きみの靴の中の砂

起床時間

 

 

 起床時間。

 時々こんな頃合いで、イチ子が、ぼくの好きな辻村伊助の『スウィス日記』の一節をまるで聖書を読むかのような抑えた声で読み上げてくれることがある。

 

『御茶がすむと、表に出て、口笛なんか吹きながら、岩の上を歩き廻る。をりをり霧が絶えると、南に高くアガシホルンと、その後ろに、フィンシュテラールホルンが現はれる。裏のグロース・シュレックホルンの方面は、いつまでも霧におほはれて、その下に牙のように口をあいた、シュレック・フィルンのクレヴァースが、透明な緑を含んで、なんとも言えない気もちがする。明日私達が登のは、この氷河のふちを登るのだが、どう行ったらいいのか、まるで見当が...』

 

 今朝の一節は『シュタールエック』の部分だろうか...。

 イチ子は、ぼくが目をつぶって聞いているのを知っている。
 やがて、
「そろそろ起きて...」と声をかけてくれる。

 あともう少し読んでくれたら嬉しいのに。

 
 
 
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