中高年のワルアガキ66-2015

元気なうちに、やりたかったことにチャレンジしよう。

月山登山旅行(2018年10月3日~8日)

2018-10-23 13:39:04 | 登山
 登山は昨年8月の富士山登頂以来だ。ブログの投稿は一昨年の台湾旅行以来である。写真の挿入方法も忘れそうになっている。今回の登山は初めての東北での登山である。松山から月山登山口までは片道約1000kmの道のりである。しかも東北の登山というのにこれまでで最も遅い登山開始である。10月の登山なので寒さの心配ばかりしていた。

10月3日(水)に松山をスタートし1泊目は運転のスタミナを考えて約600km先の金沢泊とした。おでんをもう一度食べたいと。3年前の自転車旅行時に食べたおでんの味が忘れられなくて。自転車旅行で経験した味のおさらいも兼ねている。

昼食は福井の今庄でそばをいただいた。セットで頼んだ厚揚げ豆腐がうまかった。



金沢おでんは結構有名



駅前のランドマーク





4日(木)は金沢をスタートし山形の温海温泉へ向かった。約400kmの移動である。ここも自転車旅行でお世話になった同じ萬國屋に宿泊した。もう一度あの朝食を味わいと思ったからである。こんなに早く実現するとは。途中新潟で高速を降りて昼食に名物「へぎそば」をいただいた。

新潟名物へぎそば



宿手前の塩工房(海水を15時間煮詰めて作るそうだ。)


名勝笹川流れ


豪華な宿の萬國屋



豪華な夕食





翌日の朝食




宿近くの土産物店(山ブドウの手提げかご 9万5千円也)




5日(金)は宿から30分ほどのところにある一度見てみたいと思っていたクラゲで有名な鶴岡市立加茂水族館へ行った。クラゲが主体のユニークな水族館である。その後出羽三山である羽黒山と湯殿山にお参りした。宿泊は月山志津温泉となった。

幼稚園生も多く来ていて大喜びでした。










湯殿山神社(この鳥居からは徒歩で行く方法もあるが、バスで神社入口へ、そこから先は神域により撮影は禁止。素足で温泉が流れる中を登っていくのは神秘的だった。)



出羽三山神社(月山神社、出羽神社、湯殿山神社)の三つの合体神社のようだ。



 明日6日(土)はいよいよ最大の目的である出羽三山の最後の月山登山である。芭蕉も登ったというあの月山である。
 奥の細道によれば旧暦の6月8日ころとあり、西暦では7月24日ころのようだ。芭蕉は月山登山後に湯殿山へと下っている。夏でないと月山登山ルートは厳しそうだ。月山では頂上付近に句碑もあったが「 雲の峰 幾つくづれて 月の山 」と詠んでいる。湯殿山では「 語られぬ 湯殿にぬらす 袂かな 」 羽黒山では「 涼しさや ほの三日月の 羽黒山 」と句を残している。芭蕉はこの三山への思い入れは深いようだ。
 月山は修行の山であるが刀剣の鍛造でも有名だ。登山地図にも頂上付近に鍛冶小屋跡とある。月山神社本宮は今年は10月ということでもうすでに閉鎖していた。一般的には頂上神社は奥宮と呼ばれ麓の集落に本宮があるのが多い。頂上に本宮があるのは珍しいのでは。
 月山頂上付近は水平のなだらかな広さを有している。修験者が多く生活していたのでは。今年は異常に暑く10月というのに初夏のような暑さである。寒さ対策は取り越し苦労となり、暑さ対策の水分確保が重要である。登山コースはリフトを使ったあとは姥ヶ岳を越え、牛首を経て頂上の月山本宮にお参りし100m北側にある三角点まで行った。神社本宮の標高は1984mで三角点は4mほど低い1979mとなっている。
 朝晩は寒いのかもう紅葉が始まっていた。なんとなく不思議である。昼間は初夏のようなのに紅葉が始まっている。しかしこのような大規模な山全体の紅葉は初めて見るような気がする。もっとも毎年暑い真夏時期の登山しかやっていないせいでもある。
 登山はスキーリフトを利用出来るので登山自体は比較的楽ちんである。登山時間は往復約7時間である。山頂手前の最後1㎞の急坂が登頂のポイントのようである。
 スタートした登山口付近の周辺の宿では春から夏のスキー時期が稼ぎ時のようである。
冬場は雪が多すぎてスキーは難しいそうだ。今回登頂後は前日宿泊した月山志津温泉の宿で帰りにお風呂をいただいた後、今夜の宿の天童に向かった。

3連休の初日で大勢の人が来ていた。明日は台風25号の影響も考えて余計多かったのでは



紅葉が始まっている



中央向こうに鳥海山が見える。





芭蕉の句碑 「 雲の峰 幾つくづれて 月の山 」



中央正面が月山神社本宮。左側に鳥海山が見えています。







振り返れば





登頂の記念撮影


紅葉がきれいだ。



7日(日)の天童では朝食後に山寺として有名な立石寺に向かった。台風25号の影響を心配したが天候は大丈夫だった。約千段の石段を登り山寺の風情を楽しんだ。登山翌日の千段はかなりきつかったが芭蕉の句で有名な「 閑かさや岩にしみ入る蝉の声 」を見て今夜の宿の富山へと向かった。ここからは新潟手前のICまではひたすら一般国道を走り抜けた。
途中道の駅「いいで めざみの里 」に立ち寄り、すじ肉カレーをいただいた。3連休の日曜日でもあり沢山の人でにぎわっていた。富山には19時過ぎに到着した。

芭蕉像と句碑「閑かさや 岩にしみ入る 蝉の声」



立石寺の頂上






芭蕉の句碑
 右側に「 涼しさや ほの三日月の 羽黒山 」
 左側に「 雲の峰 幾つくづれて 月の山 」



道の駅の「いいで めざみの里」ではすじにくカレーをいただいた。そばと芋煮セットがあった。残念。
飯豊牛が名産で銅像が立っていた。この道の駅は地元の大きなスーパーのようであり、イヴェント会場のようだ。



富山駅前にて飲み会の締めで立山そばをいただきました。以前天候不良で断念した立山にぜひ再度チャレンジしたいものだ。憧れの剱岳をまじかで見てみたい。



最終日の8日(月)は早朝に宿を発って往路と同じ若狭道を経由したが三連休の最終日のため、途中神戸方面は大渋滞のようだ。淡路島方面はすいすい行けました。淡路島では以前から行きたかった伊弉諾神社を訪れた。室津PAで遅い昼飯をいただいた。レストランのあるPAは珍しい。なかなかの穴場だ。その後徳島を経て17時ころに松山に無事到着した。








今回は登山口までが長丁場だったので、登山口に着いたころは目的の7割程度が達成されたように感じていた。登山はおまけで台風で登れなくても良かった思いである。日本海側は芭蕉の足跡に圧倒され、特に山形県には長期逗していたようだ。魅力的な場所であり芭蕉を支援する地元の熱意を知ることとなった。至る所に立派な句碑を見ることができた。芭蕉の奥の細道の旅は150日間で、全行程は2400kmと言う。改めて日本海側の魅力に取りつかれた旅であった。あと何年元気でいられるかわからないがもう一度北陸・東北に来たいものだ。


コメント
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