ひびきの高校サッカー部の本棚

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とある部活の記憶と思い出

夏合宿 五章『夏の陣』《ひびきの高校サッカー部》

2022-03-12 16:44:24 | 日記

-風雲告急(風雲、急を告げる)-


まっくらな空から降り続く雨を背に玄関の明かりに照らされて、翠の姿は頼りなく浮かび上がっている。…時折空を稲光が激しく引き裂いて耳をふさぎたくなるような轟音がとどろいた。


「……………。」
「………………。」


 部員達もなんて声をかけて良いかわからず取りあえず、両者は黙ったままその場に凍り付いていた。
うつむいたまま黙り込む翠のスカートから水滴がポタリと落ちる。続けざまにポタリ、ポタリ、と翠の足下は見る間に水たまりになっていく。


「どうしたの翠ー!?そんな格好じゃ風邪ひいちゃうよ!お風呂は沸いてるから早く入った方がいいよ!」
 角を曲がってその光景を目撃した由希は、はじかれたように持ってきた追加のタオルを部員に預けると、翠の肩から滴の垂れた重いバッグをおろして背中を押した。


「…………くしゅん!」
「ほら!はやく!お風呂、そこ曲がって右の所だから!あ、一緒に行った方が早いね!ほら、行きましょ!」
 由希に促されてやっと翠も動き出した。部員達が心配そうに目で後を追うと廊下のカーペットには足跡が悲しげににじんでいた。
 2.3分もすると由希が戻ってくる。事情を聞いてみると話しはこうだ――


なんでも、親戚の家に行っていた翠は昼過ぎには駅についていた…のだがどうやら一駅乗り過ごしていたらしい。
そのまま天気が良いので『一駅くらいどうにかなるよね』と歩いて来たらしいのだけど…親切なおじさんの教えてくれた道が間違っていたらしく今の今までかかってようやく合宿所に着いた――
と言うことらしいのだ。まったく…田舎の一駅がどれほど離れているのか想像がつかなかったのだろうか?
「……アホだな。まぁ最初から合宿に参加していないバチがあたったんだろうなー」
 お風呂からいち早く上がってきた浩平が話しを聞いていたのか、一言そう言うと笑いながら由希達に近づく。
「あ…そんなこと言って…みどり傷つきますよ?」
「聞かれなければ良いんだって(笑)」
「じゃあ…私からしっかりと伝えておきますからねー」
 由希が軽い脅しを含んだ笑顔を見せると浩平は髪を拭いていた手を休めて少し考え込み、
「……内緒にしといてくれ…。」
 と小声で告げる。
「はいはい。でも…一体みどりの何処がそんなに怖いんだか(笑)」
「いや…なんだか知らないがオレ以外には優しいらしいからな…由希は知らないんだよ翠の恐ろしさを……………うん。この前だって………。」
「この前?何があったんです?(^^;」
「聞きたいか?そうか…じゃあちょっと話してやるよ。」


「あれは先月の日曜の出来事だったか……。オレは瑞穂の買い物に無理矢理付き合わされていたんだ。一通り買い物を済ませての帰り道だったかな?急に瑞穂が中学の時の友達にあってな。まぁなんだか知らないがちょっとファミレスで話しでもしていこうと言うことになって…オレは先に帰るって言ったんだが…まぁ、瑞穂のやつにまたも付き合わされてな…」
「うんうん。」
「で…ちょっと瑞穂が席を外した時だった。オレがふと外をみると……ほら、あれだよ。…翠がいたんだよな…。最初は笑顔で近寄って来たんだけど…翠の視線がオレの前に座っている瑞穂の友達に向けられたとき……う~ん…あのときの翠の素早さって言ったら…マネージャーじゃなくてレギュラーとして使いたくなるくらいの早さだった…。それでオレが状況を説明をする暇もなく…。」
「暇もなく?」
「ほら。コレがその時出来たアザだ……(TーT)」
浩平はTシャツをめくって右腕を見せた。


「うわ…。痛そう。(^^;」
「な?このくらい恐ろしいのだ…アイツは…」
「う~ん…しょうがないですね…。それじゃあ黙ってないと。部長も試合を控えた大切な身ですからね...」
「だろ?さすが由希は話しがわかる!」


