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Operngasse

オペラ横町

アルバート・ヘリング(新国立劇場オペラ研修所公演)

2007-03-08 | Opera
昨年、イアン・ボストリッジのリサイタルでブリテンの歌曲を聴いて、思いがけない旋律の魅力を発見して興味を持たなかったら、このオペラを見ようとは思わなかったかもしれない。しかも「アルバート・ヘリング」なんて、題名を聞いたこともなかったし。
音楽を聴いたり、コンサートに行ったりすることは、このような「きっかけ」が連鎖して、どんどん広がっていくものだが、興味を持ったからといって、全部に行けるわけではない。実際にチケットを買って見に行こう、と踏ん切るには、もう一つ何か惹きつける要素が必要だが、そういう意味で、オペラ公演などの前に時々見せてくれた研修生のロビー・コンサートや、最近の若手の歌手の活躍は、「さまよえるオランダ人」と日程が近いにもかかわらず、今回の「アルバート・ヘリング」もぜひ見に行きたい、と思わせる大いなる動機となった(値段も安いしね)。

結果として、行って良かった!大した予習もできなかったので、「演劇」を見るようなつもりで気楽に臨んだのだが、音楽的にもとても面白い作品だった。
徹底的に鍛えられた若い歌手の一生懸命な舞台というのは、見ていて気持ちがよいものだが、今回は作品もぴったり合っていたのではないだろうか。歌にはまだまだ粗削りな部分もあったけれど、回り舞台を利用した装置・演出もポップな色彩で、若手の動きの良さが映えていた。

舞台は1900年頃、イギリスのロックスフォードという小さな村。
第1幕第1場(4月10日)
今年の「5月の女王」May Queenを選ぼうと、選考委員たち(レディ・ビロウズ、市長、牧師、警察署長、学校教師)が集まってくる。スポンサーであるレディ・ビロウズの条件は、品行方正で純潔な女性であることが絶対だが、候補に上がった若い女性たちの「はしたない」行状が秘書のフローレンスによって次々と暴露され、一向に決まらない。今年は該当者なしか、と思われたが、警察署長から「5月の王」May Kingにしては?という意見。それならぴったりの若者がいる。母親を手伝って真面目に働く青果店の孝行息子、アルバート・ヘリングが!委員たちの熱心な推薦に、最初は渋っていたレディ・ビロウズもようやく了承。「5月祭」で戴冠式を行うことが決定される。
第2場(同日午後)
青果店の店頭ではボール遊びをしていた3人の子供たち、エミー、シス、ハリーが、アルバートがいない隙にリンゴを盗もうとして、アルバートの友人で肉屋に勤めるシドに見つかって追い出される。母親の言いなりで“とろい”アルバートは、子供たちにも馬鹿にされている。
シドはアルバートを遊びに連れ出そうと、女の子とつき合うことの素晴らしさを語るが、彼の母親はダンスもお酒もガールフレンドも賭け事も禁止している。シドのガールフレンド・ナンシーがやって来て、店の中でシドといちゃつき始める。こんなところに母さんが来たら大変だ、と心配するアルバート。二人が出ていった後、自分は母親のために人生の楽しみを失っているのでは、と考え始める。
そこへフローレンスを先陣に、委員会のメンバーがアルバートに「5月の王」選出を告げに来る。5月1日の戴冠式には、白い服を着て臨むように。そして賞金として25ポンドが贈られると聞いて、へリング夫人は大喜び。「息子が5月の王だなんて、みんなが羨むわ、おまけに25ポンドも貰える!」「5月の王?なんだそれ、僕はそんなものは辞退する」「何を言うの、辞退なんかできるものか」「できるよ」「あんたは言われた通りにすればいいのよ」「何で間抜けな白鳥みたいに白い服なんて着なきゃならないんだ」「怒鳴ってないでメジャーを持っておいで、寸法を測るから」「絶対にいやだ、僕はもう自分のことは自分で決められるくらい大きくなったんだ」「私が大きくしてやったんだろう、この恩知らずが!言うことを聞かないのならお仕置きだよ」
「わーい、アルバートがまたママに怒られてる!」と子供たちが囃し立てる。

第2幕第1場(5月祭の日)
ワーズワース先生が子供たちに「5月の王」を讃える歌の指導をしている。シドは悪戯してアルバートのレモネードのグラスにラム酒を入れる。
白い服に身を包んだアルバートは無事に戴冠式を終え、パーティ会場にやってくる。誇りと満足感でへリング夫人は幸せいっぱい。選考委員による祝辞、賞品と25ポンドの賞金がアルバートに贈られる。返礼のスピーチを前に緊張するアルバートはレモネードを飲む(「トリスタンとイゾルデ」媚薬のモチーフ)。おや、なんて美味しいレモネードだろう。しゃっくりが止まらなくなるが、無事スピーチも終了。パーティのごちそうに群がる人々。
第2場(同日夜)
ほろ酔い気分で帰宅したアルバート。母親は親戚の家へお茶に呼ばれているので、先に帰って寝ていなさいと言われていた。いつも母親の言いなりだった。この先もこういう人生を続けるのか、と自問する。パーティで飲んだレモネードの味と、ナンシーのことを思い出す。彼女は僕をじっと見つめていた。なぜだろう、ひょっとして?いや、彼女はシドのものだ。。。そのとき、シドがナンシーを呼び出す口笛の音がする。アルバートを心配して、助けになりたいと言うナンシー、「天は自ら助くる者を助く」Heaven helps those who help themselves! と言うシド。甘いささやきとキスを交わしながら二人が去っていくのを聞いたアルバートは、葛藤を乗り越え、意を決して夜の町に出ていく。

