女優月丘千秋

女優月丘千秋についてのブログ。
About A Japanese Actress - Chiaki Tsukioka

殺陣師段平

2013-08-05 01:12:34 | 基本情報
ここでは、女優としての月丘千秋の素晴らしい演技のシーンを紹介したい。
映画館で、映像と音として体験していただけば、それに勝るものはないのだが、ここではそのシーンを言葉で形で再現する。スクリーンショットと合わせて、実際の映像を思い浮かべて頂きたい。

『殺陣師段平』(1950年 東横映画 監督:マキノ雅弘)より
 沢田  市川右太衛門
 おきく 月丘千秋

楽屋
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化粧を整える沢田

倉橋「お、おい、段平の殺陣はまだ来ないのか」
沢田「え、うん。まだ来ないんだよ。
倉橋「弱ったなぁ、今日の間に合わないなぁ」
沢田「う、うん。」
楽屋番「先生、まだぁ・・・」
沢田「段平の使いも来ないのか」
楽屋番「へぇ、ずーっと、楽屋口で待ってましたんやけど、使いも気まへんのや。
 段平さんのこっちゃさかい、また中風でもなんでも、飲んでしもたのじゃないのかとちがうのかと思いまんのやけど。」
沢田「そうかね・・・」
楽屋番「はぁ、じゃ、もいっぺん」
倉橋「じゃあ、そうしてくれ」
楽屋番「は、承知いたしやした」
倉橋「ま、今日はしょうがない。明日の間には合うだろう。」
沢田「あぁ。ま、ちょっと、楽しみ過ぎたんだね」
倉橋「ふ、ははは・・・」

楽屋口
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おきく「あ、こんばんは」

刀を持ったおきく、ちょこっとお時儀をして、走って楽屋の方へ入る

楽屋口の男「ちょっとこんばんはじゃないよ、なんだ。なんだ、あんた。」

貼紙:「開演中 出演者の面会 絶対禁ず 支配人」

受付の男「なんだ。おい、面会かい? あかん、あかん。
おきく「沢田先生に会いたいんです。」

開幕のベルが鳴る。

受付の男「もう幕上がってんねん。開演中は決して会わんのや。あかん、あかん
     あかん、ここに書いてあるやないか」
おきく「え、あの、でも、ちょっと」
楽屋口の男「開演中はあかんのや、あかん、あかん、帰って、帰って」

おきく、楽屋口から追い出される。

そこに、先の楽屋番が来て、段平の使いを探すが、もうおきくは見当たらない。

舞台
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開幕のベルが鳴り続ける。

沢田「段平からないのか?」
スタッフ「段平? なにもきやしはらへん」
沢田「そうか・・・」
スタッフ「はい。(他の役者に向って)早く早く!」

沢田、セットにつく

南座・表
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開幕のベルが鳴り続ける。
走るおきく、入口から入る。きょとんとする劇場スタッフ。

客席
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おきく、満席の中、右往左往し、花道へ。
花道にあがり、舞台袖まで走る。

開演のベルが鳴り止む。
おきく、倒れこむ。

舞台
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おきく、肩で息をつき、這うようにして、肩で幕を揚げ、幕の下から、沢田のいるセットへ入り込む。
立ちあがり、役者たちをかきわけ、沢田の方へ、走る。

おきく「あ、先生!先生 ・・・  大将の ・・・ 段平の殺陣が・・・」
沢田、「(目を輝かせ)う、うん! 出来たか!?」

観客の声「早く、始めろ!」

おきく「は、はい! やっと・・・ やっとできました・・・(泣く)」
沢田 「そうか。ん、そりゃ、よかった・・・(顔をあげる)
    そりゃよかったね・・・(小声になる)
    じゃ、後で・・・」
おきく「え? あの先生・・・間に合うんです。お願いします。」
沢田 「段平が来なきゃ、どうにもならないじゃないか」
おきく「わてが習ってきました。わてが出来るんです!」
沢田 「もう時間が無い」

おきく、役者たちに連れ去られていく。

おきく「先生、お願いです、わてが出来るんです!お願いです、先生!」

客席
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開幕を待つ観客

舞台
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おきくが、懇願の声を上げる中、沢田、セットの床に着く。
拍子木が鳴る。
沢田、飛び起きる。

沢田「待て!待て待て、おいおい」
と、おきくの方へ走り、おきくをつかまえ、床のところへ呼び寄せるる。
沢田「みんな、みんな」

客席
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開幕を待つ観客 一層声が高まる。

舞台
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拍子木が鳴る。
沢田、一層の歓声に、あわてて、幕の方へ走る。

幕の前
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沢田「みなさん、申し訳ございません。大変、幕間が延びましたことを、沢田、みなさんにお詫び申し上げます。
   実は、ただいまから皆さま方に観ていただきまる、忠治最期の場の立ち回り、今日ただいままで、努力をして参りましたが、真実を欠くるように思えて、非常に苦しんでおりました。
   新劇の演劇は、この新国劇の、この沢田の生命であります。」

