三島由紀夫について

2013-04-18 04:08:01 | 読書
有名作家をお茶の間に呼び込んで、なんの根拠もないごだくを並べ、老化予防と楽しんでいます。

年の所為か、記憶が錯綜しますが、この本は何時何処で読んだのか結構具体的に浮かぶ本もあるものです。今回はその一冊、清張とは真反対の多才で多彩な三島由紀夫について興味本位につぶやきますね。

「豊饒の海、1巻ー4巻 三島由紀夫作 新潮社 1970年刊」

三島由紀夫、まず何が浮かぶだろうか。やはり市ヶ谷自衛隊駐屯地でのあの切腹自死だ。1970年11月25日 満45歳であった。当時の首相中曽根が思わず「・・・」と絶句したような記憶がある。本名平岡公威という。東大、大蔵省と進み作家となった。川端康成推薦もあり、その文章力も並はずれていたのかもしれない。また同族が宮内庁勤務、永井荷風とも縁戚らしい、いずれにしても、桓武天皇以来の家系だから上層の上層である。ただあの自死をわかろうとすると「才能」を超えた世界に、突き進んだとしかお茶の間凡人には思えない。

そんな三島の遺作ともいえるのが作品「豊饒の海」だ。輪廻転生を描いたとされる。浜松中納言物語が出所源らしいので、全編通して、貴族社会,武道家飯沼の登場,晩年の三島のミニ軍隊?創設から推察できるが,財界の天をも貫ぬく我慾の勢いに天皇制を危惧したのかテロ計画も、ただ月光姫はどうしてタイ王国のお人だろう、本来なら、中国、インドあたりとおもう。それにしても2カ月程のインド タイの取材での「第3巻暁の寺」の描写には堪能させられた。

「暁の寺」といえば「三島由紀夫」と日本人なら連想する。神がみがなかよくおはします寺だ。三島ほどの天才は何事も一瞬のうちに把握するのであろうから、ヒンズー教イスラム諸々の神の集まりである「暁の寺」にその中心をおいたのかもしれない。

なにごとも 自分と無理づけして楽しむ私は、古希70歳のとき、小学生の孫3人、孫家族と、記念旅行にアユタヤ、バンコック旅行をし、暁の寺を訪れた。輪廻転生 難しい課題はなにひとつ心に響かなかったが、大河チャオープラタ川に飲み込まれるような風土に南国特有の熱帯的怠惰を、三島のいう貴族エロスと重ね、気持ちよく過ごし、生活世代循環としての至福の旅だった。

それにしても、三島の自死はなんだったのだろう。

インドヒンズー教の悠久な時間と貴族の怠惰エロスの宥和王国を造りたかったのか それとも、民族主義者?として官僚専制米占領体制日本の解放を自衛隊諸氏に訴えたかったのか、それとも、日本牽引の役割を担う政官財そして所謂知識層(報道メディア、学者)のどうしょうもない大きな壁に気づきながらも天下り的に過ごしていることへの犠牲的抵抗だったのか。

いやいや、俗論だが、あの異質な出会い丸山明弘の言葉で 肉体改造、その先の死か、それはない?すこしはあるかも知れない。

ついでに背伸びしながら、妄想を拡げると、現代の寵児、村上春樹の小説が、迷える子羊たちの 自立神経失調症の学園ファンタジーだとしたら、三島由紀夫のこの長編小説は、王族、貴族の永遠に不滅ファンタジーで、両者とも、性という媚薬、階層の違いはあれ、を散りばめていることに違いはない。

