TK Presents “タイで働く駐在員のブログ”

仕事のこと、海外のこと、プライベートのこと、趣味のフットサルのことなどについて「サラッソ大阪」代表“TK”が綴ります。

たまにはフットサル話。

2005年09月16日 | フットサルのこと。
最近PFC Cor-magnonを引退してから全く身体を動かしていない私。

やっぱり2週間近く身体を動かしていない上に毎晩呑んでいると身体が重たい感じがする…。明日もサラッソ大阪の飲み会で暴飲暴食予定。そろそろ長居公園でも走ろうかと…。

TKもフットサルに携わるようになってから、はや10年になる。

学生の時に高校時代の友人と集まった時に「ミニサッカーってあるの知ってる?」と聞かれたのがフットサルを始めるきっかけとなった。それまでは殆ど野球ばかりしていた私。コートが狭く、5人でプレーするサッカーらしい。ボールを蹴る事なんて殆どなかった私は、キーパーとして参加することになった。メンバーは私以外は高校サッカー部出身。私だけ野球部出身。あれだけ小さなボールでノックを受けていたので、サッカーボールなんて別に簡単に取れるやろうとキーパーを選んだ。

チーム名は当時アメリカで流行っていたブランドから「GUESS」に。当時はフットサルコートは京都府八幡市の「スポーツアベニュー」しかなく、そこの月例大会に出た。いきなりトーナメントで1回戦は快勝したが、2回戦でPK戦にもつれ込み、1本も止められずに敗戦。それがはじめての公式戦の成績だった。しかしその後月例大会に出るうちに準優勝するなどチームもそこそこ好調であったが、誰もフットサルのプレーなぞ知らず、単なるミニサッカーのチームであった。「ゴレイロ」なんていう言葉すら知らなかった。

社会人にもなってメンバーが地方に散らばり、やがて活動休止に。そこで次に入ったチームが会社の人の紹介でその人の高校時代の友人が集まって結成された「新撰組F.C.」というチームに加入。ここではフィールドプレーヤーとして加入し、チームメイトに足裏でのボール扱い、トーキックなどを教えてもらった。ここでフットサルというものに初めて触れた気がする。ここのチームでフットワンリーグと出会う。結構順調に勝ち進み、1シーズンで1部昇格。そして翌シーズン1部で2位となり、フットワン関西チャンピオンズリーグに出場し、関西3位の成績を残す。

しかしここから次第に歯車が噛み合わなくなってくる。
シーズンを重ねる毎に成績が落ちるようになり、とうとう2部落ちする成績まで下がった。2部落ちが決定した時点で新撰組F.C.は解散することとなった。

しかしフットワンリーグで活動する情熱は失せず、次に移籍したのが新撰組F.C.のメンバーが中心となって結成した「Y.D.C.2003」。非常にメンバーが充実していてわずか1シーズンで1部昇格が決定。しかし自分自身のフィールドプレーヤーとしての素質に限界を感じ、1シーズンで「KING STARS」に移籍。ここからまたTKはゴレイロとしてプレーすることとなった。フットワンリーグで2部から1シーズンで1部昇格を果たし、5シーズンぶりにフットワン関西チャンピオンズリーグに出場し、4位の成績であった。この頃同時にKING STARSの仲間を中心に大阪府リーグ「PFC Cro-magnon」を結成したため、KING STARSは解散した。

そして府リーグのチームと掛け持ちでフットワンリーグで新たに「サランバ大阪」を結成し、フットワンリーグ大阪3部で参戦。3部で準優勝し、2部昇格と同時に「サラッソ大阪Imperial」にチーム変更。2部も準優勝し、来期1部でプレーすることとなる。

まぁこれが私のフットサルの半生です。長文になりましてすみませんでした…。
コメント
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