ラッパと三味線

葉野ドリンキング和樹

2017年こそブレイク必至のリズムネタだぞっ

私の半生

2016年10月28日 | 半生
 私のことを、少しだけ書かなくてはいけないだろう。

 私は男性である。いま現在も男性であり、これから先も心身ともに男性として、区別されたり従ったりしていくことだろう。根っからの男性であるが、女性になりたいと思ったことは、ないでもない。37歳となったいまでこそ、周囲からその声を聞くことはなくなったが、男性としておそらく尋常ではないほど「かわいい」と言われる回数がなぜか多いので、加えて野郎からも言われる始末で、もし女性であったなら相当かわいかったのではなかろうか。ただし、謙遜ではなく額面どおり、容姿はべつとして。プリティーではなくファニーという意味でのかわいいなのだろうと、身をもって知っている。よくも悪くも、私は2つの性のうちの男性だ。私を女性だと思い込んでいた貴兄がいらしたら、ごめんなさい。
 私は左利きである。左利きではあるが、幼少のころはまわりに左利きが誰もいなかったので、はずかしくなって小学校入学前日に自主的に右利きへ矯正をした。酒を呑むようになり、恥も外聞もなくなってからは、その時々で楽なほうの手を使うようになった。ペンや刃物はなぜか先天的に右手オンリーだが、ほかのことはだいたい左手が楽だ。というように、厳密には両利きであるが、どっちかといえば10人に1人の割合でいるらしい左利きである。私をゴリッゴリの右利きと思い込んでいた球団スカウトがいらしたら、ごめんなさい。ちなみに、怪我や病気でもないのに右利きから左利きに矯正して「おれ、左利きなんだよね」とか言っちゃってるやつは、やっぱ服役だなぁ~。「ファッション左利きの刑」で。ウン。はずかしいから右利きになり、はずかしさの概念がないから左利きになるのだ。

 2011年の4月6日、私はバースデイ休暇の大半を病院内ですごした。会社の健康診断で、X線の再検査を食らったのだ。
 思えば、誕生日なのにそれしか予定がないさみしさもひとしおだが、齢32にして健康診断で引っかかるのだから、事の重大さを受け入れざるを得ない。
 が、軽い気持ちだった。齢32にもなって誕生日に浮かれていたわけではないが、健康診断の再検査を受ける好奇心がどこかにあったのは事実。若い時分から年寄りじみた素地があり、早く大人になりたいと思ってもいたのだから、体の不調もその一環として、CTスキャン初体験は逆においしいと感じていたのではないだろうか。
 その日のうちには検査結果は出なかったが、ただ、肺の血管が腫れていると知らされた。2週間後、診断が下された。
 サルコイドーシス、とのことだった。
 まったく馴染みのないその病名は、発症も治療方法も不明の、10万人に1人がかかる難病といわれているものだった。とはいえ、だ。現代医学でもよくわかっていない極めてまれなこの病気、運よく肺に発症したということもあり、自覚症状も何もないばかりか、ほっといても支障がなく、だいたいが自然治癒されるというから、まったく人騒がせなものだった。前もって3つの可能性があると同世代とおぼしき医師から伝えられており、そのうちの2つが字面からしてやばさが物語っている悪性リンパ腫と結核なのだから、これにはホッと(患っている)胸をなで下ろしたものだ。

 となると、である。
 2人に1人の男性であり、10人に1人の左利きであり、10万人に1人のサルコイドーシスということは、だ。
 つまり、200万人に1人の人間であるのだ、私は。

「4つの血液型のうちのA型であるというのもつけ加えれば?」といった面倒な試算は柳に風で、195万都市の札幌市をさがしても、札幌在住の私がいない怪現象だ。もしかしたら、本当に私は札幌にいないのではないか。あと5万人もの赤ちゃんが生まれなければ私は表出しないのではないか。こうなったら、赤ちゃん5万人とこんにちはだ。よーし、がんばるぞ~!(平成28年10月1日現在)
 サルコイドーシスを患ったその3年後の2014年6月17日。それまで何事もなく日々を暮らしていた独居の私は、実家の親に頼んで病院へ連れて行ってもらうことになる。そして、翌日の6月18日である。

 私の右の胸に、心臓ペースメーカーが埋め込まれた。

 サルコイドーシスが心臓に転移し、電気信号を送る機能を停止させたらしい。治っていないばかりか、ほっといても支障がないというのは、肺だけでのことだったのか。
 術前術後のことは、ご想像におまかせするのは容易なことではないろうし、心臓を患った全員がそうとは限らぬいろいろなことが起こったけども、本稿では割愛する。ほかに書く機会があるのかはわからないが、私にとっては、一生ついてまわることになるだろう。ただ、周囲への感謝の念は忘れてはならない。

