さて、前回の話までは、心理学が自然科学に最も近くなるような研究手法を取った。それは、『意識』に研究対象をおくのではなく。『行動』に研究対象をシフトするというものだった。初期の行動主義心理学者であるJ.B.ワトソンは、パヴロフの条件反射学・刺激置換法を基に生活体の行動を記述し、又、制御を行った。しかし、ワトソンがそのパラダイムで生活体の生命現象を捉えるのは、難しかった。行動主義とは、パヴロフの条件反射学とアメリカの心理学者のソーンダイクの道具的条件づけが、その事象を捉える基本的なパラダイムだが。まだ、古典的行動主義のワトソンの時代では、条件反射学のみを使用して生活体の生命現象を捉えようとした。パヴロフの条件反射学とソーンダイクの道具的条件づけ・試行錯誤学習・効果の法則は、20世紀初頭に、ほぼ同時期に開発された手続である。ソーンダイクの道具的条件づけについて少し触れておこう。ソーンダイクは、空腹の猫をあらゆる仕掛けのしてある問題箱に入れた。猫は、問題箱の中で無駄な動きをして回る。唯一脱出方法としては、天井から吊り下げらえた紐を引けば、問題箱から脱出できるのだが。猫は、無茶苦茶な行動を繰り返す。するとある時、偶然に天井から吊り下げられている紐を引くことに成功して。空腹の猫は、問題箱から脱出してお目当ての食物を摂取した。この猫を問題箱に繰り返し入れていると。次第に猫の無駄な動きは無くなって行った。いち早く、問題箱のギミックを学習して最終的には一試行だけで問題箱から脱出できるようになった。これを試行錯誤学習と言う。そして、効果の法則とは、ある行動をした後にある生活体が快刺激を環境側(この場合は問題箱)から与えられるとその前の行動の頻率が快刺激を伴って頻繁にするようになる、ということだ。又、ある行動をした後にある生活体が不快刺激を環境側から与えられるとその前の行動の頻率が不快刺激を伴って徐々にある特定の行動が無くなっていくというものだ。道具的条件づけは、パヴロフが創始したものだが。その道具的条件づけの評価を高く称賛していた。後の新行動主義者、厳密に言えば、徹底的行動主義者であるB.F.スキナーの手によってその理論体系はさらに洗練されることになる。ソーンダイクは、道具的条件づけと言っていたが。スキナーはオペラント条件づけと呼んだ。さらに、パヴロフの古典的条件づけのことをスキナーはレスポンデント条件づけと呼んだ。古典的行動主義の条件づけの図式は、S-Sの連合である。Sはstimulus・刺激を意味する。これとは、対照的に道具的条件づけの図式は、R-Sの連合である。Rはresponse・反応を意味する。B.F.スキナーは、一応、新行動主義者と位置付けられているが。彼は、新行動主義のパラダイムである S-O(生活体)-RというOの生活体の部分は研究対象には、しなかった。S-O-Rの生活体Oは、客観的に観察不可能だからだ。それでも、新行動主義者のハルやトールマンは、この生活体の潜在的なものをブラック・ボックスとはせず。そこに、複雑な数式を用いたりしていた。現代の学習心理学のテキストでは、ハルやトールマンの媒介変数の設置をする意味はない。それらは、1970年代に勃興する『認知革命』でコンピュータを使って人間の情報処理が如何にして行われているか、という認知心理学の台頭により。新行動主義者がよく使うパラダイムであるS-OーRのOの生活体内部で遂行されているものは、その地位を認知心理学にとって代われてた。認知心理学とは、人間の情報処理過程をコンピュータを使って実際にシミュレーションする学問である。それは、知覚、記憶、思考、推論などまで包括的に統制された今では基礎心理学の流行である。パヴロフの創始した条件反射学には、『時間的接近』という概念が使われている。これは、中性刺激と無条件刺激の組み合わせのことだ。順行条件づけとは、延滞条件づけと痕跡条件づけの二種類がある。これは、もっともレスポンデント強化が十分に機能する条件づけだ。逆に、逆行条件づけなるものもある。これは、普通は、中性刺激の後に無条件刺激を伴わせるレスポンデント強化なのだが。これが逆になる。無条件刺激の後に中性刺激を提示する手続きだ。この逆行条件づけでは、条件づけが困難又は不可能である、とされている。