『なになに?二人でなんの話し?』
突然割り込んできた声に振り返るとタオルで頭をゴシゴシこすりながら翠が立っていた。
「のわっ!?翠!?…い、いやなんでもないよ。なぁ由希?」
「そ、そうだよ。なんでもないよ?……そんなことよりほら、ちゃんと髪乾かさないとボサボサになっちゃうよ?」
「ん?いいの。髪短いから楽だし、いつもこんなんだから(笑)で…なんなの?由希がそんな顔してる時はたいがい何か隠してるときだからなぁ?」
「な、なんでもないよぉ…ねぇ?部長?」
「怪しい…。」
「いやほんとに…」
「なんでもないですよねぇ…?(^^;」


《由希~!ご飯準備出来たからみんな呼んでね~!!》


 遥迦の声が聞こえた。由希と浩平に取ってはまさに福音と言ったところか…
「わかった~!!今連れてくから~!!ほら、早く行きましょう?せっかくのご飯さめちゃうからさ♪」
「そうだぞ。色々気にするのは良くないってことだ…じゃあメシいくか!」
「あ、ああ~!二人ともずるい!このまま逃げる気~?」
 翠は由希の裾をつかむと頬をふくらませる。
「そ、そんなんじゃないよ(^^; あ、部長!お風呂に残ってる男子にも声かけてきてください♪」
「お、了解!メシだメシ!うれしいなーっと♪」
 由希はそそくさと逃げだし浩平は足取りも軽く女子禁制の男風呂に逃げ込んでしまったのだった…(^^;

 


