
今回も挑戦します。
6年前、岬町に住む両親のことで時間を取られ、頭がいっぱいになってしまいました。
坂上議員や鱧谷議員の三人体制だったから、議員をやめずに介護を続けられたと思っています。
前回4年前の選挙では、告示日の午後から父を放射線治療でりんくう総合医療センターに
連れて行くことになったのを思い出します。
支部の皆さんにも大変な思いをさせました。
そして2年前に父を看取りました。
最後まで付き添うことができました。ありがとうございました。
母は、現在七山病院に入院しています。
母の精神的な疾患は、怒りや悲しみをまっすぐ私にぶつけてきて、
私がやりたいと思っていた母への介護が実現できませんでした。
病院へ行き入院すると決めたのは、母自身なのですが、
だんだんと痩せ衰えていく姿と同時に「帰りたい」との訴えに、
私はどうすることもできませんでした。
父を看取った頃から、次々と両親の生き様や苦労、母の苦悩がわかるようになってきました。
生い立ちで不思議に思ったことを、弟と話す中で、両親の別の姿がだんだんと浮き彫りになってきました。
もっと話を聞いておけばよかったと思いました。
両親とも戦争を体験しており、混乱の中から這い上がってきた二人の人生が少しずつ見えてきました。
先日七山病院へ、弟と一緒に母のお見舞いへ行ってきました。
私が一人で行った時の母は、私に怒りをぶつけ、「なんで退院させてくれへんの」と怒っていますが、
弟がいると表情が全く違うんです。
身体中で笑みを見せて「ここはとってもいいところや、」と言ってくれます。
そして私と弟に笑みを見せながら「仕事頑張っているか?」と聞いてくれます。
母の精一杯の愛が見えました。
そんな母の思いをしっかり受け止めて、私も次の選挙に頑張らなくちゃと思いました。
この間、私の両親の対応を通して、介護保険制度や医療制度について、身近に触れることができました。
申請書類の多さ、認定のもどかしさ、サービス付き高齢者住宅の状況、
入院期間の短縮の問題、緩和ケア病棟の状況、などなど体験したこれらのことを活かして、
これからの高齢者の暮らしや、意義ある終末期が過ごせるよう活かしていきたいと思います。
私も現在63歳、残りの人生、厳しい時代を迎えそうですが、日本共産党とともに悔いのない人生を送りたいと思っています。
平和の問題では、今、徐々に戦争の準備を進める岸田政権に怒りを感じています。
こんなにグローバル化され世界が近くなってきている時だからこそ、話し合いで解決することができるのだと思います。
熊取町には観光大学もあり、外国の方が多く来られています。
税金をいかに使うか、これは大事な政治の役割ですが、戦争の準備に使われるのはごめんです。
平和憲法9条があるから日本は大丈夫だとずっと思っていましたが、今は、憲法無視で民主主義破壊も進んでいます。
子ども達に炎や黒煙を見せたくありません。
しっかり平和を希求していきたいです。
今、熊取町を見た時、国の下請け機関となりつつあるのが心配です。
国が決めた制度だから、介護保険や国民健康保険が高かろうが持続可能な制度にするためには仕方がないという考え方です。
そしてお金を払えない人には容赦なく差し押さえされます。
徴収率が上がるとご褒美があるからです。
ご褒美のある事業に飛びつき、それに合わせて評価される。
補助金や寄付金のある事業を探すのが職員や議員の仕事の様でもあります。
私は、熊取町が魅力ある町になって、暮らしに安心と希望が持てる!
そして住んてよかったと思える町にしたいです。
そのためにも住民の声を議会に届け、願い実現に頑張ってまいります。
この間の私自身のごちゃごちゃの頭を、
中央委員会出版の「2023年選挙活動の手引き」を読んで整理しています。
「選挙活動の4つの原点」も情勢に合わせ、
「SNSの活動」や「まち角演説」(まちかどトーク)についても書かれています。
不思議ですが、準備を進める今は、少しワクワクしてきました。
まずは自分から始めます。寒いのでぼちぼちやります。
厳しい選挙戦になりますが、日本共産党の大切な議席を守るために力いっぱい頑張りたいと思います。
(見出し写真 2学期最終日の登校見守り)
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます