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PARALLEL WORLDS

(旧名 whatIFstories)
FanFiction based on Video/PC Games

<グレオ姉裏切ルート16:後日談1・戴冠式の日>

2016-10-05 | 二次創作・冠を持つ神の手

 グレオ姉裏切END:友情ルートからの派生

 

 

 

<グレオ姉裏切ルート16:後日談1・戴冠式の日> ※主人公レハト

 

 アニキウス歴七四〇四年青の月一日。二十数年ぶりの譲位の年、戴冠式当日。グレオ姉は正午に予定されている戴冠式後の新王顔見世に間に合うように宿を出た。

 空は青々と晴れ渡り、白い途切れ途切れの綿雲が日の光を浴びて追いかけっこしている。遠く、王城の方から賑やかな音楽が聞こえてくる。一昨日の夕食の席で話題になっていた王城の楽団のパレードだ。戴冠式の催し物を見て回る為に田舎から出て来たと言っていた家族連れは今頃きっとその辺りにいるのだろう。

 城下町の外れの街並みは催しなど素知らぬ顔で営業している。雑貨店の開け放してある扉の内側に見える小物や家具、商店の店先に出ている果物、メニューを掲げた飲食店の外で客を待つ食卓と椅子、殺風景な井戸の足元を飾る鉢の小花、民家の前で屯している子供たち……と目を移しながら、グレオ姉は煮え切らない思いを抱えて二度と戻らないと思った場所へと足を進める。

 昨年、腹を決めて地下闘技場の戦士となって幾人かの顔見知りに呆れられ、それでも頑張ってやっていこうとしていたが、結局半年ももたず精神が折れた。ささやかな送別会の席で「あんたはこっちの世界の人間じゃないからどうせ辞めるだろうと思ってたよ」と表の店の親父に言われた事が妙に引っかかった。

 グレオ姉はベルトから下げた巾着から金属の札を取り出して眺めた。戴冠式当日限りの入城札、これは地下闘技場に応援に来たサニャ男から貰った物だ。

「一般の方は抽選になるんですけれども、レハト様が是非にとお申しになられてございました」

 地下でもうだつの上がらない日々を送っていた彼女には、サニャ男の相変わらずの妙な言葉遣いに笑わせられる事や、レハトが今でも気にかけてくれているという事が嬉しく、救いになっていた。辞めると決めた時は、やっぱり自分は何をやっても駄目だと打ちのめされたと同時にどこか安心する気持ちもあった。

 年の暮れから二箇月、住み込みで新成人の籠り小屋の世話をする仕事に就いた。未熟で世間知らずの幼虫たちは楽しい事だらけの将来の夢を語り、自分勝手な恋愛の妄想を暴走させ、人生が思い通りにならなかった大人たちに不躾な質問をぶつける。グレオ姉も最初の内は無難にあしらったりいじられたりしていたが、そのうち急激に体調を崩す者が出始め、溜飲が下がる思いを隠して慌ただしく世話に追われた。一人、また一人と小屋を出て行き、遂に最後の一人にお礼を言われて見送った時には、自分も何かをやり遂げた思いがした。

 再び無職になり、次の食い扶持を探しもしないまま戴冠式の日を迎えた。約五箇月前、レハトに腹を立てて辞職までした自分は軽率だったような気がしていた。これから城下で生きていくにしろ田舎に帰るにしろ、逃げずにちゃんと見ておきたいと心を決めた。

 城に近付くにつれて楽しげな演奏や人々の笑いさざめく音が大きくなってくる。広場を通りかかると、噴水の前で芸を披露する大道芸人と輪になって座る見物客が目に入った。ジャグラーの一人は燃え盛る松明を六本、もう一人は鋭利な剣を六本忙しなく頭上に舞わせている。二人が向かい合い、互いの得物を投げ合い交換してなおジャグリングを続けるのを見た客から歓声と拍手が起こった。グレオ姉が通り過ぎる頃、彼らに投げられていた得物はいつのまにか鳥に姿を変え、次々に空に飛び立っていった。

 やがて広大な湖と果てしなく続く長い一本橋が目の前に現れ、少し湿気を含んだ風が顔と髪を撫でて行った。運良く当選した身なりの良い人々や鹿車が橋を渡って行くのを見て、グレオ姉は引き返そうかと思った。抽選とは名ばかりで貴族ばかりかもしれないのだ。一応余所行きの服を着ているが、所詮センスの無い庶民ねと嘲笑われそうだと城勤めの経験が警鐘を鳴らす。でもドタキャンしたら悪いから、という言い訳じみた期待に後押しされてグレオ姉は橋に踏み出した。

