週末は新宿武蔵野館という新宿駅前の小さな映画館で「ル・アーブルの靴みがき」というフランス映画を鑑賞した。この映画館はメジャーではないけれどセンスの良い作品を上映してくれるので足繁く通う。「ル・アーブル」は脈絡のないハッピーエンドで少々面食らったが、理不尽なことに事欠かない「現世」に対する痛烈な皮肉と受け取ることができ、こういうのもアリだと感じた。いい映画だったと思う。
理不尽といえばこんなことがあった。
先日、勤務先の同僚からこんな唐突な質問を受けた。
「dancingさん、電力会社の繰延税金資産って取り崩さなくていいんですかね?」
聞くと、東京電力は別格として、それ以外の電力会社の繰延税金資産、つまり、「将来節約ができると見積もって資産計上している税金」のことであるが、これが北海道電力を除き、前年度比でさほど取り崩されることもなく、むしろ増加しているケースすらあるのだと。
将来節約できる税金を見積もるためには、その企業が一定水準の利益(課税所得)を確保する必要がある。しかし、電力会社はご案内の通り、原発の停止、割高な化石燃料使用等によるコスト高などからH23年度は大幅赤字と厳しい決算を強いられている。
ざっくり言えば、将来節約できる税金の前提となる課税所得をちゃんと確保できるか不透明感が高まってきている。それなのに、繰延税金資産を積み増すケースが多いというのだ。確かに違和感がある。
実際のところどうなのか。8社の連結貸借対照表から「繰延税金資産」の2期分のデータをとってみる。
10年度 11年度 (単位:億円)
北海道(八重洲監査法人) 617 → 78
東北(新日本) 1,922 → 2,463
中部(あずさ) 2,582 → 2,584
北陸(新日本) 495 → 466
関西(トーマツ) 3,765 → 4,328
中国(あずさ) 903 → 884
四国(トーマツ) 509 → 434
九州 (トーマツ) 1,540 →2,070
面白い傾向として、残高1千億円超の4社は揃って増額、1千億円未満の4社は微減~大幅減。ほとんど取り崩しを強いられたのは北海道電力だけだ。
北海道電力は、「停止している原発の再稼働が不確定だとして、監査法人から繰延税金資産の取り崩しを求められた」(北電・河合克彦社長)。当時の日経によれば北電は最初反対していたものの最後は応諾し、法人等調整額に繰延税金資産の取崩し額608億円を計上。この結果、3月時点で190億円の連結純損失予想が720億円の損失に膨れた。
と同時に、北電は監査法人をこれまでの八重洲から新日本に変更している。
北電の怒りを買ったのは想像に難くない。しかし監査法人が自らの信じるところを貫いたばっかりにその職を失うとは何とも理不尽な話ではある。
では、北電とその他の電力会社との間で、何故繰延税金資産の取り扱いに差が生じたのか。
(ここからは邪推です。議論を単純化するため、あえて北電vsその他で括りました。)
その鍵は、次の2つの規定、つまり
■監査委員会報告66号「繰延税金資産の回収可能性の判断に関する監査上の取扱い」
■会長通牒平成 23 年第1号 東北地方太平洋沖地震による災害に関する監査対応について
を監査法人がどう評価したか、にあったのではないか(違っていたらすいません)。
H23年度に大幅な赤字となった先はおそらく委員会報告66号の「分類4」、つまり重要な欠損金が生じた会社に該当することとなり、通常では繰延税金資産の計上に制約が生じるのであるが、会長通牒23年1号の以下の箇所を適用して、ほぼ何もなかったかのような処理を押し通したのかも知れない。
「災害損失による多額の税務上の繰越欠損金等の発生等による、繰延税金資産に係る会社区分(監査委員会報告第66 号)の見直しの要否、例示区分4のただし書き(非経常的な特別の原因により発生)に分類することの適否について、今回の災害により大きな損害を受けている場合には「非経常的な特別の原因」に該当している場合も多いと考えられるが、災害の影響の程度を踏まえ、適切に検討することになる。」
