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ひとりカフェ☆

いらっしゃいませ♪
ちょっと一服していきませんか?

死後の世界 の巻 19

2011-01-23 15:20:26 | 『霊』のお話

いらっしゃいませ。

 

科学的に検証され、信憑性が高いとされる霊界通信では、

「神は森羅万象に宿る」という趣旨を一貫して説いています。

先日は、神様のスケールの大きさをこの世の人間的な視点で想像してみましたが、

それは人間の知識や常識を遥かに超えたスケールであって、

その全容を知ることは不可能だと解って頂けたことと思います。

で、今日は、全容を知ることは不可能だけれども、

少しは神様をイメージし易い方法をお伝えしたいと思います。

 

ここまでの説明で、「全ての霊は神様から分かれた存在」で、

それは「神様と同じ資質のもの」で、

この物質界や霊界は、神様の創った法則が充満している。

と書きました。

更に、それと同時に神様は、

 ありとあらゆる物質と物質ではないもの全てに宿っていると言われています。

物質ではないものとは、光・電波・磁気・目に見える現象・目に見えない現象など、

様々なものがあります。(「想い」なども含まれます。)

つまり、森羅万象に宿っているとなります。

 

これを踏まえて自分の「意識」を中心に考察してみると、

神様は自分の内側にも自分の外側にも存在するということになります。

そして、自分自身も。。(笑)

これは、自分は神様とは違う個性でありながらも、

神様の一部という二面性を持っていることになりますから、

この辺りがこの世の人間にはなかなか理解し難い部分だと思います。

では、神様と自分の位置関係をイメージし易くするために、

ちょっと乱暴ですが神様を一個の物質的肉体として例えてみます。

 

自分は一個の細胞で、細胞核が神様から分かれた部分だと想像してください。

霊界に控えている自分の霊の本体は一つの臓器(例えば神様の肝臓)だとします。

そして自分が「自分」と意識しているものは、

肝臓を構成する一つの細胞と考えてください。

肝臓や細胞は神様の一部分ですが、それは一つの意識体としての微かな個性を持っています。

つまり人間は神様の内部で、神様の一部分として、

個々の個性を持って活動しているイメージです。

ただ、一個の細胞には、全体を把握することはできません。

肝臓としての意識を思い出せば視野が少し広がり、

個性が少し明確になるといった具合です。

 

因みに、天使霊は脳や自律神経、自然霊はリンパ線や血管といった役割で、

それぞれが機能しながら肉体全体を維持しているようなイメージでいいと思います。

また法則は、その体を維持するための手段・方法と考えて良いかも知れません。

その方法の枠の中で、方法に従って、それぞれのパーツが自立的に活動していて、

それぞれの役割を効率よく果たせるようになるために、日夜進化する努力をしています。

その方法や衝動は細胞核に内臓されていて、

それ以外の方法は全体の調和を乱すので許されないという感じでしょう。

 逆に言えば、方法に従うことで調和がとれますから、

快適な活動が約束されることになります。

 

と、こんな感じでしょう。

実際はもっと複雑で、もっと色んな要素があるのですが、

「自分の内側にも外側にもある」という二面性をイメージするには、

この例が役立つと思います。

 

さて、意識を自分の体に戻してみましょう。

こうして考えてみれば、自分の霊もこれと同じように内側にも外側にもあります。

物質界では霊の一部分が物質的肉体に宿り、霊の本体は別の次元にあります。

なので外側の方が大きいと言えるのですが、

本体の別の一部分が今同時に別の次元へ出向いている場合もあります。

また、極々稀にツインソウルと言って、

同じ霊本体(類魂)から同時期にこの世に生まれて来る場合もあります。

これは特殊なケースではありますが、

こんな感じで大きな意識体から複数の小さな部分が同時期に別の場所へ顕現することは、

どうも霊界では普通に行なわれているようです。

 

霊は成長するに従って、同一時に出向くことのできる場所が増えるようで、

その頂点に立つ神様は、全ての場所や現象に存在できて当然なのでしょう。

(というか、存在できない場所や現象は創ってないと言ってもいいのかも知れません。)

 

こんな風に、神様や霊の仕組みは、

判っているだけでもこの世の人間の理解を遥かに超えています。

なので、この辺りの話は漠然とイメージできればいいのだと思います。

一番大切なのは、自分を世の中に役立てる努力をすることですから。

 

ひとりカフェ 店長。。☆

 

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死後の世界 の巻 17

2011-01-17 16:51:24 | 『霊』のお話

いらっしゃいませ。

 

法則とは何でしょう?

