を供養し、一生安楽ならしむるとも、
もし父母いまだ三宝に帰依せず因果の理を信ぜずば、
なお真の孝養いたるとせず。
もし父母、かたくなにして仏の教えを奉ぜずば、
子は時に応じ機に随い、
たとえをとり類をひき、
因果の道理を説ききかせ、
未来の苦しみを救うべし。
父母は恩愛の情にひかれて
やがて仏の道に向わん。
即ち生きものを殺さず盗みせず、
男女の道を過たず、
うそ偽りをいわず、
心迷わざれば、
家の内、
親は慈しみ、
子は孝に、
夫は正しく妻は貞に、
親族睦まじく家人順い、
畜類虫魚までも普く恵みを蒙り、
家栄え国和やかに、
十方の諸菩薩天龍鬼神大衆まで
これを敬愛せざるなし。
暴悪の主も不良の徒も、
千萬の悪魔も
これを如何ともすることなけん。
こゝにおいて
父母現世には安穏に住し、
後世には善処に生じ、
仏を見、
法を聞きて長く苦しみを脱せん。
かくの如くにして始めて
父母の恩に報ずるものとなす。


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 産める子に 踏まれ蹴られど 母ごころ
  わが身消ゆれど 子をば守らむ


 垂乳根(たらちね)の 白き媼母(おんも)の 独り寝(ぬ)る
  寝音に暁(あけ)の 待ち遠しけれ
       雲居杣人正顔


南無父母無二佛
南無大日不動薬師如来
南無阿弥陀佛
南無釈迦牟尼佛
南無三宝
拈華微笑  合掌


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『父母恩重経』ぶもおんじゅうきょう(和訓)
hougakumasahiko.muragon.com/entry/6.html


是(かく)の如く 我れ聞けり。
或る時、佛、王舎城(おうしゃじょう)の耆闍崛山(ぎしゃくつせん)中に菩薩声聞(しょうもん)の衆と倶(とも)にましましければ、
比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷・一切諸天の人民(にんみん)・および龍鬼神等、法を聞かんとて、来たり集まり、
一心に寶座(ほうざ)を囲繞(いにょう)して、瞬(またた)きもせで尊顔を仰ぎ見たりき。
是のとき、佛、すなわち法を説いて宣(のたま)わく。
一切の善男子・善女人よ、父に慈恩あり、母に悲恩あり。
そのゆえは、人の此の世に生まるゝは、宿業(しゅくごう)を因として、父母(ちちはは)を縁とせり。
父にあらされば生(しょう)ぜず、母にあらざれば育てられず。
ここを以て氣を父の胤(たね)に稟(う)けて形を母の胎(たい)に托(たく)す。
此の因縁を以ての故に、悲母(ひも)の子を念(おも)うこと世間に比(たぐ)いあることなく、その恩未形(みぎょう)に及べり。
始め胎に受けしより十月を經(ふ)るの間、行・住・坐・臥(ぎょう・じゅう・ざ・が)ともに、もろもろの苦惱を受く。
苦惱休(や)む時なきが故に、常に好める飲食(おんじき)・衣服(えぶく)を得(う)るも、愛欲の念を生ぜず、
唯だ一心に安く生産(しょうさん)せんことを思う。
月滿ち日足りて、生産(しょうさん)の時至れば、業風(ごっぷう)吹きて、之れを促し、
骨節(ほねふし)ことごとく痛み、汗膏(あせあぶら)ともに流れて、其の苦しみ堪(た)えがたし、
父も心身戦(おのの)き怖(おそ)れて母と子とを憂念(ゆうねん)し諸親眷属(しょしんけんぞく)皆な悉(ことごと)く苦惱す。
既に生まれて草上に墮(お)つれば、父母の喜び限りなきこと猶(な)ほ貧女(ひんにょ)の如意珠(にょいじゅ)を得たるがごとし。
その子聲(こえ)を發すれば、母も初めて此の世に生まれ出でたるが如し。
爾來(それより)母の懐(ふところ)を寝處(ねどこ)となし、母の膝を遊び場となし、母の乳を食物となし、母の情(なさけ)を生命(いのち)となす。
飢えたるとき食を需(もと)むるに母にあらざれば哺(くら)わず、渇(かわ)けるとき飲料(のみもの)を索(もと)むるに母にあらざれば咽(の)まず、
寒きとき服(きもの)を加うるに母にあらざれば着ず、暑きとき衣(きもの)を撒(さ)るに母にあらざれば脱がず。
母飢(うえ)に中(あた)る時も哺(ふく)めるを吐きて子に食(くら)わしめ、母寒きに苦しむ時も着たるを脱ぎて子に被(こうむ)らす。
母にあらざれば養われず、母にあらざれば育てられず。
その闌車(らんしゃ)を離るるに及べば、十指(じっし)の甲(つめ)の中に、子の不浄を食らう。
計るに人々、母の乳を飲むこと一百八十斛(こく)となす。
父母(ちちはは)の恩重きこと天の極(きわ)まり無きが如し。
母、東西の隣里に傭(やと)われて、或(あるい)は水汲み、或は火燒(ひた)き、或は碓(うす)つき、或は磨挽(うすひ)き、種々の事に服従して
家に還(かえ)るの時、未だ至らざるに、今や吾が兒(こ)、吾が家(いえ)に啼(な)き哭(さけ)びて、吾を戀(こ)ひ慕はんと思い起せば、
胸悸(むねさわ)ぎ心驚き両乳(りょうにゅう)流れ出でて忍び堪(た)ゆること能(あた)わず、乃(すなわ)ち去りて家に還る。
兒(こ)遙(はるか)に母の歸(かえ)るを見て、闌車(らんしゃ)の中に在れば、即ち頭(かしら)を動かし、腦(なづき)を弄(ろう)し、
外に在(あ)れば、即ち葡匐(はらばい)して出で來(きた)り、嗚呼(そらなき)して母に向う。
母は子のために足を早め、身を曲げ、長く兩手を伸(の)べて、塵土(ちりつち)を拂(はら)い、
吾が口を子の口に接(つ)けつつ乳を出(い)だして之れを飲ましむ。
是のとき母は子を見て歡(よろこ)び、子は母を見て喜ぶ。
兩情一致、恩愛の洽(あまね)きこと、復(ま)た此れに過ぐるものなし。
二歳懐(ふところ)を離れて始めて行く。
父に非(あら)ざれば、火の身を焼く事を知らず。
母に非ざれば、刀(はもの)の指を墮(おと)す事を知らず。
三歳、乳を離れて始めて食う。
父に非ざれば毒の命を殞(おと)す事を知らず。
母に非ざれば、薬の病を救う事を知らず。
父母外に出でて他の座席に往き、美味珍羞(びみちんしゅう)を得(う)ることあれば、自ら之を喫(くら)うに忍びず、懐に収めて持ち歸り、喚(よ)び来りて子に與(あた)う。
十(と)たび還れば九(ここの)たびまで得(う)。得(う)れば即ち常に歡喜(かんき)して、かつ笑いかつ食(くら)う。
もし過(あやま)りて一たび得ざれば、則ち矯(いつ)わり泣き、佯(いつ)わり哭(さけ)びて、父を責め母に逼(せ)まる。
稍(や)や成長して朋友と相交わるに至れば、父は衣(きぬ)を索(もと)め帶(おび)を需(もと)め、
母は髪を梳(くしけず)り、髻(もとどり)を摩(な)で、己(おの)が好美(このみ)の衣服は皆な子に與えて着せしめ、
己れは則(すなわ)ち古き衣(きぬ)、弊(やぶ)れたる服(きもの)を纏(まと)う。
既に婦妻を索(もと)めて、他の女子を娶(めと)れば、父母をば轉(うた)た疎遠して夫婦は特に親近し、私房の中(うち)に於て妻と共に語らい樂しむ。
父母年高(ちちははとした)けて、氣老い力衰えぬれば、依(よ)る所の者は唯だ子のみ、頼む所の者は唯だ嫁のみ。
然るに夫婦共に朝(あした)より暮(くれ)に至るまで、未だ肯(あえ)て一たびも来(きた)り問はず。
或は父は母を先立て、母は父を先立てて獨(ひと)り空房を守り居るは、猶ほ孤客(こかく)の旅寓(りょぐう)に寄泊(きはく)するが如く、
常に恩愛の情(じょう)なく復(ま)た談笑の娯(たのし)み無し。
夜半、衾(ふすま)、冷(ひややか)にして五體(ごたい)安んぜず。
況んや褥(しとね)に蚤虱(のみしらみ)多くして、暁(あかつき)に至るまで眠られざるをや、
幾度(いくたび)か輾転反側して獨言(ひとりごと)すらく、噫(ああ)吾れ何の宿罪ありてか、斯(か)かる不孝の子を有(も)てるかと。
事ありて、子を呼べば、目を瞋(いか)らして怒(いか)り罵(ののし)る。
婦(よめ)も兒(こ)も之れを見て、共に罵り共に辱しめば、頭(こうべ)を垂れて笑いを含む。
婦も亦た不孝、兒も亦た不順。夫婦和合して五逆罪を造る。
或は復た急に事を辧(べん)ずることありて、疾(と)く呼びて命ぜむとすれば、十(と)たび喚(よ)びても九(ここの)たび違(たが)い、
遂に来(きた)りきて給仕せず、却(かえ)りて怒(いか)り罵(ののし)りて云(いわ)く、
「老い耄(ぼ)れて世に残るよりは早く死なんには如かずと。」
父母(ちちはは)これを聞いて、怨念胸に塞(ふさ)がり、涕涙瞼(ているいまぶた)を衝(つ)きて、目瞑(めくら)み、心惑(こころまど)い、悲(かなし)み叫びて云く、
「あゝ汝幼少の時、吾に非ざれば養われざりき、吾に非ざれば育てられざりき、
而して今に至れば即ち却(かえ)りて是(かく)の如し。
あゝ吾れ汝を生みしは本より無きに如かざりけり。」と。
若し子あり、父母(ちちはは)をして是(かく)の如き言(ことば)を発せしむれば、子は即ちその言と共に堕ちて地獄、餓鬼、畜生の中(うち)にあり。
一切の如来、金剛天、五通仙も、これを救い護ること能わず。
父母(ちちはは)の恩重きこと天の極まり無きが如し。
善男子善女人よ、別(わ)けて之れを説けば、父母(ちちはは)に十種の恩徳あり。
何をか十種となす。
 一には 懐胎守護(かいたいしゅご) の恩
 二には 臨生受苦(りんしょうじゅく) の恩
 三には 生子忘憂(しょうしぼうゆう) の恩
 四には 乳哺養育(にゅうほよういく) の恩
 五には 廻乾就湿(えげんじゅしつ) の恩
 六には 洗灌不浄(せんかんふじょう) の恩
 七には 嚥苦吐甘(えんくとかん) の恩
 八には 為造悪業(いぞうあくごう) の恩
 九には 遠行憶念(おんぎょうおくねん) の恩
 十には 究竟憐愍(くきょうれんみん) の恩
父母の恩重きこと天の極まり無きが如し。
善男子・善女人よ、是(かく)の如きの恩徳、如何にして報(むくゆ)べき。
佛、すなわち偈(げ)を以て讃じて宣わく、
悲母(ひも)、子を胎めば、十月の間に血を分け肉を頒(わか)ちて、身重病を感ず、子の身体これに由(よ)りて成就す。
月満ち時到れば、業風催促して、[*ぎょうにんべんに扁]徧身疼痛(へんしんとうつう)し、骨節(こっせつ)解体して、神心悩乱し、忽然(こつねん)として身を亡ぼす。
若(も)し夫(そ)れ平安になれば、猶ほ蘇生し来(きた)るが如く、子の声を発するを聞けば、己れも生れ出でたるが如し。
其の初めて生みし時には、母の顔(かんばせ)、花の如くなりしに、子を養うこと数年なれば、容(かたち)すなわち憔悴す。
水の如き霜の夜にも、氷の如き雪の暁(あかつき)にも、乾ける処に子を廻(まわ)し、濕(しめり)し処に己れ臥す。
子己(おの)が懐(ふところ)に屎(くそま)り、或は其の衣(きもの)に尿(いばり)するも、手自ら洗い濯(そそ)ぎて、臭穢(しゅうえ)を厭(いと)うこと無し。
食味を口に含みて、これを子に哺(ふく)むるにあたりては、苦き物は自から嚥(の)み、甘き物は吐きて与う。
若し夫れ子のために止むを得ざる事あれば、自(みずか)ら悪業を造りて、悪趣に堕つることを甘んず。
若し子遠く行けば、帰りて其の面(おもて)を見るまで、出でても入りても之を憶い、寝ても寤(さ)めても之を憂う。
己(おの)れ生(しょう)ある間は、子の身に代らんことを念い、己れ死に去りて後(のち)には、子の身を護らんことを願う。
是(かく)の如きの恩徳、如何にして報(むくゆ)べき。
然るに長じて人と成れば、声を抗(あ)げ気を怒らして、父の言(ことば)に順(したが)わず、母の言に瞋(いか)りを含む。
既にして婦妻を娶れば、父母にそむき違うこと恩無き人の如く、兄弟を憎み嫌うこと怨(うらみ)ある者の如し。
妻の親族訪(と)い来れば、堂に昇(のぼ)せて饗応し、室に入れて歓晤(かんご)す。
嗚呼(ああ)、噫嗟(ああ)、衆生顛倒して、親しき者は却(かえ)りて疎(うと)み、疎き者は却りて親しむ。
父母(ちちはは)の恩重きこと天の極まり無きが如し。
其の時、阿難、座より起ちて、偏(ひとえ)に右の肩を袒(はだ)ぬぎ、長跪合掌して、前(すす)みて佛(ほとけ)に白(もう)して云(もう)さく、
「世尊よ、是(かく)の如き父母(ちちはは)の重恩を、我等出家の子(もの)は、如何にしてか報ずべき。
具(つぶ)さに其の事を説示し給え。」と。
佛(ほとけ)、宣(のたま)わく。
「汝等大衆よく聴けよ。孝養の一事は、在家出家の別あることなし。
出でて時新の甘果を得れば、将(も)ち帰り父母(ちちはは)に供養せよ。
父母これを得て歓喜し、自ら食(くら)うに忍びず、先ず之を三寶(さんぽう)に廻(めぐ)らし施せば、則ち菩提心を啓発せん。
父母病あらば、牀辺(しょうへん)を離れず、親しく自ら看護せよ。
一切の事、これを他人に委(ゆだ)ぬること勿(なか)れ。
時を計り便を伺いて、懇(ねんご)ろに粥飯(しゅくはん)を勧めよ。
親は子の勧むるを見て、強いて粥飯を喫し、子は親の喫するを見て、抂(ま)げて己(おの)が意(こころ)を強くす。
親暫(しばら)く睡眠すれば、気を静めて息を聞き、睡(ねむり)覚むれば、医に問いて薬を進めよ。
日夜に三寶に恭敬(くぎょう)して、親の病の癒(い)えんことを願い、常に報恩の心を懐(いだ)きて、片時も忘失(わす)るゝこと勿れ。
是の時、阿難また問うて云く。
「世尊よ、出家の子、能(よ)く是(かく)の如くせば、以って父母(ちちはは)の恩に報(むくゆ)ると為(な)すか。」
佛、宣わく。
「否。未だ以て、父母(ちちはは)の恩に報ると為さざるなり。
親、頑固(かたくな)にして三寶を奉ぜず、不仁にして物を残(そこな)い、不義にして物を盗み、無礼にして色に荒(すさ)み、不信にして人を欺き、不智にして酒に耽(ふけ)らば、
子は当(まさ)に極諫(ごくかん)して、之れを啓悟(けいご)せしむべし。
若し猶ほ闇(くら)くして未だ悟ること能(あた)わざれば、則ち為に譬(たとえ)を取り、類を引き、因果の道理を演説して、未来の苦患(くげん)を救うべし。
若し猶ほ頑(かたくな)にして未だ改むること能わざれば、啼泣歔欷(ていきゅうきょき)して己が飲食(おんじき)を絶てよ。
親、頑闇(かたくな)なりと雖も、子の死なんことを懼るるが故に、恩愛の情に索(ひ)かれて、強忍(きょうにん)して道に向わん。
若(も)し親志(こころざし)を遷(うつ)して、佛の五戒を奉じ、仁ありて殺さず、義ありて盗まず、礼ありて婬(いん)せず、信ありて欺かず、智ありて酔わざれば、
則ち家門の内、親は慈に、子は孝に、夫は正に、妻は貞に、親族和睦して、婢僕(ひぼく)忠順し、六畜蟲魚(ろくちくちゅうぎょ)まで普(あまね)く恩沢(おんたく)を被(こうむ)りて、
十方の諸仏、天龍鬼神、有道(うどう)の君(きみ)、忠良の臣より、庶民万姓(ばんしょう)に至るまで、敬愛(きょうあい)せざるはなく、
暴悪の主(しゅ)も、佞嬖(ねいへい)の輔(ほ)も、妖児兇婦(ようじきょうふ)も、千邪万怪(せんじゃばんかい)も、之れを如何ともすること無けん。
是(ここ)に於て父母(ちちはは)、現(げん)には安穏に住し後(のち)には善処に生じ、仏を見、法を聞いて長く苦輪を脱せん、
かくの如くにして始めて父母の恩に報るものとなすなり。」
佛、更に説を重ねて宣わく。
「汝等大衆能く聴けよ。
父母のために心力(しんりょく)を盡(つく)して、有らゆる佳味、美音、妙衣(みょうえ)、車駕(しゃが)、宮室(きゅうしつ)等を供養し、
父母をして一生遊楽に飽かしむるとも、若し未だ三寶を信ぜざらしめば、猶ほ以て不孝と為す。
如何となれば、仁心ありて施しを行い、礼式ありて身を検(ひきし)め、柔和にして恥を忍び、
勉強して徳を進め、意を寂静(じゃくじょう)に潜(ひそ)め、志を学問に励ます者と雖も、
一たび酒食に溺るれば、悪魔忽(たちま)ち隙を伺い、妖魅(ようみ)則ち便(たより)を得て、
財を惜しまず、情を蕩(とろ)かし、忿(いかり)を発(おこ)させ、怠(おこたり)を増させ、心を乱し、智を晦(くら)まして、
行いを禽獣に等しくするに至ればなり。
大衆よ古(いにしえ)より今に及ぶまで、之に由りて身を亡ぼし家を滅ぼし君を危くし、親を辱しめざるは無し。
是の故に、沙門は独身(どくしん)にして耗(ぐう)なく、その志を情潔にして、唯だ道を是れ務む。
子たる者は深く思い、遠く慮(おもんばか)りて、以て孝養の軽重・緩急を知らざるべからざるなり。
凡(およ)そ是等(これら)を父母(ちちはは)の恩に報(むくゆ)るの事となす。」と。
是のとき阿難、涙を払いつつ座より起ち長跪(ちょうき)合掌して前(すす)みて佛(ほとけ)に白(もう)して曰(もう)さく、
「世尊よ、此の経は当(まさ)に何と名づくべき。
又如何にしてか奉持(ぶじ)すべきか。」と。
佛、阿難に告げ給わく。
「阿難よ、此の経は父母恩重経(ぶもおんじゅうきょう)と名づくべし。
若し一切衆生ありて、一たび此の経を読誦(どくじゅ)せば、則ち以て乳哺(にゅうほ)の恩に報(むくゆ)るに足らん。
若し一心に此の経を持念し、又人をして之を持念せしむれば、当(まさ)に知るべし、
是の人は、能(よ)く父母の恩に報(むくゆ)ることを。
一生に有らゆる十悪、五逆、無間(むげん)の重罪も、皆な消滅して、無上道を得ん。」と。
是の時、梵天・帝釈(たいしゃく)・諸天の人民(にんみん)、一切の集会(しゅうえ)、此の説法を聞いて、悉(ことごと)く菩提心を発(おこ)し、
五体地に投じて涕涙(ているい)、雨の如く。
進みて佛足(ぶっそく)を頂礼(ちょうらい)し、退(しりぞ)きて各々(おのおの)歓喜奉行(かんぎぶぎょう)したりき。
佛説父母恩重経


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 産める子に 踏まれ蹴られど 母ごころ
  わが身消ゆれど 子をば守らむ


 垂乳根(たらちね)の 白き媼母(おんも)の 独り寝(ぬ)る
  寝音に暁(あけ)の 待ち遠しけれ


       雲居杣人正顔


南無父母無二佛
南無大日不動薬師如来
南無阿弥陀佛
南無釈迦牟尼佛
南無三宝
拈華微笑  合掌


これが私の四正勤です。この経を弘めることが我が生まれ来る使命であり不惜身命父母に報恩の誠をささげる四弘誓願七佛通誡偈不二同一父母未生因縁なり。
↑上記は全てTORAさんのブログに投稿を掲載して頂いたものです。
いつも本当にありがとうございます。豊岳正彦拝
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*父母恩重経、仏教聖典とも下記のページのいずれかのコメント欄に掲載してもらっています。ブログ主さんありがとうございます。
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投稿: 豊岳正彦 | 2018年4月 9日 (月) 21時58分
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真の父母恩重経は真の靖国捨身施武士道
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真の父母恩重経【貴乃花光司】「自分の屍だけは誰にも見られたくない」“不審続き”の人生とは

