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芸術新潮2024年9月号「萩尾望都 スケッチブックから読み解く、創作のひみつ」を見る

2024-09-10 12:46:11 | 漫画

萩尾望都のデビュー前から現在に至る200冊のスケッチブックを、
蔵出しで紹介する80ページに及ぶ大特集である。
それでも一端でしかないが、お宝で満載だ。

古いものでは小学生の時の絵日記も紹介されるが、
本格的にスケッチブックを使用するのは専門学校入学後からだ。
「"出発点"としてのスケッチブック」として題された5ページのインタビューで、
萩尾は「腕を大きく動かせるのがすごく気持ちと良くて」と語る。
「それ以来、いつも持ち歩いて」いたというスケッチブックには、
当時の課題で提出した風景画やファッション・プレートといった珍品も並ぶ。

デビュー前のスケッチには後の「小夜の縫うゆかた」「ビアンカ」「6月の声」がある。
作品にはならなかった幻のスケッチは、いろいろと想像を掻き立てるが、
「アイディアは、だんだん鮮度が落ちて腐ってしまったりもするので、
昔思いついた話を、今描けるとは限りません」とのこと。

「ポーの一族」「トーマの心臓」「11人いる」の「三大名作」のほか、
主だったものだけ拾っただけでも10数作のスケッチが紹介されており、
そこには見覚えのある場面の原型もあれば、そのずっと前段階のイメージもある。
周囲に書かれている言葉たちも、構想的なものもほぼネームになっているものもある。
「実際に画にしてみると、思いもかけなかった人物やエピソードが次々に現れて、
どんどんと、ぐるぐると広がっていくことがあ」るのだそうだ。

貴重であると思う一方で、見てはいけない楽屋裏を覗いているようでもあり、
作品とはどこか違う形のあいまいなイメージだけを見ているようなもどかしさもある。
これをどう受け止めればよいのだろうと考えていたところに置かれていた
ヤマザキマリの寄稿「"線"に宿る愛 対話の空間としての素描」が助けてくれた。

「印刷された紙面からはなかなか伝わらない、肌の温度感や息吹が感じられる」
「漆黒のインクで描かれた線は断定的だが、鉛筆の描写にはその強さが無い」
「登場人物たちは、優しく、穏やかだ」
なるほど、作品との第一印象の違いはそれか。

あわせて、「素描というものは、描く人の人格や本質を露呈してしまう」ものであり、
「作者とキャラクターが交わしている内密な対話の場面を、
こっそり覗き見しているようなためらいも否めない」とした上で、
にもかかわらず、過去からの素描を大切に残していることに、
萩尾望都の「仕事としての漫画を大切にしている姿勢」を称賛する。
そして、そこには「キャラクターのひとりひとりを、
母親のように慮る萩尾先生の気持ちが込められている」と結ぶ。

そうなのか。
スケッチブックを鑑賞するとは、そこが「極めて内密的な対話の空間」と理解した上で、
居住まいを正してそこに込められた思いを味わうべきものであるらしい。

続くのは、SFマンガ「サムが死んでいた」から15ページ。
60ページ分は描かれたが未完で、冒頭に決意表明の一文が書かれている。
「デビューしてまもない頃、周りの期待や評価に翻弄され、心惑った時期」
と説明されており、タイトルページに「1970.2.13より」とある。
講談社でデビューしてすぐだ。

宇宙を題材にしているが、
「東部とよばれる文明地区」と「西部と呼ばれる開××境地区」とあるあたりに、
炭鉱町のホワイトカラーとブルーカラーの断絶を感じさせる。
続きは来年刊行の画集に収録予定とあって脱力したが、いずれにしても未完だ。

実は、一番貴重だと思ったのは、マネージャー&アシスタント座談会7ページだ。
長年というか半世紀以上を「萩尾と共に歩んできた」城章子、
1977年からアシスタント(兼メシスタント)を務めている中川佳子に、
萩尾の姪の「ナオコ」が加わっており、城からマネジャー業を引き継ぎつつあると聞き、
そんなことになっているのか驚くとともに、次世代の人がそばにいることに安心した。

画像が写真を撮るみたいに頭に入るという話はよく聞くが、
小さなベタの塗り忘れをすぐに発見するとか、
(仕上がり想定が完璧なので)トーンの指定にも狂いがないとかは、
ずっと傍にいる人ならではの証言だ。

手も早く、編集が取りに来るという段階で、なぜか半ページ描けてない原稿があって、
萩尾が「ザザザッと全部ひとりで描い」たとか(アシスタントを使えば丸一日かかる)、
「トーマの心臓」の時は、ネーム6日、下書きからペン入れまでが1日とか、
萩尾の超人ぶりが語られる。
出来上がりの姿がネーム段階で完璧な形で脳内に存在しているがゆえだろうか。

「萩尾望都の素顔」のパートでは、
「マンガがなかったら、生きていくの大変だった」ほどの対人関係下手ぶりが語られる。
未読のSF作品を説明してくれるのはよいのだが、
(面白いポイントだけを語ることができず)頭から順番に抑揚なく語り続けるとか、
しゃべろうとしてもうまくしゃべれないことで人に理解されないことが多かったとか、
編集と話をしていても自分の世界にどっぷり入ってしまうことがあるとか。

「一度だけ」の話が皆の知ることとなったので赤裸々な語り口になったようでもあるが、
むしろ、「一度だけ」を読んでいて、さすがにその言い分は通らないんじゃないですかと
イライラした部分の真相が明らかになったようでもある。

とにかく「ピュア」「チャーミングで苛烈」「本当のことしか言わない」
「意地悪で言うことはありません。ただ真っ正直に言っているだけ」だそうだ。
長い付き合いの3人なので、次の日にはケロッとしているあたりまでがお約束のようだ。
また一つ、萩尾望都の謎が解けた。


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