何か「原因」が起これば、規則的に「結果」が現れる仕組みのことです。

物質に作用している引力の法則などは、目に見えますし数値化することも可能ですから、

説明されれば「あぁ~なるほど!」と理解し易いと思います。

エネルギー量なども測定できるので同じですね。

ところが、これ以外の測定不能(数値化できない)様々な作用は、

経験則という曖昧な方法でしかデータ化できません。

 

普段の生活では殆んど気にしていませんが、

この世の中はこうした 「法則」 が充満していて、

法則が作用していないもの、適用されないものは一切ありません。

何か超常現象を見たとか不思議な体験したということがあっても、

それは全て何かしらの法則に則って起こったものです。

「そんなことは有り得ない!」 という様な現象は、

その現象の法則を「知らない」「測定できない」「解明できない」だけの話であって、

人間が無知なだけの話です(笑)

もちろん、見間違いや勘違いもあるでしょう。

でも、それだけでは説明の付かない現実を、

「そんなことは有り得ない!」と決め付けることは、

その無知をさらけ出すことと言ってもいいでしょう。

 

さて、物質ではない 「想い」や「行動」 には、どんな法則が作用しているのでしょう?

これも物質と同じように確実に存在しているワケですから、

何かしらの法則が作用していることになります。

霊界通信によれば、その法則(の一部)は判定装置として霊の中に備わっていて、

休むことなく機能しているそうです。

 

その仕組みですが、銀行に例えて大雑把に説明すると、

想いや行動は、すべて「オーラ」(通帳)に記録されて、

その記録は永遠に消えることがないそうです。

そして、神様と同じ資質・成分でできた霊の中心には、

その善悪を判定する装置(審査)が備わっていて、

善を行なうと霊性が向上して自由度が増し(貯金)、

悪を行なうと霊性が低下して自由度が減る(引き出し、負債)システムです。

これに、自分が生まれて来る前に願った、

改善したい」、「経験したい」、「償いたい」 ことや、霊の成長段階などが考慮されて、

 日々の生活の中で足し算・引き算が行なわれます(入出金)。

そしてこの結果が、あなたの未来のを決めることになります(残高)。

 (因みに、前世のカルマは繰越残高です。)

 

残念なことに?

この判定装置の善悪基準は、神様が意図する愛に準じていますから、

この地上の人間(幼い霊)の考える常識とはかなりズレがあります。

あなたや社会が考えている「正しい行い、正しい想い、正しい願い」が、

必ずしも神様とは一致しないという意味です。

でも、神様の善悪の基準は単純です。

善は「利他愛」、悪は「利己愛」です。

(これなら、色々と経験を重ねていくことで、経験則としてデータを残せますね♪)

 

この判定装置の凄いところは、絶対に間違わない完璧さです。

この人生(修行)に必要な体験を、数学的正確さで未来を展開させます。

誰に対しても平等に作用していながらも、

 あなたの関わる人たちは、お互いの修行の必要性で出逢い、

全て連携していることになります。

そしてこれは、その他の様々な法則と複合的に連携しながら、

地区、国家、人類、地球全体といった大規模な連携を築いています。

つまり、人類は一人一人が地球規模での連帯責任も担っている事になります。

 

ちょっと話が大きくなっちゃいましたが(笑)

こういった法則を意識して、自分の過去を振り返ってみてください。

そして、この先に起こる全てを照らし合わせていってください。

そうすると、身をもってこの仕組みを実感できるようになっていきます。

つまり、こういった物理的に数値化できないものは、

経験則を増やすことでしか仕組みを理解することができないからです。

 

とは言うものの、自己責任でお願いしますね(笑)

ただ、僕自身はお陰様で結構この経験則が豊富になりました。

その経験から言えば、この仕組みの完璧さを思い知っています。

それは、未熟さから霊的に間違いと知っていながらも、

やめられないことが色々とあって、その後には必ず解り易い形で痛い目を見ます。

あいたたっ。。 だって人間だもの。。。(笑)

 

