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土木屋政策法務自習室(案)

(元)土木系技術職員がいろいろな事案を法律を基点に検討しています。

いわゆる「2hルール」が適用される範囲を行政法から考えてみた。

2017年12月18日 21時00分19秒 | 河川法
◯はじめに
 
 土木の技術系職員、特に河川畑の皆さんには馴染みの「2hルール」という技術上の基準があります。正式には、「平成六年五月三一日 建設省河治発第四〇号 建設省河川局治水課長通達 『堤内地の堤脚付近に設置する工作物の位置等について』」において示されている、河川堤防の法尻付近における工作物を設置してはならない範囲を示した規定のことをいいます。
 「2hルール」といわれているのは、提内地において縦1に対して横2の割合(高さhに対して横2倍(2h))の勾配で引いた線の下方を構造物を設置してはならない範囲(通達の図参照)としていることに由来します。
 土木の技術系職員は、「堤防法尻」イコール「2hルール」による工作物の設置制限、と考える場合が多いのですが、河川法等の公物管理法による管理権限の及ぶ範囲は無制限ではなく、また私有財産に対し私人の権利を制限し義務を課すには法律の定めが必要です。
 以下には、この「2hルール」が適用できる要件について、行政法の一般原則の観点から考察してみたいと思います。
 

◯2hルール 
 
 以下、国土交通省の告示・通達データベースシステムから検索した通達本文です。
 
[引用開始]
堤内地において、堤防の堤脚に近接して工作物を設置する場合については、水路等の設置に伴う掘削により堤防の荷重バランスが崩れること若しくは基盤漏水が懸念される箇所においてパイピングが助長されること又は止水性のあるRC構造物等の設置により洪水時の堤防の浸潤面の上昇が助長されること等の堤防の安定を損なうおそれがあることから、従来より、工作物の設置による堤防に与える影響について検討し、その設置の可否を決定してきているところであるが、この度、堤内地の堤脚付近に設置する工作物の位置等に係る判断基準等をまとめたので、今後は、左記により取り扱われたい。
(1)堤脚から五〇パーセントの勾配(二割勾配)の線より堤内側及び堤脚から二〇メートル(深さ一〇メートル以内の工作物の場合については一〇メートル)を越える範囲(下図の斜線外の堤内地側の部分)における工作物の設置(堤防の基礎地盤が安定している箇所に限る。)については、特に支障を生じないものであること。
(2)から(8)まで略
 
※下線は、ブログ管理人が付けました。 
[引用終了]
 
 図を見れば、工作物の設置が制限される部分は、河川区域境を起点として河川区域以外の区域を対象として定められています。
 この河川区域以外の区域は、すなわち民地(この場合、私有地の他、道路や公的機関の敷地等の公有地である場合もありますが、河川管理者以外の者が管理する土地であれば、以降の考察においては同様に取扱うことができるため、以下「民地」と表記します。)です。このため、「2hルール」は、河川区域に隣接した民地である堤内地の堤脚付近に設置する工作物の位置等に係る判断基準等を具体的に示した通達であることがわかります。
 

◯民地に対する所有権制限の可否
 
 前述のとおり、「2hルール」は民地における工作物の設置を制限する規定ですが、民地(私有財産)には土地所有者の所有権が存在します。民法では、「土地の所有権は、法令の制限内において、その土地の上下に及ぶ(207条)」と規定されているため、「法令の制限」がない限り土地所有者は所有権を自由に行使(使用、収益及び処分)することができます。
 このため、河川管理者が民地における工作物の設置の制限を行うのであれば、まずは河川法に民地の土地所有権を制限する規定があって、この規定を具体的に執行するために通達である2hルールが存在するということとなります。
 それでは、「2hルール」はどの河川法規定を具体的に執行する通達であると考えられるでしょうか。
 以下には、行政法の一般原則から考察していきたいと思います。
 

◯行政法の一般原則
 
 「法律による行政の原理」は、法治主義の代表的法理とされ、「法律の優位原則」と「法律の留保原則」をその内容とします。
 「法律の優位原則」は、「法律規定と行政活動の内容が抵触する(=矛盾する)場合に、法律は、「あらゆる」行政活動に対して優位する(大橋・行政法24頁)」とするものである。このため、法律規定に反する政令等は無効となったり、行政活動そのものが法律違反になったりする場合が生ずることとなります。
 また、「法律の留保原則」は、私人の権利を制限し義務を課す等の「侵害行為」について、「『法律』形式による議会の事前承認を要求する(同25頁)」とされるものです。このため、「法律が予めそれを許容した旨の根拠をおいていなければ当該活動は違法となる(同25頁)」こととなります。
 具体的に法律においては、「政令には、法律の委任がなければ、義務を課し、又は権利を制限する規定を設けることができない。(内閣法第11条)」、及び「省令には、法律の委任がなければ、罰則を設け、又は義務を課し、若しくは国民の権利を制限する規定を設けることができない。(国家行政組織法第12条第3項)」と表されています。
 つまり、「2hルール」について考えれば、それ自体が私人に対する制限等を行う効力はなく、河川法の制限等の規定あるいは河川法の政令等への委任規定が存在することによって私人に対する工作物の設置制限がなされることとなります。
 次には、河川や道路等の「公物」に対する管理について考えていきます。
 

