生きるとは呼吸することではない

気になった呼吸器関連論文

陽圧換気療法と心血管系合併症

2017年08月27日 | 呼吸管理
 医者の仕事は患者の健康問題を解決することだが,時々困っていないのに病院にやってくる患者がいる。特にスリープの初診患者はほとんどがそうで,職業運転手は別として,主訴が「いびきがうるさい(と奥さんに言われる)」「(他科入院中だが)寝ているときに呼吸が止まっている(ことが看護師さんに見つかり主治医が紹介した)」とかで,本人はさっぱり困っていないということがしばしばである。

 とはいえ,睡眠呼吸障害のうち,重度のOSA患者では全死亡や心血管死亡が増加することが観察研究から示されている(Sleep Breath 2017;21:181-189, J Am Coll Cardiol 2008;52:686-717)。陽圧換気療法は睡眠時無呼吸の標準治療だが,心血管イベント抑制や生命予後改善の効果が期待されていたものの,そのエビデンスは乏しかった(循環器領域における睡眠呼吸障害の診断・治療に関するガイドライン,2010)。ところが,2012年以降,複数の無作為化試験が報告され,2016年には参加者2,700人というこれまで最大規模の臨床試験Sleep Apnea Cardiovascular Endpoints (SAVE) Studyが発表されたが,その結果はネガティブであった(NEJM 2016;375:919-931)。

 そんなわけで,今回は取り上げるのは,NEJM Journal Watchの8月7日号から,JAMAの7月11日号に掲載されたシステマティックレビュー・メタ解析である。

 データソースはMEDLINE,EMBASEおよびCochrane Library。2017年3月までに発表された,主要有害心血管イベントまたは死亡の報告を含む無作為化試験を検索した。データ抽出は2人の独立した研究者が行い,ランダム効果モデルを用いてメタ解析を行い,要約相対リスク比(RR),リスク差(RD)および95%信頼区間(CI)を算出した。主要評価項目は,ACS・脳卒中・血管死の複合(主要有害心血管イベント),個々の血管イベント,および死亡とした。

 解析には10個(CPAPが9個,ASVが1個)の臨床試験が組み込まれた(症例は計7,266例,平均年齢60.9[51.5~71.1]歳,男性5,847例[80.5%],平均BMI30.0[SD 5.2])。主要有害心血管イベントは356件,死亡は613件報告されたが,陽圧換気療法は主要有害心血管イベント(RR 0.77[95%CI 0.53~1.13,P=0.19],RD -0.01[95%CI -0.03~0.01,P=0.23]),心血管死亡(RR 1.15[95%CI 0.88~1.50,P=0.30],RD -0.00[95%CI -0.02~0.02,P=0.87]),全死因死亡(RR 1.13[95%CI 0.99~1.29,P=0.08],RD:0.00[95%CI:-0.01~0.01,P=0.51])のいずれとも有意な関連はなかった。同様に,陽圧換気療法とACS,脳卒中および心不全との関連も認められなかった。CPAPとASVで差はなく,メタ回帰解析において無呼吸の重症度,追跡期間あるいは陽圧換気療法のアドヒアランスの違いによる転帰との関連はなかった。

 本研究の結論としては,陽圧換気療法は心血管イベントや死亡の減少とは関連がなかった,となる。論文中のFigure 2を見れば一目瞭然だが,ネガティブスタディーをいくら統合解析してもポジティブな結果にはならないのである。では,この論文には価値はないか,というと,そんなことはないと思う(メタ解析はエビデンスレベルが高いとかそういうことは別にして)。以前も書いたが,呼吸管理では薬物治療以上に,どんな患者にどういう介入をするか,がポイントになる。Figure 4から読み取れるのは,陽圧換気の時間は長いほど,AHIは高いほど,効果が高そうだということだ。エディトリアルではないが,結論を出すには Far Too Soon to Say である。

