平方録

身辺をつれずれに

秋田山形紀行 最終章

2015-06-30 04:44:17 | 日記
「閑さや岩にしみ入る蝉の声」の芭蕉の句で名高い天台宗の古刹宝珠山立石寺へ岐阜の友人夫妻と行ってみる。
山形駅から仙山線の仙台行き電車に乗り込む。ローカル線らしからぬ4両編成の電車で約20分。
ホームに降りるとすぐ目の前にそそり立つような断崖が迫り、その所々に転がり落ちそうな格好をして古い建物が張りついたり、空中にせり出しているような建物さえ目に入ってくる。

あんなところにまで延々と登って行かなければならないか、と少々怖気づく気分だが、そこは2度目の余裕である。
奥の院まで千数百段。2年前、アメリカから戻ったばかりの4歳の姫は平気な顔をして飛び跳ねるように階段を上って行ったのである。
そびえ立つ杉などの巨樹が直射日光を遮ってくれる分、体力は奪われなくて済む。
途中には、芭蕉が山寺で詠んだ句をしたためた短冊を埋めて石の塚を建てたと伝えられる「せみ塚」や、ちょうど見ごろを迎えていたアジサイの群落が広がる場所などがあり、立ち止まって休むには好都合なのである。
朝早くから、梅雨空とは打って変わった夏空が広がり、アブラゼミとは違うニイニイゼミのような「ジィー」とも「ニィー」ともつかないような蝉の声が聞こえてきて、申し分がない。

岩にしみ入った蝉の種類が何だったのか。アブラゼミを主張する山形出身の斎藤茂吉とニイニイゼミ説の夏目漱石門下の芭蕉研究家との間で激しい論争が起こったそうな。実際に調査が行われたとかで、その結果、芭蕉が訪れた新暦の7月13日ころ鳴き出しているのはニイニイゼミで、山寺界隈ではまだアブラゼミは鳴かないという結論に達したんだそうで、茂吉の敗北という形で一応の終止符が打たれたようである。

芭蕉が到着したのは夕方だったと随行した曾良の記録に記されているから、人気もない山寺の石にでも腰かけて息でも整えている時に耳にした蝉の声なのである。
あの立地の雰囲気で、しかも夕方ともなれば、音は蝉の声以外にはなく、その蝉の声さえ周囲があまりにも静かなので岩に染み入って消えていくかのようだ、という情景は理解が届く。
あ~疲れた~、などとぼやき声混じりの観光客に交じって登って行くのとは、別次元の話である。

ホームから見えた断崖からせり出して見えるお堂は五大堂という展望台のような所で、眼下の町筋や仙山線の線路が箱庭のように見える絶景の地である。
登り疲れた体に、吹き抜ける夏の風が実に心地良い。この景色と風が、上まで登ったご褒美なのである。

下山すると所用を済ませた山形の友人夫妻が到着し、ご推奨の“山形で1番美味しい”という肉そばを、山寺が一望できる駅と反対側の丘の上のレストランで賞味する。
肉と言っても鳥肉の入った汁まで冷たい山形独特の蕎麦だが、なるほど、言われる通り美味しい!

ここで4人と別れ、仙山線に揺られて仙台へ。
仙台にはこれまで用事もなく、初めての街である。したがって目当てもないのだが、町をぶらついた後、名物の牛たんでも食べてから帰ろうという魂胆である。
最初に目に留まったのが駅前のビル群の一角にぽっかり穴があいたような空間に広がる、戦後の闇市を彷彿させるような野菜や魚介を売る店が立ち並ぶところである。
妻はその安さにびっくりしていたが、魚介類などは石巻など大きな漁港を抱えているだけに三陸一帯で水揚げされるものはダイレクトに運び込まれるのだろう、鮮度も安さも見事なものである。にぎわっているわけだ。

青葉通を真っ直ぐ広瀬川に向かって歩き、国際センターのところまで行って広瀬通を戻ってきただけで、途中、一番町というところの牛たん屋に立ち寄って本場の牛たんとやらを味わって見た。
実はこれも山形の友人の推奨で、「牛タンならあの店!」と念を押されて尋ねたのである。
うんっ! これは納得がいった。何か秘密があるのだろう。牛の舌を炭火で焼いただけなのだが、実に美味しい。
焼酎のロックを舐めながら食したのだが、麦飯にも良く合うところが素晴らしい。妻と3人前を食べてすっかり満足した。
仙台に寄り道した甲斐があったというものである。