「豊饒の海 第4巻 天人五衰 新潮社 ページ235~237 より抜粋

     「あなたは卑しい、小さな、どこにでもころがっている小利口な田舎者の青年で・・・・・・・・・・・「あなたには特別なところはなど一つもありません。私があなたの永生きを保証するわ。あなたは天から選ばれてなど決していないし、あなたとあなたの行為が一体になることなどは決してなく、そもそも神速のスピードで自分を滅ぼす若さの稲妻のような青い光りなど具わっていない。ただ未熟な老いがあるばかり。あなたの一生は利子生活にだけ似会ふのだわ。・・・・・・・・」「私の言ったことをよくおぼえておいでになるといいわ。あなたが見たり知ったり、見究めたつもりになったりしていたことは三十倍の倍率の望遠鏡の、小さな園のなかだけのことだったの。その中だけを覗いて世界だと思っていれば、あなたは永久に幸福だったでしょう・・・・・・・・・」     

三島由紀夫と奇しくも同じ身長163cm(笑))の初老男のつぶやきでした。


松本清張についてのつぶやき

2013-04-17 07:54:57 | 読書
久しぶりに、中国地方をネット検索した。松本清張のルーツを知ろうとして父峰太郎の生まれた土地を探すためだ。同じく中国山脈の中にある私の古里を思い起こした。懸命にその周辺を地図で追いながら ここ数日、「半生の記」をめくりながら過ごしました。

「半生の記 松本清張 河出書房 1966年刊」

清張の父、峰太郎は、中国山脈、いまの鳥取県米子市の山間、岡山、島根との分水嶺に生まれた。、峰太郎は生後養子に出されたのだが18歳の時その地を出奔し、日野川沿いの出雲街道を津山にむかった。その日暮らしに「才能(夢)」まで求めて彷徨ったがうまくいかなかった。その上運までごとごとく味方しなかった。文盲母タツの懸命な働きが支え、やがて息子清張が歯を食いしばって一家を支えることになる。

清張は、父峰太郎の夢追い人生が、自身、堅実に生活するなかに身に沁みていたにちがいない。何事にも緻密に観察し組み立てものにした。見事 「生活(幸せ)プラス才能(夢)」を花咲かせ、社会派作家として群を抜き、生活のなんの心配のない文人作家と一線を画したほどだった。清張は5人の子供に恵まれ、1992年82歳でなくなった。晩年、父峰太郎の生地を出版社の企画で訪れている。峰太郎の出奔の道、県境沿いに岡山県津山への足跡を辿りたいとあった。峰太郎(夢追い人)がいて清張(花開く人)がいたということか。

「父峰太郎は89で死んだ。母タニは76で死んだ。私は一人息子として生まれ、この両親に自分の生涯の大半を束縛された」 と文中にある。



高齢という現実

2013-04-16 15:47:05 | 日常 雑感
拝見しました。

私と同じマンションにお住まいかとおもいました。

もう、最初からの入居者は、75歳以上で94歳の方もおられます。

そういうわけで、老化予防に、囲碁クラブ、麻雀クラブ、ふれあい会などありますね。また私的には、子育て同期会やサロン風の会、これらは女性ですね。男からすれば、女性の方には、顔がふれんばかりのおしゃべりがあります。たまに出席する私などはリズムを合わせるだけで結構楽しいものです。

おひとり様も多いですね。親の面倒で古里に帰られた方もいますがその事情は、現状は分かりませんが、これからのことを思うといいなあと思いますが、先方も違った考えでおなじ思いかもしれません。

手前勝手な投稿をさせていただけて、感謝かんげきです。運動も大事のようですが、第一は、脳の活性化と確信していますからありがたいです。

最近は偏頭痛がひどく、認知症へまっしぐらなんて言って、家内に叱られっぱなしです。

これからも、どんどん投稿されて、楽しくのみ、ご時間をお使いください。

実は、読書、再読をぱらぱらとやっておりまして、ご案内いただいた、番組などもよくみております。作品そのものより、作者の伝記ものにひかれます。

高齢という現実とか、、認知症本人のブログとか見ていますが、この先いろいろあるんだなと緩慢に感じて、結構不安が解消されます。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130417-00000567-yom-soci

こんごとも宜しくお願いします。