 やっぱり,PSGで重症と診断された患者には陽圧換気療法をおすすめするべきなんだと思う。確かに自覚症状のない患者のアドヒアランスは悪い(J Cardiol 2014;63:281-285)のだが,SAVE Studyの平均アドヒアランス(3.3時間!)に比べたら,かわいいぐらいである。


Yu J, Zhou Z, McEvoy RD, et al. Association of Positive Airway Pressure With Cardiovascular Events and Death in Adults With Sleep Apnea: A Systematic Review and Meta-analysis. JAMA 2017;318:156-166.
Gottlieb DJ. Does Obstructive Sleep Apnea Treatment Reduce Cardiovascular Risk?: It Is Far Too Soon to Say. JAMA 2017;318:128-130.


COPDに対する在宅NPPV

2017年07月29日 | 呼吸管理
 NPPVは慢性呼吸器疾患の急性増悪に対する治療法として確立されているが,慢性期のエビデンスは限られている。我が国の在宅NPPVの基礎疾患として最も多いのはCOPDだが(在宅呼吸ケア白書,2010),COPDによる慢性呼吸不全に対するNPPVの有用性は確立されているとは言い難い。実地臨床でCOPD患者でNPPVを導入する状況としては,II型呼吸不全の患者が増悪入院して,軽快したけどやはりPaCO2は高いままで,「今回は自宅にマスク持って帰りましょう」といった場合が多いと思うが,それは本当にエビデンスに裏付けられた治療法なのだろうか。

 2014年に,COPD増悪で入院してNPPV離脱後も48時間以上高炭酸ガス血症が遷延した患者を対象として,NPPV導入群と通常治療群を比較したランダム化試験(RESCUE trial)がオランダのグループから発表された。1年間の再入院または死亡が主要アウトカムであったが両群で有意差はなく,増悪頻度・肺機能・HRQOL・身体活動性・自覚症状でも差は認めらなかった(Thorax 2014;69:826-834)。つまりはネガティブスタディーだったわけだが,同時期に発表されて,死亡率減少(12% vs 33%, HR=0.24)を証明したポジティブスタディー(Lancet Respir Med 2014;2:698-705)と比べてみると,患者選択や介入内容次第で試験結果なんて変わってしまうものだと感じた人もいただろう。例えば,後者の試験では,対象患者は明らかな高炭酸ガス血症(PaCO2≧51.9mmHg)で,NPPVの設定はWindischらが提唱したhigh-intensity NIV(Thorax 2010;65:303-308)が採用されていた。これは臨床試験のデザインでも実地臨床でも同じだが,どんな患者にどういう介入をした場合にベネフィットがあるのか,十分検討する必要があることを痛感させる。

 さて最近,COPD増悪後に高炭酸ガス血症が持続する患者に対する在宅NPPV導入の有用性を検証した試験が発表された(JAMA 2017;317:2177-2186)。いわばRESCUE trialのリベンジである。

 試験デザインはオープンラベル無作為化並行群間比較試験。英国の13の施設による多施設共同研究である。対象患者は増悪後に呼吸性アシドーシスが改善して2週~4週間が経過しても高炭酸ガス血症(PaCO2≧53mmHg)と低酸素血症(PaO2≦60㎜Hg)が持続するCOPD患者。酸素療法に加えて夜間NPPV療法を導入して,酸素療法単独と比較して,COPD入院回数・長期酸素療法既往・年齢・BMIを補正した後の12か月以内の再入院または死亡までの期間が延長するかどうかを検討した。

 2021名をスクリーニングし,肥満(BMI>35)やOSAやその他の呼吸不全患者を除外して,124人を登録した。患者は,HOT群 (酸素流量中央値 1.0L/分[IQR 0.5-2.0L/分]) 59名とHOT(酸素流量中央値 1.0 L/分[IQR 0.5-1.5 L/分])+在宅NPPV群57名に無作為に割り付けられた。NPPVの設定(中央値)は,IPAP 24(IQR 22-26)cmH2O,EPAP 4(IQR 4-5)cmH2O,呼吸数 14(IQR 14-16)回/分であった。