2024-06-08 07:56:50 | 日記
【貴乃花光司】「自分の屍だけは誰にも見られたくない」“不審続き”の人生とは

承認深謝。
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『父母恩重経』ぶもおんじゅうきょう(和訓)


是(かく)の如く 我れ聞けり。
或る時、佛、王舎城(おうしゃじょう)の耆闍崛山(ぎしゃくつせん)中に菩薩声聞(しょうもん)の衆と倶(とも)にましましければ、
比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷・一切諸天の人民(にんみん)・および龍鬼神等、法を聞かんとて、来たり集まり、
一心に寶座(ほうざ)を囲繞(いにょう)して、瞬(またた)きもせで尊顔を仰ぎ見たりき。


是のとき、佛、すなわち法を説いて宣(のたま)わく。
一切の善男子・善女人よ、父に慈恩あり、母に悲恩あり。
そのゆえは、人の此の世に生まるゝは、宿業(しゅくごう)を因として、父母(ちちはは)を縁とせり。


父にあらされば生(しょう)ぜず、母にあらざれば育てられず。


ここを以て氣を父の胤(たね)に稟(う)けて形を母の胎(たい)に托(たく)す。


此の因縁を以ての故に、悲母(ひも)の子を念(おも)うこと世間に比(たぐ)いあることなく、その恩未形(みぎょう)に及べり。


始め胎に受けしより十月を經(ふ)るの間、行・住・坐・臥(ぎょう・じゅう・ざ・が)ともに、もろもろの苦惱を受く。


苦惱休(や)む時なきが故に、常に好める飲食(おんじき)・衣服(えぶく)を得(う)るも、愛欲の念を生ぜず、
唯だ一心に安く生産(しょうさん)せんことを思う。


月滿ち日足りて、生産(しょうさん)の時至れば、業風(ごっぷう)吹きて、之れを促し、


骨節(ほねふし)ことごとく痛み、汗膏(あせあぶら)ともに流れて、其の苦しみ堪(た)えがたし、


父も心身戦(おのの)き怖(おそ)れて母と子とを憂念(ゆうねん)し諸親眷属(しょしんけんぞく)皆な悉(ことごと)く苦惱す。


既に生まれて草上に墮(お)つれば、父母の喜び限りなきこと猶(な)ほ貧女(ひんにょ)の如意珠(にょいじゅ)を得たるがごとし。


その子聲(こえ)を發すれば、母も初めて此の世に生まれ出でたるが如し。


爾來(それより)母の懐(ふところ)を寝處(ねどこ)となし、母の膝を遊び場となし、母の乳を食物となし、母の情(なさけ)を生命(いのち)となす。


飢えたるとき食を需(もと)むるに母にあらざれば哺(くら)わず、渇(かわ)けるとき飲料(のみもの)を索(もと)むるに母にあらざれば咽(の)まず、


寒きとき服(きもの)を加うるに母にあらざれば着ず、暑きとき衣(きもの)を撒(さ)るに母にあらざれば脱がず。


母飢(うえ)に中(あた)る時も哺(ふく)めるを吐きて子に食(くら)わしめ、母寒きに苦しむ時も着たるを脱ぎて子に被(こうむ)らす。


母にあらざれば養われず、母にあらざれば育てられず。


その闌車(らんしゃ)を離るるに及べば、十指(じっし)の甲(つめ)の中に、子の不浄を食らう。


計るに人々、母の乳を飲むこと一百八十斛(こく)となす。


父母(ちちはは)の恩重きこと天の極(きわ)まり無きが如し。


母、東西の隣里に傭(やと)われて、或(あるい)は水汲み、或は火燒(ひた)き、或は碓(うす)つき、或は磨挽(うすひ)き、種々の事に服従して


家に還(かえ)るの時、未だ至らざるに、今や吾が兒(こ)、吾が家(いえ)に啼(な)き哭(さけ)びて、吾を戀(こ)ひ慕はんと思い起せば、


胸悸(むねさわ)ぎ心驚き両乳(りょうにゅう)流れ出でて忍び堪(た)ゆること能(あた)わず、乃(すなわ)ち去りて家に還る。


兒(こ)遙(はるか)に母の歸(かえ)るを見て、闌車(らんしゃ)の中に在れば、即ち頭(かしら)を動かし、腦(なづき)を弄(ろう)し、


外に在(あ)れば、即ち葡匐(はらばい)して出で來(きた)り、嗚呼(そらなき)して母に向う。


母は子のために足を早め、身を曲げ、長く兩手を伸(の)べて、塵土(ちりつち)を拂(はら)い、


吾が口を子の口に接(つ)けつつ乳を出(い)だして之れを飲ましむ。


是のとき母は子を見て歡(よろこ)び、子は母を見て喜ぶ。


兩情一致、恩愛の洽(あまね)きこと、復(ま)た此れに過ぐるものなし。


二歳懐(ふところ)を離れて始めて行く。


父に非(あら)ざれば、火の身を焼く事を知らず。


母に非ざれば、刀(はもの)の指を墮(おと)す事を知らず。


三歳、乳を離れて始めて食う。


父に非ざれば毒の命を殞(おと)す事を知らず。


母に非ざれば、薬の病を救う事を知らず。


父母外に出でて他の座席に往き、美味珍羞(びみちんしゅう)を得(う)ることあれば、自ら之を喫(くら)うに忍びず、懐に収めて持ち歸り、喚(よ)び来りて子に與(あた)う。


十(と)たび還れば九(ここの)たびまで得(う)。得(う)れば即ち常に歡喜(かんき)して、かつ笑いかつ食(くら)う。


もし過(あやま)りて一たび得ざれば、則ち矯(いつ)わり泣き、佯(いつ)わり哭(さけ)びて、父を責め母に逼(せ)まる。


稍(や)や成長して朋友と相交わるに至れば、父は衣(きぬ)を索(もと)め帶(おび)を需(もと)め、


母は髪を梳(くしけず)り、髻(もとどり)を摩(な)で、己(おの)が好美(このみ)の衣服は皆な子に與えて着せしめ、


己れは則(すなわ)ち古き衣(きぬ)、弊(やぶ)れたる服(きもの)を纏(まと)う。


既に婦妻を索(もと)めて、他の女子を娶(めと)れば、父母をば轉(うた)た疎遠して夫婦は特に親近し、私房の中(うち)に於て妻と共に語らい樂しむ。


父母年高(ちちははとした)けて、氣老い力衰えぬれば、依(よ)る所の者は唯だ子のみ、頼む所の者は唯だ嫁のみ。


然るに夫婦共に朝(あした)より暮(くれ)に至るまで、未だ肯(あえ)て一たびも来(きた)り問はず。


或は父は母を先立て、母は父を先立てて獨(ひと)り空房を守り居るは、猶ほ孤客(こかく)の旅寓(りょぐう)に寄泊(きはく)するが如く、


常に恩愛の情(じょう)なく復(ま)た談笑の娯(たのし)み無し。


夜半、衾(ふすま)、冷(ひややか)にして五體(ごたい)安んぜず。


況んや褥(しとね)に蚤虱(のみしらみ)多くして、暁(あかつき)に至るまで眠られざるをや、


幾度(いくたび)か輾転反側して獨言(ひとりごと)すらく、噫(ああ)吾れ何の宿罪ありてか、斯(か)かる不孝の子を有(も)てるかと。


事ありて、子を呼べば、目を瞋(いか)らして怒(いか)り罵(ののし)る。


婦(よめ)も兒(こ)も之れを見て、共に罵り共に辱しめば、頭(こうべ)を垂れて笑いを含む。


婦も亦た不孝、兒も亦た不順。夫婦和合して五逆罪を造る。


或は復た急に事を辧(べん)ずることありて、疾(と)く呼びて命ぜむとすれば、十(と)たび喚(よ)びても九(ここの)たび違(たが)い、


遂に来(きた)りきて給仕せず、却(かえ)りて怒(いか)り罵(ののし)りて云(いわ)く、


「老い耄(ぼ)れて世に残るよりは早く死なんには如かずと。」


父母(ちちはは)これを聞いて、怨念胸に塞(ふさ)がり、涕涙瞼(ているいまぶた)を衝(つ)きて、目瞑(めくら)み、心惑(こころまど)い、悲(かなし)み叫びて云く、


「あゝ汝幼少の時、吾に非ざれば養われざりき、吾に非ざれば育てられざりき、


而して今に至れば即ち却(かえ)りて是(かく)の如し。


あゝ吾れ汝を生みしは本より無きに如かざりけり。」と。


若し子あり、父母(ちちはは)をして是(かく)の如き言(ことば)を発せしむれば、子は即ちその言と共に堕ちて地獄、餓鬼、畜生の中(うち)にあり。


一切の如来、金剛天、五通仙も、これを救い護ること能わず。


父母(ちちはは)の恩重きこと天の極まり無きが如し。


善男子善女人よ、別(わ)けて之れを説けば、父母(ちちはは)に十種の恩徳あり。


何をか十種となす。


 一には 懐胎守護(かいたいしゅご) の恩


 二には 臨生受苦(りんしょうじゅく) の恩


 三には 生子忘憂(しょうしぼうゆう) の恩


 四には 乳哺養育(にゅうほよういく) の恩


 五には 廻乾就湿(えげんじゅしつ) の恩


 六には 洗灌不浄(せんかんふじょう) の恩


 七には 嚥苦吐甘(えんくとかん) の恩


 八には 為造悪業(いぞうあくごう) の恩


 九には 遠行憶念(おんぎょうおくねん) の恩


 十には 究竟憐愍(くきょうれんみん) の恩


父母の恩重きこと天の極まり無きが如し。


善男子・善女人よ、是(かく)の如きの恩徳、如何にして報(むくゆ)べき。


佛、すなわち偈(げ)を以て讃じて宣わく、


悲母(ひも)、子を胎めば、十月の間に血を分け肉を頒(わか)ちて、身重病を感ず、子の身体これに由(よ)りて成就す。


月満ち時到れば、業風催促して、[*ぎょうにんべんに扁]徧身疼痛(へんしんとうつう)し、骨節(こっせつ)解体して、神心悩乱し、忽然(こつねん)として身を亡ぼす。


若(も)し夫(そ)れ平安になれば、猶ほ蘇生し来(きた)るが如く、子の声を発するを聞けば、己れも生れ出でたるが如し。


其の初めて生みし時には、母の顔(かんばせ)、花の如くなりしに、子を養うこと数年なれば、容(かたち)すなわち憔悴す。


水の如き霜の夜にも、氷の如き雪の暁(あかつき)にも、乾ける処に子を廻(まわ)し、濕(しめり)し処に己れ臥す。


子己(おの)が懐(ふところ)に屎(くそま)り、或は其の衣(きもの)に尿(いばり)するも、手自ら洗い濯(そそ)ぎて、臭穢(しゅうえ)を厭(いと)うこと無し。


食味を口に含みて、これを子に哺(ふく)むるにあたりては、苦き物は自から嚥(の)み、甘き物は吐きて与う。


若し夫れ子のために止むを得ざる事あれば、自(みずか)ら悪業を造りて、悪趣に堕つることを甘んず。


若し子遠く行けば、帰りて其の面(おもて)を見るまで、出でても入りても之を憶い、寝ても寤(さ)めても之を憂う。


己(おの)れ生(しょう)ある間は、子の身に代らんことを念い、己れ死に去りて後(のち)には、子の身を護らんことを願う。


是(かく)の如きの恩徳、如何にして報(むくゆ)べき。


然るに長じて人と成れば、声を抗(あ)げ気を怒らして、父の言(ことば)に順(したが)わず、母の言に瞋(いか)りを含む。


既にして婦妻を娶れば、父母にそむき違うこと恩無き人の如く、兄弟を憎み嫌うこと怨(うらみ)ある者の如し。


妻の親族訪(と)い来れば、堂に昇(のぼ)せて饗応し、室に入れて歓晤(かんご)す。


嗚呼(ああ)、噫嗟(ああ)、衆生顛倒して、親しき者は却(かえ)りて疎(うと)み、疎き者は却りて親しむ。


父母(ちちはは)の恩重きこと天の極まり無きが如し。


其の時、阿難、座より起ちて、偏(ひとえ)に右の肩を袒(はだ)ぬぎ、長跪合掌して、前(すす)みて佛(ほとけ)に白(もう)して云(もう)さく、


「世尊よ、是(かく)の如き父母(ちちはは)の重恩を、我等出家の子(もの)は、如何にしてか報ずべき。


具(つぶ)さに其の事を説示し給え。」と。


佛(ほとけ)、宣(のたま)わく。


「汝等大衆よく聴けよ。孝養の一事は、在家出家の別あることなし。


出でて時新の甘果を得れば、将(も)ち帰り父母(ちちはは)に供養せよ。


父母これを得て歓喜し、自ら食(くら)うに忍びず、先ず之を三寶(さんぽう)に廻(めぐ)らし施せば、則ち菩提心を啓発せん。


父母病あらば、牀辺(しょうへん)を離れず、親しく自ら看護せよ。


一切の事、これを他人に委(ゆだ)ぬること勿(なか)れ。


時を計り便を伺いて、懇(ねんご)ろに粥飯(しゅくはん)を勧めよ。


親は子の勧むるを見て、強いて粥飯を喫し、子は親の喫するを見て、抂(ま)げて己(おの)が意(こころ)を強くす。


親暫(しばら)く睡眠すれば、気を静めて息を聞き、睡(ねむり)覚むれば、医に問いて薬を進めよ。


日夜に三寶に恭敬(くぎょう)して、親の病の癒(い)えんことを願い、常に報恩の心を懐(いだ)きて、片時も忘失(わす)るゝこと勿れ。


是の時、阿難また問うて云く。


「世尊よ、出家の子、能(よ)く是(かく)の如くせば、以って父母(ちちはは)の恩に報(むくゆ)ると為(な)すか。」


佛、宣わく。


「否。未だ以て、父母(ちちはは)の恩に報ると為さざるなり。


親、頑固(かたくな)にして三寶を奉ぜず、不仁にして物を残(そこな)い、不義にして物を盗み、無礼にして色に荒(すさ)み、不信にして人を欺き、不智にして酒に耽(ふけ)らば、


子は当(まさ)に極諫(ごくかん)して、之れを啓悟(けいご)せしむべし。


若し猶ほ闇(くら)くして未だ悟ること能(あた)わざれば、則ち為に譬(たとえ)を取り、類を引き、因果の道理を演説して、未来の苦患(くげん)を救うべし。


若し猶ほ頑(かたくな)にして未だ改むること能わざれば、啼泣歔欷(ていきゅうきょき)して己が飲食(おんじき)を絶てよ。


親、頑闇(かたくな)なりと雖も、子の死なんことを懼るるが故に、恩愛の情に索(ひ)かれて、強忍(きょうにん)して道に向わん。


若(も)し親志(こころざし)を遷(うつ)して、佛の五戒を奉じ、仁ありて殺さず、義ありて盗まず、礼ありて婬(いん)せず、信ありて欺かず、智ありて酔わざれば、


則ち家門の内、親は慈に、子は孝に、夫は正に、妻は貞に、親族和睦して、婢僕(ひぼく)忠順し、六畜蟲魚(ろくちくちゅうぎょ)まで普(あまね)く恩沢(おんたく)を被(こうむ)りて、


十方の諸仏、天龍鬼神、有道(うどう)の君(きみ)、忠良の臣より、庶民万姓(ばんしょう)に至るまで、敬愛(きょうあい)せざるはなく、


暴悪の主(しゅ)も、佞嬖(ねいへい)の輔(ほ)も、妖児兇婦(ようじきょうふ)も、千邪万怪(せんじゃばんかい)も、之れを如何ともすること無けん。


是(ここ)に於て父母(ちちはは)、現(げん)には安穏に住し後(のち)には善処に生じ、仏を見、法を聞いて長く苦輪を脱せん、


かくの如くにして始めて父母の恩に報るものとなすなり。」


佛、更に説を重ねて宣わく。


「汝等大衆能く聴けよ。


父母のために心力(しんりょく)を盡(つく)して、有らゆる佳味、美音、妙衣(みょうえ)、車駕(しゃが)、宮室(きゅうしつ)等を供養し、


父母をして一生遊楽に飽かしむるとも、若し未だ三寶を信ぜざらしめば、猶ほ以て不孝と為す。


如何となれば、仁心ありて施しを行い、礼式ありて身を検(ひきし)め、柔和にして恥を忍び、


勉強して徳を進め、意を寂静(じゃくじょう)に潜(ひそ)め、志を学問に励ます者と雖も、


一たび酒食に溺るれば、悪魔忽(たちま)ち隙を伺い、妖魅(ようみ)則ち便(たより)を得て、


財を惜しまず、情を蕩(とろ)かし、忿(いかり)を発(おこ)させ、怠(おこたり)を増させ、心を乱し、智を晦(くら)まして、


行いを禽獣に等しくするに至ればなり。


大衆よ古(いにしえ)より今に及ぶまで、之に由りて身を亡ぼし家を滅ぼし君を危くし、親を辱しめざるは無し。


是の故に、沙門は独身(どくしん)にして耗(ぐう)なく、その志を情潔にして、唯だ道を是れ務む。


子たる者は深く思い、遠く慮(おもんばか)りて、以て孝養の軽重・緩急を知らざるべからざるなり。


凡(およ)そ是等(これら)を父母(ちちはは)の恩に報(むくゆ)るの事となす。」と。


是のとき阿難、涙を払いつつ座より起ち長跪(ちょうき)合掌して前(すす)みて佛(ほとけ)に白(もう)して曰(もう)さく、


「世尊よ、此の経は当(まさ)に何と名づくべき。


又如何にしてか奉持(ぶじ)すべきか。」と。


佛、阿難に告げ給わく。


「阿難よ、此の経は父母恩重経(ぶもおんじゅうきょう)と名づくべし。


若し一切衆生ありて、一たび此の経を読誦(どくじゅ)せば、則ち以て乳哺(にゅうほ)の恩に報(むくゆ)るに足らん。


若し一心に此の経を持念し、又人をして之を持念せしむれば、当(まさ)に知るべし、


是の人は、能(よ)く父母の恩に報(むくゆ)ることを。


一生に有らゆる十悪、五逆、無間(むげん)の重罪も、皆な消滅して、無上道を得ん。」と。


是の時、梵天・帝釈(たいしゃく)・諸天の人民(にんみん)、一切の集会(しゅうえ)、此の説法を聞いて、悉(ことごと)く菩提心を発(おこ)し、


五体地に投じて涕涙(ているい)、雨の如く。


進みて佛足(ぶっそく)を頂礼(ちょうらい)し、退(しりぞ)きて各々(おのおの)歓喜奉行(かんぎぶぎょう)したりき。


佛説父母恩重経




父母恩重経(ぶもおんじゅうきょう)。   
法相宗薬師寺管長 高田好胤老師


感恩の歌      竹内浦次作
あはれはらから心せよ 山より高き父の恩
海より深き母の恩 知るこそ道のはじめなれ
児(こ)を守(も)る母のまめやかに わが懐中(ふところ)を寝床(ねどこ)とし
かよわき腕をまくらとし 骨身を削るあはれさよ
美しかりし若妻も 幼児(おさなご)一人そだつれば
花のかんばせいつしかに 衰へ行くこそかなしけれ
身を切る如き雪の夜も 骨さす霜のあかつきも
乾けるところに子を廻し ぬれたるところに己れ伏す
幼きもののがんぜなく 懐中(ふところ)汚し背をぬらす
不浄をいとふ色もなく 洗ふも日々に幾度ぞや
己れは寒さに凍えつつ 着たるを脱ぎて子を包み
甘きは吐きて子に与え 苦きは自ら食(くら)ふなり
幼児乳をふくむこと 百八十斛(ももやそこく)を超すとかや
まことに父母の恵こそ 天の極り無きが如し
父母は我が子の為ならば 悪業(あっごう)つくり罪かさね
よしや悪趣に落つるとも 少しの悔(くひ)もなきぞかし
若し子遠く行くあらば 帰りてその面(かほ)見るまでは
出ても入りても子を憶(おも)ひ 寝ても覚めても子を念(おも)ふ
髪くしけづり顔ぬぐひ 衣を求め帯を買い
美しきは皆子に与へ 父母は古きを選むなり
己れ生あるその内は 子の身に代わらんことを思ひ
己れ死に行くその後は 子の身を守らんことを願ふ
よる年波の重なりて いつか頭(かうべ)の霜白く
衰へませる父母を 仰げば落つる涙かな
あゝありがたき父の恩 子はいかにして酬(むく)ゆべき
あゝありがたき母の恩 子はいかにして報ずべき




