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本と音楽とねこと

若者保守化のリアル

中西新太郎,2019,若者保守化のリアル──「普通がいい」というラディカルな夢,花伝社.(1.27.2021)

 わりと評価の高い書物のようだが、「ちがうんじゃないか」という思いをもつところも多かった。
 生活満足度は高いが、自己肯定感は低く、将来への明るい希望をもたない、ついでに加えておくと抑うつ度が高い、こうした日本の若者の特徴をふまえると、将来、政治的有効性感覚をとりもどし、生きづらさという個人がかかえる問題を社会的なそれとして解決すべくアクティベイトするとはとても思えないのだが、中西さんは、「語りえないサバルタンの声」までもちだして希望をつなぐ。うーん、これは苦しい。
 アベシンゾーやガースーが「保守」とは認めがたいが、まあ「保守」であるとして、若者にはかりにアベやガースーを支持する者が多いとしても。それは「保守」主義を支持しているわけではなく、中西さんも指摘しているとおり、たんに自己、(身の回りの)シャカイと政治とを接続する思考回路を遮断されている、というよりもとより身につけてこなかったからだろう。てっとり早く言えば、もとから思考停止。「現職の総理大臣だから支持する」、ただそれだけのことだ。
 ただ、若者というあまりにおおざっぱな括り方をしてあーだこーだ言うのはあまりにずさんなカテゴライズの暴力、というのは承知しておかないといけないというのは当然のこととして、「若者はキャリア達成の意欲が低すぎるから脅してでもシューカツに立ち向かわせないといけない」という意見があれば、猛然と反発したいし、現にそうしている。物質的欲望が希薄だというのは地球環境のことを考えても賢明だ(クルマも腕時計もバッグも執着するのはほんとくっだらない)し、「普通の暮らしができれば別に高い地位につかなくていい」というのも健全な思いである(高い地位の高いってそもそもなんだ?総理大臣さえあんなあーぱーなんだから高いもクソもないだろ)。それが、せめてディ-セントな労働と人間らしい生活の権利を要求する政治的意識に、そしてブルシットな役割を拒否する権利意識に発展することを願うばかりである。

壊れゆく日本社会を生き延びる若者たちの変化。高い生活満足度と生のミニマリズム化、財界・政府支配層が期待する「グローバル競争を勝ち抜く優秀な人材」に反する現実主義、求められるのは「さりげなく」笑ってみせられる力…。若者をかつてない“安定志向”に向かわせる「生きづらさ」の実相。ラディカルな保守志向が現実政治に対する批判へと転回する契機はどこにあるのか?

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