 200万人に1人の私は、ステロイドを服用し、ペースメーカーの打ち出すビートに乗って生きている。

アナザー・ワールド

2016年10月18日 | 雑感

 すわ、地震だと身構えてその強さを測るべく天井から吊り下げられている物体を素早く目で捉えるも、べったりと揺れもせず、周囲も非日常へとシフトせず、何か変化があるとすれば、これが職場であったなら、札幌の粋を集めた美女たちの嘲りの目がこちらに向けられていることが主なトピック。「地震だ」と申告すればするほど嘲笑に拍車がかかり、こちらとしてはたしかにグラッときたのだから引くに引けず、総括として、地震を感じたのは自分だけと仕事を中断してまで知る。ひとり家の中であったなら、速報を確認すべく4Kテレビを点けるも、何事もなく林修先生が平然と「今でしょ」と言っている。
 そうか。こっちではない。
 もうひとつの世界で地震が起こったのだ。
 オカルトめいたことは専門外だが、半ば死にながら生きている私にすれば、アナザー・ワールドやパラレル・ワールドといわれる世界を覗くことはお安い御用だ。パラレル・ワールドという言葉にいまひとつピンとこないので(私が)、これから紹介するのは便宜上アナザー・ワールドとする。
 もしもあの時こうしていれば……誰しも夢想したことがあるだろうifの岐路の先を指すのではなく、ガッツリもう一個あるまったくべつの世界。地震速報の字幕とともに4Kテレビに映し出されているのは、洞口博子という女性タレントだ。
 往年ほど表舞台に立ってはいないが、時折ひょいと出演する、洞口と書いて「ほらぐち」と読む洞口博子は、観る者に「老けたな」というより「若いな」という印象を与える。彼女の芸能人としての現時点でのハイライトは、なんといってもフヂテレビの夢シリーズを継承した「夢はほらいずん」という番組において司会者を務めたことだろう。おそらくこっちの世界のみなが思うほど夢がMORIMORIしてはいないものの、あのVキネマで鳴らした竹内陸と哀川翔平を向こうにまわすのだから、元祖バラドルの面目躍如となる、洞口にとって金字塔と位置づけられる伝説的番組だ。竹内と哀川にとっても、お茶目な一面を垣間見せることによって、バラエティ進出の足がかりとなった。この三者はとみに「夢ほらファミリー」といわれることもある。番組の主なコーナーはキックベース。アナザー・ワールドの住人にすれば、いうまでもない。
 ひらおかぁ~すみこだよ。
 突然アナザー・ワールドで大流行中のギャグを書き起こしてしまって申し訳ない。女芸人ひらおかすみこが、SMの女王様のようなボンテージを身にまとって登場時に発する、自己紹介がなぜかもうすでにギャグになっている奇跡の言葉だ。自分の名前に節をつけて言うだけでギャグなのだから、アナザー・ワールドあなどれじ。
 芸能界にこういう人がいるよということだ、アナザー・ワールドに。真実なのだから仕方がない、森口博子とにしおかすみこをなぞっているわけではない、私は悪くない。
 では、アナザー・ワールドの社会に目を向ければ、いまなお江戸幕府が日本を統治している。
 こと政治や思想に関してはとんと疎いので、詳述は泣く泣く割愛させていただくが、こちらの世界における最後の将軍である徳川慶喜の後継に、すったもんだがありーのなんやかやがありーので、徳川家康が任ぜられた。勘のよい御仁であればピンときたことだろうが、名前だけ2周目にループしたのだ。そして、時の首相のブッチホンにより将軍職を拝命されたのが、現在の第23代将軍2代目・徳川吉宗である。「である」も何もねえよと思われるかもしれないが、幼名は松平健である。
 この将軍様は芸事が誠に達者で、演技や舞踏、歌唱などをたしなまれている。料理の腕も一級品で、その様子をBS放送で窺い知ることができる。現代ではアシスタント的な役割となっているが、同じく料理を得意とする老中は「クワマン」の愛称で親しまれている。クワマンの独特な箸の持ち方に注目されることもある。
 ここまで書くと、こいつはまたもや何を書いているんだと、ブログにしては長文のくせに身になることが何も書かれてないぞとおかんむりになられていることかもしれない。じゃあわかったと、こっちもプライドと信念を懸けてやってるんだぞとひとつ見せつけなくてはならない。
 下記にアナザー・ワールドへの扉を用意しよう。
 言ってもわからないのなら自分の目で見てみることだ。
 ただひとつ注意しておくことは、そこから先は自己責任だ。貴兄がどう振る舞うかに私の瑕疵はない。
 何もあやしいことはない。私にとって得はない。徳川吉宗公の一端を垣間見るだけだ。
 アナザー・ワールドから、必ずや戻って来られたし。貴兄にはしあわせなこの世界があるのだから。


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 アナザー・ワールドへの扉はコチラ!!


