斯く語りき

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まだまだ同様のことはあると思います

2018-02-07 23:45:00 | 社会部
白骨3遺体、40〜60代男性か=骨折の痕も―埼玉県警

今回の様な“何かの拍子に”発見されるのは幸運だと思います。すっかり疲弊してしまった現代社会に於いて、彼らの様な状況に陥った儘の人たちはまだまだ沢山いると想像します。

発見された彼らは死因が特定できなければ司法解剖に回されると思いますが、果たして其処で死因が特定できたとしても、事件性を伺わせるものがあったとしても、そこから犯人を特定するのも難しいのではないでしょうか。

別の記事では借り主の50歳の男性が先月から行方が判っていなかった様ですが、どうやら発見されたとのことで、今後事情を聞くとありました。まぁ、普通に考えれば借り主が最も事情を知っている訳ですから、況してや骨折の痕があったとなれば事件性が疑われても仕方がありません。続報が待たれるところです。

話を戻しますが、現代の日本社会は自分自身の明日すら判らない状態です。そんな中で他人をどうこう思えるだけの余裕がなくなっています。勿論、国民として、人間として同胞が困っていれば助け舟を出すべきなのですが、かと言って迂闊に助けようとすると逆に利用されてしまう現実もあります。兎に角、国民が自国民を基本的に信用していないのですから恩が仇になることも十分に有り得る訳です。

更に記せば、自分自身のことで精一杯となれば周囲に対する注意力も散漫になります。今回の件にしても、仮に借り主の男性が何らかの犯罪を行っていたとしても誰も気が付かなかった訳ですから、それは正しく注意力が散漫になっていた証拠でしょう。もし余裕のある状況であったとしたら誰かが助け舟を出していましたし、男性も良からぬことに向かってしまうこともなかったでしょう。

では、こうした状況をなくすにはどうすれば良いでしょうか。

そもそも日本が疲弊してしまったのは日本人が不設楽であったからに他なりません。バブル経済を起こしたのも日本人ですし、それを崩壊させたのも我々日本人なのですから、そのケツ拭きも我々がしなければならないのです。そこに焦点が行かない限り解決の道は訪れません。

過去にあった『~景気』と云われたものは殆どが海外の状況回復によって齎されたものです。きちんと軌道修正してくれたレールに乗っかって恩恵を受けていたに過ぎません。バブル経済も元を手繰れば乗っかった勢いの延長だったと思いますが、いざ其れが崩壊したとなれば、その責任は当事国にある訳ですから、きちんとケツ拭きをするべきなのです。

どうも日本はケツ拭きを真っ当にしたことがないと思うのです。第2次大戦で敗れた後に当時の指導者が罰を受けて一応の幕引きにはなっていますが、本当の意味で日本人は戦争や敗戦から何かを学んだのでしょうか。我々は簡単に勢いに乗せられてしまう浮ついた国民性だという認識を自覚したのでしょうか。

その後の日本の歴史を見れば簡単に乗せられてしまう国民性だということが如実に顕れていると思うのですが、未だに気が付かないのは何故なのでしょう。そして乗ったことが悪い方向になってしまった際の対処法も真艫に学んでいません。こんな有様を恥ずかしく思わないのでしょうか。

既に日本は【明日を犠牲にして今日を棄てている】域に達しています。

この先には大きな代償を払って強制的に軌道を戻らされることになるでしょう。自国で解決できずに破産したら海外からの手助けを受け入れる代わりに厳しい条件を飲まされます。余裕があった上での倒産であれば債権者も多少の慈悲を与えてくれますが、そうでなければ容赦しないのは当然の成り行きです