韓国ドラマ「がんばれ!クムスン」(82)
出勤したジェヒが白衣を着こんでいるとドアが鳴った。
入ってきたのはクムスンだった。顔が合っても笑顔はない。
クムスンは固い表情で頭を下げた。
ジェヒはクムスンを無視し、自分の仕事の準備を始める。
クムスンは伏目がちに口を開いた。
「チャン先生のご住所を教えてください」
「何?」
「チャン先生の家のご住所を教えてください」
「なぜだ?」
クムスンはちらとジェヒを見た。
「教えてください」
「理由を言え。理由もなく教えられない」
クムスンは丁重に同じ言葉を繰り返す。
「だから、理由を言えというんだ」
「私的な用です。教えてください」
「なおさらダメだ」
カバンから書類を取り出しながらジェヒは冷たく言い放つ。
「私的な用だなんて、何をするのかも分からない」
「・・・奥様にお会いしたくて」
「なぜ、奥様に?」
「・・・教えてください」
「ダメだ。まず理由を言え」
「お願いします」
「出て行け」
「・・・」
「出て行けよ」
「お願いします。私的な理由なんです」
「・・・」
ジェヒはクムスンを見、冊子を開きチャン・キジョンの住所をメモ用紙に書き取った。それをクムスンの前に差し出した。
「ありがとうございます」
クムスンが受け取ろうとした瞬間、メモ用紙はジェヒの手から投げ捨てられた。メモ用紙はクムスンをあざ笑うように舞って床に落ちた。
クムスンは屈辱を覚えながらメモ用紙を拾った。それでもジェヒに頭を下げて部屋を出ていった。
何も反発しなかったクムスンにも非礼な行為に及んだ自分にもジェヒは苛立ちを深めた。
ヨンオクの様子を見にキジョンがやってきた。
「起きたのか。もっと寝てなさい」
「十分、寝たわ。久々にぐっすり寝たわ。知らない間に寝て、目が覚めた時は朝だった」
「本当によく寝たようだな」
「やっぱり我が家が一番ね。早く返してほしかった」
「健康なのに入院させてたと? 昨日は透析も無事に終わったしよかった」
「ええ、本当に。帰りたい一心で耐えたのよ。久々に娘たちを起こそうかしら?」
ヨンオクはベッドを脱け出る。
「本当に大丈夫なのか?」
「本当に調子がいいの。明後日の透析は分からないけど、今の体調はばっちりよ」
ヨンオクは声を弾ませ、ヨンオクたちを起こしにいった。
メモ用紙に書き込まれた住所を見ながらクムスンはチャン・キジョンの家に向かった。
周囲に注意深く目をやりだす。もうこの辺のはずだった。そうしてたどり着いた。
クムスンは目を見張った。広く立派な門構えの屋敷だった。
ヨンオクはウンジンの部屋に入った。
「ウンジン。そろそろ置きなさい。起きないとお仕置きよ」
掛け布団をひっぱがす。
ウンジンは目を開ける。
「ママ・・・」
身体を起こし、ヨンオクに抱きつく。
「ママが帰ってきてうれしい」
「ママもよ。早く起きなさい。食事の時間がなくなるわよ」
次にウンジュの部屋に入った。
「ウンジュ、朝食よ」
返事がない。そばに立ってもう一度呼びかける。
「ウンジュ、食事をしましょう」
ウンジュは寝返りを打つ。
「昨日、遅かったの。大目に見て」
「ダメ。起きなさい。家族そろって、久々の朝食なのよ。早く起きなさい」
「こんなに眠たいのに」
「ジェヒと会ったの?」
ウンジュは首を縦に振り横に振る。
「どっちなの?」
本当に眠たいのよ」
ウンジュは身体をヨンオクに預ける。
ヨンオクは肩を抱きしめて言う。
「甘えてもダメよ。早く起きなさい」
二人は顔を見合わせた。
「ママが帰ってきてうれしいわ」
「ママもよ」ヨンオクはウンジュの頭を撫で、頬に触れた。「こんなに可愛いのに、ジェヒはまだこの宝石に気付かないのね」
「そうなのよ。ママ、男性に愛される方法を教えて」
「必ず気付いてくれるわよ」
中から家族の話し声が聞こえてクムスンは横に身を隠した。
門が開き、キジョンたちが出てくる。
クムスンはそっと家族たちの様子をうかがう。今まで知らなかった世界が彼女の目の前で広がる。
「早く帰るのよ」
