性懲りもなく,また幾度目かの春を迎えた。陽が照って,鳥が啼き,そして鬱陶しいサクラの季節も数多の喧騒とともにアッという間に終わりをつげ,それから仄かに柔らかな新緑が芽ばえはじめ,巷にはフレッシュな人々(ピカピカの小学1年生やらツルツルの社会人1年生やら)が賑やかに往来するようになった今日この頃,老いたるワタクシもようやっと長い冬眠から目覚めたような次第であります。この冬のあいだじゅう一体全体どこに引き籠もり,あるいはどんな僻地を彷徨っていたのかはツマビラカでない,ということに取りあえずはしておこう。過ギタルハ及バザルガ如シ。
で,そのうららかな春まっただなかの現在,世間一般大衆諸氏におかれては,限りなく強い不景気風を束の間忘れてしまいたい!とハカナクもケナゲにも願うようにゴールデン・ウィークのウキウキ気分にどっぷりと浸かりながら右往左往しているわけであろうし,また一方では限りなくオロカなる政権政党がいよいよもって断末魔の醜態を晒しつつこれまた右往左往しているのであろうけれども,翻って老人一名はもっぱら茅屋に蟄居してひっそり&ひたすらデスクワークに専念している,という誠に味気ない状況なのである。しかしながら,たといそれがオカネになろうがなるまいが,あるいはヒトの役に立とうがたつまいが,曲がりなりにも仕事というものが遂行できる身体および精神のコンディションがかろうじて保たれていることを,当面は神に感謝しなければなるまい。加えて最近では,仕事のペース配分を自分流に改竄,というか我田引水化することに長けてきたようでもあり(要するに,遅まきながらの頑固ジジイ化なわけだ),例えばインターネットのYouTubeなんぞをモニタ画面の一角に据えてナガラ視聴しながらキーボードを叩いていることがしばしばである。
先週あたりは《ミスチル》とか《コブクロ》とかをよく眺めていた。その前は《徳永英明》とか《井上陽水》とかだった。時には気分を変えて《小泉進次郎》だとか《丸川珠代》だとかの達者な弁論を拝聴したりもする(あちゃー,完全にボケ老人化か?)。 そしてここ数日はダニエル・ギシャールDaniel Guichardの新しいステージの映像にハマッている。かれこれ御年何歳になるのか正確には判らねども,もう還暦をとうに過ぎたオジイサン歌手であることは確かだろう。そんな御老体にもかかわらず,いや,そうであればこそ,大変にしっかりとして落ち着き払った,いわば盤石ともいえる歌いぶりが聴き手である私の心にジンワリと響いてくる。だいたいは遥か昔のナツメロ・ソングなのであるが,その一見単調で紋切り型のようでいて,いやナカナカに緩急自在の歌の数々は,見ていて聞いていてまったく飽きることがない。例えば《JE VIENS PAS TE PARLER D'AMOUR》という有名なヒット曲なども,そのシミジミとした歌いぶりには心の底から癒されるのである。まだ年端のいかない娘に向かって心配そうに,幾分高圧的なまでに諭すように歌っていたかつての姿は,今では孫娘に対して傍らから静かに穏やかに語りかける好々爺のごときに変貌している。ルフランの部分を引用すると,こんな感じ。
Je viens pas te parler d'amour,
C'est pas mon truc à moi,
Les grands mots et les beaux discours tu sais,
J'ai jamais su faire ça,
Je viens pas te parler d'amour,
Je viens parler de moi,
Quand le temps me paraît trop court,
J'aime venir chez toi.
