舞踊批評家協会

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ニューヨーク・パブリックライブラリー・フォー・ザ・パフォーミング・アーツとその利用法

2005-11-15 19:08:23 | Weblog
ニューヨーク・パブリックライブラリー・フォー・ザ・パフォーミング・アーツとその利用法
                                檀原照和

 本年の11月9日、笠井 叡の"Gate for initiation (1975)"という作品を視聴するためニューヨーク・パブリックライブラリー・フォー・ザ・パフォーミング・アーツ(NYPLPA)を利用した。大勢のダンサーがニューヨークを訪れているにもかかわらず、このライブラリーに関する情報を目にすることがないのはどうしてだろう? 日本の舞台アーカイブ保存に関するモデルにもなりえるであろうNYPLPAに訪れるのは、絶対によい体験になるはずだ。ここに簡単な利用ガイドを記す。

・ロケーション
 NYPLPAは「世界最大の複合文化施設」といわれるリンカーン・センター(http://www.lincolncenter.org/index2.asp)内の一施設である。リンカーン・センターはメトロポリタン・オペラ・ハウスやニューヨーク・バレエ・シアターなど名だたる劇場の他に、ジュリアード音楽院なども擁している。巨大なので、予備知識がないと図書館までたどり着くのに難儀する。ややこしいことに10th Ave側にもニューヨーク・パブリックライブラリーの分館があるので間違えやすい。目指すNYPLPAは地上階からではなく、2階から入らないと行けない。
・館内
 1階(リンカーンセンター全体から見ると2階)の受付とずらっと並んだ検索用PCを通り過ぎ、突き当たりを右に折れると館外貸し出し用のビデオやCDを陳列した棚が待ちかまえている。貸し出しには当然カード(Access Card有料)が必要。しかし旅行者にもカードが作れるかどうかは不明だ。ビデオはレアなダンスや演劇からヨガや太極拳、娯楽ものまでいろいろ揃っている。もしあなたが留学生だったら絶対に利用するべきだ。この施設内には館外貸し出し用のビデオやCDを視聴するためのOA機器は存在しないので、自宅に持ち帰らないと一階の映像・音楽資料を楽しむことができない。
 2階に上がると膨大な資料が書架に収まっている。ここで資料に見入っているとあっという間に時間が過ぎてしまうだろう。このフロアにはロバート・ウィルソンの名を冠した音楽資料のコレクションもある。
 3階には広々としたビデオブース室(正式名称は Research Collection Reading Room/Jerome Robbins Dance Division, Music Division, Billy Rose Theatre Collection, Rodgers & Hammerstein Archives of Recorded Sound)がある。ここに入る前に係員に手荷物を預けよう。
 室内の検索機、あるいは自宅のPCからネット経由でNYPLPAの資料検索をしてプリントアウトしたものをカードと一緒に受付に持って行くと、ビデオを視聴することができる。ビデオはモニターの隣にあるコントロール画面で遠隔操作する。ビデオテープ自体はオペレーションルームにあるので私たちが直接触ることはない。
 ざっと書いただけだが、どうだろう。まずはNYPLPAのサイトから資料検索して、資料の充実ぶりを確かめてみることをお薦めする。

 NYPLPA公式URL:http://www.nypl.org/research/lpa/lpa.html
 リンカーンセンターの全体図 http://www.lincolncenter.org/visitor/map.asp?session=F73752B2-0C75-43F0-B116-C1DCD034DD4A&version=&ws=&bc=2
 リンカーンセンター内の図書館周辺図:添付画像

オーケストラwithバレエ『剣の舞』

2005-11-15 18:41:07 | Weblog
オーケストラwithバレエ『剣の舞』
                              吉田悠樹彦

