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FREI ABER EINSAM

ロンドンのひとり暮らしで感じたこと~クラシック音楽と旅を中心に~

『祝祭の都ザルツブルク―音楽祭が育てた町―』を読む

2006年01月21日 | Weblog
小宮正安 『祝祭の都ザルツブルク―音楽祭が育てた町―』 
音楽之友社 2001年

モーツァルトがザルツブルクで産声をあげてから間もなく250年を迎える。モーツァルトについてはこれまで折に触れて書簡集や伝記、そして何より音楽を通じて、色々なことを考えてきたつもりだが1) 、生誕の地ザルツブルクについては断片的な事柄しか知らなかった。また、毎年夏にはフェスティヴァルに足を運ぶにも拘らず、関心は専ら音楽で、祝祭そのものについては、ザルツブルクの町と同様ほとんど知らなかった。そこで上掲の本である。

先ずタイトルから推察されるようにこの本はザルツブルク祝祭を中心主題に据えた本ではない。いや、厳密に言えば祝祭について多くの紙幅が割かれていることは確かなのだが、それは祝祭における演劇や音楽を正面から論じたものではなく、主に祝祭とその舞台となったザルツブルクという町(ひいては欧州や米国)の関係について論じたものである。従って、例えば、ある年のプログラムにはどのような演目が並んだかとか、出演者は誰だったかとか、さらに踏み込んで演出や解釈はどのようだったのか、といった事柄は記述の対象ではない。その代わり祝祭がどのような経緯で誕生し、他でもないザルツブルクという町で開催されることによってどのような特徴をもつに至ったか、その一方で、ザルツブルクという町が祝祭によってどのように発展してきたか、といった事柄が祝祭の創設前史も含めて主題別にそして概ね通時的に詳述されている。幾分スペキュラティヴな記述も散見されるものの(例えば第四章「仮面に映る祝祭史」においてナチスが仮面に纏わる伝統を恐れていたのではないかというのは、たとえ仮面が取り壊されたという事実があるにせよ、推測の域を出ないだろう)、全体としては文化や歴史を踏まえた上で、祝祭やそれに携わった人々、そしてザルツブルクという町を鋭くもユニークな切り口で論じている。個人的には蒙を啓かれる思いとともに興味深く読んだ。とりわけ今年はこの美しい古都を訪ねる方も多いことだろう。ぜひ一読をお奨めしたい。

1) モーツァルト関連の書き物が雨後の筍のごとく次から次へと出版されるなかで特に注目したい一冊として

Sadie, Stanley. Mozart: The Early Years 1756-1781
Oxford University Press, 2006

が挙げられる。1791年までの後年についても出版が予定されていたようだが、残念ながらこれが遺稿となってしまった。

Prahaへ

2006年01月11日 | Weblog
年明けよりプラハを訪れた。以前から行きたいと願っていた街だ。今回はどのガイドブックにも載っているような有名な観光名所をじっくりと観てまわった。

音楽関係でいえばドヴォジャーク・ミュージアムとスメタナ・ミュージアムでほぼ一日費やしたことになる。どちらもとても小さなミュージアムだ。ところで、この「ドヴォジャーク」という表記だが、違和感を感じられる方も少なくないだろう。僕自身、昔は「ドボルザーク」と表記していたし、つい最近までは両者折衷型の「ドヴォルジャーク」という表記を用いていた。実際のチェコ語の発音はどうなのかと思いスタッフに訊いてみたところ、やはり「ドヴォジャーク」がもっとも原語に近いようである。「ドヴォ」に強勢を置き、「ジャーク」を心持ち長めに伸ばすと良いようだ。両ミュージアム共、スタッフの方々がとても親切で様々な質問に丁寧に答えて下さった。残念ながら僕はチェコ語は全く出来ないが、主要な観光名所であれば英語とドイツ語で事足りるのである。

美術館はムハ(ミュシャ)美術館のみ訪れた。ムハといえばきらびやかな女性を描いた素描家というイメージが強いのではないだろうか。だが、今回もっとも深く印象に残った作品はこうした一般的なイメージからは程遠い《星》(または《冬の夜とシベリア》ともよばれる)という油絵であった。これはボリシェヴィキ革命の影響で貧困に喘ぐ当時の農夫たちの情況を描いているとも言われている。

