平方録

秋だ きのこ蕎麦だ!

鎌倉幕府第3代将軍・源実朝が鶴岡八幡宮境内の大イチョウの前で暗殺された際に持ち去られた首が埋められていると伝えられている首塚が秦野市内にある。
その首塚の脇にあるふるさと伝承館の一角の蕎麦屋まで「きのこ蕎麦」を食べに行ってきた。

この蕎麦屋では秋になると、地元の人が「アシナガ」と呼んでいるキノコを入れた蕎麦が味わえる。
一度食べたら病みつきになるような美味しさで、実際ボクも去年初めて食べて、へぇ~、ほぉ~と驚き、その味が忘れ難くて再び食べに行ってきたという訳なのだ。
アシナガと呼ばれているキノコはナラタケのことで、もちろん天然のナラタケが使われている。

アシナガに秋ナスを加えて油でいため、それを蕎麦つゆと合わせると独特の甘みを帯びたつゆが出来上がる。
このアシナガとナスだけの汁の中にゆでた蕎麦が入ったシンプルな蕎麦だが、アシナガからにじみ出た甘い汁が何とも独特で、ボクは砂糖を加えて甘くしたような料理は好まないが、天然の材料が自ら滲み出す甘さというものは舌ざわりからして違うようで、抵抗なく食べられる。
というか、むしろ好ましい味として積極的に味わっている。

アシナガを口の中に入れた時のシャキシャキ感もまたアシナガの特徴で、そのシャキシャキ感を楽しんでいると、あぁ、自然からの贈り物を味わっているんだなぁ~という実感がしみじみ湧いてくる。
油でいためているためか、ボクの鼻のせいなのかは知らないが、キノコにつきものの香りというものはほとんど感じられないのだが、甘さとシャキシャキ感がそれを補って余りあるのだと思っている。
アシナガのエキスと甘味をたっぷり吸いこんだ秋ナスもまたとても美味しい。こちらはアシナガのシャキシャキ感を全く邪魔せずに舌の上でするりと解けるような所もまた、わき役としての分際をわきまえていて良くできた態度というほかない。

蕎麦そのものも地元の蕎麦を使って自前で打っているため、香りもほんのり立って、歯ごたえのど越し共になかなか美味しいのもアシナガを引き立てているのかもしれない。
この蕎麦の存在を教えてくれたのは5月に亡くなった日本画家の男性のブログである。
顔も知らないし、もちろん口を聞いたこともない人だが、この画家のブログに書かれていることが、今の社会のありようも含めてなかなかの洞察力で、毎朝読むのを楽しみにしていた。
写真機材にも凝っているようで、カメラの話にも含蓄があったが、それよりなにより自然界の森羅万象をとらえた写真や動画が美しくかつ珍しく、そこも見どころだった。
ボクのブログも読んでくれているようで、毎朝、早い時間に足跡が記されていて、お互いに朝の挨拶を交わしている気分にもなっていた。

2月の厳冬期のある日、「あっ血が…」という記述を残したまま記事の更新が途絶え、心配していたところ家族からの「おしらせ」が載ったのだった。
還暦を過ぎたばかりだったのに…

この日は始めから秦野に行ってアシナガの入ったキノコそばを食べようと思ったわけではないのだ。
数日前に富士山が初冠雪したというニュースが流れ、しばしば西の方角を眺めていたのだが、天気の悪い日ばかり続くものだから一向に姿を現してくれない。
ならば足柄峠辺りまでにじり寄って写真にでも撮ってこようかと家を出たのだ。
予報に反して晴れ上がったことも背中を押した要因だが、海沿いの国道を西に進めば進むほど雲が幾重にも重なっている様子がはっきりわかるようになってきて、相模川に架かる橋の上で断念した。
ダメだった時のオプションがアシナガの蕎麦だったという訳である。

きっとあの画家が呼んでくれたのだ。




アシナガの入った「東雲」のきのこ蕎麦。「時価」と書いてあったので、せいぜい800円くらいかと思っていたら
倍の値段だったけれど、その価値は十分にあると見た


「東雲」のあるふるさと伝承館とその右のこんもりした木々の根方に実朝の首塚がある


蕎麦屋のある辺りは田んぼが広がっている。奥に高く見える山は大山


以下は付近のあぜ道や道路わきの土手に咲いている秋の草花。まるで花園! 春が来たようではないか




























 

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