地元に変えろカナ

もう東京ではなく田舎に帰りたい

大学で同じクラスになった気になる男の子に

2011-02-23 09:20:03 | 日記
大学で同じクラスになった気になる男の子に
その男友達からメールアドレスを聞いて「登録よろしくね」というメールを送ったのですが返信がありませんでした。完全に脈なしでしょうか??

【インタビュー】正垣泰彦さん サイゼリヤ会長 [10/06/10]

2011-02-12 06:30:08 | 日記
■原点回帰 愚直に食追求  ミラノ風ドリア299円、マルゲリータピザ399円――。イタリアンレストラン&カフ ェの全国チェーン「サイゼリヤ」は味と安さで急成長を遂げてきた。2008年には中国産 食品から有害物質メラミンが検出されるなど、厳しい局面にも立たされたが、経営刷新や 愚直な食材改良で苦境を乗り越えた。 ◆転機は半額化  店を視察していたある朝、サイゼリヤでお年寄りが1人でゆったりと1杯100円のグラ スワインを楽しんでいる姿を見ました。40年間、目指してきた「ラボーナ タボーラ」 (おいしい食事)が日本でやっと実現できた、と思いました。  大学時代、酒屋や青物市場、食堂でアルバイトし、縁あって千葉県市川市の喫茶店「サイ ゼリヤ」の立て直しを任されました。借金して店を買い取ったのは大学4年(1967年) の7月でしたが、間もなく火事で休業。再建まで経営書や料理本を読みあさり、欧州に食べ 歩きに行きました。  ローマで出会ったのが小さなレストラン「マリアーノ」。食前酒から前菜、魚、肉から、 コーヒーまで多彩なメニューと心のこもった料理に打たれました。そこで「これからはイタ リアンだ」と決めたのです。  転機はすべてのメニューの半額値下げでした。市場で自分で仕入れた食材の味には自信が あり、最初は店の家賃分だけもうかれば良いという考えだったのです。間もなく店には行列 が出来るようになり、周辺に4店増やしました。  米国のチェーンストアに触発され、73年には多店舗化を視野に入れた仕入れなどの運営 会社を設立。その後、社名を「サイゼリヤ」にしました。店舗数は3月末で、国内819店 、海外59店になりました。 ◆二つの試練  この20年、業績は順調でした。おいしい商品を安く提供するために、豪州にハンバーグ などの生産工場を建設し、福島県白河市の農場でも野菜の品種開発、低温輸送の態勢を確立 しました。もちろん、安全性確保は大前提でした。  そんな中、2008年10月に中国産ピザ生地から微量のメラミンが検出される事故が 起こり、ピザ販売を一時中止するに至りました。悔やみきれない痛恨事でした。食材検査の さらなる厳格化を徹底させましたが、お客様の信頼回復に半年かかりました。大打撃でした。  同じ年の12月、豪州産食材の輸入決済のために利用していた為替金融商品に、多額の評価 損も明らかになりました。解約費には153億1000万円かかり、09年8月期決算の当 期利益は48億9600万円の赤字。赤字は、98年の株式店頭公開以来、初めてでした。 金融商品のリスクの高さが骨身に染みました。  そこで、09年4月に経営の分業を図ることとし、社長を後進に譲り、会長に就任しまし た。私はトップマネジメントの戦略の担当ですが、今でも店は自分で見て回ります。 ソース:YOMIURI ONLINE