残酷なドラマ「イ・サン」121119
「わたしにこの子を生ませて下さい。
二度と子を守れぬ親になりたくないのです」
「泣かないで下さい。わたしのことでどうか苦しまないで下さい」
「生きてくれ。どうか私のために生きてくれ、ソヨン」
「ソンヨンと子のどちらが大切か、そなたなしでは一日となり、いきられぬ」
わざわざお忍びで呼ばれた町医者は、ソンヨンの脈診をみて、だいたいの病状がのみこめた。
「どうだ。正直に話してくれ。私の病は肝硬変なのか?」
ソンヨンは勇気を奮い起して聞いた。
医者は背をしょんぼりと丸めた。そうしてソンヨンが病名を言い当てたことに恐れ入りながら、そうだと認めた。
自分で医学書を調べて見当はついていたものの、いざ宣告されると、さすがにソンヨンもがっくりきた。しかしまだ尋ねたいことがあったので再び気を入れ直し、
「これから…どれくらい生きられるのだろうか?」
「それは何とも断言できません。温白元という良い薬がございますから、快方に向かう可能性もありますし…」
「いや、薬は飲まない。温白元は毒性の強い薬だ。飲めばお腹の御子を失うかもしれない。私が知りたいのは薬を飲まずに、どれだけ生きられるかだ。答えてくれ。お腹の子を産むまで私の体はもつのか」
「もつかもしれませんが、すでに痛みの症状があるかと思います。薬を飲まなければ、さらに耐えがたい苦痛が続くでしょう」
医者の言うことは本当だった。
そのあと息がとまるほどの激痛がソンヨンを襲ったのだ。痛みが引くまで一人で堪えながら、ソンヨンには急きょ決断が迫られた。
宮殿をしばらく離れ、静養先でお産をしたいと申し出たのである。
宮中にいて御医の診察を受ければ、王様も病気を知るところとなる。そのうえ赤ん坊を産むと言ったら、きっと止められてしまうだろう…
そんな秘められた事情を知るよしもなく、恵慶宮は深い同情をソンヨンに示した。
「王世子を失ったのです。その気持ちは痛いほどわかりますよ。お腹の御子のためにもそのほうがいいでしょう…」
夜のうちすぐにも出発することになって、庭へコシが用意された。
見送りに来たサンは、ソンヨンの小さな両肩をわしづかみし寂しそうに微笑んだ。出産まで4か月ほどの別れになると信じているようだった。
その力強い手に勇気づけられる半分、行くなと言っているようにソンヨンには思えた。
ソンヨンがコシへ乗り込んだタイミングを見計らい、チョビが金の折れ扉をパタリとおろした。
前後左右の役人8人が角材の取っ手をかついで立った。ベルのような金の屋根がゆっくりあがり、灯篭をさげた女官、風呂敷を胸に抱いた女官がついて歩き出した。数人の槍兵のあと、赤服兵のかかげるタイマツの火が後ろに伸びた。
一行は宮殿を出て、静かな闇の通りを抜けた。
輿の窓に八角模様の障子がついている。ぼんやりと赤色に透けたその窓は閉じられたままだ。
中ではソンヨンが人知れず唇を噛んで泣いていた。
激しい痛みや、一人で産むことや、もうすぐ死ぬこと、そして王様との別れが何よりも悲しかった。
中軍パク・テスがお目通りを願っているとナム尚膳が伝えにきたので、こんな夜中に何事だろうかとサンは思った。
話によると、テスはソンヨンの病状がどうも心配でたまらず、町医者の家へ押しかけ、病状を聞き出してきたらしい。
サンは今ならまだ間に合うと判断し、すぐさまテスを含む壮勇衛5名を送りだした。
ソンヨンは王命を受け、その夜のうちに宮殿へ引き返さざるを得なくなったのである。
宮中へ戻ったものの、診察をこばみ続けるソンヨンに周りは苦労した。
途方にくれた顔で御殿の前に立ち尽くす御医から薬の盆を受け取り、サンはとうとう自らソンヨンの部屋へ説得に入っていった。
御医によればすでに病はソンヨンの体をむしばんでおり、回復は極めて厳しい状況という。
そのわりにソンヨンは普段通りしゃんと座り、まるで罪でも犯したように後ろめたい目つきでサンを迎えた。泣いていたのか病のためか目は真っ赤であった。
サンはソンヨンの心と向き合うように目の前へ座り込んだ。そうして煎じ薬を差し出すと、ソンヨンは言った。
「王様、王世子が亡くなった夜、夢を見ました。あの子が私に戻って来ると、そう言ったのです」
子供を産むことへのソンヨンの覚悟は、サンにも痛いほどよくわかる。
それでも厳しいこの現実がどうにももどかしくてならない。
どうしてこんなことになったのか…
「生きてくれ。一生そばにいると約束したではないか」
説得に来たはずのサンは、ソンヨンの前でうちひしがれ、むせび泣いた。そんな夫のことも自分以上にあわれに思え、ソンヨンはサンの首を抱き寄せて一緒に泣いた。