要するに、震災・福島原発事故に端を発するH23年度の多額の赤字は「非経常的な特別の原因による」もので、それさえなければ一定の課税所得がえられ、繰延税金資産も回収できるのだ、ということなのであろう。
北電もこれを望んだのであろうが、「泊原発が停止してしまいコスト高の状況がいつまで続くかわからない、収支の先行きが不透明なのだから繰延税金資産は一定水準まで取り崩しましょうよ」というのが監査法人のスタンスで、両者に見解の相違があったというワケか。
いたずらに保守的な処理(繰延税金資産の取り崩し)さえすれば良いワケではなく、さりとて原発がいつ再稼働するのかわからないがそれに賭けるというのもリスキーである。どちらが正解ということではなく、監査法人は苦渋の決断を迫られたと思う。
しかし繰延税金資産の問題を別にしても、電力会社の先行きはやはり厳しいと言わざるを得ない。
既にニュースにもあったが、5月上旬の政府需給検証委員会にて、経済産業省による「原発が停止し続けた場合の電力9社の財務状況」試算(p.6参照)が示されたが、これを見ると、H24年度の多額の赤字によって純資産の大半を失う会社も出てくることが予想されており、そこに繰延税金資産の取り崩しまで加わったら、それこそ数年内に債務超過に陥る電力会社が出てしまう。
大手監査法人の先生方は、おそらくほとんどが原発の早期再稼働を願っているのであろう。
そんな中での八重洲監査法人の対応は、小さくても主義主張を通したところに骨っぽさを感じるし、映画館に例えれば巨大シネコン(大手監査法人)の向こうを張ったシブイ名画座といったところか。
大王製紙、オリンパス問題などをめぐり監査法人バッシングが続いてはいるが、中にはこういう気骨のある監査法人があることも忘れてはならないだろう。
なお、冒頭紹介した新宿武蔵野館であるが、運営するのは上場会社・武蔵野興業。ここの監査を担当しているのは八重洲監査法人であることを申し添える。
(参考:電力業界への理解を深める1冊)
理不尽といえばこんなことがあった。
先日、勤務先の同僚からこんな唐突な質問を受けた。
「dancingさん、電力会社の繰延税金資産って取り崩さなくていいんですかね?」
聞くと、東京電力は別格として、それ以外の電力会社の繰延税金資産、つまり、「将来節約ができると見積もって資産計上している税金」のことであるが、これが北海道電力を除き、前年度比でさほど取り崩されることもなく、むしろ増加しているケースすらあるのだと。
将来節約できる税金を見積もるためには、その企業が一定水準の利益(課税所得)を確保する必要がある。しかし、電力会社はご案内の通り、原発の停止、割高な化石燃料使用等によるコスト高などからH23年度は大幅赤字と厳しい決算を強いられている。
ざっくり言えば、将来節約できる税金の前提となる課税所得をちゃんと確保できるか不透明感が高まってきている。それなのに、繰延税金資産を積み増すケースが多いというのだ。確かに違和感がある。
実際のところどうなのか。8社の連結貸借対照表から「繰延税金資産」の2期分のデータをとってみる。
10年度 11年度 (単位:億円)
北海道(八重洲監査法人) 617 → 78
東北(新日本) 1,922 → 2,463
中部(あずさ) 2,582 → 2,584
北陸(新日本) 495 → 466
関西(トーマツ) 3,765 → 4,328
中国(あずさ) 903 → 884
四国(トーマツ) 509 → 434
九州 (トーマツ) 1,540 →2,070
面白い傾向として、残高1千億円超の4社は揃って増額、1千億円未満の4社は微減~大幅減。ほとんど取り崩しを強いられたのは北海道電力だけだ。
北海道電力は、「停止している原発の再稼働が不確定だとして、監査法人から繰延税金資産の取り崩しを求められた」(北電・河合克彦社長)。当時の日経によれば北電は最初反対していたものの最後は応諾し、法人等調整額に繰延税金資産の取崩し額608億円を計上。この結果、3月時点で190億円の連結純損失予想が720億円の損失に膨れた。
と同時に、北電は監査法人をこれまでの八重洲から新日本に変更している。
