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PARALLEL WORLDS

(旧名 whatIFstories)
FanFiction based on Video/PC Games

<グレオ姉裏切ルート17:後日談2・新体制>

2017-07-18 | 二次創作・冠を持つ神の手

 グレオ姉裏切END:友情ルートからの派生

 

 

 

<グレオ姉裏切ルート17:後日談2・新体制> ※主人公レハト

 

 食事会の会場となるホールの壁は、新王を象徴する色として選定された紺碧の幕で装飾されている。天井から垂れ下がる幾つものクリスタルシャンデリアの光を受けて幕の縁取りの金糸が煌めいている。紺碧の上に堂々と陣取っている新王の紋章が、おしゃべりに夢中な着飾った貴族たちを高みから見下ろしている。

 貴族たちの話題はファッションチェックと日常の些事の他、噂に聞く新体制や魔法解禁、新王の敵対勢力や今後の身の振り方にまで及んでいる。テーブルの上に華やかに飾り付けられた花々と灯を掲げて聳え立つ燭台が、テーブルクロスに擬態して待機している食器類の頭上で背比べをしている。

 開いたままに固定されている入り口の扉に侍従長が現れ、杖を床に置かれた台座に打ちつけた。「王の到着だ。皆の者、静まれ」の合図だ。冠を戴き黄金のマントを纏った王と従者たちが壁際を歩いて行く間、人々は襲撃を防いだマントの所々に出来ているほつれに目を凝らした。

 王はコの字に並べられたテーブルの角を曲がり、一段と豪華な花園と化している首座から招待客を見渡した。客たちを着席させ、侍従から渡された紙に目を通し、テーブルの上に伏せた。幾対もの目と耳が王に期待を寄せ、噎せ返る程に静まり返って待っている。

「本日は余の為に多くの人々が集まってくれた事を嬉しく思う。余の就任が特別に注目と関心を集めるものだという事は、侍従らにさんざん聞かされていたゆえ覚悟してはいたが、いざ当日を迎えてみて驚いてもいる。ともあれ、皆に大事が無くて良かった。

 さて、慌ただしい運びとなってしまい申し訳ないが、余はこのまま席を離れる事とする。王の仕事は煩雑を極めると聞いているが、余の口に合うのは面倒事の処理だと初日から教え込まれるという訳だ。

 それでは、そなたらはゆっくりと食事を楽しみ大いに語らってくれ」

 レハトの視線に給仕長が機敏に反応し、クリスタルカップに酒が注がれる。王の席の後方、二階部分に待機していた楽団が音楽を奏で始め、客の退屈は未然に追い払われた。続いて客席の間に給仕が入り、酒を注いでいく。短い音楽の終了と同時にレハトがカップを手にした。

「皆の者、杯を掲げよ」

 客たちがごそごそと起立し、それぞれのカップを手に持つ。レハトは先王の口ぶりを思い出しながら声を張った。

「我等が守護者、偉大なる御神アニキウスの恵みが、このリタントの国と民に遍く降り注がんことを」

「我等が守護者、偉大なる御神アニキウスの恵みが、このリタントの国と民に遍く降り注がんことを!」

 一同が唱和し、酒が飲み干される。王一行が席を離れて入口へと向かう。乾杯の後の拍手と見送りの拍手が混ざり合い、やがてそこに音楽も重なった。王の退出と前後して客たちが着席すると、前菜が盛り付けられた皿が載った盆やドリンクピッチャーを持った給仕たちが侵攻を開始した。

 

 廊下に出て一息つく間も無く、待機していたやや強張った面持ちの衛士が足早に護衛に吹っ飛ばされない位置まで近寄り、一礼した。

「先程の襲撃者どもについてご指示を仰ぎたく参じました。奴等、今のところ誰一人首謀者の名を挙げません。そこで、衛士長殿が尋問方法の変更の許可を求めておられますが、如何いたしましょうか」

「余が行くまで待て。責苦は控えるよう伝えよ」

「はい!」

 衛士が勢いよく走って行く。入れ替わりに慎ましやかな面持ちの衛士が恭しく折り畳まれた紙を差し出した。

「メーレ侯爵のお連れ様からのお手紙です。中は検め済みです」

 メーレが「体調が優れないため」帰った事は報告を受けていた。レハトは意外に思いながら手紙を受け取り、中を開いて見た。筆跡は、生気の無い人形のように畏まっていたパンドレアには似つかわしくない程、斜めに流れていた。薄く細く安定しない線を何とか押し止めようとしているように見える。レハトは、メーレの目を盗んで走り書きするパンドレアの姿を思い浮かべた。