「当然だわ。ママが家にいるんだもの」
「あなたも早く帰って」
「夕食のメニューは?」
ヨンオクはウンジンを見る。
「何がいい? 今日はカニ蒸しでもする?」
「いいわね、ママ」
「分かった。早く帰るのよ」
「無理だけはするなよ」
「そういうと思ってたわ。大丈夫、早く帰ってきて」
二人に向かって手を振るヨンオク。
車は走り去った。
クムスンは物陰からヨンオクの姿をうかがい見る。
恋しさと妬みと痛みがどっとひとかたまりで胸に去来する。
クムスンは放心したようにチャン家を後にした。放心したように街中を歩いた。歩きながら、彼女の心では何十年もの時が流れた。
ジョンシムはフィソンの泣き声を聞いてクムスンの部屋に駆け込んだ。
「あら、フィソンどうしたの? ママはどこへ行ったの? ほらほら、いい子は泣かないのよ。分かったわ。分かったから泣かないでね」
ジョンシムはフィソンを抱いてクムスンを捜すが、どこにも見当たらない。
シワンが部屋から出てきた。
「起きたんですか?」
「ええ。クムスン知らない? いないのよ。帰らなかったみたい」
「昨日、ソンランと帰ってきたよ」
「そうなの?」
「いないの?」
「だから、捜してるの。フィソンが一人で泣いてて。朝早くから、何も言わないでどこに行ったのかしら」
ソンランも部屋から出てきた。
「クムスンが出かけていないの。お米を研いで」
「はい。それだけなら出来ます。私も支度して早く出ますので」
ソンランは準備に取り掛かりながらいう。
「シワンさん、アイロンかけて。黒いスーツがあるわ。今日、顧客と会うのよ」
ジョンシムは夫に指示を出すソンランにびっくりしている。
「シワンさん、聞いてる?」
「ああ、わかったよ」
ジョンシムはソンランの前にやってきた。
「昨日、何時に帰ったの?」
「12時ごろだと思います」
「あなたは家庭があるのに」
ソンランはジョンシムを見て困ったように笑う。
「そうね。働いていれば遅くなることもあるわ。でも、両親と同居してるのよ。遅くなる時は連絡をちょうだい」
「仕事をしてると、ついうっかりして・・・気をつけます」
「・・・」
「お義母さん、家族が多いのに大変じゃないですか? 家政婦を雇うお考えは?」
「ないわ」
「私はもっと忙しくなりそうなんです。ほんとに・・・大丈夫ですか?」
「家政婦はけっこうよ。お米を研いでって。食事を作れとは言わないから」
ジョンシムが行った後。ソンランはぼやく。
「あんなに意地を張らなくても・・・大変なのはお義母さんなのに・・・」
テワンはようやく目が覚めた。頭ががんがんする。
頭に手をやってハタと昨夜のことを思い出す。クマとキスした場面が脳裏に浮かびあがってくる。
後悔で顔をゆがめる。ベッドの上でのた打ち回る。
ため息をついた。
「またやらかした。酔っ払うと女がかわいく見えるのはどういうわけなんだ? あいつら、何なんだ・・・オーディションなら最初からそう言えよ。久々のカメラで緊張してただけなのに・・・
腹を押さえた。
「ああ、気持ち悪い・・・」
テワンは階下におりてきた。
テワンの着ているシャツを見てソンランは訊ねた。
「それ、シワンさんの服じゃ?」
「そうですよ」
「そうですって・・・私が彼にプレゼントした服なのよ。まだ着てもないのに」
「昨日、オーディション用で借りたんだ」
「だからって人の服を」
ジョンシムに見つめられ、声のトーンを落とす。
「兄さんに許可を?」
「何だよ、それ――もともとシャツは一緒に使ってきたんだ」
「それは結婚するまでの話でしょ。今は状況が違うじゃない。ひどいと思うわ。少しは反省して」
「反省か? あんまりだよ。シャツくらいで反省するのか?」
「テワンさん」
「ちょっと借りることだってあるさ」
「それは違うわ。つまり、私たちの部屋に入り――タンスの中を探したのよね。他人の部屋をそんな風に」
「何もそこまで”他人”だなんて」
ジョンシムが口をはさむ。
「自分の部屋じゃないのにこれは非常識な話ですよ」