-鬨(とき)-


夜空には星が出ていた。さっきまで降っていた雨はいったいどこにいったのだろうと思うくらいに雲一つ無い。月明かりに照らされた木々は雨露に濡れてしずかに揺れている。庇から垂れた水滴が真珠のように転がり草むらに音も無く吸い込まれていった。お腹が一杯で廊下をガヤガヤと部屋へ向かう部員達には情緒も何もあったものではないが…(笑)
ドアを開けて布団に飛び込むと昨日のトランプが片づけられもしないで散らばっていた。
「あ~あ…誰だよこんなに散らかしたままにしてたのは…」
「おいおい…お前だろ?お前!」
「そうだっけ?(笑)まぁ大富豪やろうぜ!大富豪!」
「いいけどさ…なんでお前そんなに元気なんだよ?(笑)」
「そんなこと知るか~!昨日負けたままだったからなかなか眠れなかったんだよ。今日は絶対に勝つからな!!ひろす!そんなところで黙ってないでお前もやろうぜ!」
 雪都はトランプを切りながら声をかける。だが、ひろすは目を閉じたままぴくりとも動かない。
「ん?ひろす、どうしたんだ?」
舜にトランプを預けて近寄るとひろすはゆっくりと目を開けた。一瞥して意味深に微笑むと、窓から空を眺める。
「どうしたんだ?何か見えるのか?」
 雪都もつられて空を見る。外は静謐な月の明かりと遠慮がちに輝く星々、その他にはうっすらと深緑に木々が浮かんでいるだけ……。
「………。」
「…………。」
「……今日決行だ。」
「何をだ?しかもそんな険しい顔をして。」
「……浪漫だ。漢の…。」
「な、なに?今日なのか?」
「今日やらずしていつやるのだ!……礼を言うべきだな…翠にゃ悪いが…これはチャンスだ!」
 一段と強くなった口調に雪都は少し怯んでしまった。
「ひ、ひろす?」
ガヤガヤと思い思いの事をしていた部員達も注目し始め、ひろすを中心にしてあぐらをかき始める。
広澄は向き直ると皆の顔を見、満足げに笑みを浮かべると大きく息を吸い込みゆっくりと話しを始めた…。
「…うむ。雨が降って練習が早くきりあがり。さらに翠が迷子になって尚かつビショ濡れになってくれたおかげでマネ達のスケジュールが狂った。オレ達は幸運にも雨に濡れて先に風呂をすましたろう?スケジュールどおりなら夕飯を準備しながら交代で入っていたマネ達だが…今日に限っては全員が同時刻に入浴するという…。夕飯の準備が急で慌ただしく配膳にも人手が足りなかった程だからな。」
「うん。」
「しかも、合宿が始まったばかりのこの日に実行するとは思ってもいないだろう…すなわち、今日を逃せばこんな好機は二度と無い。ということだ。…これを見ろっ!!!」
 バサッと広げた模造紙にはきめ細やかに合宿所の見取り図が描かれていた。
「成功を期すために部隊を三手に分ける。本体は定跡どおり外から攻める事になるな。」
「おお!」
「もう一手は男風呂に潜め!機をみて壁越しに…。事前に足場をしっかりと築いて置くのが肝心だ。」
「おおおお!」
「もう一手は搦め手(からめて)より寄せよ!俺が去年洗面所から覗けるように細工をしておいた。洗面所の鏡を外してみろ。十円玉ほどの穴があるはずだ!」
「おぉぉぉぉおおお!殿っ!!」
「……各隊とも成功をいのる!なお死して屍拾う者無しっ!」
『拾う者無しっ!』
居合わせた全員が後に続いた。今ここに殿と化した浦樹広澄とその一党になりきった部員達の血の結束が生まれたのだ。
「よし。ではこれから細かい打ち合わせに入る…みんなもうちょっと寄れ……。」
「おお!!」
掛け布団を端にぶん投げて部屋の真ん中に車座になる。そして……部員達の顔はなんだかいやらしくニヤけていた(笑)
――その時、ドアの向こうで微かな音がした。が…計画に沸き立つ部員達がそれに気づく由もない……。
(…大変!みんなに早くしらせなくっちゃ…!)
……廊下にはマネ部屋に向かって音もなく走る翠の姿があった。
その姿は学校指定のジャージ。空気も動かぬほどに鋭く駆けるその姿は存在を完全にかき消していた。
――『何処に何があるかちゃんと知っておかないと…』と、合宿所中を探検しようとしていた矢先の出来事だった。騒がしい筈の男子部屋が急に静かになり…なにやら口調の変わったひろすの声が聞こえ始めたのだ。
しかも…その内容は驚くべきものだった…!!男子部員のお風呂への襲撃。綿密な計画と、想像もつかないようなカリスマ性を帯びた熱弁。どれも普段の浦樹広澄からは想像がしにくいことだった。
(…ひろす…まさかあなたが……!!)
忍が感情を持つことは失格であるとはいえあまりにも衝撃的な出来事であった。翠は涙(嘘)を拭うと声を押し殺して廊下を走り抜けた。男子部屋の前から続く板の間を抜け、絨毯の敷き詰められたロビーを管理人さんの怒る声を背中に聞きながら翠は走り続けた。再び廊下足を踏み入れ、突き当たりの階段を駆け上り、ようやくマネ部屋に前にたどり着いたときには息が苦しくてしばらく声も出ない程だった。が、残っている力を振り絞って翠はドアを開ける…。
「…はぁ…はぁ…はぁ…」
 息も荒く汗まみれのまま翠はその場に崩れ落ちた。
「どうしたの!翠!」
その姿に驚いた愛香が駆け寄って翠を抱き起こそうとする。
「だめ!そのまま寝かせておいて!それと遥迦ちゃん!水もってきてあげて!」
由希は丁寧にたたんでいたシャツ達を放りだして駆け寄った。
「うん!わかった!」
遥迦は弾けるように由希の横をすり抜け洗面所に急ぐ。騒然とした空気がマネ部屋に満ちて一年生の織部りおや藤崎葉も心配そうに立ち上がり駆け寄るとタオルを広げて団扇のように翠を扇ぎだした。
水にぬらしたタオルとコップに水を汲んで遥迦が戻った頃には翠もだいぶ落ち着いたようで、コップを受け取ると愛おしむようにその水を飲んだ。
「で…。翠、いったいどうしたの?そんなにあわてて帰ってきて…おばけでもみたの?」
 水を飲み干して落ち着いた翠に遥迦が濡れタオルで汗を拭いてあげながらゆっくりと訊いた。
「ち、違うの!」
「じゃあなに?」
「…………三条様!一大事で御座います!」
「さ、様!?どうしたの!?なにがあったの?」
「男子部員およそ30!お風呂を覗こうとたくらみ、計画を立てて御座います!」
「なんですって!?…で、首謀者は…?」
「……。」
息がつまった。報告すべきかそれとも……。
が、一瞬の躊躇のあと翠は声を震わせながら答えた。
「…敵は…浦樹!浦樹広澄にてございます!!」
「え?…ひろす君が?信じられない…。」
 由希は続く言葉を失った。よりによって浦樹広澄が首謀者とは…。
「由希!なに甘いこと言ってるのよ!…ひろす~…まだ実験したりなかったのかしら…。」
「市原様!どういたしましょう!」
「まって翠…私に良い考えがあるの…。あいつらに身の程をわきまえさせてあげるわ!みんなもうちょっと寄ってよ…作戦会議を開きましょう♪」
 愛香は氷のような微笑みを浮かべる…。部員達をいつも見守っていたマネージャーと言う名の天使達(爆)は今その牙をむこうとしていた…(笑)


