文部科学省が教科書検定基準の改定案への意見を2014年1月14日締め切りで募集中です。
意見
改正案の「閣議決定その他の方法により示された政府の統一的な見解や最高裁判所の判例がある場合には、それらに基づいた記述がされていることを定める。」は削除
詳細
3.11東京電力福島第一原発事故(以下東電核災害)は、未曾有の歴史的な出来事です。教科書に記載されることですから、これを題材に細かく意見を述べます。
教育基本法は「わが国と郷土を愛する態度を養う」ことを教育の目標に盛りこんだ改正が第1次安倍晋三政権の2006年に行われた。そして新しい教科書検定基準(案)ではこうした教育基本法の「目標に一致していること、目標に照らして重大な欠陥があれば不合格にする」旨の規定がある。
教育基本法の「わが国と郷土を愛する態度を養う」との教育目標からみて、東電核災害の核被災者で長期避難している人や移住した人は、帰還した人、住み続けた人よりも低く評価されるのではないか?現に福島の地では、そうした社会的雰囲気であると伝えられている。
子ども被災者支援法による支援、避難者や移住者にたいする支援を受けている人は「郷土を愛する態度」に欠けた人として記述しないと教科書検定を不合格になるのではないか?
逆に、教基法の「わが国と郷土を愛する態度を養う」の教育目標からみて、東電核災害の核被災者で核被災地に住み続けた人、帰還した人、福島エートスで活動する人は「郷土を愛する態度」の手本と称揚しない教科書は不合格になるのではないか。
追加被曝20mSv/年未満の被災地域への帰還・居住促進は政府の統一的な見解でもある。改正案では「閣議決定その他の方法により示された政府の統一的な見解や最高裁判所の判例がある場合には、それらに基づいた記述がされていることを定める。」とある。だから20mSv/年未満で帰還という政府見解を批判するような、例えば「安全とはいえない」といった記述は検定で削除や不合格になるのではないか。
そしてこの規定からも、避難者や移住者には非難など負の評価、住み続けた人、帰還した人、福島エートスで活動する人は称揚など正の評価の記述でない教科書は検定不合格になるのではないか?これは、実質的に基本的人権である居住、移転の自由権を制限する思想を教科書、教育の場で教える思想教育になる。
日本国憲法第22条第1項「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。」とある。教育は公共の福祉ではある。しかし「わが国と郷土を愛する態度を養う」教育のために、追加被曝20mSv/年までは我慢して帰還、定住せよとの政府の統一的な見解に「基づいた記述」をした教科書で、居住、移転の自由権の実質的に放棄をせまる思想教育は正当化できない。
避難者や移住者が愛する郷土は、東電核災害以前の東電福島第一原発からの放射能で汚染されていない郷土なのかもしれない。また、進学や就職、幼子を育てるために泣く泣く生まれ育った郷土を出たのかもしれない。「郷土を愛する態度」は様々である。それは政府の統一的な見解や最高裁判所の判例で一律に定義できないから、政府の統一的な見解などに従うことが郷土を愛する態度を養うとはいえないからである。
教育基本法の第二条などに書かれている教育の目的が政府の統一的な見解などを拳拳服膺(けんけんふくよう)しそれに従うことなら、それは豊かな人間性と創造性を備えた人間の育成ではなく家畜化人間の調教、馴致である。
教育基本法の第二条などに書かれている教育の目的が政府の統一的な見解などを拳拳服膺しそれに従うことなら、それは豊かな人間性と創造性を備えた人間の育成ではなく家畜化人間の調教、馴致である。
改正案の「閣議決定その他の方法により示された政府の統一的な見解や最高裁判所の判例がある場合には、それらに基づいた記述がされていることを定める。」を削除すべきである。
政府の統一的な見解などの扱い
改正案には「未確定な時事的事象について断定的に記述していたり、特定の事柄を強調し過ぎていたり、一面的な見解を十分な配慮なく取り上げていたりするところはないこと。」「近現代の歴史的事象のうち、通説的な見解がない数字などの事項について記述する場合には、通説的な見解がないことが明示され、児童生徒が誤解しないようにすることを定める。」とある。
