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雨の記号(rain symbol)

ダークマター

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 飲み会での続きで二次会をやった後、信介は仲間に誘われ、四人で三次会に繰り出した。その途中、妙な服装の占い師が街角に出ていた。
 一人が彼女を見て足を止めた。
「女子高生みたいなブレザーを着ているが、君、年は幾つ?」
「18歳です」
 女はにこやかな笑みを作って答えた。
「嘘つけ。25は出てる応接の仕方だぞ」
「実は21歳です」
 筮竹を置いてちろと舌を出した。
「おっ、正直でよろしい。俺たちと同じってわけか」
 彼は仲間を見回した。
「四人か・・・ちと人数が不吉だな・・・。しかし、せっかくだ。俺たちの将来でも見てもらい、人生設計の参考にでもしようぜ」
 彼は手始めに自分を見てもらいだした。仕事はうまくいくが、晩婚になりそうだと言われている。
 女は筮竹占いだけでなく、手相、人相もやり、ついででカードもやるようだった。仲間は彼女の占いを面白がり、次々見てもらった。
「次、信介だ。お前も見てもらえ」
「俺はいいよ。占いは信じてないから」
 女は寂しそうな表情をちらと投げてよこした。
「何をいう。ダークマターの時代じゃないか。世の中、いつになったってわからないことの方が多いんだぞ」
「何いってるかわけわかんねえし・・・」
「気取ってんじゃねえよ。当たるも八卦、当たらぬも八卦ってことだ」
 一人に背中を押され、信介はしぶしぶ前に進み出た。
 自分についていくつか質問をよこし、女はカードを一枚取るよう促した。目の前によくわからないカードが横に並んだ。
 大学を出て、就職で一度壁にぶつかるが、それさえ乗り切れば後は順調にやっていけそうだという。
 信介は今にも鼻を鳴らしたかった。
 ここにいる者はみな、それぞれのコースを取りはしても中よりちょっと上の人生コースに落ち着くってわけだ。酒、博打、女についてはほどほどの味付けがされた。自分はよそに子供を作るかもしれない、と言われる。仲間はどっと沸く。博打で借金作るかもしれない、と言われた者もいる。
 最後に彼女は付け足した。
「近く家族や縁戚にご不幸があるかもしれません」
 
 三次会の場所でしばらく彼女のことが話題になった。
「あの女の占い、面白かったな。けっこう当たってるように思えたところもあった」
「そこそこの美人だったし、頭の回転もよさそうな娘だった。しかし、21歳というのもじつは嘘だな」
「ふむ・・・21歳にしては化粧が濃かった。24、5ってとこか。俺たちの年齢を読んでそう答えたのだろうな」
 信介は3人の話を黙って聞いていた。
 一人が話の水を向けてきた。
「お前はどうした? よそに子供を作るかもしれない、と言われたことがそんなに気に障ったのか?」
「それは関係ないよ」信介は渋面で答えた。「問題は家族や縁戚にご不幸があるかもしれないってことだ」
「縁起でもないってわけか?」 
「ああ。言う方は適当に言ってるんだろうが、それを聞かされる方はいい気持ちがしない」
「占いは信じてないと言ってたくせにか? 頭の回転がいい女だったって言ったろう? 人数が不吉だっていった俺の話を耳にとめていたのさ、きっと。誰か一人にはそんな話もしておかなければって思ったんだろうよ。だいたい、家族、縁戚の不幸なんて世間一般ざらにある話じゃないか」 
 信介は彼を見た。
「まあな・・・だけど信じてない占いも聞いてしまえば、そのいちいちが気になりだすものだ。縁戚はともかくとして、俺は母一人子一人の家族というのはお前も知っているだろうが」
「・・・」
 話が深刻になったせいで、話題は就職の話題に移った。

 それからしばらく、信介は母の動向が気になってならなかった。そんなこと今までやりもしなかったが、友人の携帯借りて所在を確認したり、一緒に晩飯食べている時、自転車に乗る時や仕事の行き帰りではなるべく交通量の少ないところを通るよう促したりした。
「お前もそんなことを言ってくれる年齢になったのね。母さんも年を取るはずだわ」
 箸の動きをとめ、母親は嬉しそうな表情をした。
 占いで言われたからだとは口にしなかった。

 それからひと月ほど経った頃だった。
 夕食をすませた後、父親のお墓参りの話をしていたところに電話がかかってきた。
 信介の話に笑い声をあげながら電話口に出た母だったが、電話のやりとりを始めたとたん顔色が変わった。そして、話を聞くだけになり、ボールペンでメモを取り出した。電話を切ると服を着替えて出かける準備にかかった。
「どうしたの?」
 と訊ねると、
「坂井さんが倒れた。心筋梗塞だって。後で電話する」
 と答え、あわてふためくように飛び出していった。
 信介の目にその狼狽ぶりは異常だった。
 坂井さんは亡くなった父の上司だった人だ。
 子供の頃はよく小遣いやおみやげをもらったりした。何度か家にもやってきて父のために線香をあげて帰ったことがあるし、母が本格的な仕事に就くとき、世話にもなったりした人だ。しかし、それ以上ではない。親戚のような付き合いをずっと続けてきているわけでもない。 
 信介は母が飛び出していった玄関口に立った。外はすっかり帳をおろしている。近所の家はすべて闇に沈んでいる。
 信介は首をかしげながら玄関の明かりをつけた。
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