 城門で懐かしい衛士服に身を包んだ若い男に丁寧に足止めされ、彼に入城札を見せて中に入った。コネであっさり通された王城は何故だか違法に侵入したような気持ちになった。城の前庭はグレオ姉と同じ目的の人々がぞろぞろと同じ方向に歩いている。正面玄関の前は堅牢な石の城にせき止められた人々による分厚い海が出来ていて、その上に見える二階の露台は金の縁取りのある紺碧の幕で飾り付けられている。

「あ、来た! おーい! グレオ姉さん! こっちこっち、こっちです~」

 軽い声のした方を見ると、小柄な男が両手をぶんぶん振って飛び跳ねていた。

「サニャ男くん、久しぶり」

「久しぶりです! 来てくれて良かったです! きっとレ……あのお方もお喜びになるとですよ!」

 満面の笑みを浮かべる使用人が着用している服は今日が純然たる仕事日である事を示している。二人は色とりどりのお喋りに夢中な人の海の最後部に連なった。

「すごい人出ですね。やっぱり注目されてますよね、新王様」

「そうなんです。サニャ男の自慢の王様です。あ、私が育てたんじゃないですけど。レ……王様頑張ったんですよ。すっごい集中力で、たった半年の間にメキメキお腕をお上げになって。お友達の事でお辛い思いをした時も、お一言も弱音を吐かなくて……」

 涙ぐみそうになっているサニャ男を見て、グレオ姉はたじろいだ。

「ああ……何て言っていいか。確か、犯人は湖で見つかったんですよね」

「ん~、それはそうなんですけれども、真相は闇鍋の中なんです。でも、黙って見ているレハト様じゃありません! 魔法に対策して厳しい特訓したし、法律も変わったし、今日の演説だって……あっ! サニャ男のバカバカ!」

「?」

 サニャ男は両手で口を押さえて、気を落ち着けようと呼吸を数えている。

 分厚い人垣の最前列には警備の衛士たちが並んで睨みを利かせている。ちらほら知っている顔もあり、グレオ姉は思わず顔を伏せた。衛士たちの背後の誰も入れない領域を、リードを着けた鼻の利く年下の先輩と彼に先導される年上の後輩が悠々と横切って行く。

「あ。これ、なんか……御前試合を思い出すな」

 人の集まり、衛士、露台、晴れ舞台。グレオ姉自身には晴れやかな思い出など無かったが、年配の衛士の中にはあれを青春の象徴として熱く語る者もいた。年五回のチャンスがあり、優勝者は勤め続けるにせよ貴族に取り立てられるにせよ、出世が約束されたようなものだ。グレオ姉も一、二年前まではそんな身の程知らずな夢を見ていたものだが。

 金管楽器の朗声が高らかに響き渡り、民衆のざわめきが抑えられた。露台に最初に顔を見せるのは誰だろう、先王か、それとも新王かと誰もがそわそわと期待して見守っていると、まず二名の衛士が露台の左右の定位置に着き、程無くして淡紫の髪と濃紫の衣の調和が中央に現れた。

 先王であるランテ大公が一眸するや否や、民衆は一斉に飛び立つ鳥のように沸き立ち、口々に祝福や崇敬の言葉を投げかけた。無数の目が先王に注がれ、彼がいつも公に姿を現す時に着けていた王冠とマントを着けていない事に密やかに心を躍らせた。ランテ大公は一頻り手を上げて民衆に応え、彼等が静まるのを待って口を開いた。

「皆の者よ、本日は遠路遥々の足労、真に大儀である。先刻、天からアニキウスが穏やかに見守る中、王城神殿にて譲位の儀を執り行い、第六代国王が正統なる後継者として正式に神聖なる冠を戴いた事を申し伝える。さて、新年の挨拶でも申したように、第六代は蛹の状態に入り、先月無事に羽化し、晴れて王位を継承し、王の椅子に座した。玉座から退いた我は、宮中の一員として彼を教育および支援する事と相成った。なにぶん成人したばかりの若い王であるが故に、皆の不安も好奇も察して余りある所ではあるが、どうか寛大に見守り、盛り立ててくれるよう願う」