同じ声優

2016年10月04日 | 雑感
 ひとつのことが長続きしないという事象は、かなしいかな、よくあることだ。
 小学3年生の6月からはじめた野球は、中学3年生の最後の大会において予選1回戦敗退という無様な結果となったのだが、個人としては引退と現役続行の間で揺れに揺れ、とりあえずは夏休みもはじまるし休養だ、受験勉強もあるしと何も体を動かさぬままぶくぶく太り、休養は高校合格後までたっぷりと甘受され、このままなし崩しに野球の道から退くことになるんだろうなあと他人事のように静観していた。
 若くしてセミリタイアを謳歌していた春休み、我が家に高校の野球部監督から一本の電話が舞い込んだ。
「中学では4番を打っていたんですよね? うちの部では4番経験者というのがなかなかいない。よろしければ、ぜひ入部を」
 小太りと化した私を高校球児へと背中を押す、即レギュラーも夢ではないと匂わせる見事な殺し文句にうかされて、入学前から入部をし、札幌の雪も溶けぬうちに練習へ参加した。
 私は高校1年生の4月下旬に野球を辞めた。
 小太りバディを取り返す間もなく、もう走りたくないという理由で、プロ野球選手になるという将来の夢にそっと幕を閉じた。私が野球を辞めたことで、登下校中など顔を合わせたまわりの者からは騒ぎを受け、あまりそっとはさせてくれず「部活やめるってよ現象」をじかに感じていたものだが、それも一時的なもので、気づけば野球を辞めてから20余年の月日が流れたのだ。
 その後の私の人生において、ひとつのことが長続きしないという事象は、大小様々あることだ。余談だが、ヴァームを飲んだり肉体労働に従事したりいい恋をしたりで、小太りはおかげさまで解消された。若人よ、危ぶむなかれ。ただただ小さきおじさんが、そこにいるだけだ。

 ひるがえって、意識するにせよしないにせよ、長く続いていることも確かにある。
 昭和から平成へ、20世紀から21世紀へと時代は刻々とシフトしていく中で、毎日のルーティンともいえよう日常の何気ない行動が時間に寄り添い、これはという事柄が形成される。
 テレヴィを点けることは長く続いている。我ながらよく続いてるなあと思う。パソコンを立ち上げない日があっても、テレヴィを点けない日はないだろう。毎日じっくりと観賞するテレヴィっ子ではないにせよ、朝起きればテレヴィを点けるし、夜寝る前にはテレヴィが点いている。
 テレビをテレヴィと書くのは個人の趣味として、昭和から平成へ、20世紀から21世紀へと時代はシフトし、私の人生もまた歳月が流れる中で、経験やキャリアが積み重なり、ある種、機械の体を手に入れたといっても遜色ない私にしてみれば、テレヴィを視聴していて気がつくことがある。
 テレヴィに出演している者はみな、アニメや海外映画と同じように、声優が吹き替えしているのである。
 マスオさんの声がどこまでいってもマスオさんを想起させるように、たいがいの人は専属の声優が声をあてているが、中には職人技を駆使して、何人もの声を担当する声優がいる。いわゆる、同じ声優だ。
 私ひとりで秘めていればよいことなのかもしれないが(こいつ何言ってるんだと思われるから)、せっかくなので、何人かをここに紹介したい。

 南海キャンディーズ山里とスピードワゴン小沢は同じ声優だ。わかりやすいところではこの人、声かすれ系を得意とする声優さんだ。ここ10数年のうちに出たと思われるかもしれないが、実はキャリアが長い。なぜなら、俳優にしてひょうきんな人柄であり、最近ではわかめ好きとしてもおなじみ、柳沢慎吾も同じ人がやっているからだ。タバコの箱のヴィニールを利用して警察の無線を表現したり、チョメチョメと山城新伍のモノマネをしたりと、実に芸達者な声優さんだ。いま一度、この声優の担当をまとめてみる。