雪に覆われた夜のシベリア平原にひとりの農婦(モデルとなったのは実は画家の妻)が腰を下ろしている。背景は深海のようにくすんだ蒼で、空には星がひとつかぼそく瞬いている。農婦の顔は天を仰いでいるが目は閉じられ、口は開かれている。掌は上向きに雪原の上にそっと置かれている。解説には「受容」と共に「深い安らぎ」という言葉が見受けられた。運命を受け容れた後の安らぎであろうか。その一方で、左側に描かれた雪の丘陵の陰からは三匹の狼の姿が部分的に見えている。果たしてその丘陵の向こう側にはどれほど多くの飢えた狼たちが迫って来ていることだろう。全体像の見えない未知数の恐怖がそこにしっかりと描かれているのである。深く印象に残る絵であった。

さて、今回の旅では嬉しいことに現地の友人も出来た。夜にホテルの近くのバーでグラスを傾けていると美青年のチェコ人が話しかけて来たのである。彼とは意気投合し、街を色々と案内してもらった。次にチェコを訪れた際には、今なお中世の面影が色濃く残るというチェスキー・クルムロフの街に連れて行ってくれるそうだ。今からとても楽しみにしている。

ロンドンに戻ってからは2006年初のコンサートに足を運んだ。ハイティンク指揮ロンドン響の演奏で、プログラムは前半がモーツァルトのピアノ協奏曲(K.466)、後半はショスタコーヴィチの交響曲第十五番。独奏は本来ペライアの予定だったが、指の故障のためピレシュに変更された。ピレシュは決して嫌いなピアニストではないが、この夜は全体的に表現が硬かった。これはオーケストラについても同じことがいえる。ハイティンクが得意とする後半のショスタコーヴィチは手堅くまとまっていたと思う。<モーツァルト★★★ ショスタコーヴィチ★★★★>

2005年 クラシックコンサート ベスト3

2005年12月30日 | Weblog
極私的な2005年コンサートベスト3を選んでみたいと思う。表1が今年足を運んだ演奏会のリストであり、表2はその中で星を5つ(最高ランク)付けたものである。

<表1 2005年に行った演奏会> 

Date/Venue/Orchestra/Conductor/Soloist/Programme includesの順
(RFH: Royal Festival Hall BH: Barbican Hall QEH: Queen Elizabeth Hall
WH: Wigmore Hall RAH: Royal Albert Hall)

January

27 RFH PO/Muti/Repin Schubert Sym. No.9

February

16 RFH LPO/Berglund/Wispelwey Sibelius Sym. No.2
22 WH Bostridge/Uchida Schubert Die Schone Mullerin
23 QEH Anderszewski Chopin Sonata No.3 in B minor

March

5 RFH LPO/Metzmacher/Midori Hartmann Sym. No.3
9 RFH LPO/Elder/Hewitt Mahler Sym. No.6
19 BH Kempf Chopin Etudes Op.25
23 RFH Uchida Beethoven 'Hammerklavier'
25 BH CLS/Hickox Bach St Matthew Passion
31 QEH Tokyo SQ Takemitsu A Way A Lone

April

3 RFH CSO/Barenboim Mahler Sym. No.9
4 RFH CSO/Boulez/Barenboim Bartok Concerto for Orchestra
7 BH LSO/Gardiner Beethoven Sym. No.7
15 QEH Sokolov Chopin Impromptu in G flat Op.51
17 BH LSO/Pappano/Barenboim Brahms Piano Concerti No.1&2
23 RFH PO/Salonen/Ax Strauss Also sprach Zarathustra
24 RFH Pollini Chopin Piano Sonata No.2 in B flat minor
26 RFH PO/Segerstam/Mullova Bruckner Sym. No.7
27 RFH LPO/Mutter Mozart Violin Concerto No.5