報恩の歌
あはれ地上に数知らぬ 衆生(しゆじやう)の中にただひとり
父とかしづき母と呼ぶ 貴きえにし伏し拝み
起てよ人の子いざ起ちて 浮世の風にたたかれし
余命少なきふた親の 弱れる心慰めよ
さりとも見えぬ父母の 夜半の寝顔仰ぐとき
見まがふ程の衰へに 驚き泣かぬものぞなき
樹しづまらんと欲すれど 風の止まぬを如何にせん
子養はんとねがへども 親在(おは)さぬぞあはれなる
逝きにし慈父(ちち)の墓石を 涙ながらに拭いつゝ
父よ父よと叫べども 答へまさぬぞ果敢(はか)なけれ
あゝ母上よ子を遺(お)きて いづこに一人逝きますと
胸かきむしり嘆けども 帰りまさぬぞ悲しけれ
父死に給ふその臨終(きは)に 泣きて念ずる声あらば
生きませる時なぐさめの 言葉かはして微笑(ほほえ)めよ
母息絶ゆるその臨終に 泣きて合掌(おろが)む手のあらば
生きませる時肩にあて 誠心(まごころ)こめてもみまつれ
実(げ)に古くして新しき 道は報恩のをしへなり
孝は百行(ひゃくぎょう)の根本(もと)にして 信への道の正門ぞ
世の若人よとく往きて 父母の御前に跪拝(ひざま)づけ
世の乙女子(をとめご)よいざ起ちて 父母の慈光(ひかり)を仰げかし


老いて後思い知るこそ悲しけれ
この世にあらぬ親の恵みに
  合掌


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あとがき 法相宗管長薬師寺住職 高田 好胤
            
 私は常づね、父母恩重経を一人でも多くの人々に読んで頂きたいと願っています。
しかし、佛壇店をたずねても般若心経、阿弥陀経、観音経等の経本は必ずおかれていますが、父母恩重経をおいて下さっているお店はまだまだ少ないようです。
そこでお佛壇を扱っておられる方々にお会いするたびに、温かい世づくりのお手伝いの為にぜひ父母恩重経もそろえてもらいたい旨お願いをし続けてきました。
今回(昭和五十八年)、全日本宗教用具協同組合で父母恩重経を刊行され、それを各佛壇店において下さる由、大変有難い事だと喜んでいます。
 私は結婚式に招かれた時、必ず父母恩重経をお持ちして、新婚のお二人に差上げ、新婚旅行の道中、二人で心を合わせ、声を揃えて読んできてほしい。
そして帰ってからは座右の書の一冊に加えてもらいたいとお願いしています。
皆さんお読みになってきて下さるようで、新婚旅行の旅先から情景描写などをまじえてのお礼状を頂きます。
中には「こんなお経を読まされたばっかりに楽しかるべき新婚旅行が涙の旅行になってしまいました」と恨み状めいたものを手にする事もあります。
けれども私は「よかったなあ」と喜びの気持ちで読ませてもらっています。
親の恩の尊さを身近に説いたこのお経を、新婚の夫婦がいっしょに読んで催してくれるその涙は、人の心の中にその本質としてだれもが授かっているやさしさ、温かさに目ざめてもらったあらわれの涙であることがとてもうれしいのです。
ですから、どのお礼状も最後には「この涙は二人が生涯忘れてはならない大切な涙であると思いました」といった意味の言葉で結ばれているのが常です。
こうしたお礼状を頂くたびに、新しい人生の門出を父母恩重経でお手伝いする事のできた満足感が私の胸を潤してくれます。
 ところでこのお経において親の苦労の具体的な姿は殆どが母の姿で説かれています。
お釈迦様のお母さま、摩耶夫人(まやぶにん)はお釈迦さまをお産みになって七日後に亡くなっておられます。
大変な難産だったのです。
そのせいか、父母恩重経の中に子供を産むときの母親は命がけである事を所をかえて二度も説かれています。
これはお釈迦様八十年のご生涯を通じてのご実感であったと思います。
こうしたご自分の命とひきかえに魂と肉体をこの世に生み出して下さったお母さまに何一つして差上げる事ができなかったお釈迦様のお気持ちが、お母さまに傾きっぱなしのままでこのお経が説かれている所以であると拝察されます。
同時にこのようにお釈迦さまがお母さまをお慕い続けられた飾り気のないおやさしいお気持ちがその底に流れているところに読む人の心を打つ所以があるのだと思います。
先年、父母恩重経を講義し、一冊にまとめて出版した本の題を「母」(徳間書店刊)とした理由もここにあります。


 諸人(もろびと)よ 思い知れかし 己(おの)が身の


  誕生の日は 母苦難(ははくなん)の日


 これはよみ人しらずのお歌ですが、まさに父母恩重経の精神(こころ)さながらの一首であります。(水戸黄門光圀公の作:豊岳正彦補記)


 私は両親の命日と自分の誕生日に父母恩重経を読誦(どくじゅ)しております。
毎年三月二十三日、母の祥月命日には六つ年上の姉と位牌を前に読誦致します。
やはり姉の方が早く声をつまらせてしまいます。
するとそれにつりこまれて私も胸に熱いものがこみ上げてきて、最後は共にとぎれとぎれに読み終えるのがやっとです。
はらからの情愛に心潤さずにおかないのがこのお経であります。
また、「父母恩重経は私にとって、生前親不孝を重ねた懺悔のお経であります」とおっしゃられる方もおられます。
どうか皆さん方もご両親在(おわ)しまさぬ場合、ご命日に兄弟姉妹(ごきょうだい)でこのお経を読誦して頂きたい、
そしてはらからの情愛に心潤され合(お)うて頂きたいと思います。
幸いご両親ご健在の方は自分の誕生日に読誦して、人の心の初心にかえる感動の涙に心洗われて頂きたいと思います。
 「大孝は終身父母を慕う。」(命ある限りいついつ迄も両親を慕い続ける事、それは真(まこと)の親孝行である)
これは中国の思想家、孟子さまのお言葉です。
孔子さまも孝経の中で、
「孝は徳の本なり。教への由(よ)って生ずる所なり(親孝行はすべての道徳の源であり、これなくして教育は成り立たない)」と教えて下さっています。
孝謙天皇の天平宝字元年(西紀七五七年)、天皇は各家庭に孝経をおいて読むようにとの勅を発しておられます。
以来、明治に至る迄、孝経は国民必読の書でありました。
私共が子供の頃はまだ孝経や論語の教えが学校で教えられていました。
それによって東洋的な無我と智恵、そして日本人のあたたかな宗教的情操の涵養が学校教育の場でいただくことができていました。
けれどもこれが涵養は学校教育の場から追放されているが如きが今日の現状です。
青少年非行化をふくめて各種もろもろの問題の大きな原因がこのあたりにあることに気づいてほしいものです。
それであるだけにどうか家族揃って父母恩重経を読誦していただき、はらからの情愛に心潤され合うていただきたい、
また人の心の初心に帰った感動の涙に心洗われていただきたいとひたすらに願いつつ、
全日本宗教用具協同組合で父母恩重経を刊行され、広く世にひろめていただく事に諸手(もろて)をあげて賛意を表します。
 また、このお経のお話を申上げるときよく、「このお経が感恩・報恩の歌のお経ですか」とのおたずねを受けます。
そうですこのお経がまさしく感恩・報恩の歌のお経なのです。
この感恩の歌、報恩の歌は修養団の講師であり、また青少年の健全なる育成に生涯をささげ、昭和五十七年三月二十三日に九十六歳の天寿を全うされた竹内浦次翁の作になるものです。
翁がさる年慈愛深き御尊母がみまかられませし時に悲哭の思ひを父母恩重経に託しておつくりになりましたのがこの歌です。
 旧制師範学校などで愛唱され、その訓導を受けたひとびとに語りつがれています。
どうかみなさまがたこの歌を黙読だけではなく声に出して朗読また御唱和をなさっていただき、潤はしい情操の養いの糧資を得ていただくことをお願いいたします。
    合掌
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この父母恩重経は永田文昌堂のご好意により同社編集部編纂の和訓を引用させていただきました。
昭和五十八年六月二十七日 発行
平成十九年四月一日 印刷


発行者
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東京都中央区銀座七丁目14-3
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FAX(03)3546-8551
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父母恩重経(ふぼおんじゅうきょう)  臨済宗聖典


仏のたまわく、大地の土の多きが如く、
この世に生をうくるもの多けれど、
中にも人間と生るるは
爪の上の土の如く稀なり。
この故に人のこの世に生まるるは、
宿業を因とし、
父母を縁とせり。
父にあらざれば生まれず、
母にあらざれば育てられず。
子の心身は父母にうく。
この因縁の故に
父母の子を思うこと、
世間に比ぶべきものあることなし。


 母、胎児をみごもりしより、
十月の間、
血をわけ肉をわかちて
子の身体をつくる。
身に重き病を患うが如く、
起き伏し、
もろもろの苦しみをうくれば、
常に好める飲食衣服をうるも
愛欲の心を生ぜず。
ただ一心に安産せんことを思う。
月みち日たりて出産のとき至れば、
陣痛しきりに起りてこれを促し、
骨節ことごとく痛み、
あぶら汗しきりに流れて、
その苦しみたえがたく、
これがため忽然として
母の身を亡ぼすことあり。
父もおののき怖れ、
母と子とを思い悩む。
もし子安らけく産れいずれば、
父母の喜び限りなく、
その子、声を発すれば、
母も初めてこの世に生れいでたるが如し。
 もし子、遠くにゆけば
帰りてその顔を見るまで
出でても入りてもこれを思い、
寝てもさめてもこれを思う。
子病み悩める時は
子に代らんことを思い、
死して後も
子の行末を護らんことを誓う。
花の如き母も、
若さに光る父も、
寄る年波の重なりて、
いつか頭に霜をおき、
衰え給うぞ涙かな。
 もろ人あきらかに聞け。
孝養のことは在家出家の別あることなし。
或は言う。
親は己の好みにて子を生めば、子は親に孝養のつとめなしとかや。
されど、こは人の道に反くものぞ。
真の親は子について報謝を求めず、
自らの功を誇らぬものなれど、
子はひたすらに孝養をつとむべし。
 汝ら大衆よく聴け。
父母の為に心をつくし、美味なる飲食、麗わしき衣服、
心地よき車、結構なる住居等を供養し、一生安楽ならしむるとも、
もし父母いまだ三宝に帰依せず因果の理を信ぜずば、
なお真の孝養いたるとせず。
もし父母、かたくなにして仏の教えを奉ぜずば、
子は時に応じ機に随い、
たとえをとり類をひき、
因果の道理を説ききかせ、
未来の苦しみを救うべし。
父母は恩愛の情にひかれて
やがて仏の道に向わん。
即ち生きものを殺さず盗みせず、
男女の道を過たず、
うそ偽りをいわず、
心迷わざれば、
家の内、
親は慈しみ、
子は孝に、
夫は正しく妻は貞に、
親族睦まじく家人順い、
畜類虫魚までも普く恵みを蒙り、
家栄え国和やかに、
十方の諸菩薩天龍鬼神大衆まで
これを敬愛せざるなし。
暴悪の主も不良の徒も、
千萬の悪魔も
これを如何ともすることなけん。
こゝにおいて
父母現世には安穏に住し、
後世には善処に生じ、
仏を見、
法を聞きて長く苦しみを脱せん。
かくの如くにして始めて
父母の恩に報ずるものとなす。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 産める子に 踏まれ蹴られど 母ごころ
  わが身消ゆれど 子をば守らむ