一方男子部員軍本陣。


一種異様な空気に包まれた男子部屋では軍議も煮詰まりあとはその時を待つだけとなっていた…。目を伏せて押し黙る者もいれば、さかんに話しかけて緊張を和らげようとしている者もいる。
「おのおの方…くれぐれも命をいとえよ…。」
 広澄は部員一人一人の顔を見ながら声も低く念を押した。
ガラッ!
 勢いよく扉を開けて入ってきたのは近頃戦功甚だしい赤穂であった。
「なにごとぞっ!軍議であるぞ!」
 越島は強く床を叩き怒鳴りつける、それをゆっくりと右手で制止し広澄は赤穂に顔を向けて穏やかな口調で、
「…よい。してどうなのだ?」
 と、促した。
「はっ!ただいま物見より入りました報告に御座いますれば、大将に【三条の方】。副将に【御咲御前】。先陣は【市原】【橘】【織部】【藤崎】の四将にてございます!先ほど出陣!2分程前に脱衣所に陣をはった模様!!」
「…うむ。」
「…殿!殿ぉおお!!」
「………功をせいての抜け駆けは全軍が多大な損害を被ってしまう。くれぐれも心に留めおくように……。」
 ピンと張りつめた空気に皆息を飲む。針を突き立てられたように全身がしびれ、その高揚感に酔いしれた。
「龍衣は10人を率いて洗面所にまわれ!藤崎は残り10人を男子浴場に潜伏させよ!………出陣である!!!」


-抜山蓋世-


部屋を意気揚々と出た部員達は互いに目配せをするとそれぞれの持ち場へと向かう。
龍衣軍、藤崎軍は共に廊下を抜けて洗面所、男子浴場へと向かい。浦樹本隊は裏口を抜け月明かりの中、女子風呂を包囲せんと隠密に行軍を行った。
「『力は山を抜き。気は世を覆ふ。』…そんな事を昔言った者がいたな…。」
 広澄は鬱蒼と木々の茂る中で顔に迫る枝を軽々とうち払い先頭を切って進んでいた。
「まさに今の我らということですな!!」
「はっはっは!成功間違いなしだ!今日は祝杯をあげようぞ!」
 声も高らかに進んでいた一行だが、目的地が近づくにつれて、皆、草を踏む音をおそれ、虫の鳴き声に身を震わせる。互いに口をきく者も無く、ただ黒い影が紙に染みこむ墨のようにジワジワと合宿所の背後へと迫っていく。
薄暗い裏道を抜けてお風呂場の灯りが見えたときには一同に歓喜の声が漏れた。しかし…部員達の間に一つの疑問が芽生えてしまった。それは――
「殿っ!問題が一つございます!」
「一体なんだ?」
「拙者では!……拙者では選びきれないのでございます……」
舜は目の前の暗闇に浮かび上がる三つの窓を指さして項垂れた。皆、押し黙りまさに『運命に身を任せるしかないのか…』と身を震わせている。
確率は三分の一。分の悪い賭けではなかったが…ここまで行軍してきた苦労を思うと、その確率でさえ皆に不安を抱かせた。
「一体、いずれの窓を選べばよろしいのでしょうか……。」
「ん?…全部確かめてみればいいんじゃないか?」
 広澄のその言葉はまさに光明と言えた。不安に志気が下がりきった軍は一転して壮絶な盛り上がりを見せる。
「…確かにっ!…何故か『3つのうちから1つを選ばないといけない』様な気がして……。」
「なに…オレも去年そんな気がしたよ。恥じることはない。」
(…頼もしい…この殿についている限り間違いない…)
そんな空気があたりに満ちて自然と部員達の顔には笑みが浮かんだ。
「ふむ…後は作戦開始の時間を待つだけだな…皆十分な休息をとれ。しかし!いつでも速やかに行動しておけるようにしておけよ?」
「ははっ!」