May

9 QEH ABSQ/H. Schiff Schubert String Quintet in C, D956
10 Bristol Uchida Beethoven Piano Sonatas Op.109 110 111
18 WH Aimard/Keller Quartet Ligeti Etude (Extracts)
22 RFH Hewitt Liszt Sonata in B Minor

June

3 BH BFO/Fischer/Goode Bartok The Miraculous Mandarin, Suite
9 Berlin BPO/Rattle/Uchida Schubert Sym. No.9
11 BH RCO/Jansons Brahms Sym. No.2
12 RFH PO/Mackerras/Uchida Mozart Requiem
14 BH LSO/Previn Shostakovich Sym. No.10
16 RFH PO/Mackerras/Uchida Elgar Sym. No.2
22 RFH Brendel Beethoven Sonata in D, Op.28

July <PROMS >

18 RAH OROH/Pappano/Domingo Wagner Die Walkure
24 RAH Halle Orchestra/Elder Elgar The dream of Gerontius

August

1 RAH BBCSSO/Volkov/Freire Brahms Piano Concerto No.2
10 RAH Deutsches Sinfonie-Orchester Berlin/Nagano Bruckner Sym. No.6
11 RAH BBCSO/Metzmacher/Cascioli Hartmann Sym. No.6
22 RAH LSO/Haitink/Grimaud Shostakovich Sym. No.8

<SALZBURG>

28 GF VPO/Harnoncourt Bruckner Sym. No.5
28 GF VPO/Muti Mozart Die Zauberflote
29 Domplatz Jedermann
29 GF BPO/Rattle Ravel Daphnis et Chloe
30 F Pogorelich Chopin Piano Sonata No.3 in B minor

<PROMS>

31 RAH The Cleveland Orchestra/Welser-Most Beethoven Missa solemnis

September

1 RAH RCO/Jansons Mahler Sym. No.6
2 RAH RCO/Jansons Brahms Sym. No.1
7 RAH VPO/Mehta/Dalayman Stravinsky The Rite of Spring
8 RAH VPO/Eschenbach Bruckner Sym. No.8
9 RAH Helsinki PO/Salonen/Kringelborn Ravel Daphnis and Chloe

19 BH Mutter/Orkis Mozart Sonata K.547
20 BH Mutter/Orkis Mozart Sonata K.454
21 BH Mutter/Orkis Mozart Sonata K.526
23 BH LSO/Davis/Uchida Walton Sym. No.1

October

13 Berlin BPO/Zinman/Shaham→Ax Schumann Sym. No.3
14 Berlin BPO/Zinman/Shaham→Ax Schumann Sym. No.3
15 BH LSO/Gergiev/Moser Shostakovich Sym. No.8
16 BH LSO/Gergiev Shostakovich Sym. No.7
18 RAH RPO/Kaplan Mahler Sym. No.2
23 BH LSO/Harding/Bostridge Brahms Sym. No.4
29 BH COE/Uchida Mozart Piano Concerto No.23

November

1 BH Zukerman Brahms Sonata No.3
4 BC BBCSO/Boulez Ravel Daphnis et Chloe
5 QEH F. P. Zimmermann/H. Schiff/C. Zacharias Schubert Piano Trio D.929
9 QEH LPO/Zehetmair Mendelssohn Sym. No.3
10 BH LSO/MTT/Repin Tchaikovsky Manfred Symphony
14 QEH OAE/Bruggen Mozart Sym. No.31 (Paris)
16 BH LSO/Haitink/Zimmermann Beethoven Sym.No.7
21 QEH PO/Salonen Mahler Sym. No.7
22 BH LSO/Haitink Beethoven Sym. No.3
27 BH LSO/Haitink/Nikolitch/Hugh/Vogt Beethoven Sym. No.6
28 QEH Bostridge/Drake Schubert Songs

December

2 BH The Sixteen/Christophers Handel Messiah
4 BH Yo-Yo Ma J.S. Bach Cello Suite No.6
4 BH LSO/Davis/Midori Walton Sym. No.1
9 BH OAE/Rattle Haydn Sym. No.92 'Oxford'
16 BH VPO/Mehta Mozart Sym. No.41