知らないで犯す罪は「過失」ですから罪は軽いのでしょうが、

知ってて犯す罪は償いの大きさが違います。

で、僕の場合は何故か即効で償わされます(涙)

そんなスパルタ教育中なのですが、

それは「言って解らないなら。。。」ってことなんでしょう。

でも、「人のためにこれをやりたい」って考えると、

それに必要なものは、かなりの確率で用意されます♪

(用意されるものは、霊性の高さに応じたものですが。) 

 

いっぱい愛されてますね、神様に(笑)

 

ひとりカフェ 店長。。☆

 

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死後の世界 の巻 16

2011-01-16 13:09:34 | 『霊』のお話

いらっしゃいませ。

 

この物質界の地球に生まれて来る霊は、「まだまだヨチヨチ歩きの幼い霊」

と表現しました。

では、どのくらい幼いのでしょう?

 

信頼されている霊界通信によれば、「全ての霊は、神から分かれた存在。」

と言っています。

つまり、あなたも僕も、元々は神様の一部だったものを内在していることになり、

神様は、僕らの親としての一面を持っています。

そこでちょっと、僕らの親である神様のスケールを想像してみましょう。

 

この宇宙は、137億年前にビッグバンという大爆発から発生したと言われています。

神様は、その爆発が起きることで、やがては太陽系や地球が出来て、

そこで、物質界に生命が誕生出来る環境が整い、

霊の修行の場所が出来上がることを知っていて、

それを意図した 「法則」 を作れる存在。

ということになります。

これは、この次元の物質界だけの話でして、

神様は、無限に連なる階層世界の全てを管理する能力を持っています。

これですら、霊界通信から得た情報から考えられる僅かな一面ですから、

人間の知らない所で、きっと想像も出来ない様な事業を展開しているのでしょう。

 

これに比べたら、人間の霊なんてまだまだ本当に小さな存在ですね。

それでも、霊の本能には神様と同じ 「永遠の向上心」 が備わっていますから、

いつかは神様をお手本に、自分を成長させていく努力を続ける様になります。

 

シルバーバーチ霊が、人類にとってはちょっとショックなことを言っています。

この地球は全宇宙の天体の中でも、「下から数えて二番目の霊性」だそうです。

あらら。。汗 って思うほど、僕らは幼い霊なワケです(笑)

 

因みに、階層(波動・バイブレーション)が違う世界では、

太陽系の地球以外の惑星にも霊的存在が生活しているらしいです。

そこは、(一つを除いて)この地球よりは快適でトラブルの少ない世界の様です。

もしかしたら、地球もいつかは進化してそんな惑星になるのかも知れませんね。

で、他の惑星の霊的存在は、地球人よりも霊性が高いことになりますから、

地球が侵略されるようなことは先ずないと考えられますので安心してください(笑)

冷酷残忍な宇宙人が地球を植民地化したり、破壊したりなんて話は、

霊性の低い地球人類が考えた空想の世界ということです。

もし今、本当に地球に宇宙人が来ているとするなら、

それは、慈愛の精神で地球人類の成長を見守っているはずです。

 

でもまぁ、あまり気にしないことです。

僕らは僕らの与えられたこの世の修行に取り組めばいいのですから。

 

とにかく人類は傲慢です。

地球に一緒に住んで生活をしている動植物に対して、(そして宇宙人に対しても、)

上から目線で向き合い思考します(笑)

確かにこの地球上では、人類は「万物の霊長」です。

でも、上役が傲慢だと部下は苦労するのが世の常ですね(笑)

 

人間は、動植物の命を好き勝手に扱い、人間の都合だけでコントロールしています。

本来、「霊長」である人間は、

他の動植物(の霊)たちの進化成長を助ける役割を果たすべき「義務」があります。

この「義務」も教材の一つなのですが、

霊的に成長したものが、自分よりも幼いものの成長を促すことは、

人間霊としての進化を遂げた僕ら人類の義務です。

 

なぜなら、人間にはこうして神様や霊界の存在を認知することが可能で、

霊的知識を持つことが出来る段階まで成長しています。

それを認知出来ない動植物の霊に対して、

「神様の代理」としての管理義務が発生しているからです。

 

「神様の代理」とは、

この世に限らず、霊界の霊たちの仕事は、

全て「神様の代理」と言えるのかも知れません。

神様の創造事業に参加・貢献することは、成長した霊にとって宿命の様なものです。

神様の意図する愛を理解して、それを表現すること、お手伝いすること。

その愛を知らないものや解らないものには、

神様に代わって届けることが重要なお仕事の一つです。

 