後は、同時条件づけだ。これは、中性刺激と一緒のタイミングに無条件刺激を提示する、というものである。結論から言うと条件づけが成立しやすいのは、順行条件づけの延滞条件づけと痕跡条件づけと同時条件づけである。逆行条件づけでは、条件づけが形成されないのが特徴だ。今、チラッと古典的条件づけの『時間的接近の法則』の例を挙げたが。もちろん、古典的条件づけ・レスポンデント条件づけは、こんな単純なメカニズムではない。初期の行動主義の心理学は、条件反射学に対して殆ど重きをおいてなかった。重点的に研究されたのは、道具的条件づけ・オペラント条件づけの方である。しかし、最近では、オペラント条件づけよりも古典的条件づけの方が認知心理学の考え方と非常に近いものがあるらしいので。古典的条件づけは再び脚光を浴びている。もうちょっと古典的条件付けの話をしよう。光刺激Aを例えば100として、光刺激Bを80とする。被験体は、いつものごとく犬である。光刺激Aを中性刺激として、無条件刺激を餌としよう。すると例のごとく。中性刺激+無条件刺激のレスポンデント強化によって光刺激Aを見ると犬は、唾液分泌反応をするようになる。そして、問題は光刺激Bだ。光刺激Aは仮に数値を100とした。光刺激Bは80だ。しかし、驚くことにこの光刺激Bでも犬が唾液分泌を誘発するのだ。これは、刺激が類似しているためだと考えられる。このことを学習心理学用語で言えば『刺激汎化』と言う。つまり、よく似た刺激には、反応が確認されるのだ。もっと古典的条件付けの話をしたいと思う。古典的条件付けの基礎を思い出して欲しい。中性刺激+無条件刺激の対提示を何試行か行うと中性刺激でも無条件刺激で誘発されていた唾液分泌反射と酷似した反応が誘発される。しかし、中性刺激の後に無条件刺激ばかりを与え続けるとどうなるだろうか?答えは、中性刺激だけでは、唾液分泌反応が観察されなくなる。これは、中性刺激・条件刺激が無条件刺激の到来を予告する刺激として機能しないからだ。したがって、この中性刺激による唾液分泌反応は、『消去』される。消去と言っても一度脳内に条件づけられた内容は、そう簡単には徹底的な消去をすることは困難である。しかし、ここでもう一つ不思議な現象が生起する。しばらく、被験体の犬に唾液分泌という反応を誘発させなくなった。中性刺激をしばらく時間を置いて、再び中性刺激を提示すると再び犬は唾液分泌反応をするのだ。これは、学習心理学用語で『自発的回復』と呼ばれている。最後に、『分化強化』という現象について述べたい。例えば、バナナとリンゴが空腹の猿の目の前に置かれているとしよう。ある箱の床に電気ショックが与えられる箱を用意する。ここでの目的は、猿がバナナよりリンゴを選択するようにするのが目的だ。バナナを猿が箱の中で選択したら床から電気ショックが流れる。一方、リンゴを猿が箱の中で選択したら床からの電気ショックは流れない。この試行を何度か繰り返すと。猿は、バナナよりもリンゴを選択するように、これが単純なモデルではあるが。分化強化という現象だ。
『実験的神経症』: これもパヴロフが行った実験で被験体は犬。どういった実験内容だったかというと。まず、円の描かれた紙を見せる。そして、すぐ後に無条件刺激・餌を与える。一方、もう一つの紙には、楕円形が描かれた紙を見せる。この場合は、餌は与えない。そして、少しずつ楕円形の図版を徐々に円と殆ど変りが無い、区別がつかない程度まで犬に図版を見せる。すると犬は、情緒不安定になる。これが、様々な動物実験で人間に応用する際に行われる過程であるが。一番最初に、動物を使って実験的神経症のモデルを作ったのは、パヴロフであった。
『実験的神経症』: これもパヴロフが行った実験で被験体は犬。どういった実験内容だったかというと。まず、円の描かれた紙を見せる。そして、すぐ後に無条件刺激・餌を与える。一方、もう一つの紙には、楕円形が描かれた紙を見せる。この場合は、餌は与えない。そして、少しずつ楕円形の図版を徐々に円と殆ど変りが無い、区別がつかない程度まで犬に図版を見せる。すると犬は、情緒不安定になる。これが、様々な動物実験で人間に応用する際に行われる過程であるが。一番最初に、動物を使って実験的神経症のモデルを作ったのは、パヴロフであった。