 手短に挨拶を終えた大公が拍手と歓声に見送られながら奥へと引っ込むと、入れ替わりにうら若い、青年というよりはまだ少年といった風情の若者が姿を現した。その頭には王冠が燦然と輝き、肩には金色のマントが柔らかく流れている。グレオ姉は急に冷や汗が噴き出るような感覚に襲われた。周りの人々もそこかしこで感嘆の声や上ずった声を上げている。新王は、まだあどけなさが残る風貌には似つかわしくない程に落ち着いた、どこか威圧的な声を発した。

「先王ランテ大公からのご紹介に与り、善良なるリタントの民に知らしめる。余は大いなる翼の御神アニキウスの祝福を受けし寵愛者、勇壮なる初代王ルラントの遺志の継承者、辺境の地に生を受け御託宣に従いて参りし者、第六代リタント国王レハト」

 新王が一呼吸置いて民衆を見渡した時、多くの者が錯覚に陥った。太陽は常に同じ位置、天高くにある筈だが、まるで露台の王から暖かい光が差してくるように感じられた。そこにいる全員の注意が自分に向けられているのを感じるのに十分な時間の後、レハトはまっすぐ正面を向いて話し始めた。

「皆も知っての通り、初代国王ルラントの素性は明らかではない。そもそも、かの分裂戦役以前に、南方の地に押し込められて耐乏生活を余儀なくされていた我等三足族に貴きも賤しきも無く、長い耳も翅も持たぬ者は皆、他種族の圧政に身を削られ、首を絞められていた。ルラントは民を救う為、民族の誇りを取り戻す為に、非道なる暴虐に対して敢然と立ち上がり、皆の力を一つにまとめ上げ、多くの尊い犠牲を払いながらも攻め上り、遂に我々の独立を勝ち取ったのだ」

 時を超えて国の成り立ちに思いを馳せさせる新王の語りは、殆ど全ての聴衆の身体の隅々までを疼かせ、眠ったまま朽ちかけていた感覚を呼び起こさせた。その郷愁にも似た感覚は、あまり勉強熱心でなかったグレオ姉やサニャ男にも及んだ。聴衆は意識的にか無意識的にか、ルラントとレハトを重ね合わせ、比較した。初代王の権威はあの少年には見られない。しかし王になる前の彼女(もしくは彼)はどうだったのだろう。

「この建国物語が示す所は、我々は出身地や血筋に関係なく、民の為に国の為に貢献する事が出来るということだ。果たしてルラントは、自国の民同士が反目し合う状況を望んだだろうか。一部の者が富を独占し、他の大勢が貧困に喘ぐ世の中を望んだだろうか。もし向こう側の軍勢が壁を打ち壊して攻めて来る事があったら、果たして我々はルラントから託されたこの土地を、独立と自由を、生命と未来を守り抜くことが出来るだろうか」

 新王の力強い眼差しと身振り、それに堂々たる声音は、聴衆の中でも特に低い扱いを受けている者たちの心を揺さぶり、近頃の若い衛士の弛み具合を嘆かわしく思っていた老人たちの耳を捉えた。耳が痛い思いをした優遇を享受している者たちは新王の生まれ育ちを頭の片隅に置き、その真価を見定めようと目を凝らした。

「余が神に選ばれし印を持って庶民の中に生まれ、紆余曲折を経て、貴族の守護者とも呼ばれる大公の後ろ盾を受け、玉座を任されたのは、昨今薄らいでいた建国の理念を思い起こさせ、老いも若きも、男も女も、富める者も貧しき者も分け隔てなく、皆が持てる力を発揮できる社会を作り、この国をより良く、豊かに、強くしていく為であると確信している」

 レハトは後半部分の一言一言に力を込めて明瞭に発音し、民衆を見渡した。新王の一方通行な所信表明と眼下に集まった人々の様々な思いが渦巻き交錯し、凪を起こしている。レハトはやや控えめな口調で付け加えた。

「その理想を実現するのは生易しい道のりではないやもしれぬが、余は、余の力と人生を、そなたらの愛する祖国に捧げることを約束する」

 民衆の中から悲鳴に近い歓声が上がり、続いて集中豪雨の如き拍手と喝采が沸き起こった。雨霰と降り注ぐ称賛と手を叩く音の中、周囲に負けじと声を張り上げて声援を送るサニャ男をグレオ姉はちらりと見た。グレオ姉も手を打ってはいるが、自分と同じ、いやもっと田舎から出て来た無学な庶民の子が、今あの高みにいて国王として支持を受け歓迎されているのが俄かには信じられない気持ちがしていた。

