日々・ひび・ひひっ!

五行歌(一呼吸で読める長さを一行とした五行の歌)に関する話題を中心とした、稲田準子(いなだっち)の日々のこと。

歌よみに与ふる書⑧

2006年01月05日 | 五行歌以外の文学な日々
八たび歌よみに与ふる書

     ★

悪しき歌の例を前に挙げたので
善き歌の例をここに挙げましょう。

悪しき歌といい、善き歌と言っても、
四つや五つばかり挙げたところで、
愚意を言い尽くせることはないけど、
ないよりはいいと思って、
ちょっとだけ書き連ねる。

先ずは、『金塊和歌集』などから始めましょうか。

 武士(もののふ)の矢並つくろふ小手の上に霰たばしる那須の篠原

という歌は万口一斉に歎賞する(鑑賞しほめること)ように
聞いているので、
今更取り上げて言うことでもないことながら、
なお(過去に読まれた方々が)気がついていないことも
あるかもしれないと思い、
一応申し上げます。

この歌の趣味は誰しも面白いと思い、
またこのような如き趣向が
和歌には極めて珍しい事も
知らない人はいないと思え、
またこの歌が強き歌であることも、
わかっているとは思うのだけれど、
このテの句法が
殆どこの歌にだけにしか存在しないほどの
特色を成しているとは
知る人そんなに多くはないでしょう。

普通の歌は
なり、けり、らん、かな、けれ
などのような
助辞を使って斡旋する(歌を取り持っていくの意)ので
名詞が少ないのが常なのに、
この歌に限っては、
名詞極めて多く「てにをは」は
「の」の字3、
「に」の字1、
二個の動詞(「つくろふ」と「たばしる」)も
現在形(動詞の最も短き形)になっている。

このように必要な材料だけで
充実した歌は実に少ないのである。

新古今の中には
材料の充実した、句法の緊密な
ややこの歌に似たものもあるけれど、
それでもこの歌のようには、
語々活動していないと思われる。

万葉の歌は
材料極めて少なく簡素さを活かして
勝る歌であるが、
実朝
一方はこの万葉を模倣し、
一方ではこのように破天荒の歌を為す、
その力量実に測りがたい歌人である。

また晴れを祈る歌に

 時によりすぐれば民のなげきなり八大竜王雨やめたまへ

というのがあり、
おそらくは世人の好まない歌であると思うが、
これは私の好きで好きでたまらぬ歌でございます。

このような
勢い強い恐ろしい歌はまたとなく、
八大竜王を叱咤するところ、
竜王も承服いたすような勢いが現れている。

八大竜王と
八字の漢語を用いたるところ(※数えると七字なんですが……)、
雨やめたまへと四三の調をもちいたるところ、
皆この歌の勢いを強めたところである。

初め三句は極めて拙い句なれども、
その一直線に言い下して
拙きところ、
かえってその真率偽りないことを示していて、
祈晴の歌などには最も適しているのである。

実朝はもともと、
善き歌を作ろうとして、
これを作ったのではなく、
ただ真心より詠みだしたのが、
なかなか善き歌と相成ったのだろう。

ここらは
手のさきの器用を弄し、
言葉のあやつりにのみ
拘る歌よみどもの思い至らないところである。

三句切れのことはまた
後日、詳細に言うけれど、
三句切れの歌にぶつかったので、
一言書いておく。

三句切れの歌詠むべからず
などというのは、守株(しゅしゅ:古い習慣にとらわれること)の論なので、
論するほどでもないけれど、
三句切れの歌は尻軽くなるので、
弊害がある。
この弊害を救うために、
下二句の内を字あまりにする事しばしばあるが、
この歌もそのひとつである
(前に挙げた大江千里の月見ればの歌もこの例で、
なおその他にも数え切れない)。
この歌のように下を字余りにするときは、
三句切れにしたほうが
かえって勢いづよく相成ります。