 垂乳根(たらちね)の 白き媼母(おんも)の 独り寝(ぬ)る
  寝音に暁(あけ)の 待ち遠しけれ
       雲居杣人正顔


南無父母無二佛
南無大日不動薬師如来
南無阿弥陀佛
南無釈迦牟尼佛
南無三宝
拈華微笑  合掌


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


『父母恩重経』ぶもおんじゅうきょう(和訓)
hougakumasahiko.muragon.com/entry/6.html


是(かく)の如く 我れ聞けり。
或る時、佛、王舎城(おうしゃじょう)の耆闍崛山(ぎしゃくつせん)中に菩薩声聞(しょうもん)の衆と倶(とも)にましましければ、
比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷・一切諸天の人民(にんみん)・および龍鬼神等、法を聞かんとて、来たり集まり、
一心に寶座(ほうざ)を囲繞(いにょう)して、瞬(またた)きもせで尊顔を仰ぎ見たりき。
是のとき、佛、すなわち法を説いて宣(のたま)わく。
一切の善男子・善女人よ、父に慈恩あり、母に悲恩あり。
そのゆえは、人の此の世に生まるゝは、宿業(しゅくごう)を因として、父母(ちちはは)を縁とせり。
父にあらされば生(しょう)ぜず、母にあらざれば育てられず。
ここを以て氣を父の胤(たね)に稟(う)けて形を母の胎(たい)に托(たく)す。
此の因縁を以ての故に、悲母(ひも)の子を念(おも)うこと世間に比(たぐ)いあることなく、その恩未形(みぎょう)に及べり。
始め胎に受けしより十月を經(ふ)るの間、行・住・坐・臥(ぎょう・じゅう・ざ・が)ともに、もろもろの苦惱を受く。
苦惱休(や)む時なきが故に、常に好める飲食(おんじき)・衣服(えぶく)を得(う)るも、愛欲の念を生ぜず、
唯だ一心に安く生産(しょうさん)せんことを思う。
月滿ち日足りて、生産(しょうさん)の時至れば、業風(ごっぷう)吹きて、之れを促し、
骨節(ほねふし)ことごとく痛み、汗膏(あせあぶら)ともに流れて、其の苦しみ堪(た)えがたし、
父も心身戦(おのの)き怖(おそ)れて母と子とを憂念(ゆうねん)し諸親眷属(しょしんけんぞく)皆な悉(ことごと)く苦惱す。
既に生まれて草上に墮(お)つれば、父母の喜び限りなきこと猶(な)ほ貧女(ひんにょ)の如意珠(にょいじゅ)を得たるがごとし。
その子聲(こえ)を發すれば、母も初めて此の世に生まれ出でたるが如し。
爾來(それより)母の懐(ふところ)を寝處(ねどこ)となし、母の膝を遊び場となし、母の乳を食物となし、母の情(なさけ)を生命(いのち)となす。
飢えたるとき食を需(もと)むるに母にあらざれば哺(くら)わず、渇(かわ)けるとき飲料(のみもの)を索(もと)むるに母にあらざれば咽(の)まず、
寒きとき服(きもの)を加うるに母にあらざれば着ず、暑きとき衣(きもの)を撒(さ)るに母にあらざれば脱がず。
母飢(うえ)に中(あた)る時も哺(ふく)めるを吐きて子に食(くら)わしめ、母寒きに苦しむ時も着たるを脱ぎて子に被(こうむ)らす。
母にあらざれば養われず、母にあらざれば育てられず。
その闌車(らんしゃ)を離るるに及べば、十指(じっし)の甲(つめ)の中に、子の不浄を食らう。
計るに人々、母の乳を飲むこと一百八十斛(こく)となす。
父母(ちちはは)の恩重きこと天の極(きわ)まり無きが如し。
母、東西の隣里に傭(やと)われて、或(あるい)は水汲み、或は火燒(ひた)き、或は碓(うす)つき、或は磨挽(うすひ)き、種々の事に服従して
家に還(かえ)るの時、未だ至らざるに、今や吾が兒(こ)、吾が家(いえ)に啼(な)き哭(さけ)びて、吾を戀(こ)ひ慕はんと思い起せば、
胸悸(むねさわ)ぎ心驚き両乳(りょうにゅう)流れ出でて忍び堪(た)ゆること能(あた)わず、乃(すなわ)ち去りて家に還る。
兒(こ)遙(はるか)に母の歸(かえ)るを見て、闌車(らんしゃ)の中に在れば、即ち頭(かしら)を動かし、腦(なづき)を弄(ろう)し、
外に在(あ)れば、即ち葡匐(はらばい)して出で來(きた)り、嗚呼(そらなき)して母に向う。
母は子のために足を早め、身を曲げ、長く兩手を伸(の)べて、塵土(ちりつち)を拂(はら)い、
吾が口を子の口に接(つ)けつつ乳を出(い)だして之れを飲ましむ。
是のとき母は子を見て歡(よろこ)び、子は母を見て喜ぶ。
兩情一致、恩愛の洽(あまね)きこと、復(ま)た此れに過ぐるものなし。
二歳懐(ふところ)を離れて始めて行く。
父に非(あら)ざれば、火の身を焼く事を知らず。
母に非ざれば、刀(はもの)の指を墮(おと)す事を知らず。
三歳、乳を離れて始めて食う。
父に非ざれば毒の命を殞(おと)す事を知らず。
母に非ざれば、薬の病を救う事を知らず。
父母外に出でて他の座席に往き、美味珍羞(びみちんしゅう)を得(う)ることあれば、自ら之を喫(くら)うに忍びず、懐に収めて持ち歸り、喚(よ)び来りて子に與(あた)う。
十(と)たび還れば九(ここの)たびまで得(う)。得(う)れば即ち常に歡喜(かんき)して、かつ笑いかつ食(くら)う。
もし過(あやま)りて一たび得ざれば、則ち矯(いつ)わり泣き、佯(いつ)わり哭(さけ)びて、父を責め母に逼(せ)まる。
稍(や)や成長して朋友と相交わるに至れば、父は衣(きぬ)を索(もと)め帶(おび)を需(もと)め、
母は髪を梳(くしけず)り、髻(もとどり)を摩(な)で、己(おの)が好美(このみ)の衣服は皆な子に與えて着せしめ、
己れは則(すなわ)ち古き衣(きぬ)、弊(やぶ)れたる服(きもの)を纏(まと)う。
既に婦妻を索(もと)めて、他の女子を娶(めと)れば、父母をば轉(うた)た疎遠して夫婦は特に親近し、私房の中(うち)に於て妻と共に語らい樂しむ。
父母年高(ちちははとした)けて、氣老い力衰えぬれば、依(よ)る所の者は唯だ子のみ、頼む所の者は唯だ嫁のみ。
然るに夫婦共に朝(あした)より暮(くれ)に至るまで、未だ肯(あえ)て一たびも来(きた)り問はず。
或は父は母を先立て、母は父を先立てて獨(ひと)り空房を守り居るは、猶ほ孤客(こかく)の旅寓(りょぐう)に寄泊(きはく)するが如く、
常に恩愛の情(じょう)なく復(ま)た談笑の娯(たのし)み無し。
夜半、衾(ふすま)、冷(ひややか)にして五體(ごたい)安んぜず。
況んや褥(しとね)に蚤虱(のみしらみ)多くして、暁(あかつき)に至るまで眠られざるをや、
幾度(いくたび)か輾転反側して獨言(ひとりごと)すらく、噫(ああ)吾れ何の宿罪ありてか、斯(か)かる不孝の子を有(も)てるかと。
事ありて、子を呼べば、目を瞋(いか)らして怒(いか)り罵(ののし)る。
婦(よめ)も兒(こ)も之れを見て、共に罵り共に辱しめば、頭(こうべ)を垂れて笑いを含む。
婦も亦た不孝、兒も亦た不順。夫婦和合して五逆罪を造る。
或は復た急に事を辧(べん)ずることありて、疾(と)く呼びて命ぜむとすれば、十(と)たび喚(よ)びても九(ここの)たび違(たが)い、
遂に来(きた)りきて給仕せず、却(かえ)りて怒(いか)り罵(ののし)りて云(いわ)く、
「老い耄(ぼ)れて世に残るよりは早く死なんには如かずと。」
父母(ちちはは)これを聞いて、怨念胸に塞(ふさ)がり、涕涙瞼(ているいまぶた)を衝(つ)きて、目瞑(めくら)み、心惑(こころまど)い、悲(かなし)み叫びて云く、
「あゝ汝幼少の時、吾に非ざれば養われざりき、吾に非ざれば育てられざりき、
而して今に至れば即ち却(かえ)りて是(かく)の如し。
あゝ吾れ汝を生みしは本より無きに如かざりけり。」と。
若し子あり、父母(ちちはは)をして是(かく)の如き言(ことば)を発せしむれば、子は即ちその言と共に堕ちて地獄、餓鬼、畜生の中(うち)にあり。
一切の如来、金剛天、五通仙も、これを救い護ること能わず。
父母(ちちはは)の恩重きこと天の極まり無きが如し。
善男子善女人よ、別(わ)けて之れを説けば、父母(ちちはは)に十種の恩徳あり。
何をか十種となす。
 一には 懐胎守護(かいたいしゅご) の恩
 二には 臨生受苦(りんしょうじゅく) の恩
 三には 生子忘憂(しょうしぼうゆう) の恩
 四には 乳哺養育(にゅうほよういく) の恩
 五には 廻乾就湿(えげんじゅしつ) の恩
 六には 洗灌不浄(せんかんふじょう) の恩
 七には 嚥苦吐甘(えんくとかん) の恩
 八には 為造悪業(いぞうあくごう) の恩
 九には 遠行憶念(おんぎょうおくねん) の恩
 十には 究竟憐愍(くきょうれんみん) の恩
父母の恩重きこと天の極まり無きが如し。
善男子・善女人よ、是(かく)の如きの恩徳、如何にして報(むくゆ)べき。
佛、すなわち偈(げ)を以て讃じて宣わく、
悲母(ひも)、子を胎めば、十月の間に血を分け肉を頒(わか)ちて、身重病を感ず、子の身体これに由(よ)りて成就す。
月満ち時到れば、業風催促して、[*ぎょうにんべんに扁]徧身疼痛(へんしんとうつう)し、骨節(こっせつ)解体して、神心悩乱し、忽然(こつねん)として身を亡ぼす。
若(も)し夫(そ)れ平安になれば、猶ほ蘇生し来(きた)るが如く、子の声を発するを聞けば、己れも生れ出でたるが如し。
其の初めて生みし時には、母の顔(かんばせ)、花の如くなりしに、子を養うこと数年なれば、容(かたち)すなわち憔悴す。
水の如き霜の夜にも、氷の如き雪の暁(あかつき)にも、乾ける処に子を廻(まわ)し、濕(しめり)し処に己れ臥す。
子己(おの)が懐(ふところ)に屎(くそま)り、或は其の衣(きもの)に尿(いばり)するも、手自ら洗い濯(そそ)ぎて、臭穢(しゅうえ)を厭(いと)うこと無し。
食味を口に含みて、これを子に哺(ふく)むるにあたりては、苦き物は自から嚥(の)み、甘き物は吐きて与う。
若し夫れ子のために止むを得ざる事あれば、自(みずか)ら悪業を造りて、悪趣に堕つることを甘んず。
若し子遠く行けば、帰りて其の面(おもて)を見るまで、出でても入りても之を憶い、寝ても寤(さ)めても之を憂う。
己(おの)れ生(しょう)ある間は、子の身に代らんことを念い、己れ死に去りて後(のち)には、子の身を護らんことを願う。
是(かく)の如きの恩徳、如何にして報(むくゆ)べき。
然るに長じて人と成れば、声を抗(あ)げ気を怒らして、父の言(ことば)に順(したが)わず、母の言に瞋(いか)りを含む。
既にして婦妻を娶れば、父母にそむき違うこと恩無き人の如く、兄弟を憎み嫌うこと怨(うらみ)ある者の如し。
妻の親族訪(と)い来れば、堂に昇(のぼ)せて饗応し、室に入れて歓晤(かんご)す。
嗚呼(ああ)、噫嗟(ああ)、衆生顛倒して、親しき者は却(かえ)りて疎(うと)み、疎き者は却りて親しむ。
父母(ちちはは)の恩重きこと天の極まり無きが如し。
其の時、阿難、座より起ちて、偏(ひとえ)に右の肩を袒(はだ)ぬぎ、長跪合掌して、前(すす)みて佛(ほとけ)に白(もう)して云(もう)さく、
「世尊よ、是(かく)の如き父母(ちちはは)の重恩を、我等出家の子(もの)は、如何にしてか報ずべき。
具(つぶ)さに其の事を説示し給え。」と。
佛(ほとけ)、宣(のたま)わく。
「汝等大衆よく聴けよ。孝養の一事は、在家出家の別あることなし。
出でて時新の甘果を得れば、将(も)ち帰り父母(ちちはは)に供養せよ。
父母これを得て歓喜し、自ら食(くら)うに忍びず、先ず之を三寶(さんぽう)に廻(めぐ)らし施せば、則ち菩提心を啓発せん。
父母病あらば、牀辺(しょうへん)を離れず、親しく自ら看護せよ。
一切の事、これを他人に委(ゆだ)ぬること勿(なか)れ。
時を計り便を伺いて、懇(ねんご)ろに粥飯(しゅくはん)を勧めよ。
親は子の勧むるを見て、強いて粥飯を喫し、子は親の喫するを見て、抂(ま)げて己(おの)が意(こころ)を強くす。
親暫(しばら)く睡眠すれば、気を静めて息を聞き、睡(ねむり)覚むれば、医に問いて薬を進めよ。
日夜に三寶に恭敬(くぎょう)して、親の病の癒(い)えんことを願い、常に報恩の心を懐(いだ)きて、片時も忘失(わす)るゝこと勿れ。
是の時、阿難また問うて云く。
「世尊よ、出家の子、能(よ)く是(かく)の如くせば、以って父母(ちちはは)の恩に報(むくゆ)ると為(な)すか。」
佛、宣わく。
「否。未だ以て、父母(ちちはは)の恩に報ると為さざるなり。
親、頑固(かたくな)にして三寶を奉ぜず、不仁にして物を残(そこな)い、不義にして物を盗み、無礼にして色に荒(すさ)み、不信にして人を欺き、不智にして酒に耽(ふけ)らば、
子は当(まさ)に極諫(ごくかん)して、之れを啓悟(けいご)せしむべし。
若し猶ほ闇(くら)くして未だ悟ること能(あた)わざれば、則ち為に譬(たとえ)を取り、類を引き、因果の道理を演説して、未来の苦患(くげん)を救うべし。
若し猶ほ頑(かたくな)にして未だ改むること能わざれば、啼泣歔欷(ていきゅうきょき)して己が飲食(おんじき)を絶てよ。
親、頑闇(かたくな)なりと雖も、子の死なんことを懼るるが故に、恩愛の情に索(ひ)かれて、強忍(きょうにん)して道に向わん。
若(も)し親志(こころざし)を遷(うつ)して、佛の五戒を奉じ、仁ありて殺さず、義ありて盗まず、礼ありて婬(いん)せず、信ありて欺かず、智ありて酔わざれば、
則ち家門の内、親は慈に、子は孝に、夫は正に、妻は貞に、親族和睦して、婢僕(ひぼく)忠順し、六畜蟲魚(ろくちくちゅうぎょ)まで普(あまね)く恩沢(おんたく)を被(こうむ)りて、
十方の諸仏、天龍鬼神、有道(うどう)の君(きみ)、忠良の臣より、庶民万姓(ばんしょう)に至るまで、敬愛(きょうあい)せざるはなく、
暴悪の主(しゅ)も、佞嬖(ねいへい)の輔(ほ)も、妖児兇婦(ようじきょうふ)も、千邪万怪(せんじゃばんかい)も、之れを如何ともすること無けん。
是(ここ)に於て父母(ちちはは)、現(げん)には安穏に住し後(のち)には善処に生じ、仏を見、法を聞いて長く苦輪を脱せん、
かくの如くにして始めて父母の恩に報るものとなすなり。」
佛、更に説を重ねて宣わく。
「汝等大衆能く聴けよ。
父母のために心力(しんりょく)を盡(つく)して、有らゆる佳味、美音、妙衣(みょうえ)、車駕(しゃが)、宮室(きゅうしつ)等を供養し、
父母をして一生遊楽に飽かしむるとも、若し未だ三寶を信ぜざらしめば、猶ほ以て不孝と為す。
如何となれば、仁心ありて施しを行い、礼式ありて身を検(ひきし)め、柔和にして恥を忍び、
勉強して徳を進め、意を寂静(じゃくじょう)に潜(ひそ)め、志を学問に励ます者と雖も、
一たび酒食に溺るれば、悪魔忽(たちま)ち隙を伺い、妖魅(ようみ)則ち便(たより)を得て、
財を惜しまず、情を蕩(とろ)かし、忿(いかり)を発(おこ)させ、怠(おこたり)を増させ、心を乱し、智を晦(くら)まして、
行いを禽獣に等しくするに至ればなり。
大衆よ古(いにしえ)より今に及ぶまで、之に由りて身を亡ぼし家を滅ぼし君を危くし、親を辱しめざるは無し。
是の故に、沙門は独身(どくしん)にして耗(ぐう)なく、その志を情潔にして、唯だ道を是れ務む。
子たる者は深く思い、遠く慮(おもんばか)りて、以て孝養の軽重・緩急を知らざるべからざるなり。
凡(およ)そ是等(これら)を父母(ちちはは)の恩に報(むくゆ)るの事となす。」と。
是のとき阿難、涙を払いつつ座より起ち長跪(ちょうき)合掌して前(すす)みて佛(ほとけ)に白(もう)して曰(もう)さく、
「世尊よ、此の経は当(まさ)に何と名づくべき。
又如何にしてか奉持(ぶじ)すべきか。」と。
佛、阿難に告げ給わく。
「阿難よ、此の経は父母恩重経(ぶもおんじゅうきょう)と名づくべし。
若し一切衆生ありて、一たび此の経を読誦(どくじゅ)せば、則ち以て乳哺(にゅうほ)の恩に報(むくゆ)るに足らん。
若し一心に此の経を持念し、又人をして之を持念せしむれば、当(まさ)に知るべし、
是の人は、能(よ)く父母の恩に報(むくゆ)ることを。
一生に有らゆる十悪、五逆、無間(むげん)の重罪も、皆な消滅して、無上道を得ん。」と。
是の時、梵天・帝釈(たいしゃく)・諸天の人民(にんみん)、一切の集会(しゅうえ)、此の説法を聞いて、悉(ことごと)く菩提心を発(おこ)し、
五体地に投じて涕涙(ているい)、雨の如く。
進みて佛足(ぶっそく)を頂礼(ちょうらい)し、退(しりぞ)きて各々(おのおの)歓喜奉行(かんぎぶぎょう)したりき。
佛説父母恩重経


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 産める子に 踏まれ蹴られど 母ごころ
  わが身消ゆれど 子をば守らむ


 垂乳根(たらちね)の 白き媼母(おんも)の 独り寝(ぬ)る
  寝音に暁(あけ)の 待ち遠しけれ


       雲居杣人正顔


南無父母無二佛
南無大日不動薬師如来
南無阿弥陀佛
南無釈迦牟尼佛
南無三宝
拈華微笑  合掌


これが私の四正勤です。この経を弘めることが我が生まれ来る使命であり不惜身命父母に報恩の誠をささげる四弘誓願七佛通誡偈不二同一父母未生因縁なり。
↑上記は全てTORAさんのブログに投稿を掲載して頂いたものです。
いつも本当にありがとうございます。豊岳正彦拝
_________
*父母恩重経、仏教聖典とも下記のページのいずれかのコメント欄に掲載してもらっています。ブログ主さんありがとうございます。
1.目先の勝負に何度敗けようが、つねに「生き残ること」に全神経を注いだ者が最終的勝者となります - 株式日記と経済展望
2.豊田真由子・衆院議員はなぜ切れてしまったのか?キレるの理由は、脳の「ホルモン」の乱れも影響している - 株式日記と経済展望
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投稿: 豊岳正彦 | 2018年4月 9日 (月) 21時58分

父母恩重経を歌うBEGIN - 淚光閃閃

2024-06-07 09:59:21 | 日記
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『父母恩重経』ぶもおんじゅうきょう(和訓)


是(かく)の如く 我れ聞けり。
或る時、佛、王舎城(おうしゃじょう)の耆闍崛山(ぎしゃくつせん)中に菩薩声聞(しょうもん)の衆と倶(とも)にましましければ、
比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷・一切諸天の人民(にんみん)・および龍鬼神等、法を聞かんとて、来たり集まり、
一心に寶座(ほうざ)を囲繞(いにょう)して、瞬(またた)きもせで尊顔を仰ぎ見たりき。


是のとき、佛、すなわち法を説いて宣(のたま)わく。
一切の善男子・善女人よ、父に慈恩あり、母に悲恩あり。
そのゆえは、人の此の世に生まるゝは、宿業(しゅくごう)を因として、父母(ちちはは)を縁とせり。


父にあらされば生(しょう)ぜず、母にあらざれば育てられず。


ここを以て氣を父の胤(たね)に稟(う)けて形を母の胎(たい)に托(たく)す。


此の因縁を以ての故に、悲母(ひも)の子を念(おも)うこと世間に比(たぐ)いあることなく、その恩未形(みぎょう)に及べり。


始め胎に受けしより十月を經(ふ)るの間、行・住・坐・臥(ぎょう・じゅう・ざ・が)ともに、もろもろの苦惱を受く。


苦惱休(や)む時なきが故に、常に好める飲食(おんじき)・衣服(えぶく)を得(う)るも、愛欲の念を生ぜず、
唯だ一心に安く生産(しょうさん)せんことを思う。


月滿ち日足りて、生産(しょうさん)の時至れば、業風(ごっぷう)吹きて、之れを促し、


骨節(ほねふし)ことごとく痛み、汗膏(あせあぶら)ともに流れて、其の苦しみ堪(た)えがたし、


父も心身戦(おのの)き怖(おそ)れて母と子とを憂念(ゆうねん)し諸親眷属(しょしんけんぞく)皆な悉(ことごと)く苦惱す。


既に生まれて草上に墮(お)つれば、父母の喜び限りなきこと猶(な)ほ貧女(ひんにょ)の如意珠(にょいじゅ)を得たるがごとし。


その子聲(こえ)を發すれば、母も初めて此の世に生まれ出でたるが如し。


爾來(それより)母の懐(ふところ)を寝處(ねどこ)となし、母の膝を遊び場となし、母の乳を食物となし、母の情(なさけ)を生命(いのち)となす。


飢えたるとき食を需(もと)むるに母にあらざれば哺(くら)わず、渇(かわ)けるとき飲料(のみもの)を索(もと)むるに母にあらざれば咽(の)まず、


寒きとき服(きもの)を加うるに母にあらざれば着ず、暑きとき衣(きもの)を撒(さ)るに母にあらざれば脱がず。


母飢(うえ)に中(あた)る時も哺(ふく)めるを吐きて子に食(くら)わしめ、母寒きに苦しむ時も着たるを脱ぎて子に被(こうむ)らす。


母にあらざれば養われず、母にあらざれば育てられず。


その闌車(らんしゃ)を離るるに及べば、十指(じっし)の甲(つめ)の中に、子の不浄を食らう。


計るに人々、母の乳を飲むこと一百八十斛(こく)となす。


父母(ちちはは)の恩重きこと天の極(きわ)まり無きが如し。


母、東西の隣里に傭(やと)われて、或(あるい)は水汲み、或は火燒(ひた)き、或は碓(うす)つき、或は磨挽(うすひ)き、種々の事に服従して


家に還(かえ)るの時、未だ至らざるに、今や吾が兒(こ)、吾が家(いえ)に啼(な)き哭(さけ)びて、吾を戀(こ)ひ慕はんと思い起せば、


胸悸(むねさわ)ぎ心驚き両乳(りょうにゅう)流れ出でて忍び堪(た)ゆること能(あた)わず、乃(すなわ)ち去りて家に還る。


兒(こ)遙(はるか)に母の歸(かえ)るを見て、闌車(らんしゃ)の中に在れば、即ち頭(かしら)を動かし、腦(なづき)を弄(ろう)し、


外に在(あ)れば、即ち葡匐(はらばい)して出で來(きた)り、嗚呼(そらなき)して母に向う。


母は子のために足を早め、身を曲げ、長く兩手を伸(の)べて、塵土(ちりつち)を拂(はら)い、


吾が口を子の口に接(つ)けつつ乳を出(い)だして之れを飲ましむ。


是のとき母は子を見て歡(よろこ)び、子は母を見て喜ぶ。


兩情一致、恩愛の洽(あまね)きこと、復(ま)た此れに過ぐるものなし。


二歳懐(ふところ)を離れて始めて行く。


父に非(あら)ざれば、火の身を焼く事を知らず。


母に非ざれば、刀(はもの)の指を墮(おと)す事を知らず。


三歳、乳を離れて始めて食う。


父に非ざれば毒の命を殞(おと)す事を知らず。


母に非ざれば、薬の病を救う事を知らず。


父母外に出でて他の座席に往き、美味珍羞(びみちんしゅう)を得(う)ることあれば、自ら之を喫(くら)うに忍びず、懐に収めて持ち歸り、喚(よ)び来りて子に與(あた)う。