 

“国王陛下のご演説、ご立派でした。私は陛下が新しい時代を作ってくださると信じています。

 先日、養母様をすごく怒らせてしまいました。反省文を書いている時はとても悲しく絶望的な気持ちでした。

 養母様は陛下のことを恩知らずだと言っています。私は陛下が羨ましいです。こういう言い方は変ですけれど。

 お食事会の時に陛下がおっしゃっていた改革が本当になればいいなと思っています。

 ご無礼をお許しください。 パンドレア”

 

 半端な印象の手紙だ。きっと言いたい事の半分も言えてない。一文一文考えて書いている所をメーレに見つかって切り上げたのだろうか。

 レハトは手紙を畳んで侍従に渡し、歩きながらパンドレアの身を案じた。魔術師と関わりがあるという決定的瞬間もしくは証拠を押さえるまでメーレ侯爵を泳がせておけというのはランテ大公の案だが、そう気が長くないレハトは焦れてくるのだった。

 レハトはメーレの意向などお構い無しに、新設する魔術学校にパンドレアを放り込むつもりでいる。そうして新しい目を増やし、隠されているものを炙り出すのだ。公認魔術師の育成に時間を要するのは仕方が無いが、メーレ側もただ漫然と時を過ごすとは思えない。逃げられるか、新たに仕掛けられるか。

 いずれにせよ今日、メーレとパンドレアにご機嫌伺いの手紙を書かなければならない。いくらランテ大公に投げたくても。大公はヴァイルの事件の捜査本部長を買って出たばかりか魔術関連法を異例の早さで制定し、レハト一人に批判が集中するのを防いでくれている。

 曰く、「決して急いてはならぬ。お主の失態は敵に永遠に喰らえる餌をやるようなものだ。政治上の敵の事だぞ。相手がボロを出すのを待て」と。レハトはまだまだ彼に頭が上がらない気がしている。

 一行は地下に続く階段を降り始めた。

 

 牢屋エリアの手前の管理室にて、レハトは衛士長の報告を受けた。襲撃犯は気が立っている者もそうでない者も非協力的であり、ここらで一番若い奴に対して一気に畳み掛けたいと彼は主張した。レハトは彼等が確信犯であることを指摘し、首謀者に騙されていたと自ら気付かせることを提案した。結局、暫く哀れな捨駒どもを放置して衛士たちは休憩を取る事にし、数人の見張り役とレハトの魔法罠を残して彼等は地上へと上がった。

 

 

 

 時は少し遡る。新王の演説の興奮も冷めやらぬ中、人々はざわざわばらばらと駐車場方面に向かう者たち、城門方面に向かう者たち、城の正面玄関に向かう者たちに大別される流れを作り出している。サニャ男とグレオ姉は正面玄関の階段を上る一団に混じり、のろのろと上昇して行く。入口で不審者チェックをしている衛士に「お疲れ様でございます」と挨拶するサニャ男につられてグレオ姉も慌てて軽く頭を下げた。顔バレしませんようにと願いながら。

 懐かしさと苦さを呼び起こすエントランスホールに入り、街灯のように聳え立つ幾つもの燭台の灯に照らされて金色に輝く正面階段を上って行く間も、そこかしこで動き回っている使用人たちの目によるチェックを受ける。使用人と道端に落ちているゴミを同じ身分に分類する貴族たちはお喋りを少しも乱さない。グレオ姉はというと場違いな気分が緩和される事も無く、まるで罪人としてしょっ引かれて行くような心地がした。

 吹き抜けにぶら下がっている大きなシャンデリアと同じ高さになり、今は扉を閉じている玉座の間を迂回するべく、廊下を奥へ奥へと進んで行く。大広間かどこかへ向かうと思しき貴族の集団から離れて、グレオ姉はほっとした。

 サニャ男がすれ違う使用人に会釈する度に相手も丁寧にお辞儀を返す。王の私室の侍従となった彼はもう笑われ者ではなく、一定の敬意を払われているのだ。たとえ言葉が相変わらずでも。グレオ姉はますます、自分が大切な客人として扱われている事への違和感が募った。

 奥の階段を上り、目的のフロアに踏み出した時、グレオ姉は異世界に入ったような気がした。人の出入りが激しい下の階とは違った静けさが緊張を誘う、王族居住区だ。衛士として下っ端だったグレオ姉はここに入った事は無かった。レハトはかつては下の階の部屋にいた。あの時はまだ地面が近い庶民の子だったのだ。こうも高い所に上ってしまった今は籠の鳥ではないかと、生粋の庶民である彼女には思えてきた。