取りも直さずこの歌は
三句切れの必要を示した歌である。
また

 物いわぬよものけだものすらだにもあはれなるかなや親の子を思ふ

のような
別にめずらしい趣向もない歌でも、
一気呵成にすると
かえって真心を現してあまりある。

ついでに
字余りのこともちょっと言おう。

この歌は
第五句字余り故に面白いのである。
ある人は
字余りとは、
余儀なくするものと心得ているようであるが、
そうではなく、
字余りには、
およそ三種類あり、
第一、字余りにしたために面白い歌、
第二、字余りにしたために悪しき歌、
第三、字余りにしてもしなくてもいい歌
と分かれる。
その中でも
この歌は字余りにしたがため、
面白い歌になったのである。

もし「思ふ」というのを詰めて
「もふ」など吟じれば
興味索然(さくぜん:おもしろみのなくなるさま)
となっただろう。
ここは必ず
八字に読むべきである。

またこの歌の最後の句にのみ
力を入れて
「親の子を思ふ」と詰めたら
情の切なるを現すものになり、
もし「親の」の語を
第四句に入れ、
最後の句を
「子を思ふかな」「子や思ふらん」
などとすれば、
例のやさしい調となって、
切なる情は現れず、
従って平凡な歌になったであろう。

歌よみは昔から
助辞を濫用しているようだが、
宋人の虚字を用いて
弱い歌を作るのが一般的だった。
実朝は実に千人にひとりの存在であった。

前日来私は
客観詩のみ取り上げる者と
誤解を被っているが、
そうではないことが、
今までの例でわかっていただけただろうか。

那須の歌は純客観、
後の二首は純主観で、
共に愛誦する歌である。
しかしこの三首ばかりでは、
強い歌に偏っているし、
また、
強い歌のみ好むかと、
勘ぐられると思われる。

さらに多少の例歌を挙げるので、
お待ちくださりませ。

          (以上)

     ★

久しぶりに、読み直し(笑)
一月中には、
「十たび歌よみに与ふる書」まで、
書ききってしまいたいです。

(なお、これら掲載後の反論から
綴られた、
「あきまろに答ふ」「人々に答ふ」
「曙覧の歌」「歌話」は、
読み直しはする……かもしれないけれど、
自分なりの訳をアップしません。
興味をもたれた方は、各自でご一読を)

字余りについて、
子規は柔軟だったんだな。

それだけ、形式というよりも、
気持ちのほうを優先したんだな。

だけど、やはり基本は、
五七五七七。

これだけ、多くを、
和歌に対して思うものがあるのに、
ものすごくこれだけは、
固定されているんだな。

こういう詩歌の形式の格闘の歴史から見ると、
いかに「五行歌」というのは、
革命的だったのか、というのがわかる。
現代の空気の中で知ると、
「革命」という言葉が、仰々しく思えたりもするけれど。

     ★

三句切れのところ、
後日詳細を書いたんだろうか。
思い出せないので、
ナナメ読みで
先を読み直したんだけれど、
よくわからんかった(笑)

「三句切れの歌は尻軽くなる」
というのは、
私にはちょっとイタイ(笑)

三句切れの歌って、
上三句は「ネタフリ」
下二句は「オチ」
って感じになるんだと思う。

私はよくするんだよな。
こういうの。

大体、二・三行目あたりまでが、
ネタフリで、
残り二三行が、
オチっていう歌。

前半に、客観できる事象なんかを書いて、
それに対して、
後半自分が思うことを書く。

尻軽かぁ……。
そういわれると、困っちゃうな(笑)

俳句を書いた経験があって、
五行歌を始めた人には、
もしかしたら、
こういうパターンは、
あまり定着していないかもしれない。

五行歌で私は、あんまり
一気呵成していない気がする
(全くしていないことはないです)。

だからといって、
こういうことに、足をとられても、
歌が書けなくなるだけだ。

五行歌は自由だけれど、
私は「私」という枠からは抜け出せないから。
とすれば、
その枠を拡げていくしかないだろう。

拡げられたら、
今までの自分が書かなかった
歌にめぐりあえる。

拡げるとはどういうことか。

それは自分の日常生活を
積極的に生きることと、
連動して、
沢山の人の
内なる感動で出来た「何か」に触れること。

あらあら。
三句切れからそれちゃったかしら(笑)

ま、意識はしないが、覚えておこう。

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