-時不利(時に利あらずして)-


一方、龍衣藤崎、両軍はお風呂の前まで行動を共にし互いの武運を祈りつつ持ち場へと別れる。
息を潜め男子風呂陣をはって10分が経過し作戦開始の刻限まであと少しという時間、藤崎亮率いる10人達の興奮は頂点に達していた…。
「……隊長…。」
 神楽(ラグ)が呟いた。
「ん?なんだ?」
「いや…なんか…お湯の音が艶めかしいんですけど……。」
 壁を一枚隔てた向こうからは女子マネの話し声やシャワーを使っている音がする。
「うんうん♪オレもそう思ってたんだ(笑)で…どうしたいのかね?キミ。」
「いや…このままじっとしていたら…漢がすたるのでは…と。(笑)」
「それはそうなんだけど…でもなぁ…他のみんなにも迷惑がかかるしなぁ…。」
「いや、良いんですよ!きっかけをオレ達が作ったって事でばっちりですって!」
「いや…でも…ひろすがなぁ…あんなに楽しみにしてるのに出し抜くなんて……。」
「藤崎さん!何を言ってるんですか!下克上ですよ下克上!今動かなくてどうするんですか~!『先んずれば即ち人を制する』とも言うじゃないですか!」
「確かに……。」
「さぁ…藤崎さん…どうするんですか…?」
子竜が顔を上げると…みんな期待に満ちた目で見つめていた。
「……しょうがない…。」
裏切る事になる…それが深く胸を痛めたが…興奮しきった隊員達をこれ以上押さえるのは不可能だと判断した。
「……行くぞ!」
 隊員に持ち上げられた形ではあったが…今ここに反乱軍が生まれた。強力な一枚岩かと思われた結束は…脆くも崩れ去ったのであった――


同時刻、龍衣軍――
浦樹広澄に指示された時刻が迫っている…壁に開けられた穴は一つ。誰が先に覗くかを決める段階に来て部隊は分裂しそうな雰囲気になっていた…が。龍衣の機転もあり、すんなりとジャンケンで決めることになった。…静かな戦いの後、栄誉ある先陣は瑠嘉が切ることになった。もちろん時間は30秒と『厳格』に決められてはいたが…(^^;
「いや…悪いね。お先に失礼させて貰うよ♪」
とぼけて言った瑠嘉の言葉に皆顔を引きつらせた。そうこうしている間に時間が迫り…皆時計で静かなカウントダウンを始める…
「1分前。50秒…45秒…。」
淡々と時間は迫る。それと共に瑠嘉の心は高鳴っていった。
「40秒…35秒………。」
その時だった――
《な、なんだとー!!!!!》
廊下から驚嘆の声が響きわたる――
《そんな馬鹿なー!!!》