「まったく――分かったよ。脱げばいいんだろ」
テワンはシャツを脱いで上半身をさらけ出した。
ピルトがテワンの頭を叩く。
「お前は何してる」
「叩くなよ」
「こいつが」
ピルトはもう1回叩いた。
「ああ、もう!」
テワンはシャツを投げ捨てた。いじけてそこを離れた。
「あいつは」とピルト。「こっちに来い、テワン。何してるんだ、早く来い」
テワンは足を止める。ぼそっと話し出す。
「オーディションに落ちたんだ。それで気分が最悪で・・・すみません」
騒ぎを広げたため、ソンランはバツの悪そうな顔になった。
出勤で車に乗り込んだシワンはソンランに言った。
「お前も少しは我慢しろよ」
「やめて、私だって気が立つわよ。私が何をしたと? なぜあんな目で見られるの? 何か間違ってる?」
「そんな話じゃない」
「人の部屋を引っ掻き回し、私のあげた新しい服を着といて――ひと言も謝らないのよ。それに私は6歳年上の兄嫁よ。あれが目の上の兄嫁に対する態度?」
「ソンラン」
「それに、私はこの家の食事係なの? そんなに私をこき使いたい? 何回も言ったはずよ。”仕事と家事の両立はできない”と。この間だって、顔色を窺いながら言ったのよ。”時間があればするけど期待にはそぐわない”。そしたら”分かった”と言ったのよ。なのにどうして、米だけ研いで出勤するから、とあんな目で見るの?」
「・・・」
歯を磨きながら、クマは夕べの出来事を思い返した。
テワンに愛されているような気分を今も引きずっている。自然と笑みがこぼれる。胸がいっぱいになる。
ジョムスンの呼ぶ声で我に返った。
「今いくわ」
ジョムスンの前にきて座った。
「今日、パパのところに行くんだろ?」
「はい。髭剃りと運動靴と老眼鏡を差し入れようと思って。これは何?」
「どじょう汁だ。ママに食べさせるんだ。あんな大きな身体をしてるんだ。夏こそちゃんと食べないと。パパにも持っていけない?」
「ダメよ。食べ物の差し入れはダメなの」
「そうかい。そうだな。監獄で好きな物を食べられたら罰にならない。お前も食べるかい?」
「私はいい。朝食をすませたばかりよ。母さんが喜ぶわ」
キジョンが戻ってくるとヨンオクの主治医が来ている。
「ヨンオクさんはどうだ?」
「とても落ち着いているよ。昨晩はよく寝た」
キジョンは腰をおろした。
「君のおかげだ」
「結果が出た」
主治医はカルテを示した。
「ヨンオクさんは狭心症の症状も見られる」
「何だと」
「胸の痛みを訴えたことはないか?」
「いや、なかった」
「まだ初期段階だが――慢性腎不全患者の場合、心筋梗塞の可能性が高いのを知ってるだろ。もし、急性心筋梗塞を起こせば、移植も不可能になる」
「・・・」
「透析も特異な体質の上に、ストレスに弱い。俺が不安で仕方がない。移植をするなら早くしないと」
「・・・」
「あの時の女性は誰なんだ?」
キジョンは病院の厨房に出向いた。中の様子をうかがっていると栄養士から声をかけられた。
「ああ、オ先生。アン・スンジャさんは?」
「急性胃痙攣で入院されました」
「本当ですか? 何号室か分かりますか?」
スンジャのいる病室にジョムスンがやってきた。
「爪なんか噛んで、だいぶ腹が減ってるようね」
「いらしたんですか。気を遣わないでください」
「退院はいつなの?」
「昨日は今日の午後にもと言ってたのに――まだ話がなくて」
「ちょうどよかった。どじょう汁だ。食べなさい」
「どうしたんですか?」
「私が作ったに決ってるだろ」
「暑くて大変だから作らなくてもいいのに」
「この世で私の面倒を見てくれる唯一の嫁じゃないか。ご機嫌をとりながら尽くしてやらないと」
「お義母さん・・・」
「さあ、食べなさい。どじょうをたくさん入れて作った」
「・・・」
「ほら、何してる。大きな身体をしてるんだ。その身体で夏に家族のため働くなら――うんと精をつけないと」
「お義母さん・・・胃痙攣なんですよ」
「食べちゃダメなの?」