◯公物管理における相隣関係からみた「2hルール」の適用範囲
 
 道路や河川等の公物は、その管理者によって公物の範囲を決定することができます。
 つまり、「公物管理者は、その一方的な処分によって公法上の制限をうけるべき公物の範囲を決定しうる(原・公物営造物法178頁)」こととなり、管理者の許可、認可及び監督処分は、公物の範囲、具体的には河川区域(河6条1項各号)等に対してのみ及ぼすことができることとなります。
 しかし、管理の範囲を公物の範囲のみに限定することによって、公物管理に支障となる場合があります。
 そのため、「公物そのものについて公法上の制限を加えるだけではなく、公物管理者は、特別の規定により、公物に隣接した区域を指定し、その区域内の一定の行為につき公用制限を加える(同188頁)」ことによって公物の目的を達成させることとしています。
 河川法においては、河川区域に隣接して行為の制限がなされる区域を「河川保全区域」として定めています(河54条1項)。この河川保全区域は、「河川の機能を維持し、その管理の目的を達成するためには、河川自体を保全するだけでは足りず、河川区域以外の一定の区域、とくに河川の流水によって生ずる災害の発生のために重要な機能を果たしている河岸及び河川管理施設(とくに堤防)を保全するため、必要な最小限度の区域に限り(同189頁)」指定することができます。また、私人が「この区域内において、河川管理上支障のある行為を制限するため、土地の掘さく、盛土、切土その他土地の形状を変更する行為、工作物の新築又は改築をしようとする者は河川管理者の許可をうけなければならない(同189頁)」(河55条1項各号)こととなります。
 「2hルール」は、河川区域に隣接した民地である堤内地の堤脚付近に設置する工作物の位置等に係る判断基準等を具体的に示した通達であることから、河川区域に隣接した民地すなわち河川保全区域(河54条1項)をその対象範囲として、行為制限(河55条1項各号)の判断基準を具体的に示したものということとなります。
 このため、河川保全区域の指定がなければ、河川管理者は河川区域に隣接した民地に対して「2hルール」による制限は行うことはできないということとなります。
 付け加えると、河川保全区域指定の無い隣接民地に対しては、河川管理者といえども対等な私人間の関係であることから、法律上の判断については「民法の相隣関係に関する規定の趣旨を類推すべき(同190頁)」こととなります。
 

◯さいごに
 
 通達及び要項等は、行政が法律を具体的また統一して執行するために行政内部において効力を有するものです。
 このため、通達等が直接、私人に対して権利を制限し義務を課すことができないことを理解する必要があります。単に「2hルール」があることだけで、民地の制限が可能であると短絡して結論を出すのではなく、根拠となる法律規定を念頭において考えることが大事であると思います。
 

◯参考文献
 
・大橋洋一 「行政法Ⅰ現代行政過程論」初版 有斐閣
・原龍之助 「公物営造物法」新版 有斐閣
 
以上


「旧川の帰属」に関して考察してみた。

2017年12月18日 20時58分13秒 | 河川法

都道府県が行う河川改修工事に伴って、それまでの河川(旧川)が不要となって市町村に移管する場合があります。
しかし、旧川移管は、市町村の負担が増えることから難色を示す場合が多く、なかなかすんなりとは行きません。
このような場合の旧川の帰属を考察してみました。