<表2 星を5つ付けたもの>

内田光子によるいくつかの演奏会
4月4日 ブーレーズ指揮シカゴ響/バルトーク オーケストラのための協奏曲
4月7日 ガーディナー指揮ロンドン響/ベートーヴェン交響曲第7番
4月15日 ソコロフ ショパン 即興曲Op.51他
4月23日 サロネン指揮フィルハーモニア管/R.シュトラウス ツァラトゥストラはかく語りき
4月27日 ロンドンフィル ムター/モーツァルト ヴァイオリン協奏曲第5番
5月18日 エマール/リゲティ エチュード
6月14日 プレヴィン指揮ロンドン響/ショスタコーヴィチ 交響曲第10番
8月11日 メッツマッハー指揮BBC響/ハルトマン 交響曲第6番
8月28日 アーノンクール指揮ウィーンフィル/ブルックナー 交響曲第5番
9月21日 ムター&オーキス/モーツァルト ヴァイオリンソナタK.526他
10月15日 ゲルギエフ指揮ロンドン響/ショスタコーヴィチ 交響曲第8番
10月16日 ゲルギエフ指揮ロンドン響/ショスタコーヴィチ 交響曲第7番
11月5日 ツィンマーマン、H.シフ、ツァハリアス/シューベルト ピアノ三重奏曲D.929
11月9日 ツェートマイアー指揮ロンドンフィル/メンデルスゾーン スコットランド


さて、この中からベスト3を決めたいと思う。感想は以前書いた通りなので簡略化する。

<第3位>

ゲルギエフ指揮ロンドン響/ショスタコーヴィチ 交響曲第7番

ゲルギエフは2007年からロンドン響の首席指揮者になることが決定しているが、今秋よりショスタコーヴィチ・チクルスが始まった。来年はショスタコーヴィチ生誕百年ということもあって、彼の曲が取り上げられる機会も多くなることと思う。エナジェティックなゲルギエフのロシアものはやはり素晴らしく(近年では昨年のロンドン響とのプロコフィエフ・チクルスが忘れられない)、弥が上にも期待は高まるばかりだが、ロシアもの以外もぜひもっと聴いてみたい。LSOとの相性は抜群だ。

<第2位>

ツェートマイアー指揮ロンドンフィル/メンデルスゾーン スコットランド

この演奏会は本当に衝撃的だった。ヴァイオリニストとしてのツェートマイヤーは昔から大好きで、取り分けシューマンのヴァイオリン協奏曲の録音(指揮は同じくシューマンを十八番とするエッシェンバッハ)は何度聴いたか分からない。最近では彼の名を冠した弦楽四重奏団によるシューマンの弦楽四重奏曲第1番&3番(ECM盤)がこの作曲家の心に迫る名演の記録として地味な曲であるのにも拘らず英国でも大変評判になった。この日もだから彼がソリストを務める前半のモーツァルトのヴァイオリン協奏曲(第4番)を目当てに行ったのである。協奏曲はもちろん素晴らしく、期待通りだったが、休憩後の「スコットランド」の衝撃は全くの予想外という他ない。古楽器系のアプローチを基本としつつも、アゴーギクやディナーミクの激しい変化に加え、楽器間のプロミネンスを次々に替えて行くことによって、起伏に富んだ精彩な音作りを指向していた。恐らくこう書いてもその凄みはほとんど伝わらないであろうが、その効果は絶大で、音楽が巨大な生き物のように絶えず息をし、蠢き、客席に迫ってきた。終始、驚きと感嘆の連続で終演後もしばらく腰が抜けて立ち上がれなかったほどである。あの夜は本当に貴重な体験をしたと思う。

<第1位>

内田光子による演奏会

今年もやはり内田さんの演奏会は別格であった。ラヴェルの協奏曲やベートーヴェンの「ハンマークラヴィーア」、それにブーレーズの「ノタシオン」など、これまで彼女の演奏では個人的に聴く機会に恵まれなかった曲をいくつか聴くことが出来たが、どれも本当に素晴らしかった。特に「ハンマークラヴィーア」のアダージョがかつてあれほど美しく、意味深く奏でられたことがあっただろうか。生涯の宝物としていつまでも忘れることがないと思う。一方、両端楽章については安定性に欠けるパッセージもあったとはいえ、彼女がこの難曲に挑む眼差しはあたかも素手で鷲を掴み獲ろうとするかのようであり、鬼神さえもたじろぐであろうその姿に楽聖ベートーヴェンの魂魄を見る思いがした。モーツァルトの協奏曲やシューベルトのソナタが絶品だったことは改めて言うまでもないだろう。内田光子という芸術家と同時代を生きることが出来る幸せに改めて感謝したいと思う。