愛だの恋だの そんな話をするために君のところに来たわけじゃない
そういったやり方は 私はもとより苦手なクチだ
エラソウな言葉やキザな話など 断じて言えやしない
そのことは 君もよく分かってるはずだ
愛だの恋だの そんな話をするために来たわけじゃない
私自身のことを話しに来たんだ
私にとって歳月は あまりにも短く そして重い
だからこそ 今こうして君のところに来るのが嬉しいのだよ
そうなのだ。生きとし生けるもの,就中なべての子の親にとって,時はアッという間に過ぎ去ってゆく。つい昨日までほんの小さな子どもだと思っていたら,いつの間にやらタケノコみたいに成長してズンズンズンズン大きくなってしまい,やがては親元を離れるべく巣立ちの季節を迎えるのだ。後悔先に立たず。親たるもの,その日に向けての厳粛かつ宿命的なる覚悟がスベカラク必要である。そんな男親の揺れ動く心情を,ギシャールじいさんは実にシミジミと優しく,あくまで優しく語りかけるように歌っている。つかのま,我知らずキーボードに置かれた手が静止する。ああ,今日生きてあることのシアワセ,ここに極まれり。
ところで,インターネットの広大無辺なカオスを気ままに徘徊していると,いわゆるポップ・フランセーズの水先案内人,世間的にはそこそこ認知された?シャンソン・パイロットとでもいうべき御仁のサイトにおいて,最近この歌が紹介されているのに出くわしたりする。それがまた,題して『愛の散策』なんぞと云うスコブル気色の悪いタイトルなのである。これにはさすがのワタクシも少々メゲましたね。嫌なモノを見ちまったヨー。確かに今から30年以上も前に初めてこの歌が我が国に紹介された頃には,時代のトレンドに対する安易な便乗,あるいはマーケティングにおける姑息な常套手法などからして,そのようなタイトル付けも止むなしといった業界内の暗黙的了解があったのだろう。しかしながら,あぁ,あれから30年!(ここは綾小路きみまろ調で) 何故に30年以上経過した現在においてまで,そのようなキモイ題名を,そして無礼で誤ったイメージを引きずらなければならないのか。徘徊ボケ老人,もとい浮游ビンボー老人としては,ここでまた思わず,クソッタレ!という言葉を発してしまう。 もし私をして瞬時ジョルジュ・ブラッサンスGeorges Brassensに成り代わることを許されるのであれば(何という喩えだ!),次のようなフレーズを一節唄って差し上げたい。
Parlez-moi d'amour et
Je vous fous mon poing sur la gueule
Sauf le respect que je vous dois
もし愛について俺に話しかけてきたら
申し訳ないが アゴに一発パンチをお見舞いしますよ
それは貴方に対して抱いている尊敬とは別問題だ
はい,はい,バカバカしい話なら幾らでもございますよ,というのは柳田国男翁の御言葉だったろうか。喜びと悲しみは常に交錯する。人は幾千の愚かさを抱えながら生きてゆかざるを得ない。とまぁ,こんな風にして山麓里地の春はふたたび目覚めるのでありました。次はアズマヒキガエルの産卵について,一寸言及しようかと思っておりマス。
で,そのうららかな春まっただなかの現在,世間一般大衆諸氏におかれては,限りなく強い不景気風を束の間忘れてしまいたい!とハカナクもケナゲにも願うようにゴールデン・ウィークのウキウキ気分にどっぷりと浸かりながら右往左往しているわけであろうし,また一方では限りなくオロカなる政権政党がいよいよもって断末魔の醜態を晒しつつこれまた右往左往しているのであろうけれども,翻って老人一名はもっぱら茅屋に蟄居してひっそり&ひたすらデスクワークに専念している,という誠に味気ない状況なのである。しかしながら,たといそれがオカネになろうがなるまいが,あるいはヒトの役に立とうがたつまいが,曲がりなりにも仕事というものが遂行できる身体および精神のコンディションがかろうじて保たれていることを,当面は神に感謝しなければなるまい。加えて最近では,仕事のペース配分を自分流に改竄,というか我田引水化することに長けてきたようでもあり(要するに,遅まきながらの頑固ジジイ化なわけだ),例えばインターネットのYouTubeなんぞをモニタ画面の一角に据えてナガラ視聴しながらキーボードを叩いていることがしばしばである。
先週あたりは《ミスチル》とか《コブクロ》とかをよく眺めていた。その前は《徳永英明》とか《井上陽水》とかだった。時には気分を変えて《小泉進次郎》だとか《丸川珠代》だとかの達者な弁論を拝聴したりもする(あちゃー,完全にボケ老人化か?)。 そしてここ数日はダニエル・ギシャールDaniel Guichardの新しいステージの映像にハマッている。かれこれ御年何歳になるのか正確には判らねども,もう還暦をとうに過ぎたオジイサン歌手であることは確かだろう。そんな御老体にもかかわらず,いや,そうであればこそ,大変にしっかりとして落ち着き払った,いわば盤石ともいえる歌いぶりが聴き手である私の心にジンワリと響いてくる。だいたいは遥か昔のナツメロ・ソングなのであるが,その一見単調で紋切り型のようでいて,いやナカナカに緩急自在の歌の数々は,見ていて聞いていてまったく飽きることがない。例えば《JE VIENS PAS TE PARLER D'AMOUR》という有名なヒット曲なども,そのシミジミとした歌いぶりには心の底から癒されるのである。まだ年端のいかない娘に向かって心配そうに,幾分高圧的なまでに諭すように歌っていたかつての姿は,今では孫娘に対して傍らから静かに穏やかに語りかける好々爺のごときに変貌している。ルフランの部分を引用すると,こんな感じ。
Je viens pas te parler d'amour,
C'est pas mon truc à moi,
Les grands mots et les beaux discours tu sais,
J'ai jamais su faire ça,
Je viens pas te parler d'amour,
Je viens parler de moi,
Quand le temps me paraît trop court,
J'aime venir chez toi.