十(と)たび還れば九(ここの)たびまで得(う)。得(う)れば即ち常に歡喜(かんき)して、かつ笑いかつ食(くら)う。


もし過(あやま)りて一たび得ざれば、則ち矯(いつ)わり泣き、佯(いつ)わり哭(さけ)びて、父を責め母に逼(せ)まる。


稍(や)や成長して朋友と相交わるに至れば、父は衣(きぬ)を索(もと)め帶(おび)を需(もと)め、


母は髪を梳(くしけず)り、髻(もとどり)を摩(な)で、己(おの)が好美(このみ)の衣服は皆な子に與えて着せしめ、


己れは則(すなわ)ち古き衣(きぬ)、弊(やぶ)れたる服(きもの)を纏(まと)う。


既に婦妻を索(もと)めて、他の女子を娶(めと)れば、父母をば轉(うた)た疎遠して夫婦は特に親近し、私房の中(うち)に於て妻と共に語らい樂しむ。


父母年高(ちちははとした)けて、氣老い力衰えぬれば、依(よ)る所の者は唯だ子のみ、頼む所の者は唯だ嫁のみ。


然るに夫婦共に朝(あした)より暮(くれ)に至るまで、未だ肯(あえ)て一たびも来(きた)り問はず。


或は父は母を先立て、母は父を先立てて獨(ひと)り空房を守り居るは、猶ほ孤客(こかく)の旅寓(りょぐう)に寄泊(きはく)するが如く、


常に恩愛の情(じょう)なく復(ま)た談笑の娯(たのし)み無し。


夜半、衾(ふすま)、冷(ひややか)にして五體(ごたい)安んぜず。


況んや褥(しとね)に蚤虱(のみしらみ)多くして、暁(あかつき)に至るまで眠られざるをや、


幾度(いくたび)か輾転反側して獨言(ひとりごと)すらく、噫(ああ)吾れ何の宿罪ありてか、斯(か)かる不孝の子を有(も)てるかと。


事ありて、子を呼べば、目を瞋(いか)らして怒(いか)り罵(ののし)る。


婦(よめ)も兒(こ)も之れを見て、共に罵り共に辱しめば、頭(こうべ)を垂れて笑いを含む。


婦も亦た不孝、兒も亦た不順。夫婦和合して五逆罪を造る。


或は復た急に事を辧(べん)ずることありて、疾(と)く呼びて命ぜむとすれば、十(と)たび喚(よ)びても九(ここの)たび違(たが)い、


遂に来(きた)りきて給仕せず、却(かえ)りて怒(いか)り罵(ののし)りて云(いわ)く、


「老い耄(ぼ)れて世に残るよりは早く死なんには如かずと。」


父母(ちちはは)これを聞いて、怨念胸に塞(ふさ)がり、涕涙瞼(ているいまぶた)を衝(つ)きて、目瞑(めくら)み、心惑(こころまど)い、悲(かなし)み叫びて云く、


「あゝ汝幼少の時、吾に非ざれば養われざりき、吾に非ざれば育てられざりき、


而して今に至れば即ち却(かえ)りて是(かく)の如し。


あゝ吾れ汝を生みしは本より無きに如かざりけり。」と。


若し子あり、父母(ちちはは)をして是(かく)の如き言(ことば)を発せしむれば、子は即ちその言と共に堕ちて地獄、餓鬼、畜生の中(うち)にあり。


一切の如来、金剛天、五通仙も、これを救い護ること能わず。


父母(ちちはは)の恩重きこと天の極まり無きが如し。


善男子善女人よ、別(わ)けて之れを説けば、父母(ちちはは)に十種の恩徳あり。


何をか十種となす。


 一には 懐胎守護(かいたいしゅご) の恩


 二には 臨生受苦(りんしょうじゅく) の恩


 三には 生子忘憂(しょうしぼうゆう) の恩


 四には 乳哺養育(にゅうほよういく) の恩


 五には 廻乾就湿(えげんじゅしつ) の恩


 六には 洗灌不浄(せんかんふじょう) の恩


 七には 嚥苦吐甘(えんくとかん) の恩


 八には 為造悪業(いぞうあくごう) の恩


 九には 遠行憶念(おんぎょうおくねん) の恩


 十には 究竟憐愍(くきょうれんみん) の恩


父母の恩重きこと天の極まり無きが如し。


善男子・善女人よ、是(かく)の如きの恩徳、如何にして報(むくゆ)べき。


佛、すなわち偈(げ)を以て讃じて宣わく、


悲母(ひも)、子を胎めば、十月の間に血を分け肉を頒(わか)ちて、身重病を感ず、子の身体これに由(よ)りて成就す。


月満ち時到れば、業風催促して、[*ぎょうにんべんに扁]徧身疼痛(へんしんとうつう)し、骨節(こっせつ)解体して、神心悩乱し、忽然(こつねん)として身を亡ぼす。


若(も)し夫(そ)れ平安になれば、猶ほ蘇生し来(きた)るが如く、子の声を発するを聞けば、己れも生れ出でたるが如し。


其の初めて生みし時には、母の顔(かんばせ)、花の如くなりしに、子を養うこと数年なれば、容(かたち)すなわち憔悴す。


水の如き霜の夜にも、氷の如き雪の暁(あかつき)にも、乾ける処に子を廻(まわ)し、濕(しめり)し処に己れ臥す。


子己(おの)が懐(ふところ)に屎(くそま)り、或は其の衣(きもの)に尿(いばり)するも、手自ら洗い濯(そそ)ぎて、臭穢(しゅうえ)を厭(いと)うこと無し。


食味を口に含みて、これを子に哺(ふく)むるにあたりては、苦き物は自から嚥(の)み、甘き物は吐きて与う。


若し夫れ子のために止むを得ざる事あれば、自(みずか)ら悪業を造りて、悪趣に堕つることを甘んず。


若し子遠く行けば、帰りて其の面(おもて)を見るまで、出でても入りても之を憶い、寝ても寤(さ)めても之を憂う。


己(おの)れ生(しょう)ある間は、子の身に代らんことを念い、己れ死に去りて後(のち)には、子の身を護らんことを願う。


是(かく)の如きの恩徳、如何にして報(むくゆ)べき。


然るに長じて人と成れば、声を抗(あ)げ気を怒らして、父の言(ことば)に順(したが)わず、母の言に瞋(いか)りを含む。


既にして婦妻を娶れば、父母にそむき違うこと恩無き人の如く、兄弟を憎み嫌うこと怨(うらみ)ある者の如し。


妻の親族訪(と)い来れば、堂に昇(のぼ)せて饗応し、室に入れて歓晤(かんご)す。


嗚呼(ああ)、噫嗟(ああ)、衆生顛倒して、親しき者は却(かえ)りて疎(うと)み、疎き者は却りて親しむ。


父母(ちちはは)の恩重きこと天の極まり無きが如し。


其の時、阿難、座より起ちて、偏(ひとえ)に右の肩を袒(はだ)ぬぎ、長跪合掌して、前(すす)みて佛(ほとけ)に白(もう)して云(もう)さく、


「世尊よ、是(かく)の如き父母(ちちはは)の重恩を、我等出家の子(もの)は、如何にしてか報ずべき。


具(つぶ)さに其の事を説示し給え。」と。


佛(ほとけ)、宣(のたま)わく。


「汝等大衆よく聴けよ。孝養の一事は、在家出家の別あることなし。


出でて時新の甘果を得れば、将(も)ち帰り父母(ちちはは)に供養せよ。


父母これを得て歓喜し、自ら食(くら)うに忍びず、先ず之を三寶(さんぽう)に廻(めぐ)らし施せば、則ち菩提心を啓発せん。


父母病あらば、牀辺(しょうへん)を離れず、親しく自ら看護せよ。


一切の事、これを他人に委(ゆだ)ぬること勿(なか)れ。


時を計り便を伺いて、懇(ねんご)ろに粥飯(しゅくはん)を勧めよ。


親は子の勧むるを見て、強いて粥飯を喫し、子は親の喫するを見て、抂(ま)げて己(おの)が意(こころ)を強くす。


親暫(しばら)く睡眠すれば、気を静めて息を聞き、睡(ねむり)覚むれば、医に問いて薬を進めよ。


日夜に三寶に恭敬(くぎょう)して、親の病の癒(い)えんことを願い、常に報恩の心を懐(いだ)きて、片時も忘失(わす)るゝこと勿れ。


是の時、阿難また問うて云く。


「世尊よ、出家の子、能(よ)く是(かく)の如くせば、以って父母(ちちはは)の恩に報(むくゆ)ると為(な)すか。」


佛、宣わく。


「否。未だ以て、父母(ちちはは)の恩に報ると為さざるなり。


親、頑固(かたくな)にして三寶を奉ぜず、不仁にして物を残(そこな)い、不義にして物を盗み、無礼にして色に荒(すさ)み、不信にして人を欺き、不智にして酒に耽(ふけ)らば、


子は当(まさ)に極諫(ごくかん)して、之れを啓悟(けいご)せしむべし。


若し猶ほ闇(くら)くして未だ悟ること能(あた)わざれば、則ち為に譬(たとえ)を取り、類を引き、因果の道理を演説して、未来の苦患(くげん)を救うべし。


若し猶ほ頑(かたくな)にして未だ改むること能わざれば、啼泣歔欷(ていきゅうきょき)して己が飲食(おんじき)を絶てよ。


親、頑闇(かたくな)なりと雖も、子の死なんことを懼るるが故に、恩愛の情に索(ひ)かれて、強忍(きょうにん)して道に向わん。


若(も)し親志(こころざし)を遷(うつ)して、佛の五戒を奉じ、仁ありて殺さず、義ありて盗まず、礼ありて婬(いん)せず、信ありて欺かず、智ありて酔わざれば、


則ち家門の内、親は慈に、子は孝に、夫は正に、妻は貞に、親族和睦して、婢僕(ひぼく)忠順し、六畜蟲魚(ろくちくちゅうぎょ)まで普(あまね)く恩沢(おんたく)を被(こうむ)りて、


十方の諸仏、天龍鬼神、有道(うどう)の君(きみ)、忠良の臣より、庶民万姓(ばんしょう)に至るまで、敬愛(きょうあい)せざるはなく、


暴悪の主(しゅ)も、佞嬖(ねいへい)の輔(ほ)も、妖児兇婦(ようじきょうふ)も、千邪万怪(せんじゃばんかい)も、之れを如何ともすること無けん。


是(ここ)に於て父母(ちちはは)、現(げん)には安穏に住し後(のち)には善処に生じ、仏を見、法を聞いて長く苦輪を脱せん、


かくの如くにして始めて父母の恩に報るものとなすなり。」


佛、更に説を重ねて宣わく。


「汝等大衆能く聴けよ。


父母のために心力(しんりょく)を盡(つく)して、有らゆる佳味、美音、妙衣(みょうえ)、車駕(しゃが)、宮室(きゅうしつ)等を供養し、


父母をして一生遊楽に飽かしむるとも、若し未だ三寶を信ぜざらしめば、猶ほ以て不孝と為す。


如何となれば、仁心ありて施しを行い、礼式ありて身を検(ひきし)め、柔和にして恥を忍び、


勉強して徳を進め、意を寂静(じゃくじょう)に潜(ひそ)め、志を学問に励ます者と雖も、


一たび酒食に溺るれば、悪魔忽(たちま)ち隙を伺い、妖魅(ようみ)則ち便(たより)を得て、


財を惜しまず、情を蕩(とろ)かし、忿(いかり)を発(おこ)させ、怠(おこたり)を増させ、心を乱し、智を晦(くら)まして、


行いを禽獣に等しくするに至ればなり。


大衆よ古(いにしえ)より今に及ぶまで、之に由りて身を亡ぼし家を滅ぼし君を危くし、親を辱しめざるは無し。


是の故に、沙門は独身(どくしん)にして耗(ぐう)なく、その志を情潔にして、唯だ道を是れ務む。


子たる者は深く思い、遠く慮(おもんばか)りて、以て孝養の軽重・緩急を知らざるべからざるなり。


凡(およ)そ是等(これら)を父母(ちちはは)の恩に報(むくゆ)るの事となす。」と。


是のとき阿難、涙を払いつつ座より起ち長跪(ちょうき)合掌して前(すす)みて佛(ほとけ)に白(もう)して曰(もう)さく、


「世尊よ、此の経は当(まさ)に何と名づくべき。


又如何にしてか奉持(ぶじ)すべきか。」と。


佛、阿難に告げ給わく。


「阿難よ、此の経は父母恩重経(ぶもおんじゅうきょう)と名づくべし。


若し一切衆生ありて、一たび此の経を読誦(どくじゅ)せば、則ち以て乳哺(にゅうほ)の恩に報(むくゆ)るに足らん。


若し一心に此の経を持念し、又人をして之を持念せしむれば、当(まさ)に知るべし、


是の人は、能(よ)く父母の恩に報(むくゆ)ることを。


一生に有らゆる十悪、五逆、無間(むげん)の重罪も、皆な消滅して、無上道を得ん。」と。


是の時、梵天・帝釈(たいしゃく)・諸天の人民(にんみん)、一切の集会(しゅうえ)、此の説法を聞いて、悉(ことごと)く菩提心を発(おこ)し、


五体地に投じて涕涙(ているい)、雨の如く。


進みて佛足(ぶっそく)を頂礼(ちょうらい)し、退(しりぞ)きて各々(おのおの)歓喜奉行(かんぎぶぎょう)したりき。


佛説父母恩重経




父母恩重経(ぶもおんじゅうきょう)。   
法相宗薬師寺管長 高田好胤老師


感恩の歌      竹内浦次作
あはれはらから心せよ 山より高き父の恩
海より深き母の恩 知るこそ道のはじめなれ
児(こ)を守(も)る母のまめやかに わが懐中(ふところ)を寝床(ねどこ)とし
かよわき腕をまくらとし 骨身を削るあはれさよ
美しかりし若妻も 幼児(おさなご)一人そだつれば
花のかんばせいつしかに 衰へ行くこそかなしけれ
身を切る如き雪の夜も 骨さす霜のあかつきも
乾けるところに子を廻し ぬれたるところに己れ伏す
幼きもののがんぜなく 懐中(ふところ)汚し背をぬらす
不浄をいとふ色もなく 洗ふも日々に幾度ぞや
己れは寒さに凍えつつ 着たるを脱ぎて子を包み
甘きは吐きて子に与え 苦きは自ら食(くら)ふなり
幼児乳をふくむこと 百八十斛(ももやそこく)を超すとかや
まことに父母の恵こそ 天の極り無きが如し
父母は我が子の為ならば 悪業(あっごう)つくり罪かさね
よしや悪趣に落つるとも 少しの悔(くひ)もなきぞかし
若し子遠く行くあらば 帰りてその面(かほ)見るまでは
出ても入りても子を憶(おも)ひ 寝ても覚めても子を念(おも)ふ
髪くしけづり顔ぬぐひ 衣を求め帯を買い
美しきは皆子に与へ 父母は古きを選むなり
己れ生あるその内は 子の身に代わらんことを思ひ
己れ死に行くその後は 子の身を守らんことを願ふ
よる年波の重なりて いつか頭(かうべ)の霜白く
衰へませる父母を 仰げば落つる涙かな
あゝありがたき父の恩 子はいかにして酬(むく)ゆべき
あゝありがたき母の恩 子はいかにして報ずべき




報恩の歌
あはれ地上に数知らぬ 衆生(しゆじやう)の中にただひとり
父とかしづき母と呼ぶ 貴きえにし伏し拝み
起てよ人の子いざ起ちて 浮世の風にたたかれし
余命少なきふた親の 弱れる心慰めよ
さりとも見えぬ父母の 夜半の寝顔仰ぐとき
見まがふ程の衰へに 驚き泣かぬものぞなき
樹しづまらんと欲すれど 風の止まぬを如何にせん
子養はんとねがへども 親在(おは)さぬぞあはれなる
逝きにし慈父(ちち)の墓石を 涙ながらに拭いつゝ
父よ父よと叫べども 答へまさぬぞ果敢(はか)なけれ
あゝ母上よ子を遺(お)きて いづこに一人逝きますと
胸かきむしり嘆けども 帰りまさぬぞ悲しけれ
父死に給ふその臨終(きは)に 泣きて念ずる声あらば
生きませる時なぐさめの 言葉かはして微笑(ほほえ)めよ
母息絶ゆるその臨終に 泣きて合掌(おろが)む手のあらば
生きませる時肩にあて 誠心(まごころ)こめてもみまつれ
実(げ)に古くして新しき 道は報恩のをしへなり
孝は百行(ひゃくぎょう)の根本(もと)にして 信への道の正門ぞ
世の若人よとく往きて 父母の御前に跪拝(ひざま)づけ
世の乙女子(をとめご)よいざ起ちて 父母の慈光(ひかり)を仰げかし


老いて後思い知るこそ悲しけれ
この世にあらぬ親の恵みに
  合掌


___________________________


あとがき 法相宗管長薬師寺住職 高田 好胤
            
 私は常づね、父母恩重経を一人でも多くの人々に読んで頂きたいと願っています。
しかし、佛壇店をたずねても般若心経、阿弥陀経、観音経等の経本は必ずおかれていますが、父母恩重経をおいて下さっているお店はまだまだ少ないようです。
そこでお佛壇を扱っておられる方々にお会いするたびに、温かい世づくりのお手伝いの為にぜひ父母恩重経もそろえてもらいたい旨お願いをし続けてきました。
今回(昭和五十八年)、全日本宗教用具協同組合で父母恩重経を刊行され、それを各佛壇店において下さる由、大変有難い事だと喜んでいます。
 私は結婚式に招かれた時、必ず父母恩重経をお持ちして、新婚のお二人に差上げ、新婚旅行の道中、二人で心を合わせ、声を揃えて読んできてほしい。
そして帰ってからは座右の書の一冊に加えてもらいたいとお願いしています。
皆さんお読みになってきて下さるようで、新婚旅行の旅先から情景描写などをまじえてのお礼状を頂きます。
中には「こんなお経を読まされたばっかりに楽しかるべき新婚旅行が涙の旅行になってしまいました」と恨み状めいたものを手にする事もあります。
けれども私は「よかったなあ」と喜びの気持ちで読ませてもらっています。
親の恩の尊さを身近に説いたこのお経を、新婚の夫婦がいっしょに読んで催してくれるその涙は、人の心の中にその本質としてだれもが授かっているやさしさ、温かさに目ざめてもらったあらわれの涙であることがとてもうれしいのです。
ですから、どのお礼状も最後には「この涙は二人が生涯忘れてはならない大切な涙であると思いました」といった意味の言葉で結ばれているのが常です。
こうしたお礼状を頂くたびに、新しい人生の門出を父母恩重経でお手伝いする事のできた満足感が私の胸を潤してくれます。
 ところでこのお経において親の苦労の具体的な姿は殆どが母の姿で説かれています。
お釈迦様のお母さま、摩耶夫人(まやぶにん)はお釈迦さまをお産みになって七日後に亡くなっておられます。
大変な難産だったのです。
そのせいか、父母恩重経の中に子供を産むときの母親は命がけである事を所をかえて二度も説かれています。
これはお釈迦様八十年のご生涯を通じてのご実感であったと思います。
こうしたご自分の命とひきかえに魂と肉体をこの世に生み出して下さったお母さまに何一つして差上げる事ができなかったお釈迦様のお気持ちが、お母さまに傾きっぱなしのままでこのお経が説かれている所以であると拝察されます。
同時にこのようにお釈迦さまがお母さまをお慕い続けられた飾り気のないおやさしいお気持ちがその底に流れているところに読む人の心を打つ所以があるのだと思います。
先年、父母恩重経を講義し、一冊にまとめて出版した本の題を「母」(徳間書店刊)とした理由もここにあります。


 諸人(もろびと)よ 思い知れかし 己(おの)が身の


  誕生の日は 母苦難(ははくなん)の日


 これはよみ人しらずのお歌ですが、まさに父母恩重経の精神(こころ)さながらの一首であります。(水戸黄門光圀公の作:豊岳正彦補記)


 私は両親の命日と自分の誕生日に父母恩重経を読誦(どくじゅ)しております。
毎年三月二十三日、母の祥月命日には六つ年上の姉と位牌を前に読誦致します。
やはり姉の方が早く声をつまらせてしまいます。
するとそれにつりこまれて私も胸に熱いものがこみ上げてきて、最後は共にとぎれとぎれに読み終えるのがやっとです。
はらからの情愛に心潤さずにおかないのがこのお経であります。
また、「父母恩重経は私にとって、生前親不孝を重ねた懺悔のお経であります」とおっしゃられる方もおられます。
どうか皆さん方もご両親在(おわ)しまさぬ場合、ご命日に兄弟姉妹(ごきょうだい)でこのお経を読誦して頂きたい、
そしてはらからの情愛に心潤され合(お)うて頂きたいと思います。
幸いご両親ご健在の方は自分の誕生日に読誦して、人の心の初心にかえる感動の涙に心洗われて頂きたいと思います。
 「大孝は終身父母を慕う。」(命ある限りいついつ迄も両親を慕い続ける事、それは真(まこと)の親孝行である)
これは中国の思想家、孟子さまのお言葉です。
孔子さまも孝経の中で、
「孝は徳の本なり。教への由(よ)って生ずる所なり(親孝行はすべての道徳の源であり、これなくして教育は成り立たない)」と教えて下さっています。
孝謙天皇の天平宝字元年(西紀七五七年)、天皇は各家庭に孝経をおいて読むようにとの勅を発しておられます。
以来、明治に至る迄、孝経は国民必読の書でありました。
私共が子供の頃はまだ孝経や論語の教えが学校で教えられていました。
それによって東洋的な無我と智恵、そして日本人のあたたかな宗教的情操の涵養が学校教育の場でいただくことができていました。
けれどもこれが涵養は学校教育の場から追放されているが如きが今日の現状です。
青少年非行化をふくめて各種もろもろの問題の大きな原因がこのあたりにあることに気づいてほしいものです。
それであるだけにどうか家族揃って父母恩重経を読誦していただき、はらからの情愛に心潤され合うていただきたい、
また人の心の初心に帰った感動の涙に心洗われていただきたいとひたすらに願いつつ、
全日本宗教用具協同組合で父母恩重経を刊行され、広く世にひろめていただく事に諸手(もろて)をあげて賛意を表します。
 また、このお経のお話を申上げるときよく、「このお経が感恩・報恩の歌のお経ですか」とのおたずねを受けます。
そうですこのお経がまさしく感恩・報恩の歌のお経なのです。
この感恩の歌、報恩の歌は修養団の講師であり、また青少年の健全なる育成に生涯をささげ、昭和五十七年三月二十三日に九十六歳の天寿を全うされた竹内浦次翁の作になるものです。
翁がさる年慈愛深き御尊母がみまかられませし時に悲哭の思ひを父母恩重経に託しておつくりになりましたのがこの歌です。
 旧制師範学校などで愛唱され、その訓導を受けたひとびとに語りつがれています。
どうかみなさまがたこの歌を黙読だけではなく声に出して朗読また御唱和をなさっていただき、潤はしい情操の養いの糧資を得ていただくことをお願いいたします。
    合掌
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この父母恩重経は永田文昌堂のご好意により同社編集部編纂の和訓を引用させていただきました。
昭和五十八年六月二十七日 発行
平成十九年四月一日 印刷


発行者
全日本宗教用具協同組合
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東京都中央区銀座七丁目14-3
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FAX(03)3546-8551
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父母恩重経(ふぼおんじゅうきょう)  臨済宗聖典


仏のたまわく、大地の土の多きが如く、
この世に生をうくるもの多けれど、
中にも人間と生るるは
爪の上の土の如く稀なり。
この故に人のこの世に生まるるは、
宿業を因とし、
父母を縁とせり。
父にあらざれば生まれず、
母にあらざれば育てられず。
子の心身は父母にうく。
この因縁の故に
父母の子を思うこと、
世間に比ぶべきものあることなし。


 母、胎児をみごもりしより、
十月の間、
血をわけ肉をわかちて
子の身体をつくる。
身に重き病を患うが如く、
起き伏し、
もろもろの苦しみをうくれば、
常に好める飲食衣服をうるも
愛欲の心を生ぜず。
ただ一心に安産せんことを思う。
月みち日たりて出産のとき至れば、
陣痛しきりに起りてこれを促し、
骨節ことごとく痛み、
あぶら汗しきりに流れて、
その苦しみたえがたく、
これがため忽然として
母の身を亡ぼすことあり。
父もおののき怖れ、
母と子とを思い悩む。
もし子安らけく産れいずれば、
父母の喜び限りなく、
その子、声を発すれば、
母も初めてこの世に生れいでたるが如し。
 もし子、遠くにゆけば
帰りてその顔を見るまで
出でても入りてもこれを思い、
寝てもさめてもこれを思う。
子病み悩める時は
子に代らんことを思い、
死して後も
子の行末を護らんことを誓う。
花の如き母も、
若さに光る父も、
寄る年波の重なりて、
いつか頭に霜をおき、
衰え給うぞ涙かな。
 もろ人あきらかに聞け。
孝養のことは在家出家の別あることなし。
或は言う。
親は己の好みにて子を生めば、子は親に孝養のつとめなしとかや。
されど、こは人の道に反くものぞ。
真の親は子について報謝を求めず、
自らの功を誇らぬものなれど、
子はひたすらに孝養をつとむべし。
 汝ら大衆よく聴け。
父母の為に心をつくし、美味なる飲食、麗わしき衣服、
心地よき車、結構なる住居等を供養し、一生安楽ならしむるとも、
もし父母いまだ三宝に帰依せず因果の理を信ぜずば、
なお真の孝養いたるとせず。
もし父母、かたくなにして仏の教えを奉ぜずば、
子は時に応じ機に随い、
たとえをとり類をひき、
因果の道理を説ききかせ、
未来の苦しみを救うべし。
父母は恩愛の情にひかれて
やがて仏の道に向わん。
即ち生きものを殺さず盗みせず、
男女の道を過たず、
うそ偽りをいわず、
心迷わざれば、
家の内、
親は慈しみ、
子は孝に、
夫は正しく妻は貞に、
親族睦まじく家人順い、
畜類虫魚までも普く恵みを蒙り、
家栄え国和やかに、
十方の諸菩薩天龍鬼神大衆まで
これを敬愛せざるなし。
暴悪の主も不良の徒も、
千萬の悪魔も
これを如何ともすることなけん。
こゝにおいて
父母現世には安穏に住し、
後世には善処に生じ、
仏を見、
法を聞きて長く苦しみを脱せん。
かくの如くにして始めて
父母の恩に報ずるものとなす。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 産める子に 踏まれ蹴られど 母ごころ
  わが身消ゆれど 子をば守らむ