<その他心に残った演奏会> 

ザルツブルクでのポゴレリチ

一体いま自分は何を聴いているのだろう?ポゴレリチが弾くショパンのピアノソナタ第3番第1楽章を聴きながらそんなことを思った。否、「弾く」というよりは一つ一つの音に魂を込めながら鍵盤に音符を並べていくという感じだ。そこから立ち上がってくる音の間には「主」と「従」の差がなくどれも均質的に響く。これは主に一つ一つの音が異常なまでに引き延ばされていることに起因する。どの音もだからしっかりと耳に届いてくる。但し、あくまで非中枢的なリゾームのように。試みに第3楽章ラルゴの所要時間を手持ちの時計で計ってみた。多くのピアニストが10分程度で弾くこの楽章にポゴレリチは16分かけている。たかが6分の差と思われるかも知れないが実際は6割増しである。大雑把に言ってベートーヴェンの「運命」を50分かけて演奏するようなものだ。テンポだけとっても衝撃的と言って良い。そうして第3楽章までに溜めに溜めた勢いが終楽章で爆発する。ショパンの心の奥底に蠢くどす黒いものがドロっと噴き出してくるようではないか。ラルゴを天国的な彼岸とするならこの終楽章はまさに苦渋に満ちた此岸そのままである。悲愴感や焦燥感に貫かれたこのフィナーレに晩年の幸せとは言い難いショパンの姿が重なる。僕はどうしてもこの終楽章を幸せな音楽であるとは思えないのだ。だから個人的な好みで言えば後半2楽章の対比が鮮やかな演奏に惹かれる。ポゴレリチといえば必ずと言っていいほど話題になるショパンコンクールでのあの有名なエピソード。その時の演奏は残念ながら聴いたことがない。だが手元にあるポゴレリチによるいくつかの録音はこの夜の演奏に比べればごく普通である。終演後、ブラヴォーと叫ぶ熱狂的支持者の傍らで全く拍手を送らない聴衆の姿も目に付いた。ショパンコンクールでの聴衆もまたこのようだったのかも知れない。少なくとも演奏という行為について考えさせるきっかけになったことは間違いない。

<2005年発売のCD>

最後に今年リリースされたCDについて。やはり最も感銘を受けたのはスタインバーグ&内田光子によるモーツァルトのヴァイオリン・ソナタ集である。これは今や語り種となっているウィグモア・ホールでのチクルスを聴いて以来、発売を心待ちにしていたものだ。他にはノリントン指揮シュトゥットガルト放送響によるシューマン交響曲全集(分売)が素晴らしい。就中、4番(1841年版に基づいている)が出色の出来である。

Parisへ

2005年12月24日 | Weblog
今年は集中的にピカソを観ており、バルセロナのピカソ美術館やらベルリンの新ナショナル・ギャラリーで目下開催中のピカソ展などに足を運んだ。そして今回はさらにパリのピカソ美術館まで足を伸ばしたのである。ピカソがその短からぬ生涯を通じてスタイルを次々と変遷/拡張させたのは周知の事実であり、作品に接した人々の多くがこれらの作品が一人の芸術家の手になることに対する衝撃を口にしているが、僕が今回自ら足を棒にして得た感想もまたそうした先達が抱いたものと大差なかった。これは悔しくも、また詰らなくもあるのだが、ここはやはり素直にこの偉大な芸術家が見せる多面性に驚嘆すべきであろう。因みに多くの有名な作品が現在前述のピカソ展(ベルリン)に貸し出されている。

