ひびきの高校サッカー部の本棚

ときめきメモリアル2と一緒に生まれた世界の
とある部活の記憶と思い出

日常 一章『A組の風景』《ひびきの高校サッカー部》

2022-03-10 18:19:42 | 日記

飯塚翼は机の上に覆い被さって体を小刻みに震わせていた。
それと言うのも机の端にコンパスの針で刻まれた落書きを見付けたからである。
ずいぶんとしっかり刻まれてあるその落書きはこう書かれていた。


七瀬浩平参上!!


(…何をやってるんですか…)
 日頃は熱血で厳しい部長の意外な一面を見つけて翼は必死に笑いを堪えていた。
そんな様子が不運にも、今まで席の順に当てられていた問題をこの生徒に当てさせる事になってしまうのだが。
「えーと…そうなるからして、じゃあ、ここの答えを…飯塚。お前が答えなさい。」
「えっ…おれっすか?ちょっと、待ってください…」
 教科書も開かずにひたすら授業の終わりを待っていた翼は笑いを堪えながら隣の席の綾小路悟に小声で聞いた。
「おい…ズィ…何処のページだ?」
「俺に聞くなよ、俺に。」
 見れば、新入部員の受付用紙が机の上に散らばっていて悟が授業どころじゃなかったのは一目瞭然だった。
(…お前に聞いた俺が間違ってたよ…)
 翼は必死になって問題を探していたが、だいたい今どこを授業してるのかわからない者が見つけられるはずもなかった。
見かねた御咲遥迦が後ろから助け舟をだす。
「…p23の問1よ…」
 なかば呆れ顔でそう言った遥迦に「サンキュー」と言ったはいいが肝心の答えがわからない。
目に見えて焦っている翼をみて先生も苦笑いをしている…
…キーンコーンカーンコーン… 
「ラッキー♪…あっ…」
 心の中で叫んだはずの言葉が思わず口に出てしまった。
(…しまったぁ…また怒られるよ・…)
 そんな翼をみて先生も怒る気が無くなったらしい。ほとんど笑いを堪える様にして授業の終了を告げた。
「おお、もう終了の時間かまったく運が良いやつめ…それじゃあ、今日はここまで。ちゃんと予習復習をしておくんだぞー?」
「きりーつ、礼。…ありがとうございました~」

 

 授業が終わるとそれまで静かだった教室はまるでお祭りのように賑やかになった。
 駅の方に遊びに行こうかと友達を誘う者、クラブに出ようと足早に教室を出て行く者、いまだに机に向かっていて、もう来週の予習を始めるものいた。ひびきの高校に通う限りいつも見る事のできるありふれた光景がここにある。
 教室の後ろの方に座っていた一人の女の子が御咲遥迦の方に近づいていった。葉月翠だ。
「はるか~、今日クラブいくよねぇ、どうする?お弁当向こうで食べる?」
「うん、いくよ♪天気が良いから河川敷で食べようよ。クラブの用意も早いほうがいいしね♪今日もみんなに頑張ってもらわないとねぇ?」
「うんうん♪なんていったって練習試合が近いもん。張り切っていこうね!」
 そんなやり取りを見ていた翼も話に加わってきた。近くの椅子を引っ張り出してそれに座る。
「いいよなぁ。マネージャーは…俺なんかレギュラーになれるか心配で、授業も集中できなかったよ…」
「翼はいつも授業きいてないでしょ?」
「うぐっ…まぁ、そうとも言うかもね…」
 女子マネ二人にそろって言われて苦笑いをする。
「それに、マネージャーはマネージャーで色々大変なんです、色々ね。」
 翠が口をとがらせて抗議する。
「ごめんごめん、そういうつもりで言ったんじゃないんだよ…でもさぁ。レギュラー心配なのは本当だよ…とし、お前もそうだろ?」
「ん?何が?」
 急に話を振られた相沢利顕は、いつも床に落っこちていて何か妙に軽そうな、教科書とか何処に入ってるんだろ?って言う鞄を拾い上げながらいった。
「近くに居たんだからちっとは聞き耳たてとけよ~…」
 何も心配していないような利顕が可笑しくなって翼からふと笑い声が飛ぶ、それにつられて遥迦と翠も口をおさえて笑っていた。しかし漠然と抱いてる不安が翼にそう言わせたのか次に口からでた言葉は、
「レギュラーのことだよレギュラー…」
 だった。
「ああ、レギュラーのことか、そうだなぁ…まぁ、俺の場合、前回は登録メンバー止まりだったからさ、次は上を目指すだけさ。じゃあ、おれはもう行くぞ?最近部活出てなかったから、遅れた分を取り戻さないといけないからな。翼、ズィ。お前らも一緒に行くだろ?」
「いや、俺はまだやる事あるからさ、先に行っててくれよ。」
「俺も俺も。なんせ、新入部員の数がおおくてさぁまだ終わんねーんだよ。さっさと終わらせて広澄に渡さなくちゃいけないからさ。」
 顔も上げずに悟が翼の言葉に続く。
「そうか?じゃあ後でな。お前らも早くこいよ~?」
 そう言ったかと思うと、もう利顕は鞄を持っている手を肩にまわすと、ドアの方に急ぎ足で向かっていた。
「おう、じゃーな。」
「またあとでねぇ♪」
 そう言った遥迦達の声が利顕の背中に届いたか、利顕は教室のドアを開けるとむこうを向いたまま鞄を持った方の手を上げた。それを見送っていた翼も手を上げる。
「ま、それもそうだな、やれるだけ練習して後は運に任せるか。」
 翼は誰にと言う訳ではなくそうつぶやいた、少し元気が戻ってきた様子を見て遥迦と翠もほっと胸をなでおろす。


