平方録

やかましくもあり、懐かしくもあり

鎌倉でようやくホトトギスの鋭い鳴き声が聞こえるようになった。

渡り鳥でインドから中国南部にかけた地域で越冬する個体群が飛来するらしい。
けたたましいというか、「東京特許許可局」という聞きなしが的を得ているのが愉快である。
この鳥は時たま深夜にも鋭い声で鳴いて、何事かとびっくりさせられることもある。
抱卵といって、ウグイスの巣に卵を産みつけて、ウグイスに子育てを委ねるらしいからちゃっかりした鳥なのだ。
しかし古来から、人の心に深く住み着いた鳥でもある。
ホトトギスが鳴くといよいよ夏の到来である。

 目には青葉山時鳥初鰹  山口素堂

正岡子規の子規はホトトギスの漢字表記のひとつで、喀血して血を吐いた子規が「鳴いて血を吐く」と言われる口の奥が赤いホトトギスに自分をなぞらえて俳号にしたんだそうな。

漢字では不如帰とも書き、徳富蘆花に同名の小説がある。
小説の舞台のひとつになった逗子の海岸の134号の道路下に不如帰の碑が建てられている。

高校1年の入学したての5月に、全校遠足という信じられないような行事があり、全校生徒1500人が横浜から横須賀線に乗って鎌倉に集合して、鎌倉駅から逗子の山を抜けて逗子海岸まで歩いたのである。
逗子の山中に学校林というのがあり、わが母校が所有している山林らしく、それを見学がてら、という大義名分が付けられていた。

1500人とひと口に言うけれど、2列に並んで進むとすると、これは大蛇の行進かと見まごう長蛇の列である。
当時は1年1組だったから、長蛇の先頭を歩くわけである。
振り返ってみると本当に延々と黒ボタンの独特のつめ襟制服の行列が、呆れるほど遥か彼方まで続いていたことを覚えている。

当時、134号はまだ建設中か、それ以前の話で、不如帰の碑のところまで砂浜伝いに歩いて行けたものである。
ここが解散地点だったように思う。
中学時代からひそかに思いを寄せていた2年生の子がいたが、ひそかな恋のまま終わったのは随分と列も離れていたからかもしれない。
全校遠足はこの1度切りであった。

春を告げるのがウグイスで、初めて聞く鳴き声を「初音」(はつね)という。ホトトギスのその年最初の鳴き声は「忍音」(しのびね)で、こちらは夏告げ鳥なのである。
♪卯の花の にほう垣根に 時鳥 早も来鳴きて 忍音もらす 夏は来ぬ♪
子どもの頃、ハヤモキナキテ シノビネモラスというところは意味がよく分からなくても、夏が近づいてくるという心弾む季節にも合致して、妙に心地よい響きを感じたものだ。
わが出身高校の校歌の作者と同じ佐々木信綱の作詞である。


 ほととぎす空に声して卯の花の 垣根も白く月も出(い)でぬる 永福門院

佐々木信綱はこの歌を下敷きにして「夏は来ぬ」を作ったとされている。


 ほととぎす声待つほどは片岡の 杜(もり)のしずくに立ちや濡れまし 紫式部

 浮雲の身にありせば時鳥 しば鳴く頃はいづくに待たむ 良寛


次は俳句。

 谺(こだま)して山ほととぎすほしいまま 杉田久女

 時鳥鳴くや湖水のささ濁り 内藤丈草

 水晶を夜切る谷や時鳥 泉鏡花


もうひとつ鳥の声。
ガビチョウ。漢字では画眉鳥と書く鳥の、素晴らしく澄んだ鳴き声が戻ってきた。

留鳥ながら冬の間聞くことがなかった中国渡来の“不法入国鳥”、と言っても自ら進んで密入国したのではなく、人に手によって持ち込まれ、売り物にならぬと、挙句に捨てられた個体が定着した鳥である。
中国では鳴き比べに使われる鳥だそうで、なるほど澄んだ声で、それも高く低くリズムも軽やかに、しかもメロディーは実に多彩。
文字では表現しずらいくらいである。

しかし、いくら美しい声でも、長い時間鳴き続けられては余韻も吹き飛んでしまう。
時にやかましく、騒々しいだけの騒音状態にもなるから、彼の地は人も鳥も似たような性質をもつものなのか。

ホトトギスにガビチョウ。昼夜を問わず騒がしい季節を迎えている。



わが家のゲラニウム“ロザンネイ”
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