 それは男子風呂に潜んでいるはずの藤崎軍の叫び声であった。事態が把握できない龍衣は急激に顔色を変えて指令をとばす――
「何事だ!外を見て参れ!」
「ははっ!」
《葉!違うんだ!許してくれ~!》
《…亮ー!!いつもいつも『許してくれ』ばっかりじゃないー!!!》
状況は依然として混沌である。断末魔のような叫び声がしたかと思うと次々に廊下を走っていく音が聞こえた。
自体は一刻を争う…。意を決した優希と瑠嘉が勢いよくドアを開けて飛び出そうとしたが…時すでに遅し…洗面所を出るその寸前で行く手を阻まれてしまう。
「な!?愛香!?」
愛香と美琴とりおが柔らかな湯気を纏う艶やかな肌をバスタオルで身を包みそこに立っていた。部員達は出入り口は窓を除いて封じられ…その窓も格子がかかっていて…まさに袋の鼠であった。
「あんた達…なに企んでたの!」
「…はぁ……まったく……いい年して何やってんのよ…。瑠嘉…優希…あんた達中学の時も同じ事してなかったっけ…?」
腰に手をあててため息をつく愛香と美琴…。
「龍衣先輩……。」
 そして、悲しそうな目で訴えるりお。
 それっきり黙っている三人を前にして…部員達はいつのまにか正座である…怒られ慣れているとでも言うのだろうか?(笑)
「ほら、なんとか言いなさいよ!」
 部員達は身を縮こませてぼそぼそと小さな声で呟いた。
「…いや…なんとなく……。」
「だってだって……男のロマンなんだよ~……。」
 …出てくる言葉はぼやきや開き直り………情けないばかりである。(笑)
「馬鹿ね。そんなに覗きたかったの?」
「う、うう…。だって……。」
「はぁ…しょうがないわね♪…そんなにみたいなら見せてあげるわよ!ほらっ!」
愛香は身に纏っていたタオルを一斉に投げ捨てる。そのあまりにも大胆な行動におもわず部員達は驚いて目をつぶってしまった!………やがておそるおそる(期待込み)で目を開けた先に立っていたのは水着姿の愛香であった。
「ばーか!あんた達なんかに見せるわけないでしょ(笑)」
 しかし…悠然と勝ち誇っていると…なんだか部員達の様子がおかしい……。


「………。」
「…な、なによ?」


「いや………それはそれで…なかなか……。」
「……。」
「………。」
「……ば、ばかぁあああああ!変態!みないでよ~!!!」
愛香は可哀相に顔を真っ赤にしてその場に蹲ってしまった。美琴とりおにかくまわれてようやくその場を切り抜けたが…しばらく立ち直れなかったと言う…(^^;
『あの、変態部員ども…ぜったい許さないんだから~!!!』日、本人談)


-騅不逝(騅逝かず)-


一方男子軍本隊――
慌ただしい風呂場の様子を遠くでうかがっていた浦樹本隊であったがおおよその状況は把握していた。額にはいやな汗をかき、隊員達の間にも憤りの表情が浮かぶ。
「馬鹿な!功をあせりおって!」
 広澄は顔の近くに出ていた邪魔な枝を力任せに折るとそう吐き捨てた。
「殿!いかがなされますか!」
「やむをえまい……全軍突撃せよ!」
草むらをかき分けて近づくと急に窓が音を立てて開いた。あまりのまぶしさに目が眩む。次第になれた目の前に現れた女子マネ達は水着を着込み…そして…その手に持つ桶からは…さかんにとびきり熱そうな蒸気があがっていた…!
「み、水着だと!?…ずるいぞ~!!」
 広澄の後ろから泣きそうな声があがる。
「馬鹿ですね?あなた達の行動なんておみとうしですよ♪」
 藤崎(妻)のその微笑みは今まで部員達が見た中で一番恐ろしかったという…(^^;
「退却!退却だ!」
 我に返った広澄が号令をかけた。だが…
「せめて一太刀を!」
 勇気のある(無謀な)数人が突撃を敢行する――あわれ…結末は目に見えているというのに……(^^;
「未練を残すな!生きてさえいればまたチャンスもこよう!」
反転した部隊を率いながら声をからして叫ぶ…が。欲望に目の眩んだ部員達には何も届かなかった。
草むらに足を取られながらも一気に林まで駆け抜け、飛び込んだ藪に幾つもの擦り傷を作り後方の窓の明かりが木々に隠れ始めたその時――
「あちぃぃいいい!」
ひろすの再三の呼びかけにも応じずに最後まで窓に張り付いていた弘一の断末魔が聞こえた。
「愚かな…あたら若い命を……。くそっ…!…何処かで情報が漏れていたのだ……そうで無ければあの用意周到さは合点がいかぬ!」
 嗚咽ともに落涙する。
「殿!殿軍(しんがり)は拙者にお申し付けください!」
「皆で生き残るのだ!あきらめるな!」
木々の間を抜けて進む部員達の足下は夕立でぬかるみ転倒するものも後を絶たない。月明かりに漸く照らされた顔は泥で汚れ敗戦の口惜しさとあいまってなおさらみすぼらしく見える。