 東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団と東京シティ・バレエ団は江東区と提携を結び、これまで芸術活動を繰り広げてきた。この企画は11回目を迎え、江東区のみならず東京という地域で生きる市民のための贅沢な催しとなった。
 今回の公演で上演された作品はいずれも現代社会でポピュラーな作品である。ヨハン・シュトラウスII世のオペレッタ『こうもり』序曲は市民からのリクエストが多かった曲。明るく透明感のあるこの楽曲の演奏で舞台は幕が明けた。続くボロディンの歌劇『イーゴリ公』より「ダッタン人の踊り」は、東欧の民族音楽が織り込まれた小さなメロディが全体を織り成す、民族音楽を活かした作品だ。有名な前曲と比べると、オーケストラファンのためのややマニアックな選曲である。
 近代日本に於いて西欧音楽が根付いたのはそれほど古いことではない。意外に感じるかもしれないが、音楽評論家の大田黒元雄やあらえびす(漢字表記は「荒夷」で本名野村胡堂。初期の代表的な音楽批評家の1人だが、一般的には本名であの「銭形平次」の生みの親として知られる)が活動をしていた大正時代は、一部の教養層の文化であった。それが次第に定着しだしたのは、昭和に入ってからである。日本のこのような近代音楽史が解明をされるのは、まだこれからである。
 この時代の代表的な音楽雑誌の1つである『音楽世界』(村松道弥編)には洋楽の譜面が多く掲載をされている。当時まだともにサイズが小さかった音楽界と舞踊界はお互いに距離が近かった。『音楽世界』には高田せい子など創生期の洋舞家も顔を見せる。冒頭の2曲や『剣の舞』は広く愛されてきた楽曲だ。その中にはモーツアルトやバッハといった大作家の曲のみならずこのような民族的な楽曲も見られる。石井漠の「アニトラの踊り」や伊藤道郎「ローテスランド」のようなオリエンタルダンスの名作を生み出してきた日本人には、このような民族的な曲調の音楽を愛する側面があるようだ。
 続くオーケストラwithバレエではハチャトゥリャンの楽曲をバレエが彩った。この作曲家は日本人の間でポピュラーな『剣の舞』の作者である。まだ日本で全幕演奏されたことはないバレエ音楽『ガイーヌ』から抜粋された内容を、石井清子が振り付けた。オリジナルは、旧ソ連のコルホーズの中の模範農夫となまけものの妻を描いた作品で、1942年にレニングラードで初演された。オリジナルでは3組曲の冒頭を飾るのが『剣の舞』である。
 初々しく「クルトの若者」が男女に分かれ、民族舞踊を披露する。若々しい踊り手たちの動きはフレッシュであり、時にはライン上の動きを織り成し、時には大きく舞台を彩る。バレエの発祥の地といわれる中央アジアの騎馬民族の世界を彷彿とさせる。続く「3人の踊り」で男性2人を相手に清楚な乙女を演じた上山千奈、「アルメンのヴァリエイション」で女性たちを背後に凛々しく表情豊かに踊る黄凱が見事だ。素朴な踊り手の表情は「ゴパック」のような民族色豊かなレパートリーで綴られる。やがて優雅で繊細な踊りの表情が印象的な志賀育恵と黄が切ないデュエットで「子守り歌」を踊る。息の合ったペアのコンビネーションと身体技能を活かしたリフトに客席が沸く。やがて女たちが現れ、タンバリンを打ち鳴らしながら「歓迎の踊り」を踊ったかと思えば、男たちの一群がそれぞれ手に手に剣を持って現れ、クライマックスの「剣の舞」がはじまる。刃と肉体がせめぎあう緊張感とスピード感のある動きが民族色の強い楽曲と融和する。この曲のスリリングな空気は明るく華やかな「バラの乙女の踊り」へと昇華され、情景は見事なバレエスペクタクルへと連なる。特に安達悦子は近年にない完成度の高い演技を見せ、朗らかで薫るような乙女のエロスを切れ味ある動きで描ききった。最後に踊り手たちが総出演で飾った「レズギンカ」と「フィナーレ」も観客を満足させるものだった。
 「ジゼル」や「白鳥の湖」の様なポピュラーなレパートリーとまた一味違うがこのバレエ音楽も日本人に愛される作品である。音楽と舞踊が融和をした休日の午後は実に贅沢なものだった。      
              (2005年10月16日、ティアラこうとう大ホール)