 垂乳根(たらちね)の 白き媼母(おんも)の 独り寝(ぬ)る
  寝音に暁(あけ)の 待ち遠しけれ
       雲居杣人正顔


南無父母無二佛
南無大日不動薬師如来
南無阿弥陀佛
南無釈迦牟尼佛
南無三宝
拈華微笑  合掌


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


『父母恩重経』ぶもおんじゅうきょう(和訓)
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是(かく)の如く 我れ聞けり。
或る時、佛、王舎城(おうしゃじょう)の耆闍崛山(ぎしゃくつせん)中に菩薩声聞(しょうもん)の衆と倶(とも)にましましければ、
比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷・一切諸天の人民(にんみん)・および龍鬼神等、法を聞かんとて、来たり集まり、
一心に寶座(ほうざ)を囲繞(いにょう)して、瞬(またた)きもせで尊顔を仰ぎ見たりき。
是のとき、佛、すなわち法を説いて宣(のたま)わく。
一切の善男子・善女人よ、父に慈恩あり、母に悲恩あり。
そのゆえは、人の此の世に生まるゝは、宿業(しゅくごう)を因として、父母(ちちはは)を縁とせり。
父にあらされば生(しょう)ぜず、母にあらざれば育てられず。
ここを以て氣を父の胤(たね)に稟(う)けて形を母の胎(たい)に托(たく)す。
此の因縁を以ての故に、悲母(ひも)の子を念(おも)うこと世間に比(たぐ)いあることなく、その恩未形(みぎょう)に及べり。
始め胎に受けしより十月を經(ふ)るの間、行・住・坐・臥(ぎょう・じゅう・ざ・が)ともに、もろもろの苦惱を受く。
苦惱休(や)む時なきが故に、常に好める飲食(おんじき)・衣服(えぶく)を得(う)るも、愛欲の念を生ぜず、
唯だ一心に安く生産(しょうさん)せんことを思う。
月滿ち日足りて、生産(しょうさん)の時至れば、業風(ごっぷう)吹きて、之れを促し、
骨節(ほねふし)ことごとく痛み、汗膏(あせあぶら)ともに流れて、其の苦しみ堪(た)えがたし、
父も心身戦(おのの)き怖(おそ)れて母と子とを憂念(ゆうねん)し諸親眷属(しょしんけんぞく)皆な悉(ことごと)く苦惱す。
既に生まれて草上に墮(お)つれば、父母の喜び限りなきこと猶(な)ほ貧女(ひんにょ)の如意珠(にょいじゅ)を得たるがごとし。
その子聲(こえ)を發すれば、母も初めて此の世に生まれ出でたるが如し。
爾來(それより)母の懐(ふところ)を寝處(ねどこ)となし、母の膝を遊び場となし、母の乳を食物となし、母の情(なさけ)を生命(いのち)となす。
飢えたるとき食を需(もと)むるに母にあらざれば哺(くら)わず、渇(かわ)けるとき飲料(のみもの)を索(もと)むるに母にあらざれば咽(の)まず、
寒きとき服(きもの)を加うるに母にあらざれば着ず、暑きとき衣(きもの)を撒(さ)るに母にあらざれば脱がず。
母飢(うえ)に中(あた)る時も哺(ふく)めるを吐きて子に食(くら)わしめ、母寒きに苦しむ時も着たるを脱ぎて子に被(こうむ)らす。
母にあらざれば養われず、母にあらざれば育てられず。
その闌車(らんしゃ)を離るるに及べば、十指(じっし)の甲(つめ)の中に、子の不浄を食らう。
計るに人々、母の乳を飲むこと一百八十斛(こく)となす。
父母(ちちはは)の恩重きこと天の極(きわ)まり無きが如し。
母、東西の隣里に傭(やと)われて、或(あるい)は水汲み、或は火燒(ひた)き、或は碓(うす)つき、或は磨挽(うすひ)き、種々の事に服従して
家に還(かえ)るの時、未だ至らざるに、今や吾が兒(こ)、吾が家(いえ)に啼(な)き哭(さけ)びて、吾を戀(こ)ひ慕はんと思い起せば、
胸悸(むねさわ)ぎ心驚き両乳(りょうにゅう)流れ出でて忍び堪(た)ゆること能(あた)わず、乃(すなわ)ち去りて家に還る。
兒(こ)遙(はるか)に母の歸(かえ)るを見て、闌車(らんしゃ)の中に在れば、即ち頭(かしら)を動かし、腦(なづき)を弄(ろう)し、
外に在(あ)れば、即ち葡匐(はらばい)して出で來(きた)り、嗚呼(そらなき)して母に向う。
母は子のために足を早め、身を曲げ、長く兩手を伸(の)べて、塵土(ちりつち)を拂(はら)い、
吾が口を子の口に接(つ)けつつ乳を出(い)だして之れを飲ましむ。
是のとき母は子を見て歡(よろこ)び、子は母を見て喜ぶ。
兩情一致、恩愛の洽(あまね)きこと、復(ま)た此れに過ぐるものなし。
二歳懐(ふところ)を離れて始めて行く。
父に非(あら)ざれば、火の身を焼く事を知らず。
母に非ざれば、刀(はもの)の指を墮(おと)す事を知らず。
三歳、乳を離れて始めて食う。
父に非ざれば毒の命を殞(おと)す事を知らず。
母に非ざれば、薬の病を救う事を知らず。
父母外に出でて他の座席に往き、美味珍羞(びみちんしゅう)を得(う)ることあれば、自ら之を喫(くら)うに忍びず、懐に収めて持ち歸り、喚(よ)び来りて子に與(あた)う。
十(と)たび還れば九(ここの)たびまで得(う)。得(う)れば即ち常に歡喜(かんき)して、かつ笑いかつ食(くら)う。
もし過(あやま)りて一たび得ざれば、則ち矯(いつ)わり泣き、佯(いつ)わり哭(さけ)びて、父を責め母に逼(せ)まる。
稍(や)や成長して朋友と相交わるに至れば、父は衣(きぬ)を索(もと)め帶(おび)を需(もと)め、
母は髪を梳(くしけず)り、髻(もとどり)を摩(な)で、己(おの)が好美(このみ)の衣服は皆な子に與えて着せしめ、
己れは則(すなわ)ち古き衣(きぬ)、弊(やぶ)れたる服(きもの)を纏(まと)う。
既に婦妻を索(もと)めて、他の女子を娶(めと)れば、父母をば轉(うた)た疎遠して夫婦は特に親近し、私房の中(うち)に於て妻と共に語らい樂しむ。
父母年高(ちちははとした)けて、氣老い力衰えぬれば、依(よ)る所の者は唯だ子のみ、頼む所の者は唯だ嫁のみ。
然るに夫婦共に朝(あした)より暮(くれ)に至るまで、未だ肯(あえ)て一たびも来(きた)り問はず。
或は父は母を先立て、母は父を先立てて獨(ひと)り空房を守り居るは、猶ほ孤客(こかく)の旅寓(りょぐう)に寄泊(きはく)するが如く、
常に恩愛の情(じょう)なく復(ま)た談笑の娯(たのし)み無し。
夜半、衾(ふすま)、冷(ひややか)にして五體(ごたい)安んぜず。
況んや褥(しとね)に蚤虱(のみしらみ)多くして、暁(あかつき)に至るまで眠られざるをや、
幾度(いくたび)か輾転反側して獨言(ひとりごと)すらく、噫(ああ)吾れ何の宿罪ありてか、斯(か)かる不孝の子を有(も)てるかと。
事ありて、子を呼べば、目を瞋(いか)らして怒(いか)り罵(ののし)る。
婦(よめ)も兒(こ)も之れを見て、共に罵り共に辱しめば、頭(こうべ)を垂れて笑いを含む。
婦も亦た不孝、兒も亦た不順。夫婦和合して五逆罪を造る。
或は復た急に事を辧(べん)ずることありて、疾(と)く呼びて命ぜむとすれば、十(と)たび喚(よ)びても九(ここの)たび違(たが)い、
遂に来(きた)りきて給仕せず、却(かえ)りて怒(いか)り罵(ののし)りて云(いわ)く、
「老い耄(ぼ)れて世に残るよりは早く死なんには如かずと。」
父母(ちちはは)これを聞いて、怨念胸に塞(ふさ)がり、涕涙瞼(ているいまぶた)を衝(つ)きて、目瞑(めくら)み、心惑(こころまど)い、悲(かなし)み叫びて云く、
「あゝ汝幼少の時、吾に非ざれば養われざりき、吾に非ざれば育てられざりき、
而して今に至れば即ち却(かえ)りて是(かく)の如し。
あゝ吾れ汝を生みしは本より無きに如かざりけり。」と。
若し子あり、父母(ちちはは)をして是(かく)の如き言(ことば)を発せしむれば、子は即ちその言と共に堕ちて地獄、餓鬼、畜生の中(うち)にあり。
一切の如来、金剛天、五通仙も、これを救い護ること能わず。
父母(ちちはは)の恩重きこと天の極まり無きが如し。
善男子善女人よ、別(わ)けて之れを説けば、父母(ちちはは)に十種の恩徳あり。
何をか十種となす。
 一には 懐胎守護(かいたいしゅご) の恩
 二には 臨生受苦(りんしょうじゅく) の恩
 三には 生子忘憂(しょうしぼうゆう) の恩
 四には 乳哺養育(にゅうほよういく) の恩
 五には 廻乾就湿(えげんじゅしつ) の恩
 六には 洗灌不浄(せんかんふじょう) の恩
 七には 嚥苦吐甘(えんくとかん) の恩
 八には 為造悪業(いぞうあくごう) の恩
 九には 遠行憶念(おんぎょうおくねん) の恩
 十には 究竟憐愍(くきょうれんみん) の恩
父母の恩重きこと天の極まり無きが如し。
善男子・善女人よ、是(かく)の如きの恩徳、如何にして報(むくゆ)べき。
佛、すなわち偈(げ)を以て讃じて宣わく、
悲母(ひも)、子を胎めば、十月の間に血を分け肉を頒(わか)ちて、身重病を感ず、子の身体これに由(よ)りて成就す。
月満ち時到れば、業風催促して、[*ぎょうにんべんに扁]徧身疼痛(へんしんとうつう)し、骨節(こっせつ)解体して、神心悩乱し、忽然(こつねん)として身を亡ぼす。
若(も)し夫(そ)れ平安になれば、猶ほ蘇生し来(きた)るが如く、子の声を発するを聞けば、己れも生れ出でたるが如し。
其の初めて生みし時には、母の顔(かんばせ)、花の如くなりしに、子を養うこと数年なれば、容(かたち)すなわち憔悴す。
水の如き霜の夜にも、氷の如き雪の暁(あかつき)にも、乾ける処に子を廻(まわ)し、濕(しめり)し処に己れ臥す。
子己(おの)が懐(ふところ)に屎(くそま)り、或は其の衣(きもの)に尿(いばり)するも、手自ら洗い濯(そそ)ぎて、臭穢(しゅうえ)を厭(いと)うこと無し。
食味を口に含みて、これを子に哺(ふく)むるにあたりては、苦き物は自から嚥(の)み、甘き物は吐きて与う。
若し夫れ子のために止むを得ざる事あれば、自(みずか)ら悪業を造りて、悪趣に堕つることを甘んず。
若し子遠く行けば、帰りて其の面(おもて)を見るまで、出でても入りても之を憶い、寝ても寤(さ)めても之を憂う。
己(おの)れ生(しょう)ある間は、子の身に代らんことを念い、己れ死に去りて後(のち)には、子の身を護らんことを願う。
是(かく)の如きの恩徳、如何にして報(むくゆ)べき。
然るに長じて人と成れば、声を抗(あ)げ気を怒らして、父の言(ことば)に順(したが)わず、母の言に瞋(いか)りを含む。
既にして婦妻を娶れば、父母にそむき違うこと恩無き人の如く、兄弟を憎み嫌うこと怨(うらみ)ある者の如し。
妻の親族訪(と)い来れば、堂に昇(のぼ)せて饗応し、室に入れて歓晤(かんご)す。
嗚呼(ああ)、噫嗟(ああ)、衆生顛倒して、親しき者は却(かえ)りて疎(うと)み、疎き者は却りて親しむ。
父母(ちちはは)の恩重きこと天の極まり無きが如し。
其の時、阿難、座より起ちて、偏(ひとえ)に右の肩を袒(はだ)ぬぎ、長跪合掌して、前(すす)みて佛(ほとけ)に白(もう)して云(もう)さく、
「世尊よ、是(かく)の如き父母(ちちはは)の重恩を、我等出家の子(もの)は、如何にしてか報ずべき。
具(つぶ)さに其の事を説示し給え。」と。
佛(ほとけ)、宣(のたま)わく。
「汝等大衆よく聴けよ。孝養の一事は、在家出家の別あることなし。
出でて時新の甘果を得れば、将(も)ち帰り父母(ちちはは)に供養せよ。
父母これを得て歓喜し、自ら食(くら)うに忍びず、先ず之を三寶(さんぽう)に廻(めぐ)らし施せば、則ち菩提心を啓発せん。
父母病あらば、牀辺(しょうへん)を離れず、親しく自ら看護せよ。
一切の事、これを他人に委(ゆだ)ぬること勿(なか)れ。
時を計り便を伺いて、懇(ねんご)ろに粥飯(しゅくはん)を勧めよ。
親は子の勧むるを見て、強いて粥飯を喫し、子は親の喫するを見て、抂(ま)げて己(おの)が意(こころ)を強くす。
親暫(しばら)く睡眠すれば、気を静めて息を聞き、睡(ねむり)覚むれば、医に問いて薬を進めよ。
日夜に三寶に恭敬(くぎょう)して、親の病の癒(い)えんことを願い、常に報恩の心を懐(いだ)きて、片時も忘失(わす)るゝこと勿れ。
是の時、阿難また問うて云く。
「世尊よ、出家の子、能(よ)く是(かく)の如くせば、以って父母(ちちはは)の恩に報(むくゆ)ると為(な)すか。」
佛、宣わく。
「否。未だ以て、父母(ちちはは)の恩に報ると為さざるなり。
親、頑固(かたくな)にして三寶を奉ぜず、不仁にして物を残(そこな)い、不義にして物を盗み、無礼にして色に荒(すさ)み、不信にして人を欺き、不智にして酒に耽(ふけ)らば、
子は当(まさ)に極諫(ごくかん)して、之れを啓悟(けいご)せしむべし。
若し猶ほ闇(くら)くして未だ悟ること能(あた)わざれば、則ち為に譬(たとえ)を取り、類を引き、因果の道理を演説して、未来の苦患(くげん)を救うべし。
若し猶ほ頑(かたくな)にして未だ改むること能わざれば、啼泣歔欷(ていきゅうきょき)して己が飲食(おんじき)を絶てよ。
親、頑闇(かたくな)なりと雖も、子の死なんことを懼るるが故に、恩愛の情に索(ひ)かれて、強忍(きょうにん)して道に向わん。
若(も)し親志(こころざし)を遷(うつ)して、佛の五戒を奉じ、仁ありて殺さず、義ありて盗まず、礼ありて婬(いん)せず、信ありて欺かず、智ありて酔わざれば、
則ち家門の内、親は慈に、子は孝に、夫は正に、妻は貞に、親族和睦して、婢僕(ひぼく)忠順し、六畜蟲魚(ろくちくちゅうぎょ)まで普(あまね)く恩沢(おんたく)を被(こうむ)りて、
十方の諸仏、天龍鬼神、有道(うどう)の君(きみ)、忠良の臣より、庶民万姓(ばんしょう)に至るまで、敬愛(きょうあい)せざるはなく、
暴悪の主(しゅ)も、佞嬖(ねいへい)の輔(ほ)も、妖児兇婦(ようじきょうふ)も、千邪万怪(せんじゃばんかい)も、之れを如何ともすること無けん。
是(ここ)に於て父母(ちちはは)、現(げん)には安穏に住し後(のち)には善処に生じ、仏を見、法を聞いて長く苦輪を脱せん、
かくの如くにして始めて父母の恩に報るものとなすなり。」
佛、更に説を重ねて宣わく。
「汝等大衆能く聴けよ。
父母のために心力(しんりょく)を盡(つく)して、有らゆる佳味、美音、妙衣(みょうえ)、車駕(しゃが)、宮室(きゅうしつ)等を供養し、
父母をして一生遊楽に飽かしむるとも、若し未だ三寶を信ぜざらしめば、猶ほ以て不孝と為す。
如何となれば、仁心ありて施しを行い、礼式ありて身を検(ひきし)め、柔和にして恥を忍び、
勉強して徳を進め、意を寂静(じゃくじょう)に潜(ひそ)め、志を学問に励ます者と雖も、
一たび酒食に溺るれば、悪魔忽(たちま)ち隙を伺い、妖魅(ようみ)則ち便(たより)を得て、
財を惜しまず、情を蕩(とろ)かし、忿(いかり)を発(おこ)させ、怠(おこたり)を増させ、心を乱し、智を晦(くら)まして、
行いを禽獣に等しくするに至ればなり。
大衆よ古(いにしえ)より今に及ぶまで、之に由りて身を亡ぼし家を滅ぼし君を危くし、親を辱しめざるは無し。
是の故に、沙門は独身(どくしん)にして耗(ぐう)なく、その志を情潔にして、唯だ道を是れ務む。
子たる者は深く思い、遠く慮(おもんばか)りて、以て孝養の軽重・緩急を知らざるべからざるなり。
凡(およ)そ是等(これら)を父母(ちちはは)の恩に報(むくゆ)るの事となす。」と。
是のとき阿難、涙を払いつつ座より起ち長跪(ちょうき)合掌して前(すす)みて佛(ほとけ)に白(もう)して曰(もう)さく、
「世尊よ、此の経は当(まさ)に何と名づくべき。
又如何にしてか奉持(ぶじ)すべきか。」と。
佛、阿難に告げ給わく。
「阿難よ、此の経は父母恩重経(ぶもおんじゅうきょう)と名づくべし。
若し一切衆生ありて、一たび此の経を読誦(どくじゅ)せば、則ち以て乳哺(にゅうほ)の恩に報(むくゆ)るに足らん。
若し一心に此の経を持念し、又人をして之を持念せしむれば、当(まさ)に知るべし、
是の人は、能(よ)く父母の恩に報(むくゆ)ることを。
一生に有らゆる十悪、五逆、無間(むげん)の重罪も、皆な消滅して、無上道を得ん。」と。
是の時、梵天・帝釈(たいしゃく)・諸天の人民(にんみん)、一切の集会(しゅうえ)、此の説法を聞いて、悉(ことごと)く菩提心を発(おこ)し、
五体地に投じて涕涙(ているい)、雨の如く。
進みて佛足(ぶっそく)を頂礼(ちょうらい)し、退(しりぞ)きて各々(おのおの)歓喜奉行(かんぎぶぎょう)したりき。
佛説父母恩重経


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 産める子に 踏まれ蹴られど 母ごころ
  わが身消ゆれど 子をば守らむ


 垂乳根(たらちね)の 白き媼母(おんも)の 独り寝(ぬ)る
  寝音に暁(あけ)の 待ち遠しけれ


       雲居杣人正顔


南無父母無二佛
南無大日不動薬師如来
南無阿弥陀佛
南無釈迦牟尼佛
南無三宝
拈華微笑  合掌


これが私の四正勤です。この経を弘めることが我が生まれ来る使命であり不惜身命父母に報恩の誠をささげる四弘誓願七佛通誡偈不二同一父母未生因縁なり。
↑上記は全てTORAさんのブログに投稿を掲載して頂いたものです。
いつも本当にありがとうございます。豊岳正彦拝
_________
*父母恩重経、仏教聖典とも下記のページのいずれかのコメント欄に掲載してもらっています。ブログ主さんありがとうございます。
1.目先の勝負に何度敗けようが、つねに「生き残ること」に全神経を注いだ者が最終的勝者となります - 株式日記と経済展望
2.豊田真由子・衆院議員はなぜ切れてしまったのか?キレるの理由は、脳の「ホルモン」の乱れも影響している - 株式日記と経済展望
3.WHを高値づかみさせたのは当時の資源エネルギー庁の原子力政策課長で現在は経済産業省のナンバー2 - 株式日記と経済展望
4.問題を隠蔽すること、問題を放置すること、無意味な時間稼ぎをすることがタカタを絶体絶命にした - 株式日記と経済展望
5.官僚側の目的は、官僚の人事権を内閣が握る「内閣人事局」を撤回させる事。 - 株式日記と経済展望
6.人生を豊かにしてくれるのは、高級なバックでも宝石でもない。 - 株式日記と経済展望
7.自民党都議団は、公明党との選挙協力があれば、議席を10つ獲得できたはず - 株式日記と経済展望
投稿: 豊岳正彦 | 2018年4月 9日 (月) 21時58分

