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第三世界に向けての応援歌 (ジョルジュ・ムスタキ)

1998年06月01日 | 歌っているのは?
 昼間,ジョルジュ・ムスタキ Georges Moustaki《私の孤独》がFMラジオから流れていた。ホンマカイナ? 今時このような曲をラジオ番組にリクエストするヒトも広い世間には居るわけで,またそれを取り上げる殊勝なディレクターも希には居るわけで(ああ恥かしい)。そして忘れられた遠い昔の記憶ってやつは,いつだってこんな風に他人任せで唐突に蘇るのだ。ムスタキが好き? メシタキが好き? 70年代にはそんな駄洒落を言っていた漫画家も居たわけで(ああ恥かしい)。

 私にとってのジョルジュ・ムスタキ,それは何といってもボビノ座でのライブに尽きる。時代は70年代の中頃,確かにその頃のボビノは百花繚乱,数々の個性的な歌い手がそれぞれに独自の魅力ある世界を形成していた。ムスタキもその一群でうごめいていたように思う。一曲選べといわれたら,迷わず《名も告げずに》にする。
 

  名もない彼女のことを 僕は君に話してみたい
  愛すべき面も 不実な面も備えた
  いつも生き生きとしていた娘
  太陽の下で歌う明日のために 彼女は日々目覚める
 
  殴られ 追われ 駆り立てられる彼女
  苦しみに立ちあがり 抵抗しつづける彼女
  裏切られ 囚われ 見捨てられている彼女
  そんな彼女こそが 僕らに生きる勇気を与え
  そして皆 彼女を追い求める 
  ずっと彼方まで ずっと彼方まで

 
 当時,吉増剛造なる若手有望詩人(!)がこの歌をいたく気に入っており,サビの最後の部分「Jusqu'au bout, jusqu'au bout」のところを「デスコ・ヴー,デスコ・ヴー」と口ずさんでいたとかで,詩人の感性とやらに思わず笑ってしまったが。それにしても,今ではもうこんな歌は街に流れないのだろうか。夜半,ごく限られた家々の片隅でひっそりと思い出したようにかすかに流れるだけなのだろうか。ミスチルさんが換骨堕胎して歌ってる,ってか? いやいや,彼らはきちんと冷静に表現主体並びに主題に対する“効果”や“受け”のことを考えている。すなわち立派なまでに“商業”のことを考えている。ムスタキの不器用さとは大違いだ。

 現在では恐らく御年60半ばであろうムスタキ爺さんは,40才そこそこの当時でも既にしっかりとジーサンの風貌と風格を備えていた。人生をあらかた悟ったように,定年もとい諦念の気持ちを漂わせて。しょせん私にとっては,いわばジョルジュ・ブラッサンスから油抜きをしたような存在であった。しかしそれはそれで,ひとつの正しい方向づけであると思われた。自らの世界像を構築することが何よりも生きるための基本なのだ。自分が住まっているこの世界とは一体何か? 第三世界からの視点,異議申し立て。そして第三世界に向けての支援,その応援歌。

 実はワタクシ自身も,未だに微力ながら応援し続けているのでありますが(ああ恥かしい)。
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