山形駅に到着した仙山線の電車


山寺駅を降りると目の前の断崖の上に五大堂が見える



詠んだ句をしたためた短冊を埋めたと伝えられる「せみ塚」


開山堂(右)と納経堂


五大堂からの展望


肉そばを食べた駅を挟んで反対側の丘の上からの山寺


太助本店の牛たん


コメント

秋田山形紀行 その3

2015-06-29 04:32:22 | 日記
山形2日目の朝は宿泊した鶴岡の湯の瀬温泉の大露天風呂から始まった。

午前6時。縦23m、幅10mもある広々とした風呂にたった1人で浸かっていると、小学生の兄弟と思しき男の子2人が入ってきて、丸くてつるんとしたお尻を水面に残して潜ったり、クロールではしゃぎ始めた。まるで2匹の子ガッパである。
どこから来たの?と聞くと、兄の方から「ながいです」と丁寧な答えが返ってきた。米沢に近い長井市らしい。
おじさんは鎌倉だよ、と言ったら「えっ!遠いですね」とびっくりしていた。

ここは混浴で、上がろうと縦長の湯の奥から出口に向かって湯をかき分けていったところ、いきなり女湯の暖簾を分けて女の人が現れた。
われわれ一行の中の奥さんの1人だが、慌てて暖簾の奥に引っ込んでしまった。湯船は深いので、首から上しか出ていないのだから恥ずかしがることもないのだが、もう少しじっとしていればよかった。悪いことをしてしまった。

月山の麓を大きく回って東根のさくらんぼ園へ。
ここは姫も連れてきたことがあるし、今度で4度目になる。去年も第一線を退いたもの同士で来ているのである。
真っ赤に熟した佐藤錦と紅秀峰の実が鈴なりで、食べ過ぎると腹がゆるくなるので注意が必要だが、懲りずに100粒近くも食べてしまい、案の定であった。
なかなか学習できない質のようである。食い意地が張ってもいるのだ。

昼飯は天童に移動して「辻蕎麦」を味わう。この蕎麦も去年食べて絶品だった。
大晦日にも年越し蕎麦として食べ、幼稚園児の姫が「もうないの?」とがっかりするくらいの美味しさなのだ。
地元の蔵の出羽桜と酔芙蓉を舐めながら「剥き蕎麦」やそば打ちの際に出る切れ端を使った汁ものと一緒に堪能した。
蕎麦処山形ならではである。

この「辻蕎麦」は店舗がない。サラリーマンをしていた主人が独学で研究を重ねた末にたどり着いたブレンドがおいしさの第一の理由で、これは真似できないらしい。噂を聞きつけた蕎麦職人が何人も尋ねて来てはそば打ちから指導してもらって、それぞれの地元に帰って評判を呼んでいるという。
隠れた名人なのである。
それが、打ち立てを急速冷凍すれば風味が損なわれないことがわかり、商品化が進んでいて、姫が喜んだ大晦日の年越し蕎麦はその恩恵に浴したものである。
いずれは人気商品になっていくに違いない。

一足先に帰途につく人たちを山形駅で見送り、夜は老舗漬物屋の板張りの広々とした部屋で宴会をして、美食と地元産のワインまで堪能する贅沢三昧である。



たわわに実るさくらんぼを遠慮なくもぎ取って食べる




「辻蕎麦」の上から、手打ち蕎麦、蕎麦の実の殻を剥いただけの剥き蕎麦、そば打ちに出る切れ端とゴボウやニンジンなどの根菜をいれた汁


漬物屋の二階の宴席





コメント

秋田山形紀行 その2

2015-06-28 04:40:41 | 日記
秋田から奥羽本線の各駅停車に乗って約2時間40分。山形新幹線の終着駅の新庄まで移動である。
各駅停車といっても電化している上に駅と駅の間が離れていて、その間を電車は結構な速度で進むから、快適である。でも残念ながら外は雨で、それも豪雨に近い。従って車内は窓ガラスが曇りがちで、外の景色が見えずらいのが残念である。
初めて乗車する区間だが、2両編成の電車は満席状態で、さすがはローカルながら本線の貫禄はある。
秋田山形の県境の山間部あたりではさすがに県境を越えての人の移動が少ないと見えて、乗客の姿は減ったが、それでも座席の半分ぐらいは残っていた。
乗客の年恰好はといえば、高校生をはじめ若い人やせいぜい中年過ぎくらいまでがほとんどである。それなりの距離の移動となると、さすがの“老人大国”も影が薄いようである。