 さっきは冗談ぽく言っていたがやはり心配なんだろう。それもそのはず、去年11人ぎりぎりではじまったサッカー部も今年に入って数えてみると100人を超す大所帯に変貌をとげていたのだ。ポジション争いも激化して、今ベンチ入りだからといって安心していられるような状態では無くなっていた。
「それじゃあ、やっぱり毎日クラブがんばんないと♪遥迦とあたしと一緒にクラブいこうよ♪」
「そうだね、あたし達も今から行くところだからさぁ。」
 翠の言葉に遥迦が続けた。少しわざとらしく体を震わせると笑いながら翼がそれに返す。
「いやぁ…それだと先輩達に怒られちゃうからよしておくよ…」
「まったく…そんな事じゃ先輩、怒らないって…ねぇ?」
 遥迦に同意を求めた翠であったが、遥迦も、
「怒りはしないと思うけど…すねちゃうかもよ?」
 なんて言って答えをはぐらかす。
「そうかもな・…あっ、この事は先輩達には話すなよ?俺がほんとに怒られちゃうからさ」
「まぁ…冗談はさておき、ちょっと用事があるから直接河川敷の方に行く事にするよ、遥迦と、翠もまた後でな~」
 そう言って立ちあがると必死に机に向かっている悟の背中をポンと叩く。
「ズィもごくろうさん♪」
「ごくろうって思うんだったら手伝えよ~…」
「手伝いたいのはやまやまなんだが、残念だズィ……俺には俺の仕事があるのさ♪」
 そう言ったかと思うと翼は重たそうなスポーツバッグを軽がると持ち上げ急いで教室を出ていった。
「じゃあ、あたし達も部室に行って用意をしよっか?」
 遥迦は荷物をまとめた鞄を肩のあたりまで上げて、まだ机の上も片付いてない翠をうながした。
「あ~ちょっと待ってぇ…まだ用意してないの~…」
「はいはい♪」
 ドタバタしている翠を見て遥迦は少し微笑むと、教室の窓から外の景色を眺めた。空気は透き通っていて、遠くの方までくっきりとした輪郭を保ちながら街並みが広がっていた、五月らしく雲一つない、青い絵の具で塗りつぶしたようなそんな空だった。
「今日も、暑くなりそう…」
 そう言って振りかえった御咲遥迦の長い髪を、開け放たれた窓から入ってきた五月の終わりの、少し草の匂いの混ざった風が揺らしていった。
「まったく、何しても絵になる人はいいよねぇ♪」
 ようやく机を片付け終わった翠が何やら重たそうな鞄を持ちよろけながら言った。
「お世辞ばっかり言って…わかったわよ、それ持つの手伝えばいいんでしょ?」
「お世辞じゃないんだけど…まぁ、手伝ってもらえて良かった♪ちょっとこれ重すぎるんだよねぇ♪」
「はいはい、おだてられてあげるわ♪」
 そう言うと遥迦は翠が持っていた鞄を半分持つと言葉を続けた。
「さぁ、翠ちゃん早くいきましょ♪お弁当食べる時間なくなっちゃうよ?」
「うん、そうだね♪あ、ちょっとまって。」
「あ~、ズィー?どう?後どのくらいかかりそう?」
 パンを口にほお張りながら必死に入部届を整理している悟に翠が声をかける。
「あと、一時間くらいかな…」
「そっかー、今日は土曜日だしそれくらい遅れても練習時間はたっぷり有るんだからサボっちゃ駄目だよ?先輩にズィは遅れるって、言っておくから安心してねぇ?」
「おう、助かるよ、よろしくな。」
 悟は一瞬顔を上げたがまたすぐに机に向かっていた。
「じゃあ、がんばってねぇ、あたし達はいくからさぁ、それじゃあクラブでね♪」
 そう言って二人のマネージャーは教室を出ていった。悟はそれを見送って少し首を回すと窓の外を見た。陽の光が強くて教室が暗く感じる。
(…確かに今日は暑くなりそうだな…)
「さぁ、さっさと終わらせるか~、河川敷が俺を呼んでるぜ!」



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