父母恩重経を生きたジャイアント馬場が自伝で語る「喧嘩」

2024-06-06 02:49:21 | 日記
ジャイアント馬場が自伝で語る「喧嘩」

承認深謝。
hougakumasahiko.muragon.com/entry/648.html


不妊手術も全頭処分も獣医の731丸太虐殺で
依頼者はダボススパイ戦争犯罪者確定。
hougakumasahiko.muragon.com/entry/647.html


丹羽秀樹2021年11月28日 ·
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「今こそヒバクシャの声を聞け」
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神村法雨 さまフェイスブック
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神村法雨 さま。
サトウハチロー作詞万城目正作曲リンゴの唄を、
並木路子と霧島昇が唄いましたねw
男女はともに唄うもの。
youtube.com/watch?v=uk5Nhma2tBg
軽いくしゃみも飛んで出る♪
くしゃみは一つ褒められ二つにくさしですが
三つ出るのはただの風邪でしたかw
風邪にマスクは口裂け女じゃったげな、
ちゅうか風邪にマスクは四にまっせw
マスクは誰もしちゃならぬ。
かわいい声が台無しじゃ。
かわいい顔も台無しじゃ
みんな唄が大好きなんで。
もひとつどうぞ。
♪♪♪
LGBT法?
んなもん知るか、おととい来やがれ。
女性に勝てる男は居らんよw
エマニュエルめに聞かせてやるかw
日本の女性の麗し声をw
聞け変態のエマニュエル
youtube.com/watch?v=X3mNUEJ3L1o
こんなん作った。
著作権?んなもん知るかw
変態ジャニーもろとも日本の国から消え失せろ。
♪♪♪
岩国からのもうひとつ。
ありがとうライブin錦月堂2013 11 23中
youtube.com/watch?v=500sxDvqVr8
@@@@@@@@@@@@@@@@@@
「すべての声は訴える」を全世界の子供の教科書に掲載しよう!
(未発表遺稿から下関原爆展事務局書き起こし文に≪加筆≫)
こどもの原爆被爆体験詩集『原子雲の下より』の序文に寄せて
峠 三吉
すべての声は訴える
青空に雲が燃えていたら
アスファルトの道路が熱気にゆるんでいたら
雑草や埃(ほこり)の匂いが風に立ちこめていたら
戦後七年
決して明るくなってゆかぬ生活の疲労の中で
広島の人々は
ふとあの悲惨な日々の感覚に打たれることを
炎の中の瓦礫(がれき)の下の呼び声に憑(つ)かれることを
訴えどころのない憂憤(ゆうふん)に
ひそかに拳をふるわして耐えていることを
此(こ)の詩集を手にするあなたに知ってもらいたい
中略
/////////////////////////////
戦争と原発事故は人災の極致であり
ともに地球に対する最悪の犯罪である。
すなわち核兵器と原発は同じものである。
原発はすべて核兵器製造工場なのだ。
峠三吉は36歳で死去したが
この世の戦争のすべてを見通して
子供たちのためにこの詩を遺した。
この詩に書かれた
自分の物欲や征服欲支配欲を満たすために
嘘をつき
戦争を起こして
他人を殺戮することを
何とも思わない
人間と呼ぶに価しない
人間以外のこのようなものたちを
これ以上
この世に作り出さないために、
「すべての声は訴える」を
全世界の子供の教科書に掲載しよう!
すべての子供たちを
心正しく誠実で
生けるもの皆に優しい人に育てることこそが
人間に天与された使命である。
____________________________________
親鸞聖人と蓮華院浄楽貞美大姉誕生の日
ありがとうライブin錦月堂2013 11 23中
http://blog.goo.ne.jp/.../e/2d72b8b0f4785cf5397730dede2b0f49
阿修羅へ投稿
asyura2.com/22/iryo9/msg/793.html#c16
asyura2.com/23/cult45/msg/602.html#c63
令和5年5月21日
父母院不二正恩居士
____


「すべての声は訴える」を全世界の子供の教科書に掲載しよう!
(未発表遺稿から下関原爆展事務局書き起こし文に≪加筆≫)
こどもの原爆被爆体験詩集『原子雲の下より』の序文に寄せて
峠 三吉
すべての声は訴える
青空に雲が燃えていたら
アスファルトの道路が熱気にゆるんでいたら
雑草や埃(ほこり)の匂いが風に立ちこめていたら
戦後七年
決して明るくなってゆかぬ生活の疲労の中で
広島の人々は
ふとあの悲惨な日々の感覚に打たれることを
炎の中の瓦礫(がれき)の下の呼び声に憑(つ)かれることを
訴えどころのない憂憤(ゆうふん)に
ひそかに拳をふるわして耐えていることを
此(こ)の詩集を手にするあなたに知ってもらいたい
それは決して遠い記憶ではない
今、
眼に映っている対岸の建物の壁が突然破れ、
瓦がはげ落ち
頭脳の奥で閃光(せんこう)がひらめいても
それは決して新しい事件に遭遇(そうぐう)したのではなく
それは
自分の生きようとする正しい力が
何か巨大にして非人間的な圧力によって
遂(つい)にうち負かされてしまったのだ
という
絶望感で
受けとられるものにちがいない
此の詩集を読もうとする多くの人に知ってもらいたい
広島の、
そして長崎の人間は
原爆の炎の中から脱出して起ち上がろうと努めつつ
その意味する欺瞞(ぎまん)的な力の中で
まだ必死にもがいている
もがいていながらも
私たちは
あの炎と血膿(ちうみ)のしみついた皮膚の感覚で
愛する妻子や父母を茸(きのこ)雲の下で見失った
涙にまみれた体で
今はもう知ろうとしている
原爆を戦争に直接関係の無い
老若男女の日本人の上に投下し
その後にわたってその所有を独占しようとし
その脅威(きょうい)をふりかざして
世界を一人占めにしようとして来た意志
日本が侵略されるという囁(ささや)きを吹き込み
再軍備にかり立て
そのような政策に反対する国民の口に
破防法(はぼうほう)という
猿ぐつわを噛(か)ませる意志が
すべて一つのものであるということを
もうはっきりと知ろうとしている
そして
此の詩集をお読みになるあなたも
きっと知るにちがいない
私たちが一個の人間として
正しく幸福に生きようとするねがいを
何時(いつ)の時代でも
常にはばんで来たものがあったとすれば
その力こそまさに此の
暗い意志であり
その権力こそまさに
私たちを戦争にひきずりこむものであったということを


噫(ああ)
そして 
私たちは知ることが出来る
世界最初に原子爆弾を頭上に落(おと)された
日本人だという
黄色い皮膚にかけて
漆黒(しっこく)の瞳(ひとみ)と
流れる黒髪にかけて
知ることが出来る
今はもう
戦争を、
その物欲と権力保持のために欲(ほっ)する
一握りの、
人間と呼ぶに価(あたい)しない人間以外の≪ものたちへむけて≫
世界中の
真実と労働を愛するすべての人々と共に
腕を交(く)みあって
平和へのたたかいを進めてゆくことこそが
私たちの
正しく幸福に生きようとする
人間としてのねがいを達成(たっせい)する
唯一(ゆいつ)の道であるということを
私たちは日本人として
植民地支配に苦しんで来た
アジアの人間として
知ることが出来る
そのために
そうだ、それを信じるために
多くの語り難(がた)い苦痛を越え
多くの語ることによる危険をしのぎ
老人も
主婦も、
未亡人も、
青年も
又、
勇気ある教師にみちびかれた子供達も
すべての人々が
血と涙にいろどられた叫びを
此の詩集に寄ってあげているのだ
どうか
此の信頼と愛が
戦争を憎み
原爆を呪(のろ)う無数の声の中で
大きな稔(みの)りを持つように
その声の底にかくれつつ
永遠に絶(た)ゆることのない
地下からの叫びが
生きている私たちの力によって
癒(いや)されるように!
原爆が再び地上に投ぜられることなく
原爆を意図するものが
世界中の働く者の力によって
一日も早く絶滅されるように!
此の詩集はそのためにあなたにおくられるのだ
一九四五年
八月六日、
午前八時十五分
広島に世界最初のウラニュウム二三五爆弾が投下され
九日
午前十一時
長崎にプルトニウム爆弾が投下された
広島では全人口四十万のうち
二十四万七千の生命が奪われた
軍事的には
勝負をそれのみで決しうるほどの力はでないといわれる
原子爆弾が
なぜこのような
悲惨な現実を呼び起こしたか
落とされた広島は
無防備の市民の上であったし
(長崎では市街に近い宗教地域の上であった)
落とされた時間は
市民をまるで
屠殺場(とさつじょう)のように中心部に集めていた
それらはすべて
見事に計画されていたといえる
あの茸(きのこ)状をした雲の下には何があったか
そこにあったのは
疎開(そかい)できぬ児童を集め、あるいは勤労奉仕に生徒を集めた学校、
陸軍関係のみでも五万人の患者を収容していた病院、
青年の出払ったのち堆積(たいせき)する事務に追われていた官庁、銀行、
聖戦の勝利を祈らされていた教会、
主人をとられ主婦と子供で守っていた商店であり
それらはすべて破壊されたが
炎の海の外側にあった
多くの軍需工場は
(三菱造船、三菱重工、旭兵器、日本製鋼、兵器被服廠-
西条・八本松へ疎開-
東洋工業、油谷重工等)
窓、扉、天井が破壊された程度で
殆(ほとん)ど無傷であり
国鉄は三日間でその機能を回復した実状であった
その炎の海で死んだのは
勤め人、学生、小児などの
老若(ろうにゃく)市民であり
兵隊にしても
すでに出しつくされたあとの
力弱い兵隊であった
一九四五年の春から夏にかけて
日本中の都市が夜毎(よごと)に焼きつくされる
戦争の炎の前で
広島はあわれな生きもののように
顫(ふる)えつづけていた
今夜こそ危ない
今夜こそ焼かれる、という噂(うわさ)
あるいは
広島は水攻めにするのだというような噂によって
夜闇(よるやみ)にまぎれては逃げようとする市民、
橋の畔(ほとり)にひかえて逃がすまいとする軍や自衛隊≪原文まま≫
飢えた隣組(となりぐみ)の行列の間(あいだ)を
野菜を満載した軍のトラックが走りすぎる混乱の中で
河が白く埋まるほど、
七月末
空から撒(ま)かれた七種類のビラには
原爆の廃墟(はいきょ)と同じ絵が描かれてもあったが
すでに疎開のすべはなく
(そのビラを持っていると死刑にすると脅され、
警察が人をやとって船を出し、拾い上げて焼却させた)
それでも
五日の夜、
広島をいよいよ焼き払うと
ビラが落とされたという
二、三日前からの噂によって
市民の多くは周辺の山や畑に逃(のが)れ、
濃い闇空の銀河のもと
不安な一夜を明かした
夜半、豊後水道より広島湾上空へ
二百のB29は侵入し旋回数十分
広島を襲うと見せて
突然進路を西南方へ変え
光市の方面へ飛び去った
明け方
空襲警報は解除され
県内に侵入している敵機は四機、
そしてやがて離脱したとラジオは報じ
七時五十分、
警戒警報も解除されたこの時、
市民は
B29の爆音をきいたが
黒めがねをつけた米人の乗員が
人類の恥辱(ちじょく)をのせた三機によって
高々度より侵入しつつあった事を
誰が知り得たろう
そして
今夜も無事に済んだとほっと安堵(あんど)した人々が
家に帰り、
急いで朝食を済まし
(朝食の炊事の火はまだ消えるほどの時ではなかった)
出勤者は仕事場へ、
学生、生徒は学校から作業場へ
隣組は市の周辺町村から市の中心部へ
畑仕事をやめて松根掘りに日をあかしていた
郡部からの義勇隊も
それらと一緒に市の真ん中へ・・・・・・
それは統計ではかり出したように
一日の中で最も多数の市民が
屋外に溢(あふ)れている時間であった
此の広島という都市の、
雛鳥(ひなどり)のような中心部
この選ばれた時間
広島はどんな無心な表情をしていただろうか
爆心直下の広島中央郵便局では(本局とよんでいた)
丁度(ちょうど)夜勤と日勤者の交替時(どき)にあたり
全員六百名が古めかしい煉瓦(れんが)造りの建物内に充満し
一人の老小使いのみが
玄関わきの塵溜(ちりため)にごみを捨てに出ていたところだった
七、八百米(メートル)東北方の
練兵場では
丁度その朝入隊した男たちが
(中年の兵隊か一度病気で帰り再度招集されたものたちであった)
軍服をつけて整列し
見送りの家族が旗などをもって
名残(なごり)を惜しんでいる時だった
千米はなれた
県庁では、
防空当直二百名が帰宅し
他の庁員が出勤し
動員学徒の少女たちが
掃除バケツをもって廊下を
歩いていたとき
約千五百米の
市役所裏
雑魚場町の一帯では
県立高女、県立一中、私立二中、女学院高女、女子商業、その他の
一、二年生が
教師に指揮されて
疎開家屋のあと片付けに
とりかかっていたところ
又同所、あるいは同じ距離の
土橋町一帯では
市近辺よりの隣組、義勇隊の老人や
子どもを背負った主婦たちが
同じ仕事にとりかかろうと集合して
汗を拭(ふ)いていたときだった
二千米はなれた
横川町の狭い商店街は
郊外より市内へ出勤する人の群(むれ)で埋まり
三千米はなれた家庭では
作業へ、
あるいは職場へ家族を送ったあとの
年よりが幼児が
朝食のあと始末に働こうとしていた
ああ 
そのような
戦争の末期の不安のなかで
常に天皇を頭(かしら)とする権力者たちの意のままに
父や夫や息子をさし出し
ダイヤも金も、
あらゆる財産を投げ捨て
ぼろをまとい大豆を囓(か)じり野草をたべながら
従つてきた国民が
その愚かなほどに無心の表情を
八月の青空にむかって曝(さら)していたとき
TNT二万トン爆弾より強力な
グランド・スラムの二千倍以上の爆破力を有する
そしていまや
太陽の力が源泉となる勢力が
(八・六トルーマン声明)
(二〇〇〇呎(フィート)直下の温度は摂氏三〇〇〇~四〇〇〇度-
ロスアラモス科学研究所「原子兵器の効果」より。
トルーマン大統領がいかにもやさしくヒルダと呼んだ)
上空五百米(メートル)に於いて
放射されたのである
大部分の子供達が此の詩集の中で
「ピカッー」と光ったという印象を伝えているほど
この時の光線の印象は強烈なものであり
体験者たちは
赤・紫・白・黄・紺色・橙(だいだい)色だったと
様々な感じを伝えているが
その強烈な光りは
それを直視したすべての人の視力を奪い
その瞬間から広島の悲劇は始まったのである
中央郵便局は
未曾有(みぞう)の衝撃を真上から浴びて
瞬時に倒潰し全員死亡
老小使いのみ一人生き残っていたが二、三日後に死亡し
練兵場の一隊は全部赤剥(む)げになったり
半裸で作業中の兵隊はみじめであった
真黒く炭化したりして散乱した
(軍関係の死亡者は一二五、八二〇人と算出されている)
県庁で圧殺(あっさつ)をまぬがれた人々は
水を求めて河岸へいざり寄り
万代橋の西詰では二日後まで死体の山が
河底から土手より高く重なって盛り上がっていた
疎開家屋のあと片付にとりかかっていた
中学校、女学校の下級生徒たち、
又それを引率指揮していた先生たちの
最後の模様を
どのようにつたえたらよいだろうか
思い思いの服装に新しい麦ワラ帽をかぶったり
歌を唄いつつ友人とふざけあったり
作業場に到着した
すべて十三、四才の少年少女たちが
突然の(不意の)閃光に出あい
打ち倒され
煙のはれ間やっと起き上がったものは
すでに花のようなもとの姿は奪われて
頭髪は焼け、
前日に黒く染めた着衣は焦げ飛び、
皮膚は剥(は)がれて肉が露出し
顔はふくれた
降(ふ)りくる石や材木に打たれた傷は
石榴(ざくろ)のように口をあけて
その場で死んだものの骨、
水槽の中に
教師に抱かれて死んでいる死体
母を呼び 
教師を呼び
歩けぬものは腹這(はらば)って
比治山方面へ逃れて行く
土橋方面の隣組は
多くが火傷(やけど)の傷手(いたで)と焔(ほのお)に追われ
天満(てんま)川に這い降りて水に流されたらしく
この辺りの消息はよくわからない
家庭の悲惨も同じであった
瞬時に倒潰(とうかい)した家屋の間から焔に包まれる最後まで
助けを求めて掘られた腕
(倒壊した家の下敷きになった子供を救ってくれと哀訴(あいそ)する
母親の必死の顔付(かおつき)は、長く忘れる事が出来ない)
熱いよう熱いようの細々とつづいたよび声は
遂にとだえても助けの力を得ることなく
広島全市が焼けはてて骨となっても
骨のひらい≪拾い≫手さえ帰って来ない
此の時たつ巻をよび風をつのらせる炎の上、
市の西北一帯に真黒い豪雨が降り
己斐(こい)の山上にしばらくかかっていた虹の色は
生き残った人々の記憶につよく残っている
夜に入っても全市の炎は明々(あかあか)と空を焦がしている






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ダボス不買のススメ
承認感謝。デモよりも不買運動のほうがよいでしょう。マスコミに一斉に「明治製菓は世界中で不買運動されているファルマという武器商人と結託して殺人毒薬生物兵器レプリコンを作って子供に打とうとしているから、明治のお菓子は今後一切買わないし明治のミルクも乳製品も日本人は一切使わないように。」とテレビラジオ新聞社SNSに大宣伝すればよい。企業の真のスポンサーは我々消費者国民だし国民は1億2千万いるから明治の不買運動を日本全国から世界中に広めましょう。日比谷では明治とNHKに不買運動通知をすればよいです。全国の小売店から明治製品を一挙に消してやります。明治のほかに同業他社はいくらでもあるから、明治がつぶれても我々は何の不都合もない。ほかの企業には値下げ要求して、消費税分値段を安くしないならもう買わないぜとすればよいのです。家で座ったままできるSNS不買運動キャンペーンが世界最強です。国会議員と都道府県市区町村に一斉に通告してやればよい。われら国民が雇用してる下僕三権公務員たちにねw
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「民を殺すは国家を殺すなり」これを亡国という
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少しだも人の命に害なるを 少しくらいハよいといふなよ
世の中は学士博士の破るなり 作るは下男織るは織り姫
目がきれいな
日本人よ、
直ちにドル国債700兆円一括売却し、
且つ、
直ちに日米地位協定破棄せよ。
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香林院法話 第八回「白隠禅師 坐禅和讃」
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衆生本来仏なり 水と氷の如くにて
水を離れて氷なく 衆生の外に仏なし
衆生近きを知らずして 遠く求むるはかなさよ
たとえば水の中にいて 渇を叫ぶがごとくなり
長者の家の子となりて 貧里に迷うにことならず
六趣輪廻の因縁は 己が愚痴の闇路なり
闇路に闇路を踏みそえて いつか生死を離るべき
夫れ摩訶衍の禅定は 称歎するに余りあり
布施や持戒の諸波羅蜜 念仏懺悔修行等
其品多き諸善行 皆このうちに帰するなり
一座の功をなす人も 積みし無量の罪ほろぶ
悪趣何処に有りぬべき 浄土即ち遠からず
辱なくも此の法を 一たび耳にふるる時
讃歎随喜する人は 福を得る事限りなし
いわんや自ら回向して 直に自性を証すれば
自性即ち無性にて すでに戯論を離れたり
因果一如の門ひらけ 無二無三の道直し
無相の相を相として 行くも帰るも余所ならず
無念の念を念として 歌うも舞うも法の声
三昧無碍の空ひろく 四智円明の月さえん
此時何をか求むべき 寂滅現前するゆえに
当処即ち蓮華国 此身即ち仏なり
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「民を殺すは国家を殺すなり」これを亡国という - 豊岳正彦の無有万機公論