 並び立つ大きな弓形の窓からは緩い風が吹き込み、日の光が石材の素の色を照らし出している。壁や天井の人工的な照明を休ませているせいか、下の階より煌びやかさが抑えられ、神殿か役所のようにも見える。ついにサニャ男が足を止めて扉を開け、グレオ姉を招き入れた。

 入った部屋は居心地が良さそうな広い居間といった風で、右側に中庭を見下ろす大きな窓があって明るく、窓辺に佇む観葉植物や棚の上に座る花々が室内を彩り、手前には繊細な木彫刻の縁取りのあるソファが低い卓を挟んで向かい合わせに鎮座している。

「どうぞ。お腰かけになってお待ちください」

 扉を閉めたサニャ男が身振りで促した。グレオ姉は自分が棒立ちの木ではない事を示すべく言葉を発した。

「あのっ。ここ王様のお部屋なんでしょうか……」

「え? 違いますよ。ここはお客間です。あっ、違いました応接間です」

「ああ、そ、そうですよね」

 無駄に緊張しているグレオ姉が着席するとサニャ男は再び扉の向こうに消えた。束の間、部屋を独占する権利を得たグレオ姉の目は高級そうな棚や金ぴかの壺や得体の知れない重厚な箱、点灯したらスゴそうな天井照明と部屋中を彷徨い、最終的に向かいのソファの冠のような彫刻に落ち着いた。隣の部屋では使用人、おそらく侍従たちが動く音や扉を開け閉めする音がしている。暫く放っておかれ、ここが自分の部屋だったらなーと想像する余裕が出てきた頃、後方の扉が開いてサニャ男と給仕がトレイを持って現れた。グレオ姉は居住まいを正した。

「どうぞ。カナッペと柑橘茶です」

「あ、どうも。いただきます」

 赤茄子や卵、萵苣や乾酪を載せた香ばしいパンの一団が目の前に置かれ、給仕がお辞儀をして廊下へと引き返す。続いて爽やかな香りのするお茶がカップに注がれる。サニャ男はポットを卓の上のトレイに置くと、ソファの傍に膝をついた。

「さっき侍従仲間に聞いてきてもらったんですけど、レハト様、夕方までにはお戻られるそうです」

「夕方ですか。お忙しいんでしょうね、色々と」

「えっと、演説の後はお食事会と、お偉い方々とのお談話会ですね。予定ですと。でも、あんな事が起こったから予定を変えられるそうですよ」

「ああ、大体分かります。私も元は衛士でしたから。じゃあ、もっと遅くなる可能性もありますね」

「ん~、ちょっと分かんないです。グレオ姉さんが待っていられる事はご報告いたしましたので、そんなには遅くならないと思いますよ。どうぞ、お召し上がりくださいませ」

 促されてグレオ姉はお茶を飲み、カナッペをつまんだ。サニャ男はお客様を待ち惚けさせるのは忍びないと思い、柑橘茶の配合のこだわりや、新王の好みのものが流行るだろうという事や、慌ただしかった近況を話した。話すうちにグレオ姉の気持ちもほぐれてきたように見え、サニャ男は腰を下ろして楽な座り方をした。そして何気なく尋ねた。

「グレオ姉さん、闘技場は辞められたんですよね。今はどうされてるんです?」

「あー、……。年末からずっと籠り部屋の世話の仕事してたんですけど、今は、……」

「ああ、……すみません

「いえ……」

 グレオ姉はリラックス効果のあるお茶を一口飲むと、この気まずさを解消するのは自分の義務とばかりに言葉を繕い始めた。

「色々考えちゃいましたよ。私、雨女だから何やってもうまくいかないんだとか、王城の衛士になったからって慢心せず、もっとしっかり人生計画立てておいたらよかったとかね。まあ、後悔先に立たずです」

「こ、これからいいことありますよ! それに、雨は神様のお恵みです。祝福されてるんですよ!」

「……うん、ありがとう」

 どちらかというと呪われている気がする。

「サニャ男君も一緒にどう? あたしばっかり食べてんのも、なんかなぁ……」

「あ、いいんです。私らは結構合間につまんでますから」

 サニャ男はぶんぶんと手を振り、さらに楽な胡坐になろうとする脚をもう一度抱え直した。

「今度、新しく魔法学校が始まるの、ご存じられてました?」

「ええ、聞きました」

「どうです? 魔法で攻撃とか、出来そうです?」

「ええ? 私は無理ですよ、多分」

「大雨を振らせたりとか、洪水を起こしたりとか。あ、そしたらお掃除も便利ですね。お洗濯は……どうかなぁ」

「いや、出来ませんって。何言い出すんですかもう」

「あはは、どうかなーと思ったんですけど。私、ダメって言われてしまいましたよ。レハト様が見て、魔力が全然無いって。はー、才能無いんだなぁ、私」

「サニャ男君は家事が出来るからいいじゃないですか。私なんて半端な腕っぷしだけだし。それに、魔法は出来なくて普通ですよ。きっと、魔力のある人って、額が光ってるんじゃないですか」