新庄では東京勤務時代の友人たち7組の夫婦と合流する。
俳句は詠まないが最上川の船遊びを楽しんで、標高414mの出羽山山頂にある出羽三山神社に詣でる。松尾芭蕉が山形県内を旅したのはちょうど同じ時期の新暦でいえば7月のこと。

前日に梅雨入りしたばかりだが、山形県内に降った雨を集める最上川は濁り、水かさを増していた。まさに「五月雨を集めて速し最上川」である。
川幅は広いし、圧倒的な水量は怖いくらいだ。
三山神社は名前の通り月山、湯殿、出羽の各神様を一緒に祀った神社である。
山伏の案内で社殿に上りお祓いを受け、お札をいただく。
さすがに山岳信仰で名高いところだけのことはある。茅葺の見上げるほどの堂々たる社は霊気と共に力強ささえ感じさせる。
予定ではここから2446段の石段を下るはずだったが、篠突く雨に断念を余儀なくされたのが残念である。




秋田から新庄までの奥羽本線普通電車


最上川を行く


出羽三山合同神社


社内部





久しぶりの再会に地酒9本はあっという間に空になった
コメント

秋田山形紀行 その1

2015-06-27 05:51:04 | 日記
初めて秋田新幹線に乗り、角館へ。
時速320kmの国内最高速度で突っ走るだけあって、さすがに速い。
盛岡まで、あっという間の2時間13分。田沢湖線に入って秋田に向かう線路の上では、さすがにそんな速度は出さないが、50分ほどで角館に到着。

曇っているが空は高く、雨の心配はまずない。駅から10分ほど歩くと武家屋敷の残る一帯に到着する。
見通しの良い一直線の太い道路を画して両側の黒い板塀が続くその塀越しに、覆いかぶさるように、有名なしだれ桜の大木や樹齢200~300年の樅の巨樹がそびえる様は、日本の景色とも思われない見事な景観である。
この佇まいだけでも一見の価値あり。

藤沢周平の「たそがれ清兵衛」の映画化ではロケに使われた中級武士だった岩橋家や巨樹の茂る上級武士の青柳家や岩橋家などが、往時のままに残っている。
アスファルト舗装を引き剥がして土の道に戻し、ちょんまげを結って刀を差して歩けば、そのまま無理なく江戸の時代に入っていけるだろう。
下級武士の松本家も残っていて、茅葺の屋根はそれなりの存在感を見せているのだが、随分と質素なのが印象的である。家の周囲を黒塀ではなくて、柴垣で囲っていて、その昔は食用にもなる植物を植えていたらしい。

これらはほんの狭いエリアに集まっていて、厳格に差別された階級のままに、毎日同じ日常を過ごしていたはずである。同じ日常を繰り返していれば、何とか生きていけた、あるいは、そうするより他に道はなかったと思うと、相当な閉塞感を感じないわけにはいかない。

この町の宿泊設備は十分でなく、秋田市内に移動。食事は比内地鶏の人気店へ。
色の真っ白い、しかもすべすべの肌を持つ秋田美人そのもののお姉さんがとても良かったけれど、秋田の地酒「鳥海山」の辛口が焼き鳥によく合った。

一夜明けて外は雨である。
東北南部は昨日、例年より随分遅く梅雨入りしたそうだが、その梅雨入りした山形に奥羽本線に乗って入る。
新庄まで行き、最上川の舟下りと洒落込むのだ。芭蕉を気取るのである。翁も梅雨時の出羽旅だったのだ。
川の水量はどうだろうか。