 結果であるが,ランダム化された患者116 名 (平均年齢 67歳n,女性 53%,平均FEV1 0.6L,室内空気下の平均PaCO2 59mmHg)のうち64名(HOT群28人、HOT+在宅NPPV群36人)が12か月の試験を完遂した。再入院または死亡までの期間(中央値)は在宅酸素+在宅NPPV群は4.3か月(IQR 1.3-13.8か月)と在宅酸素療法単独群は1.4 か月(IQR 0.5-3.9か月) と比べて有意に延長していた(HR=0.49 [95% CI, 0.31-0.77])。また12か月間の再入院・死亡リスクは,HOT+在宅NPPV群 63.4%に対してHOT群 80.4%と,絶対的リスク減少は17.0%(95% CI 0.1%-34.0%)であった。12か月間の全死亡は28% vs 32%(HR=0.67 [95% CI, 0.34-1.30])で差がなかったが,増悪回数は 3.8回/年 vs 5.1回/年(RR=0.66)と減少していた。つまり,HOT+NPPVが増悪による再入院の減少に有用であることが証明されたことになる。

 本論文の結果を踏まえると,先ほどの「どんな患者にどういう介入」という話では,患者は「COPD増悪後にII型呼吸不全を呈する者」ということになる。RESCUE trialでは患者選択基準はPaCO2>45mmHgだったが,本試験ではPaCO2≧53mmHgであり,我が国のコンセンサスであるPaCO2≧55mgHgという数字と一致する。

 問題は「どういう介入」だが,本論文ではhigh-pressure ventilation strategy(Int J Chron Obstruct Pulmon Dis 2012;7:811-818)が採用されており,ポジティブな結果だったLancet Respir MedのRCT(平均IPAPは21.6cmH20)と同様,十分なサポート圧(20㎝以上のIPAP)でPaCO2の低下を目指す換気戦略が採用されている。我が国での一般的な流儀では,非侵襲的換気療法研究会の全国調査(日呼ケアリハ学誌 2015;25(3):384-394)にもあるように,IPAPは12㎝H20程度なので,それと比べるとかなり高い圧になる。2014年当時,国内の呼吸管理業界では「そんなにサポート圧を上げてアドヒアランスは大丈夫なのか」「BMIが高い海外のCOPD患者のデータは日本人にそのまま適応できないのではないか」といった感想も多かったと思うが,本論文の結果はそれに対する回答を示したものと言えるだろう。

 COPD患者の在宅NPPVについては,『NPPVガイドライン(改訂第2版)』では「適応のある症例では試みてよい」といった記述にとどまっているが,今後は,適応のある症例では積極的に試みられるようになるのは間違いないだろう。


Murphy PB, Rehal S, Arbane G, et al. Effect of Home Noninvasive Ventilation With Oxygen Therapy vs Oxygen Therapy Alone on Hospital Readmission or Death After an Acute COPD Exacerbation: A Randomized Clinical Trial. JAMA 2017;317:2177-2186.

抜管後の呼吸管理に明らかに正しい選択はない

2016年12月01日 | 呼吸管理
ハイフローセラピーといえば,高流量酸素の費用が見合わないとして以前は一部のマニアにしか関心が持たれていなかったが,平成28年度の診療報酬改定で1日160点が算定できるようになってから,最近では徐々に広まってきていると聞いている。その最大の利点は食事や会話ができるといった快適性であり,導入している施設の多くではIPF急性増悪などのI型呼吸不全やDNI(do-not-intubate)の症例に使用していると思う。

