そんな子供たちの声が聞こえなかったサラリーマン親父は、バッグからペットボトルを取り出してさっき倶知安駅で入れてきたミネラル水を飲みながら、国道5号線を小樽方面に向かって歩いていました。「ああ、結構2kmって遠いかもね。駅前にタクシー会社があったなぁ。乗せてもらえばよかったかな。往復5kmとしたら1500円以上とられるなぁ。でも、こんなに人がいないとこでタクシーって儲かるかしら。町は小さいからタクシー使わないとするなら、結構メーターはあがるなぁ。儲かるなら俺もやってもいいかも」などと、まったく岩内線とは関係ないことを考えながら、諦めたように歩き出したのです。しかし、オヤジは黒いビジネスバッグにYシャツを着たアンバランスな自分の姿を町の人たちがじっと見ていたことを知らなかったのです。
「この暑いのに歩いてどこに行くのかね?見てご覧、背中が汗でびっしょりだよ」「なんの仕事なんだろうね。なにか売ってんの。結構、土地を買いにきてるのかも。あのバッグにお札がいっぱいかも。」「何言ってんのよ。そんなお金持ってるなら、あんな変なかっこして暑い中、国道を歩く人なんているわけないさ。」「そおだねぇ、アイスでも食べよう」と、小沢の人たちはアイスが大好きなんです。
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歩いている人が一人もいない小沢の町(羊蹄国道に沿って)
さて、汗もタラタラのサラリーマン親父は左側の斜面を見ていますが、この夏の草木に覆われて一向に線路の気配が分かりません。「やっぱり、夏に廃線探しってやるもんじゃないなぁ。函館本線の位置は分かるが、岩内線はその下をこっちに向かっているはずだけどね、マムシも出るし、汗も出るけど線路は出てこない・・・・。あ、あと愚痴も出るなんてね・・」と自分で言って自分で笑っているのでありました。国道5号線を倶知安方面に向かう観光バスの中からその顔を見た45歳の女性は「休憩所で買ったアイスを食べようとふっと外を見たら、薄気味悪かったですね。暑いから変な人が出るんですね。国道歩いている人なんていないからねぇ。町外れのあんなとこ。笑いながら黒い鞄を持ってました。」
その男はようやく国富という看板のところまでやってきたのです。ここで男はまたにやっと笑いました。そうだ、岩内線の小沢の次の駅は国富だぁと思い出したのでしょうか。ちょっと生き生きしてきたようです。ペットボトルの水を口に含むと、また歩き出しました。すると山側の雑木林が少し切れ出し、左側に田んぼが広がってきました。手前には線路の跡がないことを確認すると、マムシをあれだけ恐れていたのに、さっと国道から田んぼへ飛び降りたのでした。田んぼの向こう側に夏草が行儀良く段を作っているのが、きっと岩内線跡に違いない。男は目を凝らしました。すると、遠くから汽笛のような音が聞こえて来るではありませんか。まぎれもないキハ22系札幌発の「急行らいでん」が男の前を夏草をかき分けるようにして、通り過ぎていきます。
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青いYシャツに黒いビジネスバッグを持ったサラリーマン親父は目を疑いながら、田んぼをあぜ道を走り出しました。あれは本物なのだろうか。熱中症で気が狂ったのか。汗は頭から本当に滝のように顔に降り注ぎます。左手はバッグで塞がっていますので、右手で例のGATBYで拭くのですが、拭き取れる量ではなく、その汗が目に入り痛い。しかし、男は必死です。列車から目を離さぬように、追いかけますが、キハ22はもう一度フォンと汽笛を鳴らすと、林の中にまた消えてしまいました。サラリーマン親父は意を決したように、バッグを両手で抱えて列車の消えた林に向かってなにやら奇声を発しながら走っていくのでした。
(本当の本編2に続く)