阪口祐三郎翁
明治17年(1884)~昭和36年年(1961)
大阪船場に生まれる。早くに両親を亡くし、13歳で松本重太郎翁のもとに奉公し、その薫陶を受ける。
24歳のとき、置屋 大和屋の家業を継ぐ。
全国の花街を視察、見聞を広め、家業の発展に努める。
明治43年芸妓学校を創立、大正4年当時大阪名物といわれたあしべ踊りを考案。 南地花街組合長として、戦前、戦後のミナミの発展に貢献する。
昭和28年全国花街連盟を結成し、その会長となる。高野山金剛峰寺の常任信徒総代として、奥 の院参道の整備、諸堂の寄進等を行っている。
ちょっと整理されてしまったような気がします。
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