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旧川の帰属に関する考察

【概要】
洪水によって災害が発生する河川においては、その災害の発生の防止することを目的(河川法第1条)として河川改修工事が行われる。この河川改修工事の手法としては、①既存の河川の断面を拡大する手法(主として川幅の拡張。以下「拡幅」という)及び②既存の河川とは別に新しい河川を付け替える手法(以下「バイパス」という)とに大別することができる。
拡幅の場合であれば、既存の河川区域である1号地(河川法第6条第1項1号。以下、「河6①一」と表記。他の条文も同様)及び2号地(同二)に、拡幅した区域が1号地及び2号地として面的に連続することとなる。このため、一体とした河川区域が形成されることとなり、河川管理者は従前と同様の行政管理及び事実管理※1を行うことについて、なんら問題は生じないものと考える。
一方、バイパスの場合には、バイパス区間に1号地及び2号地が移転し、従前の河川区域は「河川の流水が継続して存する」1号地としての性格を失うこととなる。また既存の河川管理施設は、「洪水による災害発生の防止」(河1)を目的とした施設には当たらないこととなるため、その敷地は2号地としての性格を失うこととなる。つまり、バイパスの場合における従前の河川区域である、いわゆる「旧川」は、河川法の区域としての根拠を失うこととなるため、河川管理者以外の者によって管理される客体(土地及び施設)として扱われることとなる。
従来から旧川の取り扱いは、廃川手続き(河91①及び河令49)によって行政財産から普通財産へ変更するとともに、①同一地方自治体内における所管替え(以下「所管替え」という)、及び②他の自治体(市町村)への移管(以下「移管」という)、の2つの手法のいずれかによってなされてきた。
このうち、①所管替えの場合は、所管替え後の担当課による草刈り等の事実管理が、予算あるいは人的な制約によって従前の河川管理者による管理に大きく劣る水準となる。そのため、地元からの苦情等があった場合には、担当課による対応がほとんど期待できないことから、従前の河川管理者が対応せざるを得ない場合もあるように思われる。つまり、所管替えの場合、担当課は行政管理を担うことはできたとしても、事実管理についてはできない状態となるため、廃川敷地は実質的に放置される状態となる。
このため、住民生活全般を包括的に担い、機動的に対応できる市町村の行政活動に期待して、旧川を市町村に移管することを検討し、市町村との間で移管交渉を行う場合も多い。しかし、この旧川移管交渉においては、河川管理者側の移管の意向に対し、市町村側が新たな土地を管理し負担が増えることを理由として引受けに難色を示すことが多く、移管ができない場合や交渉が河川事業の完成間際までもつれ込む場合がある。
このような交渉となる原因としては、これまでの交渉が市町村側の任意の意思にのみに頼った交渉をしてきたことによることが大きいと思われる。つまり、これまでの河川管理者側の移管の意図は単に「不要物件の引き渡し」に過ぎず、市町村が旧川を引き受ける法律上の義務規定が存在しないとすれば、市町村においては積極的であれ消極的であれ旧川を引受ける動機を見出すことはできない。
しかし、旧川が従前には河川法上、一定の目的をもった行政財産であったことを考えると、単に河川管理者と市町村との任意の合意あるいは市町村の引受けの意思等によって「主観的」にその帰属が決定されるのではなく、住民生活を基点にして旧川が将来備えなければならない機能に着目して、その機能を担う管理者の妥当性を「客観的」に評価することによって、旧川の帰属が決定されることが必要であると考える。
以下には、これらを踏まえ旧川の帰属について考察を行い、原則的な考えを提示したい。
【考察】
従前の河川区域が、1号地としての性格を失い旧川となる場合、その区域は河川法上の行政財産から除外されることとなる。この場合、それまで河川を流末として流されていた隣接地からの地表水、宅内排水及びその他排水(以下「排水等」という)がその行き先を失うこととなる。このため、旧川に排水等を受け入れ、適切に排水できる機能及び施設、すなわち排水路を設ける必要がある。
この排水路を設置する際には、自然の公物としての河川の成り立ちやその河川の位置及び高さを前提として隣接地の排水路等が設置されてきたことを考えると、従前の河川が排水等を受け入れ流下していた形態と同様の形態により排水路を設置することが最も経済的で合理的な選択となる。
旧川に排水路を設置する場合、従前の河川と同様に隣接地の不特定の者の排水等を受けることとなるため、排水路は河川に代わる水路としての公的な性格を帯びる。つまり、この排水路は、民法において自家用等の排水の流末として規定する「公の水流」※2であって、公の管理に属するものとして扱われることとなる。
このことから、旧川に設置される水路は、河川法以外の規定により管理される水路、すなわち「法定外水路」として、市町村管理として扱われるものとなる。
【結論】
旧川の帰属は、旧川における水路の設置の必要を基準として、水路設置を要する場合には市町村への移管、不要な場合は所管替えとして扱うことを原則としたい。
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※1 「河川管理は、事実管理と行政管理に二分される。前者は、堤防の新改築、河川工事の実施、水門等河川管理施設の操作などをいい、後者は、土地の掘さくや工作物の設置の許可などの行政作用をいう。」 古崎慶長 「国家賠償法の理論」 有斐閣
※2 民法第220条(排水のための低地の通水)
高地の所有者は、その高地が浸水した場合にこれを乾かすため、又は自家用若しくは農工業用の余水を排出するため、公の水流又は下水道に至るまで、低地に水を通過させることができる。この場合においては、低地のために損害が最も少ない場所及び方法を選ばなければならない。