「わたしにこの子を生ませて下さい。
二度と子を守れぬ親になりたくないのです」
「泣かないで下さい。わたしのことでどうか苦しまないで下さい」
「生きてくれ。どうか私のために生きてくれ、ソヨン」
「ソンヨンと子のどちらが大切か、そなたなしでは一日となり、いきられぬ」
わざわざお忍びで呼ばれた町医者は、ソンヨンの脈診をみて、だいたいの病状がのみこめた。
「どうだ。正直に話してくれ。私の病は肝硬変なのか?」
ソンヨンは勇気を奮い起して聞いた。
医者は背をしょんぼりと丸めた。そうしてソンヨンが病名を言い当てたことに恐れ入りながら、そうだと認めた。
自分で医学書を調べて見当はついていたものの、いざ宣告されると、さすがにソンヨンもがっくりきた。しかしまだ尋ねたいことがあったので再び気を入れ直し、
「これから…どれくらい生きられるのだろうか?」
「それは何とも断言できません。温白元という良い薬がございますから、快方に向かう可能性もありますし…」
「いや、薬は飲まない。温白元は毒性の強い薬だ。飲めばお腹の御子を失うかもしれない。私が知りたいのは薬を飲まずに、どれだけ生きられるかだ。答えてくれ。お腹の子を産むまで私の体はもつのか」
「もつかもしれませんが、すでに痛みの症状があるかと思います。薬を飲まなければ、さらに耐えがたい苦痛が続くでしょう」
医者の言うことは本当だった。
そのあと息がとまるほどの激痛がソンヨンを襲ったのだ。痛みが引くまで一人で堪えながら、ソンヨンには急きょ決断が迫られた。
宮殿をしばらく離れ、静養先でお産をしたいと申し出たのである。
宮中にいて御医の診察を受ければ、王様も病気を知るところとなる。そのうえ赤ん坊を産むと言ったら、きっと止められてしまうだろう…
そんな秘められた事情を知るよしもなく、恵慶宮は深い同情をソンヨンに示した。
「王世子を失ったのです。その気持ちは痛いほどわかりますよ。お腹の御子のためにもそのほうがいいでしょう…」
夜のうちすぐにも出発することになって、庭へコシが用意された。
見送りに来たサンは、ソンヨンの小さな両肩をわしづかみし寂しそうに微笑んだ。出産まで4か月ほどの別れになると信じているようだった。
その力強い手に勇気づけられる半分、行くなと言っているようにソンヨンには思えた。
ソンヨンがコシへ乗り込んだタイミングを見計らい、チョビが金の折れ扉をパタリとおろした。
前後左右の役人8人が角材の取っ手をかついで立った。ベルのような金の屋根がゆっくりあがり、灯篭をさげた女官、風呂敷を胸に抱いた女官がついて歩き出した。数人の槍兵のあと、赤服兵のかかげるタイマツの火が後ろに伸びた。
一行は宮殿を出て、静かな闇の通りを抜けた。
輿の窓に八角模様の障子がついている。ぼんやりと赤色に透けたその窓は閉じられたままだ。
中ではソンヨンが人知れず唇を噛んで泣いていた。
激しい痛みや、一人で産むことや、もうすぐ死ぬこと、そして王様との別れが何よりも悲しかった。
中軍パク・テスがお目通りを願っているとナム尚膳が伝えにきたので、こんな夜中に何事だろうかとサンは思った。
話によると、テスはソンヨンの病状がどうも心配でたまらず、町医者の家へ押しかけ、病状を聞き出してきたらしい。
サンは今ならまだ間に合うと判断し、すぐさまテスを含む壮勇衛5名を送りだした。
ソンヨンは王命を受け、その夜のうちに宮殿へ引き返さざるを得なくなったのである。
宮中へ戻ったものの、診察をこばみ続けるソンヨンに周りは苦労した。
途方にくれた顔で御殿の前に立ち尽くす御医から薬の盆を受け取り、サンはとうとう自らソンヨンの部屋へ説得に入っていった。
御医によればすでに病はソンヨンの体をむしばんでおり、回復は極めて厳しい状況という。
そのわりにソンヨンは普段通りしゃんと座り、まるで罪でも犯したように後ろめたい目つきでサンを迎えた。泣いていたのか病のためか目は真っ赤であった。
サンはソンヨンの心と向き合うように目の前へ座り込んだ。そうして煎じ薬を差し出すと、ソンヨンは言った。
「王様、王世子が亡くなった夜、夢を見ました。あの子が私に戻って来ると、そう言ったのです」
子供を産むことへのソンヨンの覚悟は、サンにも痛いほどよくわかる。
それでも厳しいこの現実がどうにももどかしくてならない。
どうしてこんなことになったのか…
「生きてくれ。一生そばにいると約束したではないか」
説得に来たはずのサンは、ソンヨンの前でうちひしがれ、むせび泣いた。そんな夫のことも自分以上にあわれに思え、ソンヨンはサンの首を抱き寄せて一緒に泣いた。