それにしてもパリという街はなんど訪れても魅力の褪せない街である。ひとりあてもなくシャンゼリゼ通りを歩き、カフェでひと休みした。ほんの少し甘めのショコラが疲れを癒してくれる。前回訪れた時は青々と繁茂していたプラタナスやマロニエも今は大方その葉を落とし、代わりにクリスマスのイルミネイションが暖かく点っていた。来年2月には友人が小さなピアノ・コンクールに出場するそうであるから、めでたくセミファイナルあたりまで残ったら応援を口実にまた行こうと思う。

メータ指揮ウィーン・フィル

2005年12月16日 | Weblog
2005年最後の演奏会はメータ指揮ウィーン・フィルでオール・モーツァルト・プログラムとなった。曲目は演奏順に交響曲第一番、フルートとハープのための協奏曲、休憩を挟んで「ジュピター」。

このコンビのモーツァルトは夏にプロムスで聴いて以来である。一言でいえば、ほとんど時代に逆行するかのような"オールド・ファッションド"で重厚なモーツァルト。無論、メータのことだから古楽器系のアプローチとは大きく異なる。正直、部分的には重厚的に過ぎる感もあったが、「ジュピター」のフィナーレなどはこうしたアプローチが比較的功を奏していたと思う。アンコールの「フィガロの結婚」序曲も悪くなかった。もとより細かく指示を出してオーケストラを制御するというよりは、奏者の自発性に委ねるところの多い指揮者であるから、アンサンブルが心持ちスロッピーになる箇所もあったが、その分音楽に勢いと自然な流れがあり、この序曲が喚起する愉悦に抵抗なく身を委ねることが出来た。全て聴き終えて思ったのは、やはりモーツァルトは素晴らしい!という一言に尽きる。


来年、2006年はモーツァルト生誕250年ということで既にモーツァルト・プログラムが多くなっているが、その中でも一番の注目はなんといっても1月27日の誕生日にザルツブルクの祝祭大劇場で行われるガラ・コンサートであろう。ムーティ指揮ウィーン・フィルと内田光子さんの「ジュノム」で幕が開くようだが*)、嬉しいことに、このガラ・コンサートのライヴCDが早くも3月にデッカからリリースされるようである。詳細は不明だが「ジュノム」も発売されるとすれば、内田さんの「ジュノム」はDVDも含め3種になる。3月が待ち遠しい。

*) 追記/訂正:プログラムが変更され(あるいは単に当初のプログラムのタイポだった可能性もあるが)、この日は「ジュノム」ではなく、K.503が演奏されるようである。

モーツァルトの音楽について
It is not about grand ideas or great concepts,
it is about "I love you"- Mitsuko Uchida
The Gramophone January 2006

サントリーホール

2005年12月11日 | Weblog
友人からサントリーホール・メンバーズの会報誌MUSEに載った内田さんの記事を見せて頂いた。来年の同ホールのオープン20周年に寄せたものだ。サントリーホールは僕にとっても想い出のたくさん詰まったホールで、もちろん日本では一番好きなホールである。そういえばここには内田さんがお選びになったスタインウェイもあるはずだ。

とはいえハード面、ソフト面で改善すべき点がない訳ではない。ここでは欧州(主にロンドン)のホールと比較して、そのような点について述べてみたい。

先ずはハード面。最も重要な音響については残念ながらロンドンにはサントリーホールに匹敵するホールはない*1)。ただし、ロイヤル・フェスティヴァル・ホールやバービカン・ホールにあってサントリーホールにないものがある。広いホワイエだ。サントリーホールのホワイエは見事なシャンデリアが豪華な雰囲気を醸し出しているが如何せん狭すぎる。暖かい季節ならば外へ出てカラヤン広場のライトアップされた滝を眺めるのも悪くないが、冬場はそうもいかない。欧州のように演奏会を社交の場と考える発想からすればやはり窮屈と言わざるを得ない。例えばベルリンのフィルハーモニーだって、ロンドンのロイヤル・フェスティヴァル・ホールだってホワイエには十分なスペースが確保されていて、開演前や休憩時間にはゆっくりと寛ぐことが出来る。後者はまたテムズ川の美しい眺めを楽しむことも出来る。限られた敷地で今後ホワイエを拡張するのは困難なことかも知れないが、何か良い方策はないものだろうか。

