端と底を行き来するRPG

そのとき、きっと誰かの中心blog。
アーカイブにある作品は人事を尽くした盛者必衰の入れ替え制。

君の隣にいるために

2013-02-16 01:50:00 | 黒子のバスケ
油断していた。
侮っていた。
いざ目の前にして、今更焦る。

君の隣にいるために

今日は14日。
初旬なのか中旬なのか、その扱われ方はまばらで。
よく発売日にやきもきする日付だ。
いつもスタートダッシュに失敗するから。
きちんと定義して欲しい。
されているのかな。
それはともかくとして14日である。
この日付だけだと重要性はさほど出ないが。
ここに「2」を付け加えるだけで意味や定義ががらりと変わる。

2月14日 バレンタインデー

バレンタインデーは、外国にも存在する風習である。
「男性が女性に贈り物をする」のが普通で。
詳しいことは割愛するが、起源はヴァレンタイン神父にまで遡る。
これが日本に来た途端に。
「女性が好きな相手にチョコレートを渡す日」に変貌した。
甘ったるくも茶色い日は、日本のお菓子メーカーが仕掛けたものらしいが。
そんなことは知るもんか!と世の女性。
それに付随して、愛に飢える野郎どもが。
血相を変え、品を変え、その茶色いお菓子に群がる。
俺、高尾和成。
それなりにチョコを貰ってきた所謂勝ち組であるが。
今年はそわそわする側に立っていた。
物好きもいいとこ、なんでこうなった。
原因は、後ろの席の人物にあった。
緑間真太郎。
身長195cm、体重79kg。
座右の銘は「人事を尽くして天命を待つ」
バスケ部所属、背番号6番、ポジションSG。
俺が愛しちゃってやまないエース様である。
今日も変わらず、おは朝指定のラッキーアイテムを所持。
虹色のストラップという良心的なものだったので。
今は、緑間のケータイにぶら下がっている。
話を戻そう。
俺がそわそわしている理由が何故、彼なのか。
さっき、しれっと白状してしまったのだが。
俺は緑間真太郎のことが恋愛対象として『好き』なのだ。
当然、男同士の恋愛は歓迎されないし。
公表しようとも思わない。
『こういう感情』になる前から「好き」と公言していたから。
今でも「真ちゃん大好き!」と言える。
ただし、冗談として。
俺の悶々とした心とは裏腹に。
彼は、悠然と読書に励んでいる。
アンダーリムの眼鏡で少し隠れた長めの睫。
ページを捲るテーピングで固められた指先。
その指先は芸術的な曲線を描くシュートを放つ。
嗚呼、思い出すだけで興奮する。
俺の視線を感じたのか、一瞬だけ視線を寄越す。
迷惑そうな、そう、彼風に言うならば。
『目が煩いのだよ、高尾』だろうか。
教室に教員が入ってきて、次の授業が始まってしまったから。
彼の口が実際に開かれることはなかった。

彼がケータイを持って席を離れたのはお昼休みのことである。
いつものように総菜パンにかじりつき。
緑間の帰りを待った。
意を決した女性陣に囲まれてチョコを渡されたのはついさっき。
緑間の近寄り難さは、ラッキーアイテムによるところが大きく。
虹色ストラップの今日はただのイケメン。
自分も襲われていたため、それどころではなかったが。
どさくさに紛れて緑間にタッチした奴がいたかもしれない。
くそ、ミーハーどもめ。
悶々としていると、緑間が怪訝な顔をして戻ってくる。
何でもないよ、緑間。

2月に入り、部活もいよいよ縮小され。
15時までには部室を閉めるように連絡があった。
春の大会まであと3ヶ月しかないのだが。
まぁ、休養は必要だと考え直して。
帰ろう、と緑間に声をかけた。
いつもならここで「ああ」と肯定の返事が来る。
だが。

「先に帰れ」
「は?」
「待ち合わせがあるのだよ」
「……誰と?」

マジで誰とだ。
気持ちがあっと言う間に余裕をなくす。
見苦しいほどに問いただしたいところだが。
自分はそんな立場にいないことを思い出す。
たぶん友人で、相棒ではあるが家族ではない。
ましてや、恋人でもない。
不用意に踏み込んで、敬遠されることが怖かった。

「来たよー、ミドリン!」
「早かったな、桃井」

俺の横を通過して。
緑間が別の奴のところに行ってしまう。

(誰…?)

油断していた。
2月14日という日も、無関心な緑間には関係なく。
そのまま過ぎると思っていた。
侮っていた。
俺の方が一緒にいる時間が長いから、大丈夫だと思っていた。
『何が大丈夫』なのか、漠然とした自信が対応を遅らせた。

「高尾?」

いざ目の前にして、今更焦る。
俺は緑間を引き留める術も。
気持ちを伝える術も持っていない。
その場を繕おうにも、機を逸してしまった。

「真ちゃん、俺やっぱ帰るわ」

緑間も『先に帰れ』と言っていたではないか。
逃げるようにその場を離脱する。
手にしたチョコが詰まっている紙袋が虚しい。
緑間の心が欲しいのに、欲することも出来ず。
バスケを通じてでしか表現できないつながりに。
気ばかりが焦ってどうしようもない。

「高尾」
「う、うっわ!!」

腕を引かれてつんのめる。
走ってきたのか、緑間の息はあがっていた。
どうして追いかけてきたんだ。

「……あれはな、帝光時代の同級生なのだよ」
「わざわざ学校訪問して仲いいんだな」
「これから黒子たちのところに行くらしい。
 俺だけのために来たわけではないのだよ」

腕を左手で捕まれたから、逃げるに逃げられない。
振り払って怪我でもさせたら、もう立ち直れない。

「……おしるこが欲しいのだよ」
「は?」
「お前が何を勘違いしたのかは知らんが。
 しるこが飲みたいのだよ、高尾」

確かこの近くに自販機があったはずだ。
買えないことはないが。

(手、離してくんねー…)

逃げると思われているようだ。
ええ、逃げる気満々でしたよ。
自棄っぱちで硬貨を入れて、ボタンを押す。
出てきた「あったか~い」しるこを押しつける。

「よし、ひと月後だな」
「は?」

本日、3回目の聞き返し。
思いもしない方向の発言をするのがいけないのだ。
それは置いといて。

「何がひと月後だ?」
「俺は『お前』に『おしるこ』をもらったのだよ。
 3倍返しが基本なのだろう?」

誰だ、真ちゃんに余計なことを吹き込んだのは!
あーうーと返答に困っていると。
さっさと歩いていってしまう。
あの拘束は何だったんだ。

(まさか、俺から何かを貰うまで離さなかったつもりか?)

俺が愛してやまないエース様。
マイペースに俺の心をかき乱す。

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