「あきらめるな!もうじき林を抜ける!国(男子部屋)はもうすぐそこだ!」
 くじけそうになる心を奮い立たせ懸命に進んだ。
「おお!抜けたぞ!」
『おぉおおお!』
 一同は胃の奥から絞り出すような声をあげた。何はともあれ無事に戻って来れたという喜びの声、しかし――
 林を抜けて安堵感に浸る部員達の足下に小石がひとつ、風を切る音と共に投げ込まれた。
「……逃げられると思ってるの?」
「何やつっ!!」
 暗がりの中ひろすの頭上から声が響いた。目を凝らすと林の出口の一際大きいブナの枝に人影がある。
「あたしよ…。ちゃんと全員の名前はノートに控えさせて貰ったからね♪」
「くっ!!翠か……無念っ!!」
「あたしだけじゃないよ?(笑)……三条さま!こっちですよ~!」
「何!由希が……。」
 驚きと焦りで言葉を失う。「こんな姿は見せたくはなかった…」と後悔したが…後の祭りである。(笑)
「殿っ!!せめて殿だけでも落ち延びくださいっ!!!」
「……良いのだ。全ての責任は私にあるのだから…。」
「し、しかしそれでは……。」
「もう言うな。お前達にみすぼらしい最期は見せたくないのだ…。漢はっ!!……漢は笑って死にたいものよ……。」
「殿っ…殿ぉおおお!!」
 皆声を押し殺して咽び泣く。広澄は一際優しい表情で微笑むとすがすがしいばかりの態度で向き直った。
「さて…翠よ。由希に会う準備は出来ておるぞ。いつでも呼ぶが良い。」
「……いやぁ…もうひろす達の後ろにきてるんだけど…(^^;」
「なんだとっ……!」
振り返ったひろすの前には着替えを済ませて石鹸の淡い香りを纏った由希が立っていた。月明かりに濡れた髪が揺れて…思わず手を伸ばしたくなるような、可憐な美しさであった。
「…ゆ、由希……。」
「……ひろす君?こんなことする人だとは思ってなかった…。」
「由希…これは違うんだ!」
「何が違うって言うの?…言い訳なんて聞きたくない……。」
「ぐ、ぐはぁ……。」
部員軍大将、浦樹広澄17才。結局は言い訳がましく、みすぼらしく…ここに討ち死に…である。(笑)
ここに浦城広澄の辞世を載せておきましょう♪

 原文対訳
力抜山兮気蓋世兮
 力は山を抜き気は世を覆ふ
時不利兮覗不行
 時に利あらずして…覗きが上手く行かない…
覗不行兮可奈何
 覗きが上手くいかなかったんだよ…どうしてくれるんだノ`⌒´)ノ┫:・'.::・┻┻:・'.::・
由希由希奈若何
 あぁ…由希も怒ってるしどうしよう…ごめんなさい…ゆるしてください(;ー;)

―夢の跡―


もとより勝ち目の無い戦いだった。翠のもたらした情報によってマネージャー達は水着を着てお風呂に入っていたのだから…。
翌朝の朝食がなくなり、マネージャー達の冷たい視線を受けることがわかっていたのに、彼らは何故踏みとどまらなかったのだろうか?
浪漫ってそんなに大切なものなのだろうか?
…戦線の崩壊するなか男子軍で唯一成功といって良いのは龍衣軍であった。それは…愛香の自爆によるものであったが(笑)
その他の部隊は悲惨であった。お湯をかけられて火傷に近い状態になりつつも…くしゃみをしながらTシャツをしぼっている者。憧れのあの子の『傷心度』を一気にあげてしまって落ち込む者…(笑)


「しかし…しかし…まだ戦いは終わらない。

この世にサッカー部と合宿がある限り……!」by 浦樹広澄



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