100mSv以下の低線量被曝の影響について大きく3つの学説がある。LNT(しきい値なし直線)仮説、「むしろ健康によい」という放射線ホルミシス仮説、「ある線量以下であれば安全である」との閾・しきい値仮説の3つがあり、それぞれ歴史的経緯や科学的事実に基づいている。
このうちICRPのLNT(しきい値なし直線)仮説が国際的な通説であるし、日本の、日本のみならず各国の被曝防護体系の基礎となっている。
放射線ホルミシス仮説は日本では電力中央研究所、原子力発電で放射能を日常に放出している電力会社が合同出資により運営されている研究機関が推している説。
しきい値説は、日本では電気事業連合会が推しており、広島・長崎の調査結果を根拠に「影響が出るのは数百ミリシーベルトであり、100ミリシーベルト以下では影響は出ない。」
この3つの説を「特定の事柄を強調し過ぎ」ないように、3説平等な記述が教科書に求められるのであろうか?国際的な通説であり、被曝防護体系の基礎となっているICRPのLNT(しきい値なし直線)仮説を中心に他の2説を軽く記述すれば教科書検定に合格できるのか?
東電核災害後には、追加被曝20mSv/年未満の被災地域への帰還・居住促進や「一度に100ミリシーベルト以下の放射線を人体が受けた場合、放射線だけを原因としてがんなどの病気になったという明確な証拠はありません。」( 文部科学省、平成23年10月発行の小学生のための放射線副読本)と閾値説に政府の見解は傾いている。
この政府の見解に「基づいた記述がされていること」が検定合格に必要だから、国際的には通説ではない「しきい値説」を中心に他の2説を軽く記述すれば教科書検定に合格できるのか?しかし、それではICRPのLNT(しきい値なし直線)仮説を採用している日本以外の国に行った時とかICRPのLNT(しきい値なし直線)仮説に基づいた被曝防護体系、妊娠時のレントゲン撮影規制などを理解できなくなる。
被曝に限らず、尖閣諸島(台湾では釣魚台列嶼、中国では釣魚島およびその付属島嶼)問題や非嫡出子の法的地位など、様々な学説、考えがある「未確定な事象」は多く有ります。その学説らは、低線量被曝影響の3説のように何らかの根拠を持っています。学説らの全てを教科書で取り上げるのは無理ですが、日本政府の統一的な見解や最高裁判所の判例や主要な説を紹介することは有益です。尖閣諸島問題なら、中国の主張や台湾の主張を相手を尊重した上で紹介することは、問題の交渉や解決で相手・中国や台湾の言い分を理解する上で基礎的知識になります。相手の考えを理解せずに、自分らの考えのみを主張するのでは交渉はできません。
しかし、被曝影響の教科書記述でみたように日本政府の統一的な見解や最高裁判所の判例に基づいた記述がされていることを教科書検定で求めることは有害です。それらは変更されるからです。非嫡出子の法的地位は、2013年9月の最高裁大法廷判決で大きく変わっています。
尖閣諸島問題も日本政府の統一的な見解のみに基づいた記述だけでは、中国や台湾の言い分を十分に相手を尊重した上で理解することができません。「世界の平和と人類の福祉の向上に貢献」(教育基本法前文)する教育には、日本政府の統一的な見解だけでなく、相手側の主張を理解できる基礎的知識の教育・習得も必要です。相手の考えを理解せずに、自分らの考えのみを主張するのでは交渉はできません。それでは、問題解決は交渉ではなく外的強制力に拠ることになります。
日本政府の統一的な見解や最高裁判所の判例を、あたかも確固たる普遍的事実や金科玉条の如くあつかう教科書記述をもとめることは有害無益です。それは有力な説として扱われ記述がされていることですが、それらに基づいた記述のみを求めることは有害無益です。改正案の「閣議決定その他の方法により示された政府の統一的な見解や最高裁判所の判例がある場合には、それらに基づいた記述がされていることを定める。」は削除すべきです。
以上