「そうじゃないですけど、一緒に食べましょう。クムスンは? 美容院にいった?」
「ん? 何て言った? そりゃあ、行っただろうさ。お前、夏バテもした? 少しおかしくなってしまったようだ」
「・・・」
キジョンはスンジャに会おうと病室のドアを開けかかった。しかし、ジョムスンの姿を見て取りやめた。
クマは父親に会った。
「ここは退屈でしょ?」
「まあな。お前は? 変わったことは?」
「特にないわね」
「彼氏は出来たか?」
「ううん」
「その表情を見ると出来たようだな」
「違うわよ。まだなの」
「パパ。あのね・・・あの・・・酒を飲んだ時、男性の行動や言葉は本心なの?」
「それは酔った度合いにもよるし、人それぞれさ。どうして? 男に何か言われたか?」
「ううん。じゃあ、何かされたのか?」
「されないわよ」
「・・・クマよ――その唇はどうしたんだ?」
クマは口もとに手をやった。
「唇がどうしたの?」
「水ぶくれができてる」
「これ? 少し疲れてて」
クマは笑ってごまかす。
「疲れて?」
病院食堂で昼食を取っていても、ジェヒはクムスンとのトラブルの苛立ちを引きずっている。
病院のエレベーターをおりたジョムスンは公衆電話の場所を探している時、考え事をしながら歩いてきたジェヒと身体を接触した。
倒れかけたジョムスンを支えながらジェヒは侘びをいれる。
顔をあげたジョムスンはジェヒのイケメンぶりにびっくりした。
「まあ、お医者さんなのにタレントみたいだ。ほんとうにハンサムだわ」
ジョムスンは照れ笑いしてゆこうとするジェヒの腕を取った。
「先生。公衆電話はどこにありますか?」
「あちらにあります」
「ああ・・・先生。うちの嫁が――ここに入院してるんです。それで朝早く市場に行って、どじょうを買って細かく砕いて――山菜と一緒に煮てどじょう汁を作ったの」
ジョムスンは顔を両手で覆った。
「私は何を言ってるんだ。忙しい先生にくだらないこと言って・・・そんなことより、それで実は孫娘に電話したいんだけど、年寄りなもので公衆電話の使い方が難しくて、できたら先生の携帯から電話していただけませんか? 用件だけ伝えたらすぐ切るから」
戸惑いながらもジェヒは携帯を取り出し、ジョムスンに貸そうとする。ジョムスンは手でそれを押しのける。
「私には見えないわよ。番号を押してちょうだい」
そう言って紙切れを取り出した。
「010・・・4809・・・3905」
ジェヒは言われた通り番号を押した。
すると画面から”白菜”の文字が浮かび上がってきた。
――祖母の健康診断できたの。
この人のことか――ジェヒはあわてて携帯を閉じた。
「つながらない?」とジョムスン。
「すみません。忙しいので失礼します」
ジェヒはそそくさ立ち去ってしまった。
ジョムスンはぼやいた。
「まったく・・・礼儀がなってない。いいのは外見だけか」
ジョムスンのもとから逃げたジェヒはクムスンの携帯番号を削除しようとする。
しかし、削除することはできなかった。
クムスンは仕事に身が入らない。母親、チャン先生、二人の娘・・・朝からずっとそれらの姿が動き回っている。
ユン室長が二度声をかけてやっと我に返った。
「お疲れ様です。1度、すすぎます」
お客の髪を洗いながらもクムスンの額からは脂汗が流れ続けた。彼女は立っているのもやっとの状態で仕事をしていた。
そこへヨンオクがやってきた。オ・ミジャが気付いて歩み寄っていった。
「誰かと思ったら、わざわざ来ていただいて嬉しいわ」
クムスンは出入り口の方へ目をやった。
「1度も来てくれなかったのに」
「ウンジュに言われたんです」
「ウンジュが?」
そこにウンジュが顔を出す。
「ママ、来たのね。約束の時間ちょうどだわ。髪が伸びたので整えるようにと」
「そうだったの。よくいらっしゃったわ。ずっと来てほしかったの」
店にやってきたヨンオクの姿は、クムスンの前で強烈な存在感だった。
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