次にソフト面。ロイヤル・フェスティヴァル・ホールもバービカン・ホールも3年ほど前からインターネットでチケットを予約する際には座席表が表示され、自分の好きな席をクリックして選ぶことが出来るようになった。同じ価格帯の席でも音響はかなり異なるのだからやはり好みの席を自分で選べるというのは嬉しいことである。これは技術的にはおそらくサントリーホールでも容易に導入出来ると思うのだが、日本のように人気公演ともなると発売後数時間でチケットがソールド・アウトになるような状況では、アクセスが短時間に集中するため、運用が困難なのかも知れない。ではせめて発売日の翌日からこのようなシステムに移行するというのは
どうだろうか。因みにロンドンでは今月16日に迫ったウィーン・フィルの公演のチケットが11日現在でも容易に手に入る。その点ではベルリンのフィルハーモニーの方が人気公演のチケットは早くなくなるようだが、好みの席をクリックして選ぶことが出来る点は変わらない。

ソフトについてもうひとつ。ウィーンのムジークフェラインでは好きな作曲家や演奏家などを登録しておくと、チケットの発売日に合わせてメールで連絡が来るが、これは発売日を忘れてしまうことがある僕のようなうっかり者には便利なサーヴィスだ。これならば興味のある演奏会を見逃すこともないし、主催者にとっては宣伝にもなるだろう。

さて、ホールについては他にも色々書きたいことがあるが、長くなったのでまたの機会に譲りたいと思う。

*1) ロンドンではバービカン・ホール(センター)、ウィグモア・ホールの改修が終わり、現在はロイヤル・フェスティヴァル・ホールの改修が行われている。音響も少なからず良くなるものと期待したい。尚、ロイヤル・フェスティヴァル・ホールでは改修費の一部を賄うため、リニューアルされたホールの座席ひとつひとつに名前が付けられるようだ。希望者は所定の金額を払うことによって座席に自分の名前(あるいは他人の名前)を刻んだプレートを10年間付けてもらうことが出来る。アイデアとしてはなかなか面白いと思う。

ラトル指揮OAE

2005年12月10日 | Weblog
ラトルの指揮する古典ものが割と好きで今夜のハイドンはとても楽しみにしていた。

ロマン派だと例えば「ああ、ここはもっともっと歌って欲しいな」と思う箇所が妙にあっさりと流されてはぐらかされたり、随所に鏤められた「小細工」が鼻についたりということもあるが、ハイドンやベートーヴェンでは彼のこうした表現への志向が功を奏しているように感じられる。

今夜は残念ながら前半のモーツァルトを聴くことは敵わなかったが、後半の「オックスフォード」だけでも十分に足を運んだ甲斐があったと思う。第1楽章、神秘的とさえいえるほど静かに、探るように始まった序奏が第1主題へと続くと、そこは一変、軽妙洒脱な雰囲気に包まれた。もちろんここは誰が指揮をしてもそのように聴こえるのだが、ラトルはこうした対比をことさら強調していたように感じられた。第2楽章でも中間部のあの重々しく、切るような短調の主題が登場するとそこだけまるで異次元のように周りから断絶しているかのような印象を与え、さらに終楽章に入ると、先行する典雅なメヌエットの余韻を吹き飛ばすかのように、通常より速いテンポで軽快にオーケストラをドライヴしていった。このように書くと自然な流れに欠けるかのような印象を与えるかも知れない。事実、部分的にはそのような憾みもあったが、全体としての統一感は不思議と巧みに保たれていた。いずれにしてもラトルはいつも心ではなく、頭に揺さぶりをかけてくる。面白いなと思わせる指揮をする人だ。

さて、来年の生誕250年に向けてすでにモーツァルト・プログラムが多くなっている。今週、ウィーン祝祭週間のプログラムが届いたがやはりモーツァルトが多い。同じく今週届いたMusikfreunde最新号の特集もモーツァルトだった。しかし、来年はまたシューマンの没後150年でもある。普段取り上げられる機会の少ない曲が聴けるのではと期待している。