 南海キャンディーズ山里
 スピードワゴン小沢
 柳沢慎吾

 こう書き記してみても「ん?」と思われている諸兄がいるかもしれないので、もっとわかりやすい声優を紹介しよう。
 トレンディエンジェル斎藤と小島よしおが同じ声優ということは、周知の事実ですよね? いまさら感がハンパないでしょうけど、同じ声優というくくりでは看過できない。一時代を築き、忘れたころに起用されるのがこの声優。エンタメ業界というのは残酷なもので、2015年のM-1王者って誰だっけとささやかれるころに、ピーやペッに代わる擬音を発して再び何度でも現れることだろう。

 トレンディエンジェル斎藤
 小島よしお

 マニアックなところでは、岡ちゃんことサッカー元日本代表監督の岡田武史とサブカル界の重鎮みうらじゅんが同じ声優だ。それぞれによっぽど興味があるか私でなければわからないとは思うが、同じ声優なのだから仕方ない。この両名が同じ声優だとわかっていた諸兄であっても、実はユニコーンの奥田民生も同じ声優だということはわからないのではあるまいか。何も断言することではないが、トップを担う王者ではあるが、どこか肩の力が抜けた声のこの人だ。しかしながら、みうらじゅんについてはこの人が歌っているが、奥田民生はべつの人が歌っているということは、特記すべき点である。耳をすまして聴いてほしい。

 岡田武史
 みうらじゅん
 奥田民生

 もうひとつマニアックどころでは、AMEMIYAと野々村真と稲川淳二が同じ声優。なかなかこの3人が同じ声優なんだぞと注力して声を聞くことはむずかしいかもしれないが、各自で確認されたし。まったく関係のない話だが、稲川淳二の「こわいなこわいな~」を「ごめんねごめんね~」のイントネーションで言うと、ウケる。実践あるのみ。

 AMEMIYA
 野々村真
 稲川淳二

 ここまで書いて、同じ声優というか、モノマネの人がやってるんじゃないのと、山里と小沢はホリがやってるんじゃないのと思われる方々が1億人はいるだろう。
 ホリではない。ホリはモノマネの人だ。モノマネの人ということは、本人ではないのだ。山里や小沢ないしは柳沢慎吾にソックリな声を出すことは可能だが、それは何億光年まで先にたどり着いてもクリソツ止まりだ。タモリや鶴瓶もコージー冨田ではない。声優その人が声をあてていることを、見失ってはいけない。ルパンのモノマネをしていたクリカンがルパンになったのは、ほんの一握りの事例だ。現在のルパンがルパンのモノマネをしているクリカンだなと思うのは人それぞれの感性だ。

 最後に、私が同じ声優を発見するに至る決定打となった人を紹介したい。
 何年前だろうか、そう遠くはない過去と認識しているが、IKKOの声に何か引っかかるものが感じられたのである。IKKOとは、すっかりおなじみ美容家のIKKO。オネエ特有の発声に引っかかりがあったのではなく、前にも聞いたことのある声だったのである。
 程なくして符合したのは、IKKOと狩野英孝が同じ声。つまりは、同じ声優だったのだ。当時、両名ともにテレヴィに出はじめのころだったと記憶する。同時代にこれからの人を担当するとは、この声優さんの技量、推して知るべしといったところだった。
 破竹の勢いとはこのとこを指すのか、この声優さんはまたべつの人を担当することになる。さかなクンである。
 IKKOのテンションを応用してさかなクンをやるとは、痛快である。決め台詞もあって、そちらで視聴者の耳を奪おうと、まさか同じ人が声を出しているとは微塵も思わせないスキルを兼ね備えていた。
 しかし、これだけでは終わらない。この人は次の矢も隠し持っていたのである。さかなクンに続いて、ふなっしーにまで息吹を込めた。
 おさらいをしておこう。

 IKKO
 狩野英孝
 さかなクン
 ふなっしー

 この人すごいなと興奮した。が、私の心にはまだ何か引っかかるものがあった。もっと前にも聞いたことがある……と。
 つい最近、氷解した。







 あ! ヒロミの声の人だ!






 
 ヒロミがテレヴィから遠ざかっていた間に、上記の声を担当していたのだ。平成生まれの諸兄の間では、IKKOの声の人として知られているだろうが、そうではない。ヒロミの声の人なのだ。ヒロミ不在の間に、様々なレパートリーを増やしたまさしくプロフェッショナルの声優さんだ。
 ここでまとめてみよう。

 ヒロミを振り出しに
 オネエを経由して
 いじられるお笑い芸人を経験し
 飛び道具的な文化人や
 キャラクターにまで幅を広げた
 ヒロミの声の人

 どうだろうか。諸兄も同じ声優をさがしてみるのも、何か長続きをするヒントになるかもしれない。
 私はそういうふうにはテレヴィは視聴していない。