第3幕
翌日の午後になってもアルバートが帰宅しないというので、村中で大規模な捜索が行われる。シドと一緒になってラム酒を飲ませてしまったことを後悔し、心配するナンシーは、大丈夫だと言って悪びれないシドと口論になる。ヘリング夫人は悲嘆にくれ、アルバートは死んだに違いないと言う。慰めるナンシー、地元の警察は無能だからスコットランドヤードに連絡しなさい、と言うレディ・ビロウズ。そこへ、前日アルバートに贈られた花冠が隣町で車にひかれた状態で発見され、誰もが彼は死んだと思い込む。人々は彼を悼み、哀悼の歌を捧げ始める。
と、そこへひょっこりアルバートが帰ってくる。泥だらけだが、けろっとして元気そうな姿に大人たちは憤るが・・・彼に何が起こったのか?


オペラの世界では、英語はマイナー言語だし、日本人にとってはイタリア語やドイツ語よりも発音が難しそうだが、ネイティヴの指揮と音楽指導、演出の甲斐あってか、このイギリス的な作品の魅力はよく伝わってきた。シティ・フィルのメンバーによる小編成のオーケストラの演奏も、素敵だった。
ブリテンは「現代音楽」だと思い込んで敬遠していたけれど、ミュージカルのように聴きやすい部分もあるし、今後は日本で上演される機会も増えそうな気がする。過去の研修所公演の記録を見ると、モーツァルトなどの有名作品中心だったようだが、今回あえてこういう上演機会の少ない「英語オペラ」が取り上げられたことは、研修生のためだけでなく、お客にとっても、貴重な経験になったことだろう。

出演者では、賛助出演のエリザベス・ソンダースとイアン・ペイトンは演技や表情もさすがに巧かった(ペイトンはちょっとお腹が出すぎだけど)。グラインドボーンのDVDでは、フローレンスはレディ・ビロウズの家政婦かと思っていたけれど、秘書だったのかと納得。レディ・ビロウズとヘリング夫人は、研修所の「卒業生」が賛助出演していたが、どちらもメゾで、しかもキャラがかぶっていたので、一瞬「二役?」と思ってしまった(笑)。
3人の子役では、男の子(ハリー)役がコミカルな演技で大いに笑いを取っていたが、こういう役があんまりはまってしまっては困るかも?女の子では、シスの天真爛漫な表情も子供らしくて印象的だった。

印象的といえば、アルバートの友人・シドの恋人役のナンシーが可愛くて、目が離せなかった。ちょっと細すぎるくらいに思うけど、華やかな雰囲気は持って生まれたものだろう。まだとても若いせいか、メゾとして声に深みが出るのはこれからのようだが、いまの軽やかさも貴重な気がする。このまま順調に育ってくれれば、ズボン役や、美しいチェネレントラを見られるのではないかと、期待している。

チケットの前売り状況は、必ずしも良好ではなかったようだが、1階席はほぼ埋まっているようだった。もう少し公演間隔があいていれば、段々と評判を呼んでもっと盛況になったかもしれない。ダブルキャストのもう一方も見たいくらいだったが、今回は日程的に断念。今後もこういう意欲的な作品であれば、ぜひ見に行きたいと思う。


2007年3月8日(木)18時30分(新国立劇場中劇場)

原作:ギー・ド・モーパッサン(短編小説「ユッソン夫人のばらの樹」)
台本:エリック・クロージャー
作曲:ベンジャミン・ブリテン

レディ・ビロウズ: 清水華澄(第4期生・賛助出演)
フローレンス・パイク: エリザベス・ソンダーズ(賛助出演)
ミス・ワーズワース: 鈴木愛美(第7期生)
ゲッジ牧師: 能勢健司(第9期生)
アップフォールド市長: 河野知久(第7期生)
バッド警察署長: 森雅史(第8期生)
シド: 高田智士(第8期生)
アルバート・ヘリング: イアン・ペイトン(賛助出演)
ナンシー: 東田枝穂子(第9期生)
ヘリング夫人: 増田弥生(第4期生・賛助出演)
エミー: 松井敦子(第7期生)
シス: 鷲尾麻衣(第7期生)
ハリー: 山川知美(第7期生)

指揮・音楽指導: アンドリュー・グリーンウッド
演出・演技指導: デイヴィッド・エドワーズ
ヘッド・コーチ: ブライアン・マスダ
美術・衣裳: コリン・メイズ

管弦楽:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団

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