つまり、幼いこの世の人間は、動植物に対しての進化成長を促す管理をすることで、

神様の創造事業に加わる「練習」「研修」をする必要があるということです。

 

もちろん、僕ら幼い霊には、

数あるこの世の教材を何から何までいっぺんには扱えません。

なので、生まれ変わりのシステムがあるワケです。

今回の人生で学ぶものは、

今、あなたの目の前にある、そしてその周囲にあるものを霊的に正しく修正する努力です。

 

僕らは、全宇宙の中でも下から二番目なんですから、

失敗して当然、間違って当然なんですよ(笑)

そこのあなた!

一体、何をクヨクヨ ウジウジしているんですか?

一体、何に対して腹を立てているんですか?

 

ひとりカフェ 店長。。☆

 

 

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死後の世界 の巻 15

2011-01-15 12:16:12 | 『霊』のお話

いらっしゃいませ。

 

病気とはなんでしょう?

物質的肉体を脱ぎ捨て、幽体・霊体での生活では病気は無いことが判っていますが、

つまり病気は、「物質的肉体特有の現象」ということになります。

 

では、病気の正体について考えてみましょう。

・この世は幼い霊の修行の場である。

・この世は因果律などの法則によって数学的・機械的正確さで営まれている。

・病気は苦しみを伴い、本人や周囲の人の自由を制限する。

 

結論から言えば、病気の正体は(お金と同じように)重要な「教材」の一つです。

その教材は、主に「シグナル」「過去の負債の清算(償い)」という二つの性格を持っています。

因果律は法則です。

この世の様々な法則に反した行いや考えをしてしまうと、

それを自分の負債として蓄積し、時期が来ればそのツケを支払う仕組みです。

そのツケが物質的肉体の不調という苦痛として出現した現象が「病気」です。

つまり病気は、間違った行いや考え(想い)に対する「結果」であって、

自分の蒔いた種を刈り取っている状態(償い)と言えます。

 

そういった仕組みを考えれば、

病気を「シグナル」として受け止めるはとても大切です。

もし、この時に過去を振り返って何がいけなかったのかを学べなければ、

たとえ進歩した医療のお陰で治ったとしても、それは一時的と言えます。

負債を蓄積する生活は改善されないワケですから、

やがては、病気やその他の苦痛として再現されることになります。

増して、医療によって根本的な問題解決や償いを先送りしていまうワケですから、

再現される苦痛は更に大きくなる場合もあるでしょう。

病気を「シグナル」として、間違った過去を修正する切っ掛けと考えれば、

それはとても有り難い現象ということなんですね(笑)

 

さて、病気には重いもの、軽いもの、治るもの、治らないもの、

生まれつきのもの、など様々です。

それぞれそれなりに本人の成長に必要だから現れる現象なのですが、

時に本人の周りの人の自由を制限する程の大きな病気もあります。

こうした病気が出現するもう一つの意味は、

周りの人の修行に関わる意味合いも強く、

時に国家や世界に宛てた「メッセージ」的な意味を持つ場合もあります。

 

「病人を抱える・介護する」とは、介護する人自身の修行でもあります。

その経験は償いでもあり、人の痛みや苦しみを目の当たりにし、

自分の様々な葛藤から生まれる苦しみや喜びを体験しながら、

本物の「慈愛」を学び育てるとても高度な修行といっていいと思います。

今正に介護に直面している人は、

多くの場合、お金の心配や自由を制限される生活でのストレス、

自分の健康の心配や人の命の問題まで、

まるで人生の縮図の様なあらゆる困難を突き付けられていることになります。

 

そういった苦しみを知っている人たちの開発された 理性と良心 が、

苦しんでいる人の負担を軽減しようと始めた活動によって、

介護はようやく社会的な動きになって来ました。

介護のプロやボランティア、小さな地域での助け合いの取り組みなど、

その助け合いの仕組みはまだまだ迷走中であるものの、

きっと人間はいつかこの問題を克服できるのでしょう。

何よりも、悪戦苦闘の中で迷走しながらも「努力」「尽力」していることが、

この世での修行である「霊性の開発」につながる尊い行為ですし、

生きることの最大の目的を実践していることになります。

 

