ニューコスモセンター

青森でコスモスというバンドで歌ったり詩書いてる人の痛々しい日々の挙動

どうせしなければ

2010-06-16 17:47:45 | 日々の生活
2010/5/7(金) どうせしなければ

次女の誕生日。
憂鬱なその日の空気には、普段とは違う微妙な肌触りがあった。
一万円があったからだ。
午後に私は誰もいない居間の食卓で1万円を眺めていたのだ。
考えていた。
それは
かみさんの最近使われていないバッグ内混在封筒から見付けたのだ。

問題点は一つこのお金は、カミさんが気づいているのか、それともいつの間にか
忘れさられたお金なのか。だった。

しばらくうすーく、テキトウに考えタバコを2本吸い、ミヤネ屋が始まったりして
なんか思考希薄状態。

私はへそくりではないと心に決め、その金を持って、
子どもの誕生日の準備を進めた。どんな考えを持っても結果は変わらなかったので
薄く考えていたのだ、どうせ計画を実行しなければ、次女の誕生日を開催できないのだから

んで準ビング外出

家族全員が家に帰ってくるのは6時位だった。のだが
私がプレゼントや食材を買い物をして帰宅したのは7時だった。
しかしそこにはカミさんがいない。
録画した天才テレビくんを鑑賞している長女が達観している表情でいう。

「ママと次女が大げんかしてママ椅子投げ飛ばして出て行った。」

頭を抱えながらも、機嫌の悪い次女や末っ子に無理矢理何回も鑑賞したアニメをもう一度見せながら
食事の準備。そのうち次女も消えた。夜7時にだ。

色々探した結果。私の妹の家にいた、小学校の時に蒸発した母親が妹の家に
遊びに帰ってきていたため、
蒸発した母親と次女が妹の家でケーキを作っていたのだった。

なんか、色々大変だったがとにかくその後、カミさんも帰ってきて、家族みんなで
粛々と誕生日パーティーは行われた。

私は蒸発した母親がケーキを持ってきたので
ありがとうございましたと敬語で喋った。

母親の作ったイチゴのケーキとシフォンケーキに生クリームかけて食うのはとても美味しかった。
前日、蒸発した母親が圧力鍋で作ったぶり大根も、メチャクチャ美味しくて、多分彼女は
私に食べさせたがっているのだろうな。と薄く思った。

どうせそうだろうと思わなければ、
母親の愛情を確認できないのだから。


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