樅の巨樹をはじめ、鬱蒼とした気が道路の両側にそそり立つ















コメント

かぶるべきか、かぶらざるべきか

2015-06-26 04:34:28 | 日記
かぶるべきか、かぶらざるべきか、それが問題だ。
シェークスピアならどう判断するか。

自転車に乗る時のヘルメット着用である。
道路交通法では13歳未満の子どもにはヘルメットをかぶせるよう保護者に義務づけているそうだが、大人に対する規定は無い。
しかし、条例を制定して義務化しようという動きが出始めているらしい。
努力義務ながら、最初に着用を求めたのが2013年の東京都と愛媛県だそうだ。

確かにヘルメットを着用していれば、万が一の場合の頭部へのダメージは軽減されるはずである。
それは良くわかっている。
だから自転車競技などで大勢の選手がゴールを目指してしのぎを削り、我先に先頭に立とうとするようなケースでは接触事故も起こり得るし、危険のリスクも高くなる。
そこまで行かなくても、休日にロードバイクにまたがって遠乗りをするような場合も、一般道を車に交じってそれなりの速度で走ろうとすれば、これはそれなりのリスクを伴う。

第一、舗装している道路だって、実際の路面は凹凸だらけだし、いわんや、路面が平らであっても3~40キロの速度で走っていたら、急ブレーキをかけても止まれない。
タイヤそのものは止まったとしても、あの細いタイヤでは地面との接地抵抗は知れていて、惰性の付いている自転車は横滑りするかつんのめるしかない。
そうした走りを楽しむ場合には、ヘルメット着用は必須である。
少しでもまともな神経をしていれば、怖くて走れないのである。そういう条件下ではヘルメットの着用はもっともである。

問題は、比較的近いところにちょっと用足しに行く場合や、休日のんびりと寺巡りでもしようとか、景色の良い海沿いの自転車専用道をゆっくり走るようなケースである。
何が起きるかわからないから着用すべし、と一律に決められては抵抗があるというものだ。
のんびり走るということは、スピードはさして速くないのである。
せいぜい時速20キロまで。15~18キロくらいの速度だと、相当のんびり走れる。

そんな時のリスクは格段に低いのだ。
とはいっても、まったくのんびり油断しきって走って良い、というわけでは決してない。
15キロでも20キロでも、突如倒されたりでもしたら、結構危険である。
常に周囲に気を配りながら、飛び出してくる車や人はいないか、穴ぼこは無いか、スリップしそうな路面かどうか、などなどに気を配る必要があるのだ。

私は2000年に開頭手術を受けた直後に、自転車で転んで頭を打った事を考えるとどうにも不安で、ヘルメットを買って暫く着用したことがあった。
しかし、それも2、3ヶ月で止めてしまった。
なぜか。一番の理由は、あの不格好さにある。
ヘルメットと言うのはどうしてあんなに格好が悪いのだろうか。
まるでマッシュルームのように頭でっかちになり、頭を守るためなら背に腹は代えられない、とはどうしたって思えない。
逆にあんなものかぶるくらいなら、かぶらなくても危険が少ないような走り方をするしかない、と思うに至ったのである。

だから今、車の交通量の多い道路は絶対に車道を走らず、歩道を走る。歩行者が来ればスピードを殺して歩道の端を走るし、歩行者が多くて走るのが無理なら降りて押してゆく。
歩道がないような道路は極力避けるようにしている。

でも、最近またヘルメットを購入した。
出来るだけマッシュルームにならないような、おとなしい形のものを選んだつもりだが、それでも抵抗がないわけではない。
購入の動機は遠乗りのため、である。遠乗りしてくるのには車道の方がスピードが出せて、何かと好都合なのである。
より遠くまで行って帰ってこられる距離に、差が出るのである。
従って、ヘルメットは遠乗り用である。競技に近い乗り方用である。

NHKの番組で火野正平がかぶっている革製のヘルメット。
あれはマッシュルームには程遠いかもしれないが、性能的にやや疑問もあるし、汗をかく頭に直接革を当てるわけにもいかないだろう。
スキンヘッドなら布切れを使うこともできようが、頭髪は健在であるし、そうはいかない。

安全第一かダンディズムか。はたまた、長いものには巻かれろか我が道を行くか。
自転車だからわが道を行くに決まっているが、なかなか悩ましい。ね、ハムレットちゃん!



天気は下り坂のようで、きれいな朝やけである


「空蝉」の2番花の蕾がだいぶ膨らんできた
コメント