I型呼吸不全患者を対象としたハイフローセラピー・通常の酸素療法・NPPVの3つの治療法を比較したランダム化試験では,ハイフローセラピーは他の二つと比較して挿管率に差はなかったものの,90日死亡率を低下させたと報告されている(NEJM 2015;372:2185-2196)。また,抜管後の48時間のハイフローセラピーは酸素投与と比較してPaO2/FiO2比が良く,快適性や挿管回避率も高かったと報告されている(AJRCCM 2014;190:282-288)。再挿管率をプライマリーアウトカムとした最近の研究(JAMA 2016;315:1354-1361)でも同様の結果が得られている。

ところで,再挿管リスクの高い患者の人工呼吸器離脱支援については従来NPPVがしばしば利用されていた(CMAJ 2014;186:E112-E122)が,ハイフローセラピーとの比較はなかった。最近のJournal Watchに,JAMAの10月18日号に掲載された論文が紹介されていたので,それを取り上げる。

本研究はスペインの3つのICUで実施されたオープンラベルのランダム化比較試験。対象は,離脱基準を満たして計画的に抜管される挿管人工呼吸管理患者で,再挿管の危険因子が1つ以上ある者。抜管後に24時間のハイフローセラピーを実施して,NPPVと比べて,72時間以内の再挿管と呼吸不全の発症が同じ程度(非劣性)かどうかを検討した。再挿管の危険因子としては,65歳以上,抜管日のAPACHIIスコアが12点以上,BMIが30以上の肥満,気道分泌物のコントロールが不十分,ウィーニングが困難だった,2個以上の併存症,人工呼吸管理の理由が心不全,中等度から重症のCOPD,気道管理に問題がある,人工呼吸管理期間の遷延,のいずれかと定義した。

604人の患者(平均年齢65歳,男性64%)が,314人がNPPV,290人がハイフローに割り付けられた。ハイフロー群のうち66人(22.8%),NPPV群のうち60人(19.1%)が再挿管された(絶対差 -3.7%)。また,ハイフロー群のうち78人(26.9%),NPPV群のうち125人(39.8%)が呼吸不全となった(リスク差 12.9%)。再挿管までの期間は両群に差はなかった(ハイフロー群 26.5時間 vs NPPV群 21.5時間)。平均ICU滞在日数はハイフロー群で短かった(3日 vs 4日; P=.048)。治療中断につながる有害事象はハイフロー群ではみられなかったが,NPPV群では42.9%にみられた(P<0.001)。

この研究結果から再挿管リスクの高い患者の人工呼吸器離脱支援に関してハイフローセラピーはNPPVに比べて非劣性と結論される。とはいえ,Journal Watchのコメントにもあるように,再挿管のリスクが高いすべての患者にとってハイフローセラピーが正しい選択である,と納得させるものではない。「ハイリスク」の定義が非常に包括的で,気道分泌物の排泄が問題になるような神経疾患をもつ患者が含まれていたり,外傷や外科手術後の患者が含まれていたりして,対象患者集団はかなり不均一である。また,抜管後24時間の支持という介入が適切かどうかという疑問がある。先に紹介したAJRCCMの論文では抜管後に48時間ハイフローセラピーを行っている(挿管率はわずか4%である)。さらに,本研究の対照群であるNPPV群の4割強がNPPV継続困難になっており,NPPV継続時間の中央値は14時間に過ぎない。そもそも,NPPVが継続できないような患者を選択基準に入れるのは,研究デザインとしてどうなのか。確かにハイフローセラピーが有用であるとは言えるだろうが,どの患者が適しているのか,または適していないのか,本当のところはわからないと思う。

とりあえず,現時点での,抜管後の呼吸管理に関するベストの戦略は,個々の患者の臨床像に基づいて,NPPV,ハイフローセラピー,標準的な酸素療法から適切な選択をすることなのだろう。


Hernandez G, Vaquero C, Colinas L, et al. Effect of postextubation high-flow nasal cannula vs noninvasive ventilation on reintubation and postextubation respiratory failure in high-risk patients: a randomized clinical trial. JAMA 2016;316:1565-1574.
Kritek P. No clear right choice for postextubation support. NEJM Journal Watch General Medicine November 15, 2016