こういった体験をすることが出来るのが 「病気」 の最大の存在意義と言えるでしょう。

 

病気を克服する近道は、何が間違っているのかを探し当てて、

それを修正することです。

もしあなたに、病気から発生する様々な苦しみから救ってあげたい人がいるのなら、

一緒に間違い探しをしてあげてください。

それは、あなたと共通の間違いかも知れませんし、

あなたには解決済みの間違いで、良いアドバイスが出来るのかも知れません。

 

病気はあなたへのメッセージであり、

それは「慈愛」を学び合うための教材ということです。

 

ひとりカフェ 店長。。☆

 

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死後の世界 の巻 14

2011-01-12 15:46:35 | 『霊』のお話

いらっしゃいませ。

 

この世的な煩悩を滅することは、方向性としては正しいと思います。

ただ、物質的肉体に宿って生活しているからには、

それなりに必要なものもありますから、完全に滅することは不可能です。

 

苦行・荒行などで煩悩を滅する修行は、精神力を鍛える上では効果が期待出来ます。が、

出家したりこういった修行ばかりに没頭することはマイナス面も多くなります。

この世に生まれて来る理由は、霊性を磨いて進化成長することにありますが、

それは世俗的なものにまみれながら、そして多くの人と対峙しながら、

ということが大前提です。

なのでワザワザこの物質界の地球に生まれて来るワケです。

 

修行や瞑想に明け暮れる生活は、

修行と称して、この世で学ぶ必要な経験をスルーしながら、

自分だけを鍛えることを目的とした利己的な行為と言ってもいいでしょう。

 

修行なら、この混沌とした社会にまみれる中で十分に出来ますし、

それこそが、この世で一番必要な修行でしょう。

 

つまり、バランスです。

世俗にまみれ、潰れそうな心に、静寂をもたらすための瞑想をしたり。

時に食べ物の在り方や有り難さを考えるために短い断食をしてみたり。

動物の命や飢餓で苦しむ人たちのために、

出来るだけ野菜中心の食事を心掛けたり、毛皮製品を使わないようにするとか。

蓄えのある人は、今困っている人に少し分けてあげたり。

などなど。。

 

たとえどんな小さなことでもいいんです。

今の自分が出来ることを、出来る範囲で行なえばいいんです。

なにもやらないよりは全然いいですから(笑)

何が善いことで、何が善くないことなのか、

その正しい基準を知って、それに少しずつ近づいていけばいいんです。

 

この世を生きていく上で、お金はとても大切です。

お金持ちを妬んだり、憧れたりする気持ちは大なり小なりあるでしょう。

では霊的に見て、「お金」とはなんでしょう?

結論から言うと、お金は重要な 「教材」 の一つです。

つまり、この世の人間にはその「稼ぎ方」と「使い方」が試されていて、

個々のお金に対する姿勢や動機が、利己的か利他的か、

また利他的になる為の重要な教材ということです。

 

ズルをしてお金を得たり、自分の贅沢や欲望のために使うと、

それは魂の負債(カルマ)として蓄積し、いつかその分の返済をする日が来ます。

その仕組みのお陰でこの世では、

それを身をもって体験して理解することが出来るようになっています。

 

なので、ズルをしたり贅沢をしたい人には、

「どうぞ、ご自由に」と申し上げます(笑)

ズルや贅沢の真っ最中の方に、どう説明しても理解出来ないことだと思いますし。

ただ、その負債の支払い真っ最中で、迷走している方のために、

こうして仕組みの説明書を置いておこうと思っています。

 

また、どうしても物欲が止まらないのでしたら、

例えばこんな買い物の仕方はどうでしょう?

自分を何かの役に立たせるための 「投資」的なお金の使い方です。

それを買うことで、自分のスキル・レベルが上がり、

そのお陰で自分がより役に立てる存在になれる(可能性のある)もの。

そんなものが幸い?この日本には沢山あります。

発展途上国の犠牲の上で成り立っている日本ですから、幸いではないのですが、

でも今度は、その国民のために自分を役立たせるっていうのも、

いい考えかも知れません。

 

霊的本能であるところの 理性と良心

これを生かして獣性本能をコントロールする。

この世を生きる上で、

このバランスがとても大切なんですね。

 

ひとりカフェ 店長。。☆