豊岳正彦
能登半島の志賀原発は大阪電力管轄だがコントロールルームは全国一律にイスラエルマグナ社が好き勝手に管理してるから、イスラエルとアメリカに逆らうとすぐに全国の原発を爆破して日本列島を国民もろとも核の火で焼き尽くし北半球をすべて放射能で人も動物も住めないハルマゲドンを起こそうとしてる。犯人はイスラエルだよ、あらかじめ明らかに指摘しておく。イスラエルモサド悪魔大王エデンの蛇サタンは1953年以降ずっと日本のNHKに巣くっている。
まあ実際には日本の原発爆破しても海水をかけて消火しておけばイスラエルがたくらんだ通りには全然ならないけどね。チェルノブイリは内陸で海水が運べなかったから被害が大きくなったが、日本は海に囲まれてるし、1945年2発の原爆を落としたトルーマンが「75年は草木も生えない」と豪語してたのに広島も長崎もすぐに緑が回復して海産物に何の影響もなかったろw海の微生物が塩水の作用で放射能をあっという間に分解解毒するからだよ。セシウムもストロンチウムもプルトニウムも海水にはかなわないのさ。海はすべてを浄化する。日本は雨が多いから地上の放射能もすぐ雨に洗われて海に流れ込んですべて放射能も浄化する。広島湾の牡蛎も長崎湾の魚介も全然安全でおいしいのは雨と海のおかげだよ。一粒の米にも万人の労苦を思い一滴の水にも天地の恩徳に感謝し有難くいただきます。南無大師遍照金剛三反

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豊岳正彦
目がきれいな鳥獣を生きたまま切り刻む悪魔の目がElizabethやヒラリーや上川や小池や柏原伸二や田中優や福田良彦や岸田文雄や岡田総司や大森屋奥憲治や兼重や豊岳道子則子貴道の拝金詐欺師カルト信者の汚い目だwミーちゃんのお腹を自分の都合で切り裂くらしいぜ水子の生まれ変わりの兄弟なのに。動物虐待殺害犯罪の極致だな日本の獣医とその奴隷鬼畜どもw


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晴耕雨読雨ニモ負ケズ
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ダボス不買のススメ
承認感謝。デモよりも不買運動のほうがよいでしょう。マスコミに一斉に「明治製菓は世界中で不買運動されているファルマという武器商人と結託して殺人毒薬生物兵器レプリコンを作って子供に打とうとしているから、明治のお菓子は今後一切買わないし明治のミルクも乳製品も日本人は一切使わないように。」とテレビラジオ新聞社SNSに大宣伝すればよい。企業の真のスポンサーは我々消費者国民だし国民は1億2千万いるから明治の不買運動を日本全国から世界中に広めましょう。日比谷では明治とNHKに不買運動通知をすればよいです。全国の小売店から明治製品を一挙に消してやります。明治のほかに同業他社はいくらでもあるから、明治がつぶれても我々は何の不都合もない。ほかの企業には値下げ要求して、消費税分値段を安くしないならもう買わないぜとすればよいのです。家で座ったままできるSNSダボス不買運動キャンペーンが世界最強です。国会議員と都道府県市区町村に一斉に通告してやればよい。われら国民が雇用してる下僕三権公務員たちにねw
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「民を殺すは国家を殺すなり」これを亡国という
hougakumasahiko.cocolog-nifty.com/blog/2018/12/post-7ebc.html
少しだも人の命に害なるを 少しくらいハよいといふなよ
世の中は学士博士の破るなり 作るは下男織るは織り姫

目がきれいな日本人よ、
直ちにドル国債700兆円一括売却し、
且つ、
直ちに日米地位協定破棄せよ。
///////
「今こそヒバクシャの声を聞け」
hougakumasahiko.muragon.com/entry/581.html
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香林院法話 第八回「白隠禅師 坐禅和讃」
youtu.be/f-JdyM6ykZU?si=DL87ph7l6u0N5j6E via @YouTube
衆生本来仏なり 水と氷の如くにて
水を離れて氷なく 衆生の外に仏なし
衆生近きを知らずして 遠く求むるはかなさよ
たとえば水の中にいて 渇を叫ぶがごとくなり
長者の家の子となりて 貧里に迷うにことならず
六趣輪廻の因縁は 己が愚痴の闇路なり
闇路に闇路を踏みそえて いつか生死を離るべき
夫れ摩訶衍の禅定は 称歎するに余りあり
布施や持戒の諸波羅蜜 念仏懺悔修行等
其品多き諸善行 皆このうちに帰するなり
一座の功をなす人も 積みし無量の罪ほろぶ
悪趣何処に有りぬべき 浄土即ち遠からず
辱なくも此の法を 一たび耳にふるる時
讃歎随喜する人は 福を得る事限りなし
いわんや自ら回向して 直に自性を証すれば
自性即ち無性にて すでに戯論を離れたり
因果一如の門ひらけ 無二無三の道直し
無相の相を相として 行くも帰るも余所ならず
無念の念を念として 歌うも舞うも法の声
三昧無碍の空ひろく 四智円明の月さえん
此時何をか求むべき 寂滅現前するゆえに
当処即ち蓮華国 此身即ち仏なり
hougakumasahiko.cocolog-nifty.com/blog/2019/03/post-5b52.html#comment-121455578
・・・
好雪文庫


東西の古典を、きわめて平易な現代語に訳出する試みです。 意によって大幅に構成を改編し、読みやすくするために潤色を施しています。


ホテル暴風雨
心しか泊まれないホテルへようこそ
hotel-bfu.com
文野潤也好雪文庫
仏教説話
拝火教徒とブッダ(出典:雑阿含経)
2016/7/30 2016/12/29 仏教説話
hotel-bfu.com/bunnosuke/choyaku/setsuwa/2016/07/30/post-175/
・・・


1羽田空港で日本航空機同士の翼がぶつかる、けが人はなし
x.com/sputnik_jp/status/1793480348757803515
羽田は狭すぎるから日米地位協定破棄して横田と厚木から米軍を退去させて自衛隊と民間機の共用空港にすればよい。それだけのことだ。金はかからないよ。事故も無くなる。
岩国も佐世保も三沢も沖縄も米軍を退去させれば世界一安全安心な自衛隊警護の国際ハブ空港が日本全国各地方にたくさんできるのだ。


岩国には大リーグの試合もできる球場が愛宕山の米軍住宅地にあるから、日米地位協定破棄して米軍退去させれば愛宕山の地主が所有する大リーグ球場が開設できて、ワールドベースボールチャンピオンシップが開催できるよ岩国で。空港も世界一安全できれいだし、税関もばっちりだ。岩国地裁の麻薬取締法違反岡田総司と山口地裁執行官大森を厳罰に処せば麻薬も岩国には入ってこない世界一麻薬クリーン安心地帯になるしw
投稿: 豊岳正彦 | 2024年5月23日 (木) 13時46分
hougakumasahiko.cocolog-nifty.com/blog/2018/12/post-7ebc.html?cid=121511224#comment-121511224


「民を殺すは国家を殺すなり」これを亡国という
hougakumasahiko.cocolog-nifty.com/blog/2018/12/post-7ebc.html
少しだも人の命に害なるを 少しくらいハよいといふなよ
世の中は学士博士の破るなり 作るは下男織るは織り姫


2【勝谷誠彦ウクライナレポート『血気酒会』緊急開催】
youtube.com/watch?v=BxDPirsR68M&t=1572s
目がきれいなプーチン大統領が世界でただ一人真実を語っている。
目がきれいな親孝行親切手伝い日本人勝谷誠彦氏が2014年証言した。
日本人がウクライナ政府に無法な軍隊暴力で虐待されたロシア語ウクライナ国民の被害を自分の手で助けようと思うなら、
直ちにドル国債700兆円一括売却し、
且つ、
直ちに日米地位協定破棄せよ。


3【総集編】聖人にも天才にもウラの顔があった...衝撃的すぎる偉人のヒミツ13選【ゆっくり解説】【作業用】【睡眠用】
youtube.com/watch?v=6_PC6OcTLsc
豊岳正彦
悪党はまず目が汚い。イギリス女王正教会地下とバチカン教会地下から多量の子供の骨が発見されたから子供からアドれノクロムを取って肉を食うのはシオニストユダヤモサド悪魔の伝統変態性欲幼児殺し犯罪だとわかる。マザーテレサの病人放置はナイチンゲールのトリアージと同じだ。目が汚い女は汚職殺人魔女だね。女の汚い心は醜い鬼女の面で現れるのさw
野口英世乃木希典明治天皇大正天皇は目がきれいな親孝行親切手伝い真日本人忘己利他捨身施武士道菩薩。
アインシュタインとビルゲイツとエジソンの目がくそ汚い。
ダヴィンチも手塚治虫も夏目漱石も森鴎外も伊藤博文も山県有朋も昭和天皇も目がくそ汚い。
ドストエフスキーの目がきれい。トルストイもプーチンも安倍晋三も関行男も峠三吉もダイアナ妃も。
【ビートルズ】ジョンレノンの日本好きがガチすぎた!
https://youtu.be/UXQNZFBbxRs?si=cZO7CfBXFq41i4Yy via @YouTube


4【特別司法公務員警察検察裁判官憲法違反汚職の罪は刑法極刑で迅速公開処刑する。】
hougakumasahiko.muragon.com/entry/645.html
【考察系YouTuber】氷室英介の事件考察ch
#未解決事件「豊明母子4人◯害事件」#事件考察 #事件 #愛知県警
youtube.com/watch?v=xEanehBu1Ng
豊岳正彦
警察の汚職に慣れすぎた無能は傲慢の罪に陥ることによって汚職の極致「故意の殺人」に至る。それは国家反逆罪だ。博人さんは警察の傲慢によってその心を拷問され残虐に虐待され社会人として親心を殺されたのである。これが警察の汚職特別司法公務員暴行陵虐殺人罪である。氷室氏よ、君は警察の犯罪を告発しなければならないのだ。医者と弁護士と公務員の汚職は人を確実に殺すのだから。氷室君はその人間の真実をいやというほど知っているのだ。君は愛知県警をこそ第一に殺人の真犯人として告発しなければならない。君の勇気ある県警告発なら私も一緒に警察全体を日本国憲法違反国家反逆罪で名古屋高検特捜部東京地検特捜部大阪地検特捜部に汚職警察の憲法76条3項違反憲法36条違反刑法199条特別司法公務員職権乱用暴行陵虐汚職殺人を告発し時効無き刑法極刑を以て、必ず、戦争犯罪マッカーサーと大英帝国陸軍元帥昭和天皇と東大不正入学不正卒業吉田茂が共謀し、日本人を裏切り偽旗太平洋戦争で400万殺した売国奴昭和天皇吉田茂に尻尾を振って、卑怯卑劣東大卒岩国裁判官が1945年8月15日岩国で始めた鬼畜米軍の老若問わぬ婦女強姦暴行虐殺放置した残虐無惨極刑戦争犯罪をすべて無罪にして、関行男と特攻隊の願いを打ち砕き、さらに米軍が基地外で婦女暴行殺害戦争犯罪し、逆に戦争犯罪無罪の日本軍人をマッカーサー昭和天皇吉田茂が全員戦犯にして死刑執行し、その遺族を靖国英霊の母から一転世界の戦犯遺族として国賊に貶めた、昭和天皇吉田茂共犯の国家反逆犯罪をも、創価東大奇形司法占領米軍治外法権刑事免責で無罪とした極悪犯罪を、極東軍事冤罪裁判以後も憲法違反汚職で現在まで恥知らずに法を曲げて犯行し続ける。この奇形司法創価東大裁判官汚職一味無法検察無法警察によって無惨に殺された真日本人一家五人同朋の仇を、天地神明に懸け真日本人岩国医王二代目豊岳正彦の手と六法全書で必ず討つであろう。
悪魔の目は汚いから一目で殺人犯を見つけて特定するのは目がきれいな猫でもカラスでも子供でも良心で生きる生き物なら容易に可能だ。


【朗読】帝銀事件を論ず 坂口安吾
youtube.com/watch?v=ThtChcuVQGw
今の医者は731部隊。ミドリ十字薬害エイズ、赤十字アドれノクロムと脳死と臓器移植と白血球HLA血液型、炭そ菌ペスト菌劇症溶連菌兵器開発で、生体死体解剖で切り刻んで致命傷と手術法を実験開発した。毒ガス研究から抗がん剤と余命をでっち上げた。向精神薬と麻酔薬とモルヒネはすべて純粋殺人毒薬。医者と病院と弁護士は殺人隠蔽するセット。

【ウィキペディア朗読】 帝銀事件(戦後最大のミステリー)【未解決事件】
youtu.be/WkBj57aINw0?si=2vVicejOKdK1bp4q via @YouTube

【朗読/ウィキペディア】 731部隊 【第二次世界大戦】 教養 雑学 歴史
youtu.be/hSCtsBQgcnY?si=LN4LRFyTlTQHl1q0 via @YouTube

【ゆっくり解説】731部隊の創設者「石井四郎」!細菌兵器の開発…人体実験に手を染めた彼の激動すぎる生涯とは?サイパン島の戦いやノモンハン事件など...
youtu.be/wsZ32nz8vVQ?si=dDxqS1fPdAIDvedw via @YouTube
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5【アルバム】2016年4月豊岳小児科全科一次救急診療所
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神村法雨
頭をぶつけないように
工夫されていますね✨
優しさを感じました😊
合掌
豊岳正彦
よくおわかりでw
まあ去年12月13日の岡田総司と大森が憲法35条違反の追剥強盗殺人罪で私を着の身着のまま放り出して勝手にカギを付け替えて病院にも自宅にも入れないように締め出したから、今病院の中がどうなってるかわかりまへんw柏原と岡田が共謀共同正犯した地上げ詐欺ですなwところがあいつら大馬鹿だから私が麻薬施用者免許を持ってて山口県の厚労省から麻薬を預かって金庫に厳重保管してたの知らずに金庫ごと強盗して持ち去って、麻薬取締法違反という国連憲章違反戦争犯罪をばっちり犯してやがったのでしたwまあ馬鹿には薬必要ない、牢にぶち込んで電気椅子でもかけてやれば馬鹿が奇跡で治るかもw世界中に麻薬犯を名指しで公開告発してやりますよ、岩国の奇形司法地位協定治外法権拝金ドル男妾麻薬犯岡田総司が世界の戦争の元凶だからねw

12月12日前代未聞詐欺師共犯岡田総司岩国地裁判事の職権乱用内乱罪現行犯記録(1)
youtu.be/n6TRn5YtKlA?si=3hCvAgvugQT2QTKe via @YouTube

岡田総司奥憲治共謀共同正犯詐欺師共犯憲法99条犯憲法36条違反強制執行殺人罪現行犯記録12月12日(2)
youtu.be/Rskp3O2DOZg?si=IfFreXxez3sf_vvu via @YouTube

岡田総司地位協定治外法権盲従刑法無知憲法無知国家叛逆戦争犯罪外国スパイの組織的犯罪処罰法第3条外国スパイ創価東大外患誘致罪現行犯人。1212-3
youtu.be/tsZw3KkpyH8?si=pvwIyx893aEmTKen via @YouTube

12・12驚きましたw前代未聞の強盗殺人強制執行憲法36条違反岡田総司憲法76条3項違反外患誘致日米地位協定隷従スパイ憲法9条違反戦争犯罪者創価...
youtu.be/gAgsdvhFSN8?si=wf65QixsgnImUCLg via @YouTube

泥棒強制執行犯罪組織12.12岡田総司首領強盗殺人組織。
youtu.be/Dcnht7hQEck?si=AutKd9-2Npb4Orhj via @YouTube

民事強制執行裁判官刑法196条特別公務員職権乱用暴行陵虐致死傷罪現行犯かつ刑訴法239条2項違反憲法99条違反刑法77条81条内乱外患罪。治外法...
youtu.be/reJvw3fnA1Y?si=Lkrm9ELit8roY6JS via @YouTube

岡田総司は国会弾劾裁判で極刑判決すると憲法64条に書いてある。12月12日極刑犯罪の証拠確定したからね。
youtu.be/4eVRs5GJsjk?si=DbLCX5-B_bUxGtTM via @YouTube

日本国憲法手帳を橋川等さんがご提供くださった動画
youtu.be/b1bxD1vLIP4?si=pWA5R-1KSS0a1f9o via @YouTube

世界中の自宅で誰もが作れる「日本国憲法手帳」の作り方
youtu.be/ZqvhHM1Mdl4?si=o2nv4GLKqgiqYDdn via @YouTube

守内の錦川沿い畠に竹炭窯を作る為草刈りに行く途中の錦川ドライブ沖村充宣君運転
youtu.be/4343t3ekjUE?si=xSeXSOu1_QAUwbkZ via @YouTube

みいちゃん2歳
youtube.com/shorts/73IesIJsLns?si=sj9xmKAf45l7GtkU via @YouTube

えつこママ01
youtube.com/shorts/xCUumgyMmAI?si=9Numk2PMXZvfrCDC via @YouTube

みいちゃん2歳つづき
youtube.com/shorts/1Xd74uIn5ak?si=VBDmSRrhZ62Em84G via @YouTube

180624 170148海土路ある日
youtube.com/shorts/EqHB_-pKCGU?si=QpVjRq9YvDSuxPo3 via @YouTube

180624 165956 3gp海土路ある日
youtube.com/shorts/3LFSM4pKr78?si=5X32OCoSk6EnTUwh via @YouTube

180624 164245 3gp海土路のある日
youtube.com/shorts/ET-epinxeN4?si=MNzwPeWZNaM7jU8Y via @YouTube

180624 165020 3gpみどろの続き
youtube.com/shorts/mh1bx2VIWnw?si=8GPLh2fRT_L-ZiD8 via @YouTube

みいとわし
youtube.com/shorts/aAyIuLvB35g?si=2OO-NprRRq3fxS8V via @YouTube

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目がくそ汚い犯罪者に馬鹿犯罪者と面罵したら必死になって反論して馬脚を露すバカ発見法w
hougakumasahikoyoutube.blogspot.com/2024/05/blog-post_99.html


Naoki Takaishi4時間 ·
まっ、そういう事を言ってます
facebook.com/photo/?fbid=2330352547155080&set=a.393095020880852


武田 康弘
醜い顔ですね。


豊岳正彦
目がくそ汚い。こんなんの言うこと聞く者は同じ目をした殺人詐欺犯罪者だけだ。無視しとけバカのセリフはw


豊岳正彦
馬鹿に馬鹿と面と向かって告げてやったら湯気立てて真っ赤になって怒るからほんまもんの馬鹿だとすぐわかる。


豊岳正彦
犯罪者にバカ犯罪者と告げてやったら必死になって「馬鹿じゃないし犯罪者じゃない!」つってたろ、山口地裁執行官大森がw
去年12月12日の俺の岡田共犯犯罪強制執行ユーチューブに証拠が残ってるぜ、見てごらん笑えるからw
実は柏原伸二もくそバカだったw
自分が1億2千万の岩国市内一等地をリースバック詐欺で3年以内に1800万ぽっちで地上げ詐欺したのに(岩国市役所と田中優と共謀してw)、
去年1月か2月かな診療中の医院にやってきて裏の処置室で患者さんが点滴してたのに(来た時最初に教えてやったのにw)忘れて「なめとんか家賃払わんならすぐ出ていけ」つったんで俺が「お前に家賃払うために病院やってるんじゃねえ」と言ってやったら広島共政会のヤクザ(商工会議所会頭の白井さんを美人局ではめた田中優?)丸出しで「すぐ電気止めてやる」とかほざいてたが、「電気止めたら国から預かってるコロナワクチンがだめになるから国がお前に損害賠償請求するぜ」つってやったら何にもできなかったぜ。犯罪者は法律知らないバカだから、馬鹿と呼んでやったらすぐ怒るのさwそれで馬鹿は自滅して自分からきたねえ馬脚を現すのさw


豊岳正彦
そうそう岩国地裁岡田総司と山口地裁大森執行官(動画の主演犯罪者w)は俺が山口県知事から麻薬施用者免許で預かって金庫に厳重保管してた麻薬を憲法35条違反の目録のない強制執行命令書で金庫ごと(家財根こそぎ財布も通帳も猫のエサも食べかけの飯も丸ごとw)一切合切持ちだして麻薬取締法違反の国連憲章違反戦争犯罪者になったぜ池田大作と同じだな南米麻薬密輸王のw

youtube.com/watch?v=reJvw3fnA1Y
ここに出てくる豊岳道子も自分の猫でもないのに不妊手術を強制する目がくそ汚い動物虐待殺害犯罪者である。また他人の所有する畑に何の権利もないのに勝手に侵入してアレコレ盗む犯罪者でもあるので、今後一切私以外の者が所有地内に立ち入ることを禁止し所有地の周りの人たちに侵入者があればスマホで写真を撮って警察に110番通報してもらうよう頼んで、泥棒を全員逮捕してもらおうw


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ホテル暴風雨文野潤也好雪文庫仏教説話
コーカリカ 後編(出典:賢愚経)
2016/9/10 2016/12/29 仏教説話
hotel-bfu.com/bunnosuke/choyaku/setsuwa/2016/09/10/post-214/