・・・その6からの続き!
決定的な事件とは・・・!
その日、Kだけ実家に泊まるといって外出し、事務所(つまり下宿)に居なかった。
僕はその夜、バンドのベーシストと、ベーシストの友人、合計男3人で飲み、
事務所の2階の12畳の寝室(万年床です)で寝ていた。
朝、9時。
ぱちぱちっ。ぱちっ!
「ん?雨?」
僕は、変な音で目が覚めた。
ベーシストは「あ、僕、洗濯物を表に干してるんで、取り込んできま~す」
彼は寝ぼけ眼で、庭先に出て行った。
庭に出たベーシストが叫んだ。
「う、うわわわわわ~~」
どうした?
再び睡眠に入りかけていた僕は、驚いて起きた。
「か、か、火事ですぅぅ!に、逃げてくださいぃ~~」
なぬ?!
「隣が、も、も、燃えてますぅぅ!」
隣も築年数の古い一戸建で、お好み焼屋の社員寮だった。
結局、隣は全焼、うちは天井裏が焼け落ちた。
この火事により、住む場所がなくなった我々は、今後の身の振り方について、
早急に結論を出さねばならなくなった。
Kを含むバンドメンバーは、「東京に行く!」
そして、彼らは東京へ行った。
僕は、彼らと同行する道を選ばなかった。
大阪に残って、普通に就職する道を選んだ。
彼らは「マネージャーとしてアナタが必要です!」と毎夜毎夜、僕を説得した。
僕は自分の人生を選んだ。
父には、こう迫られた。
「火事は神様の思し召し。東京でイチからやるなんて馬鹿げている。万が一成功したとしても、お前の用は無くなり、捨てられる」
彼女には、こう迫られた。
「私は♪大阪で生まれた女やさかい、東京へは、ようついていかん~♪」
彼女の母親には、こう迫られた。
「お見合いさせます。さようなら」
バンドの連中には「俺らを見捨てて、オンナを選んだ」と罵倒された。
が、しかし、東京でのバンド活動は、約2年で終焉を迎えた。
Kは突如起こった児童劇団の危機を救う為、大阪に舞い戻った。
僕は、就職した会社の偉いサンに仲人を頼んで、26歳の誕生日に結婚した。
父は妻に、こう言って感謝した。
「あなたのおかげで息子は真人間になれた。それにこんなに可愛い孫を抱くことができた。あなたのおかげです」
何度も何度もそう言っていた父は、長男が1歳になるのを待たず、突然、あっけなく脳溢血でこの世を去った。
人間はいつ召されるかわからない。
明日死んでもいいように、今日を精一杯生きる!
経験を生かして工夫し、新しい経験に感謝する。
それが言いたいだけで、つらつらと書いてしまいました。
ログハウスは、今も京都の北山にひっそりと建っています。
児童劇団を継いだKは、いまや劇作家・演出家、時に役者として全国の学校をまわり
充実した毎日を過ごしています!
長文になってしまいましたが、個人的な記録にお付き合い頂き、恐縮でした。
原稿の元を書くキッカケをくれたuesumiさん、ありがとう。
発表のキッカケをインスピレーションで与えてくれた李梨さん、ありがとう。
ここまで読んでいただいた方々に、感謝いたします。
ありがとう。
では、通常の香港ぐだぐだ話ブログに戻ります!
さぁ!今日も精一杯、生きていこう!
決定的な事件とは・・・!
その日、Kだけ実家に泊まるといって外出し、事務所(つまり下宿)に居なかった。
僕はその夜、バンドのベーシストと、ベーシストの友人、合計男3人で飲み、
事務所の2階の12畳の寝室(万年床です)で寝ていた。
朝、9時。
ぱちぱちっ。ぱちっ!
「ん?雨?」
僕は、変な音で目が覚めた。
ベーシストは「あ、僕、洗濯物を表に干してるんで、取り込んできま~す」
彼は寝ぼけ眼で、庭先に出て行った。
庭に出たベーシストが叫んだ。
「う、うわわわわわ~~」
どうした?
再び睡眠に入りかけていた僕は、驚いて起きた。
「か、か、火事ですぅぅ!に、逃げてくださいぃ~~」
なぬ?!
「隣が、も、も、燃えてますぅぅ!」
隣も築年数の古い一戸建で、お好み焼屋の社員寮だった。
結局、隣は全焼、うちは天井裏が焼け落ちた。
この火事により、住む場所がなくなった我々は、今後の身の振り方について、
早急に結論を出さねばならなくなった。
Kを含むバンドメンバーは、「東京に行く!」
そして、彼らは東京へ行った。
僕は、彼らと同行する道を選ばなかった。
大阪に残って、普通に就職する道を選んだ。
彼らは「マネージャーとしてアナタが必要です!」と毎夜毎夜、僕を説得した。
僕は自分の人生を選んだ。
父には、こう迫られた。
「火事は神様の思し召し。東京でイチからやるなんて馬鹿げている。万が一成功したとしても、お前の用は無くなり、捨てられる」
彼女には、こう迫られた。
「私は♪大阪で生まれた女やさかい、東京へは、ようついていかん~♪」
彼女の母親には、こう迫られた。
「お見合いさせます。さようなら」
バンドの連中には「俺らを見捨てて、オンナを選んだ」と罵倒された。
が、しかし、東京でのバンド活動は、約2年で終焉を迎えた。
Kは突如起こった児童劇団の危機を救う為、大阪に舞い戻った。
僕は、就職した会社の偉いサンに仲人を頼んで、26歳の誕生日に結婚した。
父は妻に、こう言って感謝した。
「あなたのおかげで息子は真人間になれた。それにこんなに可愛い孫を抱くことができた。あなたのおかげです」
何度も何度もそう言っていた父は、長男が1歳になるのを待たず、突然、あっけなく脳溢血でこの世を去った。
人間はいつ召されるかわからない。
明日死んでもいいように、今日を精一杯生きる!
経験を生かして工夫し、新しい経験に感謝する。
それが言いたいだけで、つらつらと書いてしまいました。
ログハウスは、今も京都の北山にひっそりと建っています。
児童劇団を継いだKは、いまや劇作家・演出家、時に役者として全国の学校をまわり
充実した毎日を過ごしています!
長文になってしまいましたが、個人的な記録にお付き合い頂き、恐縮でした。
原稿の元を書くキッカケをくれたuesumiさん、ありがとう。
発表のキッカケをインスピレーションで与えてくれた李梨さん、ありがとう。
ここまで読んでいただいた方々に、感謝いたします。
ありがとう。
では、通常の香港ぐだぐだ話ブログに戻ります!
さぁ!今日も精一杯、生きていこう!
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