観客「そうだ!そうだ!」

沢田「はからずも、今日、ただいま、中風で倒れました殺陣師市川段平が、この殺陣をつけてくれたのであります!
   必ず、皆さま方のご満足を得るものと、沢田は深く信じております。
   どうか、真実の演技を、真実の演技を演技を皆さま方に観ていただく、
   不肖この沢田のために、いま一時の、いま一時の、その時間をお与えください。」

観客、喝采。

舞台
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喜ぶおきく、役者たち。

おきく「先生!」
沢田 「よかった!・・・・・・・」

沢田はおきくを床へ連れていき、皆と一緒に、おきくを囲む。

沢田 「みんな、みんな、一緒に観ておくんだぞ。いいか。いいか。さ、さ、やってくれ。やってくれ。落ち着いてやってくれ」

おきく「(喜びの表情から真剣な表情に)はい・・・
    あの・・・(と腰を下ろし、忠治の床に着く)
    捕り方はんがジリジリと押し寄せてきてもらいます。
    "御用御用"と声だけかけるけど、
    恐れてなかなか近寄れまへんのや。」
沢田 「うん」
おきく「忠治は、忠治は、不治の身体、やっと、やっとの思いではいずり起こして、
    震える手で力いっぱい、刀を、刀を」

段平(月形龍之介)の瀕死の殺陣がオーバーラップされる。

沢田 「うん・・・」

観客席
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(静まりかえっている)

舞台
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沢田、いきいきとした目でおきくの方に近寄る。
沢田 「よしわかった、ありがとう!やれるか、やれるか、やってみる!
    え、あんた、段平の代わりだよ。」
おきく「はい」
沢田 「いいかい、舞台の袖から 段平の思惑どおりか、どう違うか、しっかり見てくれ。いいか。
    いいか。僕が駄目だったら、あんたが、あんたが、僕に駄目を出すんだよ。
    いいかい、しっかり見ていてくれ!」
おきく「はい!」
沢田 「え、いいか。よし、開けろ!」

おきく、舞台の袖に。
拍子木が鳴り、歓声が鳴り響く。

(中略)

終演後の舞台で
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おきくは数珠を手に持っている。

沢田 「段平はいい男だったねぇ」
   「いい奴だった」
   「ほんまにいい人やしたなぁ」
沢田 「おきくさん、いいお父さんでしたねぇ。」
おきく「いいえ、わては」
沢田 「段平はあんたのおとっつあんだ。
おきく「いいえ、違います」
沢田 「いいや、そうだ。あんたは、娘さんだ。確かに段平の娘さんだ。この沢田にはよく分かっている。
    あんたの殺陣から、段平の血を見たんだ。あんたは娘さんだ。確かに段平の娘さんだよぉ」
おきく「でも、わては・・・」
沢田 「段平の子だったら、嬉しいんだろ、あんた」
おきく「先生! 本当なら・・・」
沢田 「本当だよ」
おきく「本当なら、嬉しおすねんけど。本当なら、たった一言だけでも・・・」
沢田 「父だと、段平から聞きたかったんでしょう。」
おきく「ええ!」
沢田 「もっとも。だがね、おきくさん。あんたのようないい子に父だと言えなかった段平は、・・・段平は、可哀相な男でしたねぇ。そうでしょう。ねぇ?
    だから、段平はいいお父さんでしたねぇ・・・」
おきく「嬉しおす・・・・(と突っ伏して泣く)」

沢田 「ねぇ、倉橋君、死ぬほどの病気と知ってはるのか?」
倉橋 「そうだったねぇ」

沢田 「おきくさん、堪忍してくださいよ。段平を殺したのは僕だ。」
おきく「いいえ、違います。」
沢田 「いや、そうだ」
おきく「違います。違います。おとっつあんは。」
沢田 「おとっつあん、おとっつあんだよ!」
おきく「ええ、先生、おおきに、言います。言わしてもらいます。
    おとっつあんは、殺陣師が一世一代の殺陣と取っ組んで死ねる。
    先生にお礼言うといてや。こんな嬉しいことはおまへんのや。
    ほんまだす。くれぐれも段平がそう言ってたと言うといてや・・・」
沢田 「段平・・・嬉しいこと言ってくれたなぁ。嬉しいなぁ・・・」
おきく「そして、死んだ可愛い女房のお春がお盆で帰って来よりますさかい・・・」
沢田 「ん、女房のこと言ったか?」
おきく「へぇ!
    明日、お春と二人で仲良う南座を観に行くんや。
    沢田先生が勝つか、市川段平が勝つか・・・・」
沢田 「勝つ?」
おきく「はっきり見届けてから、わいみたいなもんや、地獄に行くんや。
    間違うても極楽行くか。
    とにかく、お春に連れて行ってもらうんや。
    先生、負けたらあきまへんで。わいみたいなもんに負けんように
    しっかりやってもろうてや・・・
    おとっつあん。息を引き取るまで、何遍も、何遍も・・・」    
沢田 「段平、言ったな、段平。明日は勝つぞ。明日は・・・」

沢田、舞台から観客席へ
おきく、再び、突っ伏して泣く。

幕の前
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無人の観客席に向い

沢田 「段平! 段平! 段平!」