愛だの恋だの そんな話をするために君のところに来たわけじゃない
そういったやり方は 私はもとより苦手なクチだ
エラソウな言葉やキザな話など 断じて言えやしない
そのことは 君もよく分かってるはずだ
愛だの恋だの そんな話をするために来たわけじゃない
私自身のことを話しに来たんだ
私にとって歳月は あまりにも短く そして重い
だからこそ 今こうして君のところに来るのが嬉しいのだよ
そうなのだ。生きとし生けるもの,就中なべての子の親にとって,時はアッという間に過ぎ去ってゆく。つい昨日までほんの小さな子どもだと思っていたら,いつの間にやらタケノコみたいに成長してズンズンズンズン大きくなってしまい,やがては親元を離れるべく巣立ちの季節を迎えるのだ。後悔先に立たず。親たるもの,その日に向けての厳粛かつ宿命的なる覚悟がスベカラク必要である。そんな男親の揺れ動く心情を,ギシャールじいさんは実にシミジミと優しく,あくまで優しく語りかけるように歌っている。つかのま,我知らずキーボードに置かれた手が静止する。ああ,今日生きてあることのシアワセ,ここに極まれり。
ところで,インターネットの広大無辺なカオスを気ままに徘徊していると,いわゆるポップ・フランセーズの水先案内人,世間的にはそこそこ認知された?シャンソン・パイロットとでもいうべき御仁のサイトにおいて,最近この歌が紹介されているのに出くわしたりする。それがまた,題して『愛の散策』なんぞと云うスコブル気色の悪いタイトルなのである。これにはさすがのワタクシも少々メゲましたね。嫌なモノを見ちまったヨー。確かに今から30年以上も前に初めてこの歌が我が国に紹介された頃には,時代のトレンドに対する安易な便乗,あるいはマーケティングにおける姑息な常套手法などからして,そのようなタイトル付けも止むなしといった業界内の暗黙的了解があったのだろう。しかしながら,あぁ,あれから30年!(ここは綾小路きみまろ調で) 何故に30年以上経過した現在においてまで,そのようなキモイ題名を,そして無礼で誤ったイメージを引きずらなければならないのか。徘徊ボケ老人,もとい浮游ビンボー老人としては,ここでまた思わず,クソッタレ!という言葉を発してしまう。 もし私をして瞬時ジョルジュ・ブラッサンスGeorges Brassensに成り代わることを許されるのであれば(何という喩えだ!),次のようなフレーズを一節唄って差し上げたい。
Parlez-moi d'amour et
Je vous fous mon poing sur la gueule
Sauf le respect que je vous dois
もし愛について俺に話しかけてきたら
申し訳ないが アゴに一発パンチをお見舞いしますよ
それは貴方に対して抱いている尊敬とは別問題だ
はい,はい,バカバカしい話なら幾らでもございますよ,というのは柳田国男翁の御言葉だったろうか。喜びと悲しみは常に交錯する。人は幾千の愚かさを抱えながら生きてゆかざるを得ない。とまぁ,こんな風にして山麓里地の春はふたたび目覚めるのでありました。次はアズマヒキガエルの産卵について,一寸言及しようかと思っておりマス。