 レハトは「皆、ありがとう」と手を上げて声援に応え、民衆が静まるのを待って演説を続けた。

「我々は生活を向上させ、人格を向上させ、より良い社会を、より良い歴史を作っていくことが出来る。未来は余の手の中にあるのではない、そなたらの手の中にあるのだ。余は、一部の欲深い人々の利益を図る為だけに、国の有りようを狭い部屋の中で歪めることを良しとせぬ。広くそなたらの声に耳を傾け、……!」

 金色のマントが素早く新王を隠し、煌めく刺繍糸の羽を持つ鳥が左に右に舞い始めた。人の海の間にどよめきが起こり、俄かに掻き混ぜられたように乱れ、驚きの声や金切り声や嘆きの声や罵り声が飛び交う。地上の民衆の間から、二階三階の窓から、露台に向かって次々に細い物体が飛んで行く。マントが翻る度に最高級の布と糸がきらきらと光を放ち、叩き落とされた矢がバラバラと露台や石畳に転がる。

 新王がマントを羽織り直して再び顔を上げた時、襲撃者の内、民衆に紛れていた者たちは民間人と衛士に取り押さえられ、城内にいた者たちは逃走を図り、追われていた。露台や下の石畳に散らばった矢を控えていた衛士たちが注意深く回収する。

「素手で触れるなよ。毒かもしれぬ」

「はっ」

「怪我人は無いか」

「はい。矢に当たった者はおりません」

 下から衛士が声を張り上げる。レハトは、興奮してざわざわ蠢いている民衆を見遣った。

「騒ぎが広がっているな。曲者を速やかに連行せよ。怪我人は医務室へ運べ」

 レハトの指示を受けて人の群れの中から異物が排除される。グレオ姉の位置から確認できただけでも四人はいる。グレオ姉はこんな時に自分が何も出来ない事を歯痒く思った。前方で衛士たちにひねり上げられながらも悪あがきしている若い男が苦し紛れに喚く。

「国賊が! 恥を知れ!」

 男は衛士に頬を殴られ、両側から腕を引っ張られたまま沈んだが、血の混じった唾を吐いて再び新王を睨み上げた。

「騙されるな! あいつがヴァイル様を殺した張本人だ!」

 より強い殴打の音が響いた。その辺りだけ人が退いて群衆に穴が出来、弥が上にも目立っている。レハトはひらりと手摺を飛び越え、金色のマントをはためかせて飛び降りると、暴漢の方へつかつかと近づいて行った。鼻と口を血だらけにした男の目にはレハトへの剥き出しの敵意が漲っている。

「その方、誰に雇われた?」

「……」

「言え」

「……知るかよ!」

 聞き分けの悪い男はまた衛士にぶたれた。今度は血と唾と一緒に歯を吐き出した。

「口を慎め!」

「そう手荒にするな。そちよ、もし協力する気があるなら早い方がよいぞ。これ以上歯を失えば供述したくても出来ぬようになるからな。連れて行け」

「はっ」

 衛士たちは戦意を喪失して虚ろな人形と化した男を引き摺って行く。危険が取り除かれて安堵の息を漏らす民衆の中から声が上がった。

「レハト様! 我々は貴方様を信じておりますぞ」

「レハト様は何も悪くありません! 悪いのは魔術師です!」

「悪人に神の裁きを! 我等が王に神のご加護を!」

 口々にレハトへの支持表明が飛び出し、より一層沸き上がった。レハトは少し腰を落とすと驚異的な跳躍力で露台に飛び上がった。その様子は大きな金色の鳥の飛翔を彷彿させた。マントを翻して元の位置に戻ると、レハトは手摺に手をかけて全体を見渡した。

「突然の不測の事態にも怯まず声援をくれた人々よ、ありがとう。……ランテ大公の甥御の件は、余の心に残る棘となっている。余は真相究明に力を尽くし、彼に顔向け出来るような政を行う所存である」

 民衆は立ち見の者は勿論、貴賓席の上級貴族までもが立ち上がり、レハトに拍手喝采を送った。場の空気はすっかり新王歓迎一色となった。襲撃に慄いて固まっていたサニャ男は民衆の熱気で金縛りが解け、やっと言葉を発した。

「ああ、びっくりした……。レハト様すっごい肝が据わってますですね。流石です」

「もう雲の上の人って感じですね……」

 グレオ姉の呟きにはどこか諦めたような響きがあった。

 地を轟かせ天にも届くような熱狂の中、貴賓席から風格のある貴婦人と少年が密やかに立ち去った事に気が付いた者はいなかった。