「家事には腕力も要りますよ~」

 グレオ姉はお茶を飲もうとカップに指をかけたが、ふと思い当たる事があってソーサーに戻した。サニャ男が元気付けようとしてくれるのは分かるし、とてもありがたい。しかし、自分がもう一度ここで働くなんて事があるのだろうか。グレオ姉の手は迷った末、鮮やかな黄色が目を引く卵のカナッペをつまんだ。

「……田舎へ帰る事もちょっと考えたんですけどね。田舎ってコネで仕事が決まるんですよ。私は新成人じゃないからそのチャンスも無いんじゃないかって。両親や姉貴たちにやいやい言われるのも嫌だし。結局、こっちで職探し、ですかね」

「それじゃ、留まる気はあるんだね」

 後方の扉が開いた音がして、誰かが入って来た。サニャ男がバネのように立ち上がった。グレオ姉は卵のカナッペを一瞬のどに詰まらせかけたものの、急いで咀嚼した。サニャ男は深々とお辞儀をしている。件の人物はグレオ姉が飲み込む前にソファに到着し、向かい側に腰を下ろした。グレオ姉は急いで口元を手巾で拭った。

「お見苦しい所をお見せしてしまい申し訳ありません陛下」

「いいよ。俺にも頂戴」

「はい! 増量して参ります!」

 サニャ男が機敏に回転し、厨房目指してすっ飛んで行った。

 レハトは先程の神々しい冠をかぶっておらず、服も青を基調とした私服に着替えている。彼は乾酪の上に赤茄子がふんぞり返っているカナッペを選び、一口で目の前から消した。

「久しぶりだね。ちょっと大人っぽくなった?」

「私はあんまり変わってないと思います。陛下は……その……見違えるようで……」

「うん。俺も俺じゃない気がする」

 鏡石の中に見慣れた顔がもう映らないだけではない。ただ成長しただけではない。自身の理想と人々の希望が入り混じった、王なのだ。

 グレオ姉はまたもや高まった緊張を緩和しようと、あの生意気な子供と王の同一性を探した。

「面影は……少し、ありますよ。でも顔付きが……なんて言うんでしょうかね、王様の風格を備えられたようにお見受けします」

「うーん、まだ変な感じがするけどね。声も違和感あるし。子供と大人では全く別の人生、全く別の世界な気がするよ。君もそうだった?」

「いやあ、私はそれ程でもなかったですね。陛下はほんとに環境も立場も大きく変わられたからですよ」

 グレオ姉の頭の中で自分が鈍感だからという可能性がよぎった。

 レハトはサニャ男が置き忘れて行ったティーポットの蓋を開けて中身の色と香りを確認したが、空きのカップが見当たらないので諦めた。

「実はあんまりゆっくりしてられないんだ。今日は厄介事があって。で、本題なんだけど」

「はい。何でしょうか」

「さっき職探しするって言ってたよね。ここで働く気はないかな」

「え……」

 レハトはグレオ姉の当惑を思いやり、言葉を続けた。

「武闘派の侍従が一人配属が変わって、その後釜が空いてるんだ。俺はぜひ君にと思ってる。そもそも君が職を失う事になったのは俺の責任だから、復帰の道を用意するのは俺の義務だ。もし、もう他に当てがあるなら、無理にとは言わないけど」

「いえ、どうしましょう、とんでもなく勿体ないお話なんですけど……、どうしよう」

 グレオ姉の現状を知ってこの話を切り出したレハトには、彼女がまごつく理由が分からなかった。自分が警戒されているのか、それとももう戦う仕事はしたくないのか。そもそも、城にいる方が安全なのか田舎にいる方が安全なのかも判然としないのだ。レハトは自分の希望はひとまず置いておいて、相手に委ねた。

「これは雇用契約だから、君の意思次第」

「……では、有難く受けさせていただきます」

 彼女は畏まった顔を拵えて礼をした。対照的にレハトの頬は緩んでいく。

「そっか。よかった」

 グレオ姉は妙な表情で微笑みながら、ぽつりとこぼした。

「かっこわるいよなぁ」

「何が?」

「私、結局自分一人では何も出来ないで、レハト様に助けられて。なんだか自分が情けないです」

 なんだ、そんな事か。レハトにはグレオ姉を助けられない方が情けないのだ。彼女がこちら側に来たからには守らなければならない。この立場だから出来る事をフル活用して。内心の重い責任感を隠すように、レハトは軽口を叩いた。

「元々グレオ姉をかっこいいと思った事なんて無いよ」

「あっ。ひどくないですか? それ」

「元から弱かったじゃん」

「弱かっ……、カチンと来ました。私、これでも荒くれ者と渡り合ってきたんですよ。そりゃ、全てにおいて優れてる方とは違うでしょうけど、得意な事を伸ばせば行けますよ」

「うん。もっと伸ばしてもらわないとね。ローニ子に指導教官頼むから。覚悟するんだね」

「承知しました。陛下に認められるよう、精進いたします」

 ふわりとカーテンが舞い上がり、窓から差す明るい光が部屋を照らした。空と中庭の木々が見える窓の方を見てレハトは目を細めた。グレオ姉はふと誰かの面影がよぎるのを感じた。王の髪の色は緑ではないのだが。

 サニャ男と給仕が新たなトレイを持って入って来た。二人は無駄口は叩かないながらも、やけに晴れやかな表情を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 空を覆う灰色の薄雲の隙間から見え隠れしていた蒼い月が雲を割って現れ、地上を季節の色で照らし、建物や木立の影を黒々と際立たせる。太陽と共に寝起きする農家の者たちは誰もこの神の気まぐれに気付く事なく鼾をかいていた。もし農民に適さない者がいれば、王都より遥か北、穀倉地帯の広大な畑の中を駆け抜けて行く三つの人影を認めただろう。

 先を走る背の高い人物は時々振り返って追手を確認しては加速し、振り切ろうとしている。後ろから追う大小二人組は標的と一定の間隔を保ち続けている。先を走る方は明るさによって地理を掴めたからか、畑道を外れて森の中へ飛び込んだ。当然、追手も後に続いた。

 再び神の目を避け、ガサガサと闇雲に突き進んで行く。森には魔物がいるという子供騙しを全く信じていない逃亡者はただただ追手を呪った。枝を伸ばして通せんぼのついでにフードを剥ぎ取ろうとする木々とブーツを脱がそうと絡み付いてくる雑草が自分にのみ不利と判断した逃亡者は再び神の元に身を晒す決心をし、藪を突っ切った。

 見通しの利く獣道に出た所で逃亡者はぎょっとして足を止めた。追手のうち体格が大きい方が回り込んでいた。右は森方面、左は畑方面。逃亡者は迷いなく跳躍した。その目の前に小さい方の追手が急に出現し、アッと思う間もなく逃亡者はローブの胸ぐらと左腕を掴まれ、天地がひっくり返った。

 小さい方の追手は左腕を掴んだまま仰向けになった逃亡者の上半身を起こし、右腕共々後ろ手にふん縛った。

「いったぁ~い、も~、何すんのよ!」

「神妙にいたせ。我々の欲しい情報を寄越せば逃がしてやってもいい」

「情報ってなーに? あたしはただのか弱い町娘よ! ババーに縛られる趣味なんか無いっつーの!」

 追手は逃亡者の腕をひねり上げた。

「痛たたた、もげる、もげるって!」

 追手のうち大きい方が近づいて来て二人から十歩ほど離れた所で止まり、魔力で結界を張った。それが外部からの視線遮断と防音効果を持つという事は逃亡者には分からなかったが、その手振りを見た小さい方が肯き、逃亡者の背中を膝で押して低頭させた。

「貴様の度重なる不躾極まりない振る舞いには相応の罰があって然るべきではあるが、ある方のご温情を無にせぬ為にも、正直に話せば命までは取らぬ」

「嘘吐いたらどーなんの?」

「偽りだと判明した時は、貴様が何処へ逃げようとも私が地の果てまで追いかけて行ってその無用の舌を引っこ抜いてやろう」

「きゃー! ババーコワーイ!」

 逃亡者の背中に追手の体重がかけられ、折り畳まれた半身がメリメリと脚にめり込んでいく。

「いでででで! 分かった分かった分かりました、話す、話すからさ」

 背中の圧迫がふっと緩んだ。

「ってて、そっちも自分で言ったことは守ってよね」

 腕を引っ張られ半身を起こされた逃亡者は首を振ってフードを払いのけた。すると、緩く結ばれたくたびれた金髪と小狡そうな笑みが現れた。追手も一回ずつとばかりにフードを取り、きつく結ばれた白髪と厳粛な老顔を現した。