北電の怒りを買ったのは想像に難くない。しかし監査法人が自らの信じるところを貫いたばっかりにその職を失うとは何とも理不尽な話ではある。
では、北電とその他の電力会社との間で、何故繰延税金資産の取り扱いに差が生じたのか。
(ここからは邪推です。議論を単純化するため、あえて北電vsその他で括りました。)
その鍵は、次の2つの規定、つまり
■監査委員会報告66号「繰延税金資産の回収可能性の判断に関する監査上の取扱い」
■会長通牒平成 23 年第1号 東北地方太平洋沖地震による災害に関する監査対応について
を監査法人がどう評価したか、にあったのではないか(違っていたらすいません)。
H23年度に大幅な赤字となった先はおそらく委員会報告66号の「分類4」、つまり重要な欠損金が生じた会社に該当することとなり、通常では繰延税金資産の計上に制約が生じるのであるが、会長通牒23年1号の以下の箇所を適用して、ほぼ何もなかったかのような処理を押し通したのかも知れない。
「災害損失による多額の税務上の繰越欠損金等の発生等による、繰延税金資産に係る会社区分(監査委員会報告第66 号)の見直しの要否、例示区分4のただし書き(非経常的な特別の原因により発生)に分類することの適否について、今回の災害により大きな損害を受けている場合には「非経常的な特別の原因」に該当している場合も多いと考えられるが、災害の影響の程度を踏まえ、適切に検討することになる。」
要するに、震災・福島原発事故に端を発するH23年度の多額の赤字は「非経常的な特別の原因による」もので、それさえなければ一定の課税所得がえられ、繰延税金資産も回収できるのだ、ということなのであろう。
北電もこれを望んだのであろうが、「泊原発が停止してしまいコスト高の状況がいつまで続くかわからない、収支の先行きが不透明なのだから繰延税金資産は一定水準まで取り崩しましょうよ」というのが監査法人のスタンスで、両者に見解の相違があったというワケか。
いたずらに保守的な処理(繰延税金資産の取り崩し)さえすれば良いワケではなく、さりとて原発がいつ再稼働するのかわからないがそれに賭けるというのもリスキーである。どちらが正解ということではなく、監査法人は苦渋の決断を迫られたと思う。
しかし繰延税金資産の問題を別にしても、電力会社の先行きはやはり厳しいと言わざるを得ない。
既にニュースにもあったが、5月上旬の政府需給検証委員会にて、経済産業省による「原発が停止し続けた場合の電力9社の財務状況」試算(p.6参照)が示されたが、これを見ると、H24年度の多額の赤字によって純資産の大半を失う会社も出てくることが予想されており、そこに繰延税金資産の取り崩しまで加わったら、それこそ数年内に債務超過に陥る電力会社が出てしまう。
大手監査法人の先生方は、おそらくほとんどが原発の早期再稼働を願っているのであろう。
そんな中での八重洲監査法人の対応は、小さくても主義主張を通したところに骨っぽさを感じるし、映画館に例えれば巨大シネコン(大手監査法人)の向こうを張ったシブイ名画座といったところか。
大王製紙、オリンパス問題などをめぐり監査法人バッシングが続いてはいるが、中にはこういう気骨のある監査法人があることも忘れてはならないだろう。
なお、冒頭紹介した新宿武蔵野館であるが、運営するのは上場会社・武蔵野興業。ここの監査を担当しているのは八重洲監査法人であることを申し添える。
(参考:電力業界への理解を深める1冊)
業種別会計シリーズ 電力業 | |
第一法規株式会社 |
2年ぶりに財務のお仕事に就き記事を拝見させて頂きました。
2006年に初めて社会に出て夢中で会計とバリュエーションを学ぶために、
ブログの記事を印刷したり、携帯に、メール転送して勉強させて頂いていました。
会計を学ぶきっかけを下さりありがとうございます。
久々にブログを拝見し非常に懐かしく感じ、またやる気が出てきました。
今後も1ファンとして更新を楽しみにしています。
何らかのお役に立てて大変嬉